表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
02/Chapter:"母性の人"
69/229

15/Sub:"Dogfight"

 次の瞬間ユーリの四肢は光に包まれ、そこには一人の少年ではなく、空を舞う竜の姿があった。

 ユーリの全身に霊力が血液の様に駆け巡る。翼が一瞬で飛行術式の白い輝きに覆われ、低い唸り声の様な駆動音が一瞬で高音に駆け上っていく。


「準備万全、って感じね」


 咲江がほほ笑むのに、ユーリは黙って翼を伸ばしたり縮めたりする。調子はよさそうだ。思えばこれは夢の中なのだから、所謂イメージトレーニングに近いのだろう。寝不足による精神的な疲れが取れたせいだろうか、ここ最近より調子がいい。


「じゃあユーリ君、さぁ、行きましょうか」


 離陸を(クリアフォー)許可する(テイクオフ)

 そう、咲江が言った次の瞬間、ユーリは滑走路のど真ん中にたたずんでいた。足元の縞模様は滑走路の端の意味。彼の眼前には真っすぐ、地平線に向かってどこまでも続いているように見える滑走路。

 自然と、クラウチングスタートの姿勢を取った。真っすぐ地平線の消失点に吸いこまれるようにして消えていく滑走路の白線を睨む。ぐぐ、と足に力を入れる。飛行術式への霊力流量が増えていき、飛行術式の高音が大きくなっていった。翼の後端から噴射光がダイヤモンドコーンを描いて伸びる。

 ぐん、と駆け出す。弾かれるように加速し、翼の推進も加わってユーリの対気・対地速度はみるみるうちに増加していく。真っ向からユーリにぶつかった気流は翼の表面を優しく撫でるように通り過ぎ、翼の上下に圧力差を生み出していく。翼に揚力が、重力という絶対の法則から逃れる魔法が宿っていく。

 ユーリは大きく翼をはためかせた。ぶわりと揚力が瞬間的に増して、ユーリの足がふわりと宙に浮いた。地面の抵抗から解放され、ユーリはさらに増速。地面効果すら起こる超低空を飛行してさらに加速していく。

 一気にピッチアップ。翼が白い減圧雲を纏った。一気に全身にかかるG。そして目の前がスカイブルーでいっぱいになった。翼端から細い糸のような飛行機雲をたなびかせ、真っすぐ空に吸いこまれるようにハイレートクライム。ぐんぐんと上がる高度。さらにピッチアップし、水平になったところで180度ロールし、インメルマンターン。水平飛行に移る。

 周囲は延々と続く山地。山の合間に引っかかるように羊の様な積雲が広がる空。一気に高度を稼いだ彼に壮大なその光景が目に入る。覚えのない地形だ、オリジナルの空域だろうか? ユーリは周囲を見渡して目標の物を探すと、水平線の方向から向かってくる影。方位220、右旋回に80度。


「みつけた」


 ユーリは右にロールし、ピッチアップ。右旋回。滑らかな弧を描いて旋回し、方位220に向かう。影がみるみるうちに大きくなってくる。

 ユーリは90度左にエルロンロール。わずかに右にヨー旋回し、高度を保つ。こちらに向かってくる影もエルロンロールするのが見えた。ヘッドオン。

 お互いの背を向けあって、相対速度にして音速に近い速度ですれ違った。ブラックオウル。台形の垂直尾翼には、星空に羽ばたくフクロウのエンブレム。あの機体だ。

 すれ違った直後、ユーリはピッチアップ。高度を稼ぎつつ入れ替わりに速度を殺す。頂点で十分速度が落ちたところで、半ば左にスライドするようにして旋回、地面の方を向く。ハイ・ヨー・ヨー。最小のエネルギー損失で、小さな旋回半径で旋回を完遂したユーリはブラックオウルの方を向いた。ブラックオウルは、水平飛行中だった。ユーリは増速し、ブラックオウルの横に並ぶ。

 ブラックオウルの黒い、装甲で覆われたセンサーキャノピー。亀裂の様にちりばめられたスリット状の電磁波複合センサーが、夢の陽光を反射して煌めいていた。

 ユーリが隣に並んでブラックオウルの様子を見ていると、ブラックオウルがエルロンロール。小さく左右に繰り返しロールし、翼端を振る。反射的にユーリも同じように翼端を振った。

