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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
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13/Sub:"ファースト・コンタクト"

 彼が荷物を鞄に詰め込み、部屋を出ようとしたとき、赤いグラデーションの入ったワンピースの上に、カーディガンを羽織っていたアンジェリカに呼び止められた。


「ユーリ、忘れものですわ」

「え、何?」


 忘れ物したっけ? そうユーリがふと思い返して答えを探しているうちに、アンジェリカがそれを渡してきた。クレジットカードやICカードほどの大きさのプラスチックのカードが、人工皮の黒い定期券入れに入っている。表面にはユーリの顔写真と、『槍沢中等学校』『穂高 有理』の表記。

 学生証、忘れてた。


「なければ校舎に入れませんわよ」

「わざわざ取りに戻るところだったよ。空飛んで戻って」


 ユーリはアンジェリカから学生証を受けとり、鞄の中に放り込んだ。飛行用鞄を身体の前面に取り付け、ハーネスで固定する。


「見送りますわ」


 そう言ってアンジェリカがついてくる。二人は部屋を出て、木の階段に足音を静かに響かせながら一階に降りた。屋敷のドアを開けると、外は雲がまばらに散る晴れ。クラウドカバーはスキャッタード。飛行日和だ。ユーリの四肢が光に覆われ、彼の姿が人から竜人へと変わる。

 アンジェリカは靴を履いてユーリの前に踊り出ると、芝生の上に出て額に手を当てて目元に影を作りながら空を見渡す。まるで敬礼でもしているみたいだな、と何となくユーリは思った。

 一通り空を見渡したアンジェリカがしゃがみ、左足を大きく後ろに伸ばし、その曲線と体軸を連続させて姿勢を低くした。対ブラスト姿勢か。すぐにユーリは気づく。昨日の晩、ベッドに入りながらVRシネマで見た戦闘機の映画の真似だった。


「ユーリ! クラウドカバースキャッタード、ビジブルクリア! ウインドアングル、スリー、ファイブ、ゼロ! スピード、ファイブノット! ランウェイクリア、ユー・クリア・フォー・テイクオフ!」


 アンジェエリカが左手の人差し指と中指をそろえ、『銃』の形をしてびしりと前を指さす。その光景にユーリは苦笑いして、アンジェリカの横まで歩いていくと、指さしていく方に向けてクラウチングスタートの姿勢を取った。

 飛行術式が起動し、霊力流量が跳ね上がる。噴射光がダイヤモンドコーンを形作り、大きく伸びる。甲高い音が響き、轟音が周囲に満ちた。

 ユーリは弾かれたように駆け出す。一気に翼に空気を受け止め、境界層を制御して一気に揚力を掴んだ。彼の足が大地から引き離され、その瞬間一気にピッチアップ。翼が一気に減圧雲を纏った。ユーリはほぼ垂直に体軸を持ち上げた。まるで発射されたミサイルのように一気に空に駆け上っていった。爆風ともいえる風が対ブラスト姿勢を取っていたアンジェリカを叩いた。彼女のワンピースがはためく。

 ユーリは垂直上昇。翼端からベイパートレイルを引きながら再びピッチアップ。一八〇度ロールしてインメルマンターン。離陸後すぐに高度を稼いだ彼は、青空に白い雲の糸を引きながら緩やかに旋回し、住宅の屋根の影に消えていった。

 周辺に、ユーリが大気を叩き割る遠雷の様な音が響き渡る。その音が消えたころ、アンジェリカは対ブラスト姿勢から立ち上がった。ユーリが残していったベイパートレイルは、もうない。それを見て彼女は困ったように笑うと、小さくため息をついた。

 ユーリは離陸後学校に進路を向ける。この周辺の施設の位置関係はすべて頭の中に入っている。高度をだいぶ稼いだおかげか、周辺の視界もいい。雲の上に出てもよかったが、学校までの距離でそこまで上昇する必要もないだろうと判断。推力を落とし、水平飛行に。空気抵抗で対気速度が緩やかに落ちて、巡航。空気を滑らかに切り裂きながら学校に向けて飛行した。

