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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
02/Chapter:"母性の人"
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04/Sub:"学校生活"

先週は仕事の関係で、投稿ができませんでした。

 四人は学校へ歩みを進める。信号を過ぎるとちらほらと学生の姿が見えてきた。学校の校門にまでたどり着くとその姿はさらに増える。

 学校にたどり着いたところで、それぞれの教室に分かれていく。自分の席に座ると、小さくため息をつく。退屈な一日が始まる。世界から彩りが無くなっていくような感覚。これが大嫌いだった。

 壇上にいつの間にか先生が上がり、話が耳を通り過ぎていった。

 退屈な授業を過ぎれば、いつの間にか昼休みだ。昼休みが終わったことを告げるベルが鳴ると、ユーリはのそのそと席を立つ。今日の昼の当番はアンジェリカだった。彼女の食事は、大雑把なものになるが、意外と大雑把なりに美味しい。楽しみであった。

 ユーリは席を立って、教室の出口へと静かに向かう。アンジェリカは用事を済ませてから来るらしいので、先に席を取っておく。雑踏を後にして、廊下からホールに出るとホッと息をついた。テーブルが並んでいるエリアまで歩いていき、その一つに腰掛けた。

 日差しに照らされたテーブル。斜めに見上げると、ガラス張りの屋根の一部から太陽と青空が広がっていた。黄色がかった白に輝く太陽と、その周りに広がる空の青色。群青とは違う、やや濁った青。ぼんやりと、窓の向こうをただ眺めつづける。


「――穂高君?」


 声をかけられて、ゆっくりとそちらの方に向き直る。そこにいたのは、いつぞやの公園の少女、桜だった。


「霧島さん?」

「あ、やっと気づいてくれた。さっきから何度も呼びかけてたんだけど」


 どうやら完全にボーっとしていたらしい。小さく目元を抑えると、わずかに痛んだ。


「何か用事?」

「いや、ただ穂高君と話がしたくて」


 そう言うと、彼女はユーリの隣に座ってくる。彼女の左右それぞれ違う色の瞳。金色の右目が、いやに輝いているように彼には感じられた。


「穂高君って、こないだみたいな空飛ぶの、ずっとしてるの?」

「――うん。ずっと。飛ぶのが、好きだから」


 彼女の、急に確信をついてきた問いに、ユーリはほぼ反射的に答えていた。食い気味に答えてしまったな、とユーリが気づいたときには、目の前の桜はポカンとした表情を浮かべていた。


「あ、ごめん」

「い、いや。穂高君がそうやって何か、その」


 そこまで言って、彼女はしばし口ごもる。


「夢中になった感じで言うのって、珍しいな、って」

「……そう、かもね」


 そう言うと、ぱぁ、と桜は明るい表情を浮かべてユーリに話しかけてくる。


「空が好きなんだ! 空飛ぶときはその、竜の姿だったりするの?」

「いや、竜人の姿で飛んでる。竜の姿だけど、航空法に引っかかってフライトプランを提出しなきゃいけないから」

「そっかー……やっぱ大きい身体で飛ぶのはそれなりに制限があるよねぇ」


 興味深そうにユーリの話を聞く桜に、不自然な様子はない。取り繕っているような、仮面をかぶっているような、そんな気配はまるでない。その様子がますますユーリを困惑させた。ただ彼女は、純粋にユーリのことを知りたくて聞いてきている。そんなふうに感じる。

 今までに、こうやって他人から言い寄られるのは、初めての体験だった。


「どのくらいの高さまで飛べるの?」

「高度十四万フィート、くらいかな」

「十四万! すごい! 成層圏上部じゃない!」


 すごいすごいと彼女が言うのを、ますます奇妙なものを見るような目でユーリは見る。ただ反応するならまだしも、すぐに空のことに応答してくるのがますます奇妙だった。


「成層圏上部ってことは、音速近くも出せるんだ!」

「あ、うん。マッハ15くらいまでなら、出せると思う」

「すごいね! 空飛ぶ流星だ!」


 目を輝かせる彼女。いやまて、物理的に右目が輝いてないか?


「霧島さん、その、目が」

「――あ、ごめん」


 ハッと気づいたようにしてふぅ、と桜が深呼吸すると、右目の光が薄れていく。


「うちの家系、代々こうなんだ。片目がこんな感じで」

「あ、そうなんだ」


 桜が少し苦笑いをする。まずことを聞いたかな、とユーリは自省する。


「興奮しちゃったりすると、少し光ったりすることもあったんだけどね」

「でも霧島さん、すごく光ってたよ」

「変だなぁ、いつもはちょっと光るだけなんだけど……」


 ごしごしと右目をこする桜を、ユーリは不思議な目で見ていた。


「うーん、ちょっと保健室行ってくるかなぁ」

「大丈夫?」

「うん、痛みとかはないし。ありがと!」


 彼女はそう言って立ち上がると、ユーリに笑いかけて、そのまま軽やかな足取りで去っていった。まるで嵐が過ぎたかのようにしん、と静かになるユーリ。ただ周囲の喧騒が響く中、小さく息をついてテーブルに頭を突っ伏す。

 騒がしかった。だけど、悪くなかった。


「変だな……」


 ゴリゴリと机に頭を押し付ける。自然と彼からドラゴンブレスが漏れて、白い湯気となって床に落ちて広がっていく。彼の周囲の気温が下がっていって、陽炎が影に光の筋を落とす。