 この飛び方、ひょっとして。


『先生、ですか?』

『ふふ、やっぱりわかるみたいね』


 フライトスーツの通信システムを起動し、そこに適当な周波数で呼びかける。短距離念話通信がアンテナによって電波に変換され、周囲に放射されたものをブラックオウルのアビオニクスは明確に拾い上げた。その信号を通信として解析し、コクピットに伝達した。それに咲江は、温和な声で答えた。

 ブラックオウルのコクピット内。センサーキャノピーで覆われたコクピット内部は、シートの灯りと、パイロットの目の前の一体型のタッチパネル式コントロールパネル、そして右のHOT(手を放さずに)AS(操作できる)操縦桿、左手のスロットルレバーと、いくつかのスイッチのほのかな灯りが照らすのみで、薄暗い。しかしユニオンのパイロットスーツに身を包んだ咲江の視界では、複合センサーから得られた情報をもとに構成された仮想全天周モニタが広がり、360度の視界が広がっていた。まるで空にコクピットシートだけ浮かんでいるようにも錯覚する光景。しかしコクピットシートに触れる背中には、準安定液体金属水素を燃料とし、回転デトネーション燃焼器による高効率高推力な燃焼を実現した、一基で最大推力300キロニュートンをたたき出すエンジン二基の存在感を、夢とはいえしっかりと感じていた。それは夢による記憶からの再現でしかないが、その存在感は空から降りて年月を経った今でも、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。


『ユーリ君、あまり気負うことはないわ、あなたの好きなように飛んでみて欲しいの』


 咲江が周波数を合わせてユーリに話しかけてくる。彼のフライトスーツの通信システムはその電波信号を念話に変換し、彼の脳に直接伝達してくる。


『好きなように、ですか?』

『言ったでしょ? 貴方のことを理解したいって』


 だけれども、と彼女は続ける。


『そうね、確かに完全に好きなように飛び回られても困るし――』


 咲江はそう言った次の瞬間、左手のスロットルレバーを一気に最奥まで押し込んだ。一瞬引っかかったところで小さく左にずらし、ばねの反発を押さえつけるようにして押し込む。がちり、と小さく何かが嵌る音。

 フライトコントロールシステムは忠実にその動作を読み取り、エンジンへの燃料供給が一気に跳ね上がる。エンジンノズルのコンダイノズルが、まるで二枚貝が閉じるようにすぼまり、そして次の瞬間最大まで開かれる。超音速に達した高温の気流に、オーグメンターから燃料がぶちまけられた。


『――ついてこれるかしら?』


 挑発的に彼女がそう言った次の瞬間、ドン、という音と共にユーリの隣に並んでいたはずのブラックオウルが弾かれたように加速を始めた。限界まで開かれた二枚貝の様な形の、二基の二次元ベクタードノズルからは、青い炎がダイヤモンドコーンを描いて輝いていた。


「っ!」


 前方に飛んでいった輝きに一瞬あっけにとられるユーリだったが、バックブラストが彼を揺さぶったところでハッと我に返った。

 挑発、された。

 ユーリは飛行術式への霊力供給量を跳ね上げる。翼の後端から伸びる噴射光が膨れ上がり、後を追って彼も弾かれたように加速を始めた。

 咲江の乗るブラックオウルはオーグメンターを使った加速も相まって、遥か前方に青い輝きを瞬かせている。ユーリは降下。高度と速度を入れ替え、少しでも咲江との距離を詰めようとする。


『さすが。空戦エネルギー理論は理解しているようね。ならもう少し、振り回してみようかしら』


 どこか嬉しそうな咲江の声。しかしユーリにはその軽口に反応している余裕はなかった。ユニオンの主力戦闘機、ここまで早いとは……!

 ぐん、と咲江の乗ったブラックオウルが右に大きくロールする。垂直尾翼とベクタードノズルが動く。引っ張られるように右に急旋回を始めるブラックオウルを追いかけてユーリも右旋回するが、ブラックオウルはそこで左に小さくロール。速度を上げて下方から迫っていたユーリに対して、ハイ・ヨー・ヨーのマニューバで後ろを取った。自分の追尾先からブラックオウルが外れたことに気付くと、ユーリは旋回を中断して左にロール。高度を上げてこちらを追いかけようとしているブラックオウルに対して急旋回を試みる。

 ――出力では負けているかもしれないが、旋回性能なら!

