表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
32/216

06/Sub:"酩酊"

「そういえば、今回は決めないの?」


 そのユーリの問いかけに、アンジェリカが小さく首をかしげる。


「決める、とは?」

「ほら、前回の事前話してたときに、言ってたやつ。オペレーション名」


 そう彼が言うと、アンジェリカはあー、と上を見つめながら返す。


「そういえば、決め忘れていましたわ」

「決める意味、あるの?」


 そうユーリが片眉をひそめながら聞き返すと、彼女は当然ですわ! と返す。


「こういうのは気分もありますわ! それに、こういう作戦名をきめておいてそれで会話すれば、少なくとも何をするかという情報が外部に漏れるのを防げますわ!」


 バレて困るような人いたっけかなあ。ユーリは訝しんだ。


「で、じゃあ今回の作戦名はどうするの?」

「それですわね……」


 彼女は顎に手を当てて考え込む。わかる人にはわかり、わからない人にはわからないようにしなければいけない。


「前回はどうしたのさ」

「『ゴーストバスター』から頭文字をとって『ゲートブレイカー』でしたわ」


 なるほど。頭文字をとる、か。彼はぱっと考えをめぐらせる。今回のことだと海上での飛行、そして日食。そうすると。


「ベースとなる単語は、『オーシャン・イクリプス』って感じかな?」

「Oと、Eですわね」


 単語を頭の中でいろいろ思いつく限り挙げていくが、なかなかしっくりくるものはない。これは時間がかかりそうだ、とアンジェリカは頭をかかえた。

 ユーリもユーリでいろいろと候補を考えるが、なかなかしっくりくるものがない。思いつくのは航空用語ばかりだ。ピッチ、ヨー、ロール、アングル、エレベーション――これだ。


「オーバー・エレベーション」

「?」

「オペレーション『オーバー・エレベーション』はどうだろう。高高度を飛行するし、高上昇率をとることだってありそうだから」

「フムン……いいですわね!」


 アンジェリカがそれにしますわ! と叫ぶ。気に入ってもらえたようで何よりだった。


「でも実際飛ぶときには安全運転でお願いしますわ」

「マッハ三で飛ぶのに今更かな――こちら機長です。どうぞ快適な空の旅をお楽しみください、ってね」


 そうユーリが声をややくぐもらせて言うと、アンジェリカはくすくすと笑った。


「オーケー。じゃあオペレーション『オーバー・エレベーション』で」

「いいですわ。二人にも伝えておきますわ」


 では、出ましょうか。そう言ってアンジェリカが手元のコンソールを操作すると、彼女はログアウトした。仮想空間のブリーフィングルームの管理権限がユーリに移ったとの表示が目の前に浮かぶ。彼はその表示をタッチすると、出てきた管理画面から『部屋を終了する』の表示を押した。

 目の前の真っ暗な部屋がドットに細かく分かれ、消えていく。代わりに出てきたのは、真っ白なホーム()()だった。

 ユーリが左腕を、腕時計を覗くように持ち上げると、腕に巻かれるようにして円筒状のディスプレイが表示される。その表面からアイコンをいくつか叩くと、彼の周囲の空中にいくつもアイコンが並んでうかびあがる。B5用紙ほどの大きさの、アプリケーションのアイコンがいくつも並ぶ中、一つだけある『ゲーム』の欄。前にユーリがオープンベータに参加し、高度制限に到達したゲームだった。

 消そうかなあ。

 ゆくゆくはファンタジーRPGの様な、プレイヤー同士の大規模な戦闘もあるようなオープンワールドゲームとなるらしいということをアリシアから聞いていた。オープンベータには彼女も参加していたらしいが、ついぞ彼女と一緒に遊ぶことはなかった。

 ユーリはアイコンを長押しすると、アイコンの下に出てきた小さなウィンドウをスクロールする。通知、サイズ、インストール日時。一番下までスクロールすると、そこにあるのは『アンインストール』のボタン。

 ユーリはそれを見て、しばらく考えたが、結局なにもせずメニューを閉じた。

 ――まあ、みんなで遊ぶならやってもいいかな。

 端末の容量に困っているわけではない。そして何より、これをユーリに勧めてきたときのアリシアの楽しそうな表情が、彼の脳裏に浮かんだ。

 ユーリは『ログアウト』の表示を押す。すると視界がすっと暗くなり、身体から感覚がなくなっていく。夢から浮き上がるような感覚――。



 ――ベッドの質感が戻ってくる。

 横になっているベッドの感触が背中に戻ってくると、視界が真っ暗なことに気付く。いや、気づかされる。もともと目の前にあった景色が、実は瞼の裏に見えていただけで、ずっと瞼は閉じていたことに気付くような、朝支度をして朝食をとって家からでて学校に着いたと思ったら、それが夢で自分はずっとベッドの上にいたということに気付いたような――そんな、奇妙な感覚。