 フライトタイムはそれほどかからなかった。五分もかかっていないだろう。歩きだとそれなりに時間がかかるが、飛べば一瞬だ。ユーリは校庭の端に降りると、竜人の姿のまま校舎の入口へと歩いていく。着陸するときに確認したのだが、校庭ではどの部活も活動をしていなかった。昼休み中なのか、それとも今日は活動自体がないのか。

 まぁ、どうでもいい。

 ユーリは竜人形態から人形態に戻ると、鞄から靴を取り出してフライトスーツの足裏を軽くはたいた後、その上に履く。暗い青のスニーカー。いつも大抵これを履いていた。

 校庭の砂が飛んだのか、じゃりじゃりと音がする石畳の道の上を歩く。渡り廊下の下を通って、学校の正面玄関へ。下駄箱のあるところのガラス張りの扉は閉じられていた。

 ユーリは正面玄関の横に回る。植え込みが途切れたところにあったのは、白く塗られた金属製の扉。横にカードをかざす電子キーがあった。彼がカバンから取り出した学生証をかざすと、電子音と共に鍵の開く音がした。

 薄暗い玄関に入ると、下駄箱のロッカーが並んでいた。『穂高』とかかれた名札が差し込まれているロッカーを開けて上履きを取り出す。その中にスニーカーを突っ込んで、ユーリは上履きをそのままフライトスーツの上に履いた。

 静かな校舎の中を歩く。電気もついていないので薄暗い。お目当ての物は図書室の目の前のコルクボードに貼ってあるだろう。階段を登って一つ上の階へ。

 階段を登って左に曲がると、図書館への入り口だった。図書館の目の前のコルクボードに、様々な張り紙がしてある。部活勧誘、生徒会からのお知らせ、制服の申し込み期限について等々。ユーリはそれらを斜めに見ながら目当ての物を探していく。

 パン屋でのレジ打ち、宅配、コンビニでの荷物整理、数値の打ち込み、アプリケーションのデバック……並んでいる就業体験(アルバイト)の一つ一つに、目を通していった。注意深く内容を読み、先程アンジェリカに言われたことを頭の中で反芻する。自分の強みを生かす、そんな仕事の条件を探す。


「――。――」


 そんな彼だが、目の前の情報と思考に集中していたからか、後ろからかけられた声に気付くまで、少しばかりの時間がかかった。


「――し! もし、そこの貴方!」


 ようやく自分が呼ばれていることに気付いたとき、ユーリの口から自然と言葉が漏れていた。


「アンジー?」


 振り向いてみて、目に飛び込んできた情報に彼は違和感を覚えた。

 そこにいたのはアンジェリカではなかった。アンジェリカと同じだがやや色の薄い、金色の髪を頭の後ろでシニョンにし、前髪を横に流して額を出した、清潔感のある髪型。外国人の様な彫りの深さや線の細さはあるものの、どこか日本人の様な丸みを感じる整った顔立ち。怒っているのだろうか、寄せた眉の下で青く透き通った瞳は真っすぐユーリを睨みつけていた。

 背はアンジェリカより少し小さいだろうか。だがそれ以外の体形はアンジェリカとそっくり――いや、プロポーションの良い健康的な体形ではあるのだが、アンジェリカほど引き締まってはいない気がした。しかし体軸がぶれていない。胸はアンジーより少し大きいかな――。