 こちらを向いてひっくり返る姿勢で迫ってきたブラックオウルと、上昇するユーリ。二人は空中で交差した。交差後、お互いに即座に反転。天地がひっくり返って、垂直のシザーズを試みるブラックオウルに狙いを定める。


『旋回戦なら、こっちのものだ!』

『あら、それはどうかしら!』


 咲江は二つ並んだ、非対称な形のスロットルレバーの右を手放す。左のスロットルレバーのみを掴んで、一気に引き下げた。大きく開いて青い炎をたなびかせていた、二基のベクタードノズルの左側から炎が急に掻き消え、ノズルがすぼまった。まるで見えない手に機首をぐい、と掴まれたかのように急に左のヨー方向にバランスを崩して傾くブラックオウル。シザーズでブラックオウルを自分の前方に押し出そうとしていたユーリの右を、ブラックオウルが横切っていく。

 驚愕。ユーリが呆気にとられたほんの次の瞬間、まるで何事もなかったかのように姿勢を戻したブラックオウルが彼の背後につく。センサーキャノピーの複合センサーが、日の光を反射して煌めいた。


「くっ!」


 推力最大。同時に頭上に地面を向け、ユーリは急降下。眼下には延々と続く山脈。深く刻まれたいくつもの谷筋、その一つへと、ユーリは狙いを定めて飛び込んでいく。ブラックオウルもごく自然に彼の後を追った。


『素敵な場所でのダンスじゃない。乗らないわけにはいかないわ』

『言っ……てろっ!』


 ほぼ垂直に谷筋へと飛び込み、強引にユーリは身体を引き起こした。全身に凄まじいGがかかり、翼が盛大に減圧雲を纏う。谷筋の川の水面ギリギリを、白煙を巻き上げながらユーリはとびぬけた。その後を滑らかに谷に飛び込んだブラックオウルが追う。凄まじいスピードで流れる谷の景色。右、左、右、右、迷宮の様に曲がりくねる谷筋をユーリは超音速でとびぬける。ソニックブームが反響する音の嵐の中を、早く、鋭く、まるで研ぎ澄まされた一本の剣の様にブラックオウルが貫いた。


『Over G, Over G. Terrain, terrain, Pull up, Pull up.』


 フライトスーツのシステムが警告を叫ぶのを無視して、危険なハイGターンを繰り返す。どちらかが限界を迎えた方が先のチキンレースだ。ユーリはそうしてブラックオウルを、咲江を引きはがそうとするが一向に振り切れない。目の前に白い壁。カール地形。とっさにユーリは姿勢を引き起こす。カールのど真ん中を、手を伸ばせば地面に触れられそうな距離でとびぬけた。全身にかかるGが見る見るうちに増していく。ユーリの後を追うブラックオウルを駆る咲江の額に、一筋の汗が伝うが、彼女は不敵な笑みを浮かべたままだった。

 稜線をとびぬけた。目の前に広がる空。二人はその中へと投げ出されるように飛び込んだ。


『振り切れ、ないかっ!』

『ふふ、こんなに楽しいの、久しぶりよ!』


 通信機から伝わってくるのは、楽しそうな咲江の声。ユーリの口元が笑みとも、怒りとも区別のつかない感情で歪んだ。後ろを向くと、こちらにぴったりとつけてくるブラックオウルの姿。


『そう、です、かっ!』


 ユーリは翼を広げる。迎角を急激に増して、翼から空気が一瞬で剥離し、ディープストール。そのまま翼で気流を受け止め、急減速。コブラ・マニューバ。空中で直立するような姿勢になり、足元をブラックオウルの存在が飛びぬけていくのを感じた。

 取った。

 姿勢を回復する。ブラックオウルは右に急旋回。ユーリは推力を一気に増して追いすがる。あの状況でのコブラ・マニューバは彼から大きく対気速度を奪った。それを回復するために後先考えず推力を増してブラックオウルに追いすだった。前を飛ぶブラックオウルの翼が、ぐぐ、と横に広がった。


「え?」


 次の瞬間、ブラックオウルが上下逆さまでユーリを見下ろしていた。呆気にとられるユーリの口から間抜けな声が反射的に漏れるが、一瞬で脳は記憶を掘り起こした――クルビットだ。

 こちらを逆さに見下ろしてくるブラックオウルの、こちらに真っすぐ向けられた機首がぐんぐんと近づいてくる。ユーリにはそれがスローモーションのように見えたが、実際は一瞬のことだった。彼の視界がセンサーキャノピーの暗灰色でいっぱいになり、その真ん中でスリット状の複合センサーが妖しく煌めいて――。


「はい、捕まえた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