「あら、ユーリ、どうしましたの?」


 そうこうしているうちにアンジェリカ達がやってきて、春先のクーラーと化したユーリを見て眉をひそめた。霜すら発生させそうな勢いで冷気を振りまいている彼は、エアコンにしては程度が過ぎるだろう。


「ちょっと頭を冷やしてただけ。何でもないよ」

「冷やしすぎですわ」


 ユーリが顔だけ上げると、向かいにアンジェリカが座る。彼女の隣にアリシアが座り、彼の隣にアリアンナが座った。


「で、今日はアンジーがお昼当番だったよね」

「そうですわ! わたくしが作ってきたものは――」


 そう言って彼女が保温バックから取り出したのは、袋に入ったバンズ、レタス、タッパーに入った輪切りにしたトマト、そしてチーズ。ケチャップとマスタードのボトル。


「――ハンバーガーですわ!」


 最後にタッパーに入ったパテを取り出して、彼女は盛大に言った。

 ユーリがタッパーを開けると、給湯室の電子レンジで温めたのだろうか、ふわりと肉の香りのする茶色に良く焼けたパテが目に飛び込んでくる。つなぎを使っているタイプではない、塩とシーズニングだけでひき肉をこね、焼いたパテ。


「本格的だね」

「当然ですわ! 最高に美味しいものを、ですわ!」


 そう言っててきぱきとハンバーガーを挟んでいくアンジェリカ。手慣れた手つきで、目の前に置かれた紙皿にはチーズバーガーが一つ出来上がっていた。高貴な雰囲気を漂わせているアンジェリカが手慣れた様子でハンバーガーを作っているのは何とも違和感があるが、ユーリには見慣れた姿だった。


「はい、貴方のですわ」

「ありがとう」


 アンジェリカからハンバーガーを受け取る。紙皿の上にのせられたそれは、パテの熱でチーズが溶けて垂れ始めていた。


「ハンバーガーを学校で昼から食べるってのも、変な気分ね」


 アリシアが受け取ったハンバーガーの皿をあちこちから眺めながら言う。肉から湯気がかすかに立ち上るそれは、確かに美味しそうだ。


「いいではありませんの。美味しいは人生ですわ」

「ほんとはポテトがあればいいんだけどねぇ」


 アリアンナがサラダを取り分けながら言うと、ユーリは苦笑いで返した。同時に、今度フライドポテトを作ろうと小さく決意する。彼等が好きなのは、太くてしっかりしたフライドポテトだった。


「さて、いただきましょうか」


 にっこりと言うアンジェリカに合わせて、皆でいただきますと言って、ほぼ同時にハンバーガーにかぶりつく。口の中に肉のうまみとトマトの酸味、そしてケチャップの風味が押し寄せてきて、ジャンクという名の喜びが脳を焼く。


「そういえば」


 アンジェリカがフォークをサラダに突き刺しながらユーリに尋ねる。彼はハンバーガーに再びかぶりついていた。頬をいっぱいに膨らませる様子はどこか年相応にかわいらしい。よく見ると、左の頬にマスタードがついていた。


「先程、知らない方と話していた様でしたが」

「あー、彼女ね」


 そう言う彼女の顔は、どこか不機嫌な様な、それでいてどこか不思議そうな、そんな複雑な表情をしていた。


「霧島桜さん。同級生らしいけど、僕のクラスじゃないよ」

「あの方でしたら……おそらく隣のクラスですわね」

「へぇ」


 再びハンバーガーにかじりつく。しゃきしゃきとレタスが音を立てた。


「それで、どんな話をしてたのかしら」

「別に。空が好きとか、そんな話」

「あの方が?」


 アンジェリカの眼が丸くなる。


「何? 姉さん妬いてるの?」


 アリアンナがからかうように言うと、さっとアンジェリカの頬に朱が差す。


「そんなことありませんわ!」

「いいや、別に普通の反応だと思うわよ。私は」


 アリシアがサラダのサニーレタスをフォークで刺しながら言う。彼女の表情は、『痴話喧嘩は犬も食べないわよ』と物語っていた。


「それで、あの子はどうしたの?」


 アリアンナが面白そうなものを見つけた、と言わんばかりの表情でユーリに聞いてくるが、彼は小さくため息をついてかじりかけのハンバーガーをさらに置くと、フォークを取ってサラダに突き刺す。


「別に、目がちょっと変だから、保健室行くって」

「目? どうしましたの?」

「なんか光ってた」

「ほう」


 アンジェリカは、その言葉に興味深げな反応を示す。ユーリはサラダを口に運んで、咀嚼する。しゃくしゃくとしたサニーレタスの食感と、炒めてカリカリになったベーコン――これ僕が作り置きしておいた奴だ――と、ワインビネガーの酸味、塩コショウの塩気が合わさって、美味しい。


「光ってたとは、また。でもヒトでしょう?」

「うん。だけど片目が金色で、代々なんだって」

「それはまた」


 アンジェリカがハンバーガーを手に取って、かじりついた。彼女の鋭い犬歯がきらりと日に照らされて煌めいた。


「ひょっとしたら、これも何かの縁ですかもしれませんわね」


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