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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
01/Chapter:"インターシスター"
30/216

04/Sub:"あさごはん"

「アンナ、起きてたんだ」

「だいぶ前にねー。そろそろ起きてるんじゃないかと思ってたよ」


 ユーリの後ろで湯気を立ち上らせている炊飯器にアリアンナが気づくと、彼女は鼻から息を大きく吸い込む。鼻腔をくすぐる、炊けた白米の香ばしい香り。ユーリが換気扇のスイッチを入れると、それはすぐに吸い込まれていった。


「お腹減ったなぁ」

「もうすぐ朝ごはんだよ。アンナ、手伝って」


 はいはーい、とアリアンナが軽く返事をすると、彼女は冷蔵庫の横にかかっている彼女のエプロンをとる。真っ黒な、シックなデザインのエプロンを慣れた手つきで身に着ける。

 彼女は引き出しから四人分の箸、箸置き、小皿を取り出すと、食卓をセットしに食堂へと歩いて行った。

 ユーリは戸棚から包丁を取り出してネギを細かく輪切りに刻んでいく。引っ越し祝いにもらった包丁は切れ味がよく、長ネギの繊維をスムーズに切って行く。まな板の上は、すぐに刻んだネギでいっぱいになった。ふわりとネギの香りが立ち上った。刺激臭は、ない。

 そうこうしているうちに鍋の水が沸騰し、湯気にのってかつおだしの香ばしい香りが漂ってくる。湯がほんのり色づいたころに、彼はだしパックを箸でつまんで、捨てた。

 沸騰したお湯にネギを放り込む。掌に豆腐を乗せて包丁でさいの目に切り、お湯に放り込んだ。中で沸騰した泡に揺られて、葱と豆腐が舞った。火を止めると、ユーリは味噌を溶いた。一口味見、少し薄めの味。うん、ちょうどいい。

 そうこうしていると、アリアンナが戻ってきた。彼女は冷蔵庫を開くと、中から漬物が入ったタッパーと納豆のパックを四つ取り出し、また居間に向かっていった。

 軽快な電子音がレンジから鳴った。のぞき込むと、キッチンペーパーの上の鮭はきれいに焼き目がつき、香ばしい香りを漂わせている。箸でつまんで、一つずつ木の皿の上に置いていく。じんわりと油が垂れて、油が皿に乗った。


「あ、いい香り」


 匂いを嗅いできたのか、アリアンナが顔だけキッチンに出してこちらを覗き込む。


「アンナ、お皿並べといて。みんなを起こしてくる」

「りょーかい」


 ユーリがエプロンを脱ぎながら言うと、アリアンナはラフに敬礼して返す。そのまま彼はエプロンを元あった場所にかけて、食堂を出た。

 階段を静かに登って二階に向かうと、自分とアンジェリカの部屋を通り過ぎてアリシアの部屋に。部屋の前まで来ると、ノック。


「アリサ姉さん?」


 ユーリが声をかけると、ごそごそ動く音が部屋の中からする。もう一度、三回ノックした。


「アリシア姉さん。起きてる?」


 返事の代わりに帰ってきたのはうめき声。入るよ、と声を少し大きくして言うと、再びうめき声。『うん』と聞こえなくもなかったので、ユーリはドアを開けた。鍵はかけられていなかった。

 部屋に入ると、部屋の真ん中に敷かれた絨毯の上に無造作に置かれたいくつもの段ボール箱。壁際にベッドが置かれ、そこに仰向けに寝る、赤い、半そで半ズボンのスポーツウェアの様なジャージを着たアリシアの姿。普段の縦ロールにしたツインテールは解かれていてまるで金糸のように白いシーツに波をうって散らばり、、掛布団に片足だけ突っ込んで、へそが丸出しであった。

 枕元にデスクが置かれ、そこのディスプレイから伸びたコードと、その先につながる表面のランプが青色に輝くVRゴーグル。それが彼女の目元を覆っていた。だらりと脱力したように腹部に置かれ、もう片方は投げ出されている腕にはコントローラーが握られていた。

 どうやら何かで遊んでいて、そのまま寝落ちしたらしい。


「アリサ姉さん、朝ごはんだよ、起きて」


 ゆさゆさと身体をゆすると、うーんと小さく唸ってアリシアの身体に力が入るのが分かった。


「ううん……ユーリ、今何時だとおもって……」

「もう朝だよ、姉さん」


 え? とVRゴーグルをつけたままユーリの方を、ややずれて向くアリシア。そして彼女の視線はそのままやや下を向く。何かが見えているようだ。


「姉さん、起きて」

「――うぇえあああああユーリがオトモワンコになったああああああああ!?」


 その何かが見えているであろう方向にアリシアがあわあわと手を伸ばしながらぐい、と身体を乗り出す。はずみでコントローラーが床に落ちた。あっとユーリが思う間もなく、アリシアのかけているVRゴーグルに挿してあったケーブルのジャックが抜け、そしてアリシアはベッドから転げ落ちそうになる。ユーリは反射的にしゃがみ、アリシアの状態を支えた。