 やっぱりこれだけは慣れませんわね。アンジェリカは顔に張り付いているVRゴーグルをはずすと、のそりとベッドから上体を起こす。

 光の入ってきていなかった瞳孔に急に光が入ってくると、なんてことはない、自分とユーリの部屋が視界に入ってくる。

 左手にぬくもりを感じると、自分の横に並ぶようにして仰向けに寝ているユーリの姿が目に映る。VRに入っている間に、どうやら彼の手を握っていたようだ。

 彼女は仰向けに、小さく息を立てて横たわるユーリの姿を見る。幼さが若干残るものの、しっかりと筋肉と骨格のついた肉体。寝ている姿勢ながら、姿勢にはしっかり体軸が通っていてどこか安定感の様なものを感じる。

 彼の顔に張り付く、四角いVRゴーグルの表面が、梵字のような、はたまた電子回路のようにも見える形に淡く虹色に光っていた。

 しばし、その顔を眺める。


「……ユーリ?」


 呼びかけてみるが、応答がない。まだ何かしているようだ。そうこうしていると、すぅ、とゴーグルの表面の光る模様が、黒いゴーグルの表面に吸い込まれるようにして消えていく。同時に、彼の息が深く、ゆっくりとしたものに変わる。


「ユーリ?」


 不思議に思って電源が切れたVRゴーグルをそっと外す。ゴーグルにかかっていた、彼の銀色の、シルクのように滑らかな髪の毛が音もなく額に流れる。露わになった彼の表情は、それはそれは安らかに眠っていた。


「ユーリ、起きてくださいまし」


 アンジェリカがユーリを軽くゆするが、起きない。依然息は静かに深いままだ。朝から飛んでいたのもあって、ひょっとしたら少し疲れているのかもしれなかったが、これからやることがあると言っていたのは彼だった。起きてもらわなくては困る。


「ユーリっ」


 そう彼をゆすると、彼の服がはだけて首筋が露わになる。

 アンジェリカの視線が、止まった。

 彼女の視界の中央にしっかりと固定されているのは、ユーリの白い首筋。白く滑らかだが、しっかりと安定感をもった首回りはその薄皮一枚の下に渦巻く、莫大なドラゴンの生命力を感じさせていた。

 それが、目の前で無防備な姿をさらして、横たわっている。

 そういえば、最近ユーリの血を吸ったのは、あの幽霊屋敷騒動が最後でしたわね。

 理性がそう彼女の精神に語り掛け、肉体が同調する。彼女の身体は無意識に動き出していた。ごくり、と小さく喉を鳴らす。

 ――だいじょうぶ、ですわ。

 ――ほんの、すこしだけ、ですわ。

 彼女は四つん這いになると、仰向けに寝るユーリの上にまたがった。そしてそのまま体を眠るユーリの上に投げ出していく。まるで仰向けに寝るユーリの上にまたがるような格好に。徐々に体重をかけていくが、彼が起きる気配はない。

 彼女はゆっくり上半身を彼の胸板に預ける。豊かな胸がアンジェリカの身体とユーリの硬い胸板の間でつぶれて、形を変える。彼女の吐く吐息は熱く、ユーリの首筋をそっと撫でた。彼が小さくうめく。

 彼女がそっとユーリの頭の下に左手を滑り込ませ、右手で彼の肩を掴んだ。そのまま顔を近づけると、彼の顔を少し横に向けた。アンジェリカの目の前に映る、ユーリの白い首筋。

 アンジェリカが口を開く。赤い口内に、健康的に並ぶ白い歯。ただその中で犬歯だけが、まるでよく研いだナイフのように鋭くきらめいていた。彼女は音を立てずに、静かに、滑らかに、ユーリの首筋に口を付けた。そして。

 かぷり。

 抵抗なく通る牙。じんわりと口の中に広がる、鉄の――いや、ユーリの味。霊力を含んでまるで小さな氷を含んだ水の様な、はたまたシャーベットのような舌触りに錯覚して、ぞくぞくと背中が震える。身体の中にユーリを受け入れる感触。吸血鬼に産まれてよかったと、彼女は心の底からそう思った。

 夢中になって彼を啜る。アンジェリカの小さな喉がこくりこくりと音を立て、それが朝の静かな部屋に響く。彼女の紅い瞳は、妖しく光っていた。

 ユーリの手が、彼女に気付かれないまま、小さくピクリと動いた。



 ――意識が戻ってくる。どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。実際夢を見ているようで、文字通りの夢心地だ。ログアウトしたあと、そのままウトウトして眠ってしまったらしい。

