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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
52/217

26/Sub:"オペレーション・オーバーエレベーション"

 アンジェリカはサドルユニットの通信機器と霊力でリンクを行う。脳内に直接音声を届ける術式が起動、アンジェリカの脳内に幻聴のように、だが幻聴にしてははっきりと通信が直接響いてきた。


『フライト番号EXIRU20372A、クリアランス。フライトプランでの飛行を許可。高度は120,000フィートを予定。離陸後指示があるまでは10,000フィートを維持。離陸後のチャンネルはリンク8、スカーレット。スコークは1325が割り当てられる』


 新松本空港の管制塔から通信が入ってきた。アンジェリカは内容を復唱。『口に出した言葉』を直接サドルユニット通信機内の術式が読み取り、機械部が変換して通信を返す。


「復唱。こちらフライト番号EXIRU20372A、フライトプランで飛行します。高度は120,000フィートを予定。指示があるまでは10,000フィートを維持します。離陸後チャンネルはリンク8、スカーレット。スコークは1325を割り当て」

『フライト番号EXIRU20372A、復唱を確認。内容に齟齬なし。タキシングの準備ができ次第松本グラウンドと交信』

「フライト番号EXIRU20372A、タキシングの準備ができたら松本グラウンドとコンタクトします」


 アンジェリカは電子免許航空端末を操作。ネットワークリンクをリンク8、スカーレットに合わせた。


『アンジー。通信お疲れ』

「クリアランスが出ましたわ。ユーリ、術式を起動しますわよ術式起動前チェックリスト――ブラストエリア」


 ユーリが首を巡らして翼の後ろを見やる。アンジェリカもユーリ任せではなく、自分の眼で様子を確かめた。

 普段一人で飛ぶのとはわけが違う。


『ブラストエリア、クリア』

「水平指示計補正、セット……マーク。ARモニタ表示」


 アンジェリカが電子航空免許端末を操作。起動した水平指示計が数秒で重力を拾い、水平を割り出す。サドルユニットの術式がそれを拾い、サドルユニット内の機器のデータと統合してユーリの視界に幻覚として水平指示器、速度ベクトル、水位線、速度、高度、方位、加速度、NAVモード、次のウェイポイントとそこへの距離、方位が表示される。


『モニタ表示、正常』

「正常、よし。行きますわよ……術式状態確認」

『クリア』

「始動前霊力流量」

『アイドル』

「術式展開、オンマイマーク。3、2、1、エンゲージ」


 ぶわり、とユーリの霊力が膨れ上がる。ドラゴンの姿の彼の、鱗と翼膜でできた両翼が広げられ、白い光に包まれて鋭い光の翼を形作っていく。響く飛行術式の音が、低い唸りの様な音から一気にジェットエンジンの様な高音に駆けあがっていった。


「霊力流量」

『安定してる。異常なし』

「よし。タキシングを申請しますわ」


 アンジェリカは端末を操作。松本グラウンドとの交信を開始する。


「松本グラウンド。こちらフライト番号EXIRU20372A。タキシングをリクエストします」

『フライト番号EXIRU20372A、こちら松本グラウンド。タキシングを許可。エプロン01を出発後、誘導路A3、A2、A1を経由、停止位置AS1まで進行』

「こちらフライト番号EXIRU20372A。エプロン01を出発後、誘導路A3、A2、A1を経由、停止位置AS1まで進行します」


 帰ってきたのは聞き取りやすい人工音声だった。松本グラウンドはAIが管理していた。


「ユーリ、タキシング許可が下りましたわ。行きますわよ」

『了解。行くよアンジー』


 竜形態のユーリが翼を畳んで歩き出す。『01』の円の中から外に出て、ラインに沿ってのそのそと歩いていく。その後ろを父親、アリシア、アリアンナを乗せた、竜に変身した母親がついてくる。誘導路手前で一時停止。左右を確認して、右折した。