「貴方! 聞いていますの?」

「……おっと」


 思わず思考に没頭してしまった。しかし違和感がぬぐい切れない。どうしようもない気持ち悪さを肝心ながら目の前の彼女の話を聞く。


「ごめん。何か用?」

「学校内では制服が着用必須ですわ! それになんですのその……服は!」

「フライトスーツのこと?」

「ふらいとすーつ……? ともかく、今すぐ着替えてくださいまし!」


 ユーリは左右を見て、目の前の少女を見た。


「ここで?」


 ユーリがそう言うと、目の前の少女は顔を紅くした。


「何考えていらっしゃるのです! 向こうの教室で着替えてくださいまし!」

「でも、これ終わったらすぐに学校出てくよ」

「規則は規則、ですわ」


 そう言って一歩も引かない少女。だがユーリの違和感はどんどん大きくなっていく。そうして気が付くと、無意識に右手がピクリと動いた。


「っ!?」


 びくりと目の前の少女が身体を震わせる。今頬に触れようとした? ユーリが自分の無意識の行動に困惑するが、しかし少女の視線はユーリの、その金色の瞳に縫い付けられたように離れない。金色に、まるで太陽の様な瞳は、瞳孔が縦に細まっている。


「貴方、その眼――」


 少女が何か言いかけるが、ユーリもまた、少女のその瞳の色に釘付けになっていた。青い、深く青い瞳。それはまるで彼が飛ぶ成層圏の空のようで。


「きれい……」


 思わずユーリがつぶやくと、少女はハッと意識を取り戻したように一瞬目を丸くすると、頬を少し紅く染めながらユーリをキッとにらみつける。


「と、ともかく、以降は気を付けてくださいまし!」

「あ、うん。ごめん。気を付けるよ」


 失礼しますわ、と捨て台詞のように大声で言った後少女が早歩きでユーリから離れていく。彼女の影は、階段の曲がり角を曲がって、見えなくなった。彼女が階段を登る足音が、静かな校舎に乱暴に響く。

 ユーリはしばし、彼女の頬に触れようとした手をじっと見つめる。彼女に触れた錯覚がまだ手に残っているような、そんな不思議な気分。そこでふと、ユーリは鼻を鳴らして、空気に残っていた匂いを嗅いでみた。

 なんてことはない、知らない匂い。だが、どこか安心するような匂い。

 ますます彼は混乱する。どうしてだろう? 足音も聞こえなくなり、静寂が満ちた図書館前の空間で彼は独り思考にふける。

 どれほどそうしていただろうか。そこでふと、彼は昔のことを思い出した。

 思い出したのは、アンジェリカとユーリが初めて会った時の事。もう一〇年近く前になるのか、当時の彼女はユーリのことを先程の少女のように睨みつけていた。いろいろ言われた気もするが、そこまでは覚えていない。だが、それを思い出して、ようやく点と点がつながる。思考がスパークし、天啓のように、その不思議な真実が浮かび上がった。


「あの子、アンジーに似てるんだ……」


 顔立ちも、瞳の色も、言ってしまえば彼女はおそらく人間で、吸血鬼ではないだろう。違いを挙げればキリはないだろうが、それはまるで鏡に映った像のように、似ているようで、正反対のようで。

 鏡に映った像は正反対だが、人はそれを自分が鏡に映った存在であり、自分自身と認識することはできる。

 なんだか、彼女はそんな存在のようにユーリは感じられた。

 思えば不思議だった。普段他人に興味を示さない自分が珍しく相手のことを――思えば、若干失礼だったかもしれない――まじまじと観察して、アンジェリカと比較していたのは、きっとこの違和感に本能的には気づいていたからだろうか。

 今度会った時、今の態度についてもう一度謝ろう。このことをアンジェリカが評すればきっと『紳士的ではない』と怒られるだろう。

 普段からアンジェリカの隣に立つためにそういうことには気を遣っていたつもりであったが、それが頭から吹き飛ぶくらい、ユーリにとってその少女との出会いは強烈だった。

 しかし、それでもなお少し頭に残る疑問。


「どこかであの子、見たことあったような……」


 ユーリは素朴な疑問を静かに口に出すと、ここに来た当初の目的を思い出し、再び掲示板に目を移した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アンジーによく似た少女との出会い……熱いですね。 その瞳が、まるでユーリ自身が愛してやまない空と同じ色をしているのも業が深い感じがします。 大丈夫かな……正妻はちゃんとアンジーちゃんのまま…
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