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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
31/216

05/Sub:"作戦立案"

 ――接続感度良好、回線速度安定。ようこそ、ブリーフィングルームへ。


「さて、ブリーフィングを開始しますわ」


 そのアンジェリカの言葉に、他の三人は顔を見合わせる。

 朝食の後、四人はVR空間の例のブリーフィングルームーーこの間の騒動の時使ったやつだ――に入室(ログイン)。真っ暗な空間の中、真ん中だけスポットライトが当てられたようになっているブリーフィングルーム。中央にまるでスポットライトに照らされているかのように明るい部分があり、地面にできた光の円の周りに、四人は椅子を並べて座っていた。三姉妹はそれぞれの()()、ユーリはフライトスーツの姿だ。


「アンジー、一つ質問いい?」ユーリが手を挙げる。「何かあったっけ?」

「それを今から説明しますわ。まずはこれを」


 アンジェリカが手元に出現したコンソールをいじる。円形に光る目の前の床からホログラムが浮かび上がる。出てきたのは、地球のホログラム。主要な低軌道及び中軌道の衛星と、静止軌道宇宙ステーション、そして準天頂同期軌道衛星の軌道が地球の周りにを囲むようにして表示される。


「二〇七〇年四月一一日」


 アンジェリカが言いながらコンソールをいじると、地球に向かって突き刺さる一本の黒い柱の様なものが、地球のホログラムに重ねて表示された。よく見ると、地球側でやや細まっていて、地球から離れるにしたがって緩やかに膨らんでいるように見える。


「この日、皆既月食の月影が地球表面に重なりますわ。日食の本影の開始地点はインド南部スリランカ付近」


 彼女がコンソールをいじると、地球がクローズアップされて大きくなっていく。表示されるのは、中央アジアから日本付近までを表示する、緩やかに球を描く世界地図。その上に日食の円形の影が落ちている。


「皆既日食の本影はその後北東に向かって移動しながら、タイ王国上空を通過、そのまま日本の南の太平洋上を通過してハワイ北部で終わりますわ」


 アンジェリカがコンソールの再生ボタンを押すと、インドの南に落ちていた影が動き出す。影は赤く光る線を残しながら地球のホログラムの上を動いていき、タイの上空を通り、沖縄のすぐ南を通過したあと日本の南海上を通過。そのまま緩やかにカーブを描いてアラスカとハワイの中間あたりで止まった。

 アンジェリカが日本付近を拡大する。時間のスケールをいじって、ちょうど日本付近を日食の本影が通過する時間に設定すると、日本の南海上を通過していく様子がなるほどよく見えた。


「今回の日食では、日本の本州は皆既日食の本影のエリアからは外れてしまいますわ。日食が本州の南海上を通過するのは、一一時」


 右下に表示される数字が動く。

『2070.04.11.11:15JST/2070.04.11.02:15UTC』の表示が出ているとき、影は一番本州に近づいていた。


「そこで!」


 アンジェリカが手元のコンソールをいじる。日食の影の移動のアニメーションがもう一度再生されるが、本州の中央当たりから青い矢印が線を残しながら動いていくのを見て、ユーリは彼女のやりたいことに気付いた。


「日食の影を、追いかけろと?」

「ですわ!」


 青い矢印はそのまま奄美大島沖頃にあった日食の影に重なると、ピタリと日食の影に重なって動いていく。そのまま小笠原を飛び越えて、北海道の真南くらいまで飛んだところで、青い矢印は影から離れて出発地点へと戻っていった。


「本ミッションでは、ユーリは竜形態でアリシア、アンジェリカ、アリアンナの三名を搭載した状態で信州空港から離陸、西南西へ進路をとったのち、太平洋上に出たらそのまま奄美大島沖まで高度一二万フィートを一八〇〇ノットで飛行、日食の本影に入ったら本影の移動と同期して飛行、一時間飛行ののち、影から離脱して帰投。これが飛行プランの概要ですわ」


 総飛行距離は三二〇〇キロほどだろう。ユーリは即座に頭の中で飛行経路をシミュレートし始める。


「なるほど、空から見れば天気を気にする必要もない、とね」


 アリアンナが組んでいた足を組み替えながら言う。


「と言うことは、コパイロットはどうするの? 場所的にVFR(有視界飛行方式)じゃなくてIFR(計器飛行方式)の空域だよね?」

「あー、前に飛んだ時みたいに、今度も母さんに頼むよ」


 ユーリが言う。

 三姉妹を載せるためのサドルユニットまでは持っていない。必然的に母親に借りることになるだろうし、そのついでに計器飛行用のコパイ役を頼むか、先導役の編隊飛行を頼んでもいいかもしれない。そうなったらユーリがコパイになる。