 歩きから小走り程度にユーリが歩く速度を速める。それだけで時速30キロ近く出ていた。ウェイポイントA3を通過。

 小さくアンジェリカは息をついた。ユーリは何も言わない。巡航までは用務以外の会話をしてはいけないのはステライル・コクピットのルールだ。

 通常の一人で飛ぶときとは違う。管制空域を計器飛行で飛ぶには、航空法のルールに従う必要がある。術式を起動して『はい、ゴー』では済まないのだ。それは空を飛ぶという、世界の法則に逆らうために必要な手順の一つであり、この世ならざる領域へ踏み込むために必要な道筋でもあった。

 ――集中、しないといけませんわね。これからがヤマ場ですわ。

 アンジェリカは意識を切り替える。ウェイポイントA2を通過。


「ユーリ、離陸前チェックリスト。グリップ」

『グリップよし』


 ユーリが歩きながら地面を踏みしめる四肢の様子を確認してアンジェリカに伝えてくる。


「霊力流量」

『アイドル』

「飛行術式、霊力抵抗」

『――抵抗なし。術式は正常駆動』

「飛行術式、空力制御」

『離陸位置』

「アンチアイス術式」

『オフ』

「航空灯火術式起動」

『灯火術式、起動』


 ユーリの飛行術式である翼が纏う光の、右翼端が緑に、左翼端が赤に輝いた。尾の先端が白く輝き、点滅する。昼間なので何となくわかる程度だが、日食本影下では翼の飛行術式と合わせてさぞ輝いて見えることだろう。


「離陸データ、確認」

『離陸データ確認……V1、103ノット。VR、110ノット。V2、112ノット。チェック』

「チェック確認。航法装置」

『航法装置、チェック』

「生命維持術式……チェック」


 アンジェリカは自分の生命を維持するための術式を起動する。それは彼女の赤いドレスである霊服に術式が刻まれ、彼女を超高高度の低圧、低温、低酸素、放射線から護る彼女のためのフライトスーツだ。生命維持術式を起動させると、彼女は端末に表示されたチェックリストにチェックを入れた。


「トランスポンダ……オン。離陸前チェックリスト完了」


 チェックリストを閉じる。ウェイポイントA3を通過。


『フライト番号EXIRU20372A、松本タワーと交信せよ』

「こちらフライト番号EXIRU20372A。松本タワーと交信します」


 松本グラウンドから人工音声の通信が入る。アンジェリカは復唱しつつ、先程割り当てられたリンクで松本タワーに通信を繋いだ。


「松本タワー、こちらフライト番号EXIRU20372A、離陸準備はできています」

『フライト番号EXIRU20372A、了解しました。ランウェイ18L手前で待機してください。貴機のコールサインはEI72A。以降はこれで通信を行ってください』

「こちらEI72A。了解しました。ランウェイ18L手前で待機」


 ユーリが歩みを滑走路手前の四本並んだ黄色い線の前で止まる。二本は点線で、二本は実線。その後ろにのそのそと歩いてきた、竜形態へと変化したユーリの母親が多少の間隔をあけて停止する。

 ジェット燃料の臭いが風と共に漂ってきた。ユーリが小さく鼻を鳴らして臭いを吸い込むと、小さくむせる。竜形態なので、ごふっごふっと大型の肉食獣の様な唸り声が響いて、アンジェリカは小さく苦笑いを浮かべた。

 停止線の前で待っていると、青空の中から轟音が響いてくる。ILSの放つ、見えない電波の回廊に乗って旅客機が空から地上へと降りてきた。双発のナローボディ機。高バイパス比のターボジェットエンジンを唸らせ、高揚力装置をめいいっぱい広げ、ふわふわと、文字通り浮かぶようにして滑走路に吸い込まれていく。旅客機が目の前を通り過ぎた。ユーリの竜の瞳は、窓から何人かの乗客が驚愕の表情でこちらを見ていたのをはっきりととらえていた。旅客機はふわりと滑走路に触れると、白煙と鋭いゴムの音をタイヤの接地面から巻き上げて着陸する。低い、唸り声の様なリバーサーの音が響いて少しすると、旅客機は滑走路から静かにエンジンの音を響かせながら誘導路へと出ていった。その様子をアンジェリカは横目で見送る。


