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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
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20/Sub:"家の鍵"

 四人がカフェテリアにつくと、カフェテリアは昼食を食べようと並ぶ生徒でごった返していた。奥の方を見ると、人がいない席が見えた。人ごみの間をすり抜けながら、奥の丸いテーブルまで歩いていくと、その周辺に並べられた四つの椅子に座った。

 ユーリは保温バックをテーブルに置くと、中から保温ジャーと木製の皿を四人分取り出す、保温ジャーを開けると、中には入れ子構造に容器が二つ、入っていた。それを開けると湯気の立ち上る鹿肉のシチューと、マッシュポテトがそれぞれ詰まっていた。


「ユーリにぃが昨日作ってたのこれかぁ。でも随分張り切ったねぇ」

「始業式の昼で時間的余裕もあるだろうし、そういうときの昼食だからしっかり取りたい――ってアンジーが」


 アリシアとアリアンナの二人がアンジェリカの方を見ると、彼女は得意げな笑顔を浮かべていた。


「わたくしも手伝いましたわ!」


 そう胸を張って言う彼女に、ユーリは苦笑いを浮かべながら配膳を続けた。スプーンで皿にマッシュポテトを盛り、容器を傾けてシチューを注いでいく。丁寧に、垂らしたり跳ねさせたりしないように注ぎながら、一つずつ皿を並べていく。


「あ、ボク水取ってくる」

「アンナ、よろしく」


 アリアンナが席を立つと、手を保温バックの中に突っ込んだ。中から引っ張り出したのは、四つ重ねられたステンレスのコップ。小走りでウォーターサーバーの方に駆けていく。それを横目に見ながらユーリは黙々と給仕を続ける。

 シチューを並べ終わったらサラダを同じように木製の、ややシチューのそれに比べて小さな皿に盛りつけていく。同じように並べ終わって、バックから取り出したボトルからドレッシングをサラダの上に振りまく。レタスの緑とドラッシングの白が鮮やかなコントラストを描き出していた。


「はいはーい、水持ってきたよ」


 器用に片手に二つずつコップを持ったアリアンナが戻ってきた。コップには氷水が入っているのか、表面にうっすらと結露が浮かんでいた。アリアンナはてきぱきとコップをテーブルに並べていく。


「二人とも手慣れてるわねー。学園祭で二人で執事とかさせて、喫茶店でもしたら女子に人気絶対出るわよ」


 アリシアは二人の様子をニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。


「やめてよ恥ずかしい」

「えー、でもユーリにぃ似合うと思うけどな――メイド服」

「そっち!?」


 アリアンナはどうしてそんな当たり前のことを聞くのか、と言わんばかりの顔でユーリを見つめた。


「いや、だってユーリにぃ、師匠――もとい、お義母さんに顔立ちは似てるし、身体はがっちりしてるけど身体のラインが出にくいメイド服とか着て、適当にウィッグつければ絶対綺麗になると思うんだけどな」


 アリアンナがそう真顔で言って横のアリシアとアンジェリカを見回す。二人はしばし考え込んだのち、二人で同じように頷いた。


「絶対着ないからね……」


 最後にジャーからアルミホイルに包まれたバケットを取り出してテーブルの中央に置き、金属のスプーンとフォークを出して紙ナプキンの上に丁寧に並べた。


「ごめん、お待たせ」

「大丈夫ですわ、給仕ありがとうございますわ」


 椅子に座りながらアンジェリカが優雅に礼をユーリに言った。


「では皆さん、ご一緒に」

「「「「いただきます」」」」


 四人で手を合わせ、昼食が始まった。

 スプーンでそっとシチューをすくって口に運ぶ。まだ十分温かく。野菜と肉のコクが溶け込んだ味わいが喉を伝って胃に落ちていく。


「わぁ、おいしぃ」


 アリシアが思わず舌鼓を打った。彼女が肉にスプーンを入れると、ほろりと崩れるようにして二つに割れる。


「昨日散々わたくしとユーリで煮込みましたから」


 苦笑いしながらユーリはサラダをつつく。昨日ユーリが野菜を切っている横でアンジェリカが鹿のモモ肉の塊を殴っていたのを思い出す。どすん、どすん、と重い音を立てながら肉叩きハンマーで殴っている様子は横から見ていて若干肝が冷えた。そのうち『こっちの方が手っ取り早いですわ!』と言っていつ霊槍『ブラッドボーン』を取り出して槌に変形させて殴り出さないかと身構えていたが、生憎そこまで彼女はワイルドではなかったらしい。

 散々肉を叩いた後は、彼女は慣れた手つきで肉を切り分けた後にワインで臭み抜きをしている彼女は、手慣れていた。

 その結果がこれだ。彼女はジビエの扱いには慣れているようだった。今後はもう少し調理を任せてもいいかもしれない。ユーリはテーブル中央の、アルミホイルで巻かれたバケットを手でちぎりながら思った。


