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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
05/Chapter:"三花-Three Girl Problem-"
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09/Sub:"多体問題"

 エリサはしばしアンジェリカと眼が合う。アンジェリカの紅い瞳と、エリサの青い瞳がしばらく視線を交わす。

 エリサは、何事もなかったかのようにユーリの口を貪りに戻った。


「待ちなさい」


 思わずアンジェリカはエリサの肩を掴んだ。そこでようやくエリサがアンジェリカの事を認識したように、不機嫌な表情でアンジェリカを睨む。


「何ですの?」

「何ですのではないでしょう。妻の前で夫の寝込みを襲うなどと」


 アンジェリカがそう述べるが、エリサは怪訝な表情を浮かべた。


「アンジェリカ。貴方婚約者とおっしゃっていたではありませんか」

「将来的に婚姻するので事実上の夫婦ですわ」

「どっちが結ばれても、ボクにとっては変わらないさ」


 横からアリアンナが余計な事を言ってくる中、エリサとアンジェリカのにらみ合いが続く。後ろでは、アリアンナがユーリの口を吸っていた。


「大体、貴女はVRに入っていたではありませんか。どうして起きてきたのです」

「初めはフライトを鑑賞していたのですが、見えないエリアで飛び始めてしまって」


 それで、とアンジェリカはユーリの方を見やる。


「寝ているユーリにイタズラしようと起きてきたのですわ」

「貴女も人の事言えないでしょうに……!」


 一瞬の硬直。直後、エリサとアンジェリカが一斉にユーリの口に吸いついた。アンジェリカが睨む。


ひゃまへふわよ(邪魔ですわよ)

ほひはのへひふへふわ(こちらの台詞ですわ)


 そうやってユーリの口を全員で貪る。ユーリの苦し気な声が時折漏れるも、それすらスパイスにして行われる、倒錯した領地戦。その均衡を破ったのは、小さな声だった。


「う……ん……」


 桜の声だ、とその場でユーリの口を味わっていた三人が一斉に思い至る。


「不味いですわ……!」


 エリサがいそいそとユーリの上から降りようとしていると、アンジェリカがユーリの口をここぞとばかりに吸いにかかる。


「何をしているのですか……!」

「はら? へふにはわいはへんわ(別に構いませんわ)


 漁夫の利とばかりにアリアンナも吸いにかかる中、エリサがふと視線を上げると、顔を真っ赤にしてこちらを見つめる桜と、目が合った。彼女の右目は、金色に輝いていた。


「え、え、エリサさん、あ、アンジェリカ、さん」

「お、落ち着いてくださいまし、桜さん。誤解ですわ」

「誤解はしてないと思いますわ」

「貴女は黙ってなさい」


 アンジェリカが余計な事を言うのに、エリサが辛辣に言い放つ。そうして桜に向き直ると、彼女の視線がやや下を向いているのに気づいた。エリサが思わず目線を落とすと、自分の状況が見えてくる。

 仰向けに寝ているユーリ。その下腹部辺りに跨っているエリサ。跨っている所は、スカートに隠れて丁度覆い隠されていて。


「す、進んでるね……!」

「誤解ですわ!」

「だ、大丈夫だから! 学校では言わないから!」


 そう言って転げ落ちるようにベッドから降り、転がるようにして部屋の外に出ていく桜。エリサがその後を追う。アンジェリカとアリアンナは顔を見合わせた。


「どうする?」


 アンジェリカは、ただ肩をすくめる。そうして、アリアンナをジットリとした目で睨んだ。


「元はと言えば、貴女が始めたことでしょうに」

「あれ? 分かった?」

「こんなこと、エリサは自分からするような女ではないですもの」


 自分からではなければ、する。暗にそう言っているのは、アリアンナでもわかった。


「で、桜さんにはボク達の事をどう説明するのさ」

「説明するも何も、見た通りですわ」


 アンジェリカは起き上がりながら、そうあっけらかんと言う。アリアンナは苦笑いを浮かべた。


「随分と爛れた関係だと思われてそうだけど?」

「安心しなさい、自覚はありますわ」


 アリアンナは指を折って数え始める。ユーリ、アンジェリカ、咲江、アリアンナ、エリサ、そしてアリシア。


「六角関係だ。巡回セールスマン問題かな?」

「どちらかと言うと、多体問題ですわね」


 アンジェリカがユーリの首筋を撫でる。細くも、どこかしっかりとした首筋。何度ここに噛みついたことか。いつも噛みついている頸動脈の辺りを、どこか妖し気に撫でる。


「まぁ、ですけれど答えは出ていますわ」

「ほう?」


 アリアンナが小さく眉をひそめて尋ねると、アンジェリカは不敵に嗤う。


「わたくしとユーリを中心とした特殊解、そうでしょう?」

「ひどーい。ボク等は惑星で、ユーリ兄さんと姉さんだけが恒星って?」

「あら? 恒星でもいいですわよ? その場合は、わたくしとユーリはブラックホールでしょうけれど」

「ずるぅい」


 暴虐な姉となるアンジェリカにアリアンナが抗議の声を上げていると、エリサが戻ってきた。桜の手を引いていた。


「あら? 意外と早かったですわね」

「あなたは……はぁ」


 エリサはもう諦めた、と言わんばかりにため息をつくと、窓際のテーブルの椅子を引き、腰掛ける。桜もどこか疲れたような面持ちで、向かいに座る。


「大丈夫ですの?」


 エリサが尋ねると、あはは、と桜は乾いた笑いを漏らした。


「うん。ちょっと……びっくり、しただけ」


 そう言うことにしていてくれ。そう言わんばかりの表情を浮かべているが、どこか目の焦点が合っていないようにも見える。そんな表情を見ていたアリアンナは、そっとアンジェリカに霊力リンクを繋げる。