 そこまでユーリが考えたところで、アンジェリカが声を上げた。


「いいえ、今回は――」


 アンジェリカは、他の三人を見回し、そして最後にユーリの顔を見て、言う。


「わたくしが、コパイロットをやりますわ」


 その言葉に、一斉に全員がアンジェリカの顔を見た。


「え? アンジー、コパイロットできるの?」

「飛行種族用の計器飛行用ライセンスは持っていますわ――……使ったこと、ありませんけど」


 ぎょっとしてユーリがアリアンナを見ると、こっちを向いていた、反対側を見ると、アリシアとも目が合う。


「……今度、ライセンスの更新があるよね、そういえば」


 ユーリがそう言いながらアンジェリカを見ると、彼女は少し下を向いた後、ユーリを見据える。彼女の紅い瞳がユーリの金色の瞳に映る。


「――ユーリ、だから特訓しますわよ!」

「特訓!?」


 びしっ、とアンジェリカがユーリに指を突きつける。


「ライセンス更新技能検査までの四月六日、それまでにユーリに教えてもらいますわ!」


 異論は認めませんわ! と言うアンジェリカ。一方、ユーリとしては別に良かった。


「とはいっても、特訓って言っても何するのさ」

「知識に関してはわたくし一人でもできますけれど、実技に関してはやはり実地演習をしたいですわ」


 昔から言われていた問題。ライセンスを取っていても実際にそのライセンスを求められることを行っていない期間が長いほど、その事に復帰していざやってみると致命的なミスをおかすこともある。昔から、そういう原因で起きた航空事故はそれこそ山ほどあった。

 ライセンスを持っていて、普段から飛行するのに慣れているユーリが飛行するとはいえ、今回のフライトは普段に比べるとかなりの長距離だ。万全の準備を行っていないと、あっという間に空は牙をむく。

 空を飛ぶということはそういうことだ。ユーリも、アンジェリカも、それをよく理解していた。

 ユーリは思う。おそらくアンジェリカの要領なら、何も対策を取らずとも更新技能検査を通過することはできるだろう。だが、最善を求める彼女の姿勢が、それを許しはしなかったのだろう。そして、彼女はこの計画を立案したものとしての責任として、それを自覚しているはずだ。


「わかった。アンジー、フライトプランの作成は僕がやるよ。それに沿って実践演習をやっていこう」


 そうユーリが言うと、一瞬驚いた顔をしつつ、それからどこか嬉しそうな顔でアンジェリカは頷いた。


「――ええ、よろしくおねがいしますわ!」


 それを横で見ていたアリアンナが立ち上がる。


「ねぇねぇ、ボクも練習に参加したいなぁ」


 手を挙げて椅子から立ち上がる。その提案にアンジェリカは否定意見を言おうとするも、理にかなった答えが見つからず、言いかけた言葉を飲み込む。しかし、そこで彼女にとって意外なことに、ユーリが声をあげた。


「いや、目標の日付まであまり時間がないから、できれば見るのはアンジー一人で、マンツーマンで見たいな。もちろんアンナもアリサ姉さんも鈍ってないか確認する必要はあるけど、最優先はコパイロットのアンジーだ」


 突然名前を呼ばれたアリシアがえっ? と声を漏らす。その答えに納得したのか、アリアンナはちぇーと口を尖らせた。


「せっかくユーリ兄ぃに手取り足取り教えてもらおうと思ったのに」


 アリアンナんはそう言って椅子にどさりと座り込む。仮想現実空間はその音まで再現していた。ユーリは苦笑いを浮かべる。


「アンナ、飛ぶのは割りかし上手い方だよね……?」

「アンタに比べたら同じようなもんでしょうが……」


 反対側でアリシアが言った。

 さて、とアンジェリカが手をたたく。鋭い音が仮想空間のブリーフィングルーム内に響く。


「では、これで会議を終了しますわ。三人とも。朝からありがとうございますわ」

「オーケー。スケジュールの調整とか、しておくね」


 そう言ってアリアンナが手元に出たコンソールを操作すると、その姿が掻き消える。そこには四角いウィンドウが無機質に浮かぶ。『ログアウトしました』の文字。


「わかったわ、私もスケジュール……」


 そこまでアリシアが言って、目が宙を泳ぐ。


「スケジュール……そうだわ! ネットゲームのクランと、この日は遊べないって言っとかないと!」


 焦るように言って、アリシアはそそくさとログアウトしていった。『ログアウトしました』の表示。

 ブリーフィングルームには、アンジェリカとユーリの二人だけが残される。


「ユーリ、ありがとうございますわ」アンジェリカがウィンドウを閉じながら言う。「わたくしの我儘に、つきあっていただいて」

「構わないよ、いつものことだし」


 ユーリは軽く笑いながら返した。椅子から立ち上がると、アンジェリカのそばに歩いていく。


「何かお礼がしたいですわ」


 アンジェリカがウィンドウを閉じながら言う。すぐに部屋は元の、真っ暗な部屋の真ん中に円形の光る床があるだけの単純な構造に戻った。


「お礼って、そういうもんでもないでしょ」

「親しき仲にも礼儀あり、ですわ。それに」


 そっと、アンジェリカユーリの胸元にが身を寄せてくる。


「受けてばかりなのは、性に合いませんの」


 そう言って意地悪そうに笑うアンジェリカに、思わずドキリとするユーリ。

 何か、ねえ。

 ユーリが心拍数を跳ね上げている中、何とか答えを絞り出そうとする。彼女に何か頼ること、といろいろ考えて、そこでふと思い至ることがあった。


「アルバイト」

「?」

「そろそろフライト用の装備を買いたいんだ。アルバイト探しで、何か意見がもらえれば助かる」

「あら、そんなことでしたの――でしたら、わたくしでよければ、喜んで」


 すると、少し彼女は目を見開くと、小さく微笑んで答えたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アンジェリカちゃんがユーリくんのコパイロット……って事は……二人の初めて(?)の共同作業って、こと!? と、私の中の女子が歓喜しております。 さりげなく三姉妹みんなから好意を寄せられている…
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