「そういえば」


 食事も進んできたころ、ふとアンジェリカが言いだした。他の三人が顔を上げて彼女の方を見る。


「今日の予定は、これから皆さんどうしますの?」

「あー、ボクは特に用事ないかなぁ。家帰って掃除でもしておくよ」


 アリアンナが言う。視線がユーリの方に移ると、彼はえっと、と言葉を紡いだ。


「僕は今日母さんの所行ってこようと思う?」

「お義母様のところへ?」

「うん。サドルユニット、借りなきゃなって」


 あー、と三人が顔を見合わせる。


「借りられますの?」

「多分借りられると思う。そのー……」彼は周りを軽く見渡しながら、先程よりも少し小声でつぶやいた。「多分、また研究開発部のやつ」

「ユーリはデータ取り、と言うことですのね」

「今も僕、『外部協力員』扱いらしいから」


 ユーリがバケットをシチュー皿の上で千切りながら言った。


「あとは、フライトプランを母さんに見せに行ってくる」

「あー……それは」アンジェリカが視線を横にずらしながら言った。「厳しい、ポイントですわね」

「『勝率』はどのくらいなの?」

「五分五分、ってところかなぁ。上手く『僕たちが自分で計画建てました』ってアピールをすれば何だかんだ認めてもらえそうだけど」


 するとアンジェリカは、少し目を細め、眉を寄せて言った。


「甘い考えですわねユーリ。ああ見えてお義母様、結構過保護な方ですのよ?」

「そう、見える?」


 ユーリがアリアンナの方を向くと、彼女はしばし「うーん」と顎に手を当てて考え込むと、どこか納得したような表情で言う。


「まあ、師匠は結構ユーリにぃの事、過保護な方だと思うよ」


 そんなもんなのかなぁ、とユーリは小さくつぶやいた。ひょっとしたら自分はそう思っていないだけで、他所から見ればそんなものなのかもしれない。ユーリは静かにコップに注がれた氷水を飲む。よく冷えた水が、喉を通って冷たさを残しながら胃まで落ちていった。


「まぁやるだけやってみるよ。上手くいかなかったら……」


 ユーリは他の三人を見まわして小さく頷く。アンジェリカが、「その時は」と彼の代わりに言葉を繋いだ。


「その時は、皆で腹を括りましょう」


 その言葉に、全員が頷いた。




 まだ一か月も離れていないはずなのに、古風な日本屋敷の実家のその門はやたらと懐かしく感じた。ユーリは古めかしい門の、そこだけまるで切り取って張り付けたかのように異彩を放つ近代的な、黒い格子の間にすりガラスが入っているドアに鍵を差し込んでドアを開く。

 実際この鍵は意味があるようで意味はない。鍵で直接扉を開錠するのではなく、ロック機構が登録された鍵を感知すると術式が霊力パターンを検知してサーチ、同時に見えないように備え付けられたセンサーが鍵を差し込んだ人間を精査して、両者が『鍵を持っていると登録された人物』と判断すると鍵が開く、という仕組みだった。

 要するにここに鍵を差し込むという動作はタダの認証受付であり、必要な訳ではない動作だ。それがどうにも、ユーリには馬鹿にされているような、不合理なように感じた。

 戸を開けて中に入ると、よく掃除のされた玄関前の石畳が目に入る。後ろ手に扉を閉めて、鍵を閉める。これも自動でいいのでは? とユーリはいつも思っていた。


「ただいまー」


 玄関の戸を、また別の鍵で開けて――こちらは普通の鍵だった――中に入ると、ユーリは家の中に向けて声を投げる。思えば、姉妹と同棲している屋敷でも「ただいま」と言うのに、実家に帰った時も「ただいま」と言う。理論的にはおかしなことではないのだろうが、何とも不思議な気分だった。

 家に上がると、ギシギシときしむよく磨かれた木の廊下を歩いていく。まだ一か月も経たないというのに、ずいぶんと懐かしく感じる。


「おや、帰っておったか」

「玉江さん」


 玉江は若草色から白にグラデーションの入った着物を着崩し、肩をはだけださせた格好で腕を組んでそこに立っていた。黄金色の髪は、今日は結ばずに流していた。頭上の狐の耳と、九本の尾が時折揺れる。


「父さんと母さんは?」

「うむ、主殿(理人)なら今日は本部に行っておる。リリアなら買い物じゃ。そのうち返ってくるのではないかのぉ」


 玉江はふさふさと尻尾を揺らしながら言った。手入れしたばかりなのか、心なしかいつもよりも毛並みが良い。


「わかった。部屋で適当に待つよ。玉江さんは?」

「妾は居間でくつろいでおる。もうすぐ昼の『どらま』が始まるのでの」


 ではの。そう言って台所に向かおうとしてすれ違う玉江。着崩した着物の裾の隙間から、わざとなのか自然体なのか、太もも半ばまであるサイハイソックスのように改造した足袋を履いた足を時折のぞかせながら歩く。

 そんな彼女の足を見て、ふとユーリは気づく。


「ねぇ玉江さん」その言葉に玉江が振り返るが、ユーリの眼には罪悪感も何もなく。「最近、ちょっと太ったんじゃない?」


 びしり、と音が聞こえたような気がした。ひくひくと口元を歪めながら玉江が笑顔を張り付ける。


「そ、そうじゃな。ま、まぁ努力はするかの」

「うん、これから暑いからね。早めに痩せといた方がいいと思う」


 一緒に走る? そう聞いて玉江はサーっと顔を青ざめさせる。彼が走るといった時は『軽く』でも一〇キロは走ることになるだろう。勘弁してくれ妾は竜とは違って狐なのじゃ頭脳労働担当なのじゃと命乞いをしたい気分であった。


「う、うむ。まぁ主殿(理人)につきおうて貰うかの。気にするでない気にするでない」


 では、またな。と言って玉江は早歩きで廊下の奥に歩いていく。ギシギシと床がきしむ音は、ユーリのそれよりも心なし大きかった。


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