 身体の感覚が戻ってくると、何かの違和感を覚える。自分の上に何か乗っている? 身体が重いが、何やら胸板に柔らかいものが押し付けられていて、そのほかにも全身に柔らかな何かが乗っていてとても心地の良い重さだった。起きられなかったのはこれのせいかもしれない。

 目を開けようとすると、外のまぶしさに一瞬目がくらむ。瞼の隙間から入ってきたわずかな光が網膜を焼き、視界が一瞬で真っ白になる。視界が戻ってくると、目に映るのは、アンジェリカと一緒に寝ていたベッドの天蓋の裏。木星のようなガス惑星を連想させる、流れるような木目がやたら目に付く。

 そこで、彼は視界の左下半分が金色で覆われていることに気付く。


「!?」


 そうして体に戻ってくる感覚。そこで、ようやく誰かが自分の上に乗っていることに気付いた。そうしてふと鼻腔にをくすぐったその香りに、それが誰かと言うことに気付き、脳が一気に寝ぼけている状態から最大駆動まで持っていかれた。


「あ、アンジー!? ――っ!」

「んくっ、んくっ、んくっ、んくっ、んくっ」


 彼の困惑する声が聞こえたのかそうではないのか、アンジェリカは血を啜るのをやめない。彼がもがこうと右手を下げている位置から動かすと、アンジェリカの左手が彼の掌を掴んで指を絡ませてくる。左手は動かそうとした直後に、彼女が右手で同じように抑えてしまった。


「――っつ、あ、あ――」


 そうして抵抗できなくなったユーリは、なすすべなくアンジェリカに血を吸われる感覚に身をさらし続けることとなった。吸血されるというのは妙な感覚だ。まるで彼の心臓、魂に、牙をたてられているような、自分とは違う存在が触れているような。これが見ず知らずの他人だと思うとゾっとする。

 だけど、今触れているのは、アンジーだ。

 そう思った瞬間、下腹部の、へそのあたりからマグマのように熱を持った何かが駆けあがってくる感触。それが喉に触れて、そこに全神経が持っていかれる。頭の中に火花がいくつも散り、思考がまとまらない。

 ――アンジー、()()吸いすぎっ……!

 そうして、どこか他人事のような思考の中、そういえば最後に血を吸われたのは幽霊屋敷の騒動の終幕の時以来だなぁ、と思った。


「アンジーっ……!」


 何とか呼びかける。何度か呼びかけた後、ようやく彼女が反応した。首筋からそっと牙を引き抜き、傷口をなめる。じんわりと温かい感触と共に、首筋に感じていた何かがぽっかり穴が開いたような感触が消えた。

 アンジェリカがゆっくりと顔を起こし、ユーリの正面に。その赤い瞳は赤く妖しく輝き、浮かんだ涙が輝いている。頬は紅潮し、息も荒くなって半開きになった真っ赤な口には、白い牙が煌めいている。ユーリは彼女の瞳に映る自分が、首筋を露わにした状態で頬も紅潮し、涙を浮かべている様子に気付いた。あの時のアリアンナと同じ。

 ……まいったな。アンジー、『酔ってる』。

 そうユーリが思った次の瞬間、彼の唇は奪われた。


「んっ! んっ、んぐっ!」


 強引に口にねじ込まれる舌が口腔内を嘗め回す。乱暴に、それこそ味わっているように。異様な感触の中、ユーリは静かに行動を開始した。

 ドラゴンブレスを口の中に集める。イメージは、まるで口から炎を吐く竜のように。アンジェリカと繋がっている口から、ゆっくりと、冷気を流し込んでいく。

 まるでむさぼるようにユーリの口を蹂躙していたアンジェリカの動きが次第に落ち着いてくる。どれだけ経っただろうか。ゆっくりと、彼女はユーリから口を離した。細い、赤い唾液の糸がアーチを作って、名残惜し気に切れた。

 上体を起こし、仰向けのユーリに跨りながら顔をうつ向かせるアンジェリカ。その顔はユーリからもちゃんと伺うことはできなかったが、真っ赤になった顔はそれでもしっかりわかった。

 吸血後に繊細な霊力の制御。ぜぇぜぇと小さく肩で息をしながら、ユーリはつぶやく。


「落ち着いた?」


 彼女は、小さく頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 吸血シーンが……あまりにも、センシティブですね……。(だがそれもいい) ちょっとだけ……と言いながら、ユーリの血に酔うアンジーが可愛いすぎます。それにユーリ君も可愛い。 前半のオペレーショ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