 え? え? と、真っ暗になった視界に右往左往するアリシアが、ようやく自分がつけているものの存在を思い出した。慌ててVRゴーグルをとると、まだ眠そうに半開きのアリシアの紅い瞳と、やや呆れたように彼女を見るユーリの金色の瞳が見つめ合った。


「……おはよう、アリサ姉さん」

「……うん、おはよう」


 アリシアはそう言いながらユーリの身体をペタペタ触る。そうしてしばし見つめ合ったのち、寝ぼけた脳がようやく情報の処理が終わったのか、安堵のため息を漏らした。


「よかったぁ……心臓止まるかと思ったわ……」


 ゲームしたまま寝落ちしたであろうことに関しては、ユーリは触れないことにした。


「ほら、朝ごはんだよ。アンナはもう待ってるしアンジーも起きてるよ」

「あれ、もうそんな時間なの……ふぁあ。なんか寝た気がしないわぁ」


 大きくあくびをするアリシア。伸びをすると、皺のよった彼女のシャツが彼女のすべすべとした腹部とへそをさらけ出す。


「姉さん、だらしないよ」

「なにがって……あっ」


 自分が腹部丸出しで寝ていたことに気づき、彼女の顔にさっと朱がさす。慌ててシャツの裾を掴んでへそを隠す。


「ば、馬鹿! 見てんじゃないわよ!」

「いいから。吸血鬼なのに風邪ひいても知らないからね」


 呆れるように言うユーリにうぅ、と顔を紅くしてアリシアは黙り込んだ。ユーリがカーテンを開けると、部屋の中に日光が差し込む。部屋に待った埃が差し込んだ日に照らされて、小さく光って部屋を舞う。


「ほら、ご飯だよ、行った行った」

「はぁい……」


 とぼとぼと部屋の外に向かって歩き出すアリシアについていって、ユーリは部屋を出た。そのままごく自然にアリシアが部屋の外に出たとき、ユーリは彼女がスリッパをはいていないことにようやく気付いた。


「姉さん、スリッパ、スリッパ」


 アリシアはぴたりと立ち止まると、まだ赤い顔のまま黙って部屋の入口のスリッパをとると、無造作に履く。そうして、どこか悲壮感を漂わせえる背中を師ながらペタペタと廊下を歩いて一階へと消えていった。

 へそ見られたくらいでそんな。とユーリは思うが、これを他の二人に言ったら何か言われそうだと思って、飲み込んだ。そこで、アンジェリカもアリアンナもユーリに肌を見せてくることにためらいがないのに気づく。

 やっぱ姉妹だからかな、と若干見当違いなことを考えてユーリは彼とアンジェリカ二人の部屋に向かった。

 部屋の前でドアをノックする。


「アンジー?」

「いいですわよー」


 中から声が返ってくる。

 こうしてノックする事。それは、彼が三姉妹と同棲することで出したルールの一つだ。こうしてかなり近しい関係とは言え男女なのだから、男として最低限のマナーは守るべきだ。彼が母親から学んだことだった。


「アンジー、ご飯ができたよ――ぶふっ!」


 部屋の中にユーリが入ると、アンジェリカは全裸で髪の毛をタオルで拭いている所だった。シャワーから上がったばかりなのか、身体から湯気が立っている。


「ああ、あ、アンジー!?」


 先程のアリシアのように顔を真っ赤にするユーリに、アンジェリカは平然と答える。


「わかりましたわ、すぐ行きますわ」


 平然と答えるアンジェリカ。ユーリはあっはいと反射的に返しそうになるが、そこで思いとどまる。


「アンジー! せめて何か服着てよ!」

「そうですわね、湯冷めする前には何か着るつもりですわ」

「そうじゃなくて!」


 ユーリだけ顔を真っ赤に紅潮させる中、拭き終わった、首のあたりで綺麗に切りそろえられた髪をばさりと振るい、まるで絹のように滑らかな髪が湯気を纏う。そして小脇にタオルを抱えたまますたすたとクローゼットの前まで歩いて行った。


「……アンジーは恥ずかしくないの?」


 純粋な疑問でユーリが彼女に尋ねる。するとアンジェリカは服を選んでいた手をピタリと止め、タオルをベッドに投げ捨てると、そのままスタスタとユーリの前に歩いてくる。ユーリが顔を紅くしながら目線を横にやや反らす中、アンジェリカはユーリの目の前で腰に手を当てた。