『松本タワーよりEI72A。ランウェイ18Lに入り出発を待機してください』

「こちらEI72A、了解しました。ランウェイ18Lに入り待機します」


 ユーリが合図と同時に歩き出す。停止線を越え、滑走路に進入。滑走路はタイヤがこすれた黒い跡が、まるで風がそちらに向かって吹きすさんでいると錯覚するかのようについていた。アンジェリカの緊張が一気に高まった。

 ユーリが両翼を大きく広げて前脚を曲げ、上半身を沈める。その姿はクラウチングスタートか、それまた肉食獣が獲物にとびかかる直前か。

 それは永遠にも思える時間だったが、実際は十秒ほどもなかっただろう。すぐに松本タワーから通信が入った。


『ランウェイ18Lで待機中のEI72Aへ。風は20度の方向から3ノット、最高で5ノット。離陸滑走路はランウェイ18L。離陸を許(クリアフォー)可します(テイクオフ)


 来た。アンジェリカは小さく息をのんだ。


「了解、EI72A。ランウェイ18Lから離陸します」


 すう、とアンジェリカは息を吸う。視界は真正面、滑走路の先。そしてその先にどこまでも広がる――空。


「――行きますわよ、ユーリ! 推力上昇!」

『了解、フルスラスト』


 飛行術式の光の翼が輝き、ユーリの頭上に一瞬、青白く、淡いホロウ・ニンバスが浮かんで消えた。飛行術式の高音が一気に大きくなり、翼の後端から左右一対の噴射光が、長く数珠繋ぎのように続くダイヤモンドコーンを描きながら伸びる。びりびりと伝わってくる霊力の余波が、アンジェリカの身体を駆け抜けていく。


「グリップ、リリース!」

『リリース』


 ガクン、と小さな衝撃と共にユーリが走り出した。先程のタキシングの時とは違う。ぐんぐんと加速し、風景がまるで後方に吹き飛んでまるでブラシをかけたようにかすれる。アンジェリカの身体がサドルに押し付けられる。滑走路を駆けるユーリの足の振動が離陸滑走開始の時は小さくアンジェリカの身体を揺らしていたが、すぐにまるで滑るように滑走路面を駆けだしていく。


「20ノット、40ノット、60ノット」


 ぐんぐん加速していくユーリの速度をアンジェリカが読み上げる。彼は黙って加速を続ける。速度が増すにつれ、ユーリの両翼の飛行術式の表面を流れる気流に速度差が産まれ、圧力差が産まれ、翼に揚力と言う名の重力を振り切るための魔法が宿っていく。


「100ノット……V1。ローテート」


 ユーリが翼をはためかせると、一気にサドルに押し付けられる感触と共に機首が上を向いた。アンジェリカの視界一杯に映るのは、空。


『ポジティブクライム』


 ユーリが小さくつぶやいた。

 滑走路面を滑っていたユーリの後脚が地面から離れた。ふわりと翼が大気を掴み、空へと竜の巨体を躍らせる。飛行術式により白く輝く翼の上面が白い減圧雲で覆われ、翼端から白い雲の糸を引いた。アンジェリカの視界に空が飛びこんでくる。二人が空に飛び込んでいく。


『EI72A。以降は東京コントロールとリンク8、スカーレットで交信してください』

「EI72A。東京コントロールとリンク8、スカーレットで交信、了解しました。良い一日を」

『EI72A――良いフライトを』


 管制塔から子気味の良い通信が飛んできた。ニッとアンジェリカは笑って、スカイブルーの先のダークブルーを見据える。二人は上昇する。青空を突き抜け、雲を超え、群青の真っただ中へ。

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