『ねぇ。姉さん』アリアンナは、ちらりと桜の方を見やる。『あれって、所謂脳破壊ってやつじゃあないかい?』


 アリアンナがそう言うと、アンジェリカは小さく目を見開く。


『馬鹿おっしゃいな。彼女はそういう関係ではないでしょうに』

『でもああいう表情。何回か見たことがあるんだよね。私が先に好きだったのに、って』

『先に好きになったのはわたくしですわよ』

『だよねぇ。って、そう言うことじゃなく』


 そこまで言ったところで、アンジェリカは桜に見えないように小さくかぶりを振った。


『それに彼女がそうだったとしても、わたくし達の中に入ってくる覚悟があるかどうか、それに尽きますもの』

『七体問題、ってこと? いよいよカオス極まってきたなぁ』


 まぁ、とアンジェリカは呟く。


『重力圏に捉えたら、誰一人として逃すつもりはありませんわよ』

『……うん。やっぱり姉さんは、ブラックホールだ』


 アリアンナは、呆れと、尊敬が混ざった苦笑いを浮かべた。




 夕暮れ、帰り道。

 屋敷を出て、夕日が照らす道をアルマと桜、並んで歩く。桜が喉元に汗がにじんでいるのに対し、アルマは涼し気だった。


「どうでした? アルマ部長」


 桜がそう尋ねると、アルマは満足げに頷いた。その肌は、どこかつやつやしているようにも見える。だがそれとは対照的に、その瞳には闘争心がギラギラと燃え滾っていた。


「良い経験だった。シミュレーターの中とは言え、やはりユーリと飛んでよかった」

「そうですか」


 どこか心ここにあらず、といった様子で桜が言う。その様子を見て、アルマが怪訝な表情を浮かべた。


「なぁ桜。何だか、VR後から様子がおかしいぞ?」

「そんなに、ですか?」

「目が悪くては空は飛べないからな」


 そうアルマが言うと、桜はくすくすと笑った。


「よく見てくれているようで、安心しました」


 そうですね、と桜は、遠くの夕空を見つめる。南東の空に浮かぶ、軌道エレベーターのテラソーラーが光を反射して小さな雪の結晶のように空に輝く。


「高いなぁ……」

「何が、だ?」

「目指す場所が、ですよ」


 桜がそう言うと、アルマは不敵に嗤う。


「なるほど。それは高ければ高いほどいい」

「部長の目標も、そうなんですか?」


 桜がそう尋ねると、アルマは頷いた。


「ああ。鋭くて、速くて、高い――だが、届いてみせる」


 そういって拳を空に突き出す。


「大会は、そのための通過点に過ぎない――おっと、これは、内緒で頼む」

「ええ。いいですよ。そんな気がしていましたから」


 そう言って桜がくすくすと笑うと、アルマは恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いた。


「なんだ、桜も私の事をよく見ているじゃないか」

「マネージャーですから。よく見るのが仕事ですよ?」


 それに。そう言って桜はアルマの前に躍り出ると、振り向いた。


「アルマ部長が、ユーリ君に抱えているものも、わかってます」


 アルマは、桜を見つめる。橙を帯びた金色の瞳が、桜の右目の金色の瞳を、左目のブラウンの瞳を、真っすぐ見据える。

 アルマは、そして小さくため息をついた。


「世話を、かけるな」

「いいんですよ。私もアルマ部長が飛ぶ姿、好きです」

「ほう? それは、ユーリよりも、か?」


 アルマが意地悪そうにそう言うと、桜はムッと頬を膨らませた。


「そういう意地悪な質問には、答えません!」

「悪い悪い。冗談だ」


 だが、とアルマは続ける。彼女の竜の瞳が、うっすら輝いているようにも見えた。


「私は、ユーリが飛ぶ姿が好きだ。今も――昔も」


 彼女の瞳に、ダークブルーが映る。青空の向こう側、空の本当の色。


「……叶うと良いですね、夢」

「お互い様に、な」それに、とアルマは続ける。「夢は叶うものじゃない。叶えるものだ」


 さぁ、とアルマは大来な歩幅でずんずんと歩き出す。慌てて、桜もそれに続いた。


「大会は間近だ! 勝つぞ!」

「ええ。部長なら!」


 自然と、二人は腕を組む。恋人同士のそれと言うには、どこか力強く。そうして夕焼けに照らされた道を、歩み進めていった。


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