「わたくし、自分の身体には自信がありますの」


 そう言う彼女の身体は、ユーリから見ても確かに芸術的ともいえるラインを描いていた。引き締まった四肢には確かにしなやかな、それでいて瞬発的に動けるしっかりとした筋肉の存在を主張しており、そのシルエットを適切な量の皮下脂肪が滑らかに覆っている。内臓脂肪のほとんどないであろう、胴体は綺麗な曲線とカーブのくびれを描いており、安定感のある腰つきに豊かな胸部が女性らしさを醸し出している。

 下心関係なく、ユーリはアンジェリカの身体を美しいと思った。


「そりゃアンジーは確かに整った体つきしてるけど……」


 そのユーリの言葉に、ですから、彼女は付け加える。


「ユーリに見られて恥ずかしい身体では、ありませんわ」


 その発言に、感情が無茶苦茶だと思いながらも、なるほどなと納得する理性をユーリは意識した。


「だからって……その……」ユーリは、何とか彼女の顔を見て、その下を意識しないよういして言う。「目のやり場に、困るよ」

「あら、()()()()()、いくらでも見てくださっても構わないのに」


 そう言って彼を揶揄うアンジェリカに、ユーリはただ顔を紅くして服を着てくれと頼むしかできなかった。朝食ならできてるから、と言ってその場を立ち去る。背後からわかりましたわと言う返事を聞きながら、彼は一階の食堂に急ぎ足で戻った。

 食堂に戻ると、アリアンナが味噌汁をついでテーブルに並べていた。窓際の席では、興奮も冷め再び眠気に襲われたアリシアが、朝日に照らされてうつらうつらと船をこいでいる。


「あれ?」アリアンナが、戻ってきたユーリの顔を見て言う。「ユーリにぃ、さてはアンジー姉さんになんかされたでしょ?」


 図星だった。しぶしぶ頷く。


「やっぱり。顔真っ赤だったし」


 ボクももっと積極的にアピールしていこうかなぁ。そうアリアンナがつぶやいたのを、ユーリは聞かなかったことにした。アリシアはまた脳が動き出したのか、ゆっくりと紙カップの納豆を箸でぐちゅぐちゅとかき混ぜ始める。


「アンナ、アンジーはもうすぐ来るみたいだから、ご飯よそっちゃおう」

「りょーかい」


 台所に行き、四人分の木の茶碗を取り出すと、炊飯器を開ける。そこにはまるで新雪が降り積もった雪原のように銀色に輝く、炊きたての白米。ユーリはしゃもじで田を起こすように米を起こしていく。こんなものか。

 起こしてふっくらとした感触になった炊きたての白米をよそっていく。湯気がふわりと炊き立ての米の香りを孕んで宙に舞った。あっという間に、四つの茶碗には輝く米が山になった。

 アリアンナと手分けして、それぞれ二つずつ。茶碗を持って食堂に向かう。相変わらずアリシアは納豆をかき混ぜているが、その眼は半開きだ。テーブルに米を並べると、開いている空席が一つ。


「おかしいな、アンジー、すぐ来るって言ってたのに」


 ユーリは自分の席に座りながら言った。雲を模した、白い陶器の箸置き。


「呼びに行ってこようか?」


 アリアンナがそう言って、僕が行くよと言いかけた瞬間。二階からドタドタと走り降りてくる音がした。思わずアリアンナとユーリは顔を見合わせると、次の瞬間バンと食堂のドアが勢いよく開かれた。


「大変ですわ!」


 アンジェリカが叫ぶ。ふがっという音と共に納豆をかき混ぜるだけのマシンと化していたアリシアが顔を起こす。


「大変ですわ!」


 もう一度アンジェリカが叫び、つかつかとテーブルに寄ってくる。そして、テーブルに端末を半ばたたきつけるようにして置いた。


「大変ですわ、もうこの時期になるなんて「――あー、アンジェリカ姉さん」」


 アンナが苦笑いしながら言った。隣でユーリがペリペリと音を立てながらカップの納豆の蓋を開けている。


「冷めちゃうよ?」


 アリアンナが言う。


「冷めちゃうよ、アンジー」


 ユーリがだし醤油のパックを切って納豆にかけながら言う。

 アンジェリカはアリシアの方を見た。うつらうつらとまだ眠そうにしながらも、アリシアはかき混ぜ終わった納豆を白米の上にぶちまけていた。


「冷めちゃうわよ……」


 アリシアが言った。茶碗からこぼれそうになった納豆が一粒、それを寝ぼけながらも箸で掴んで食い止める。


「……そうですわね」


 三人の圧力に屈し、アンジェリカは自分の席について両手を合わせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい……飯テロ回でした…… 鮭の油がお皿に……という描写が最高に、空腹の脳に響きました。飯テロありがとうございました。 ユーリ君とアンジェリカのイチャイチャも見れたので非常に満足です…
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