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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
05/Chapter:"三花-Three Girl Problem-"
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07/Sub:"VR"

 周囲に沈黙が流れる。思わずアンジェリカはログアウト。VRゴーグルを外すと、頭の後ろがやけに硬いし、低かった。上体を起こして振り向くと、ベッドの上には一山の灰が、なだらかに積もっていた。


「し、死んでる……」


 続々と他のメンバーも置きだして、ベッドの上に積もる灰に気付く。そしてその灰が何なのかについても。


「あ、アリシア姉さん……」

「お姉様、まさかこんなことで死ぬなんて……」

「な、何が起きていますの」


 エリサだけが何が起きたのか把握できずに、その縦ロールの一部が灰のせいで白くなっている。シンデレラですわね、とアンジェリカは思うが、再びかつてアリシアだったものが辺り一面に広がるのを皆で眺めていると、もぞ、と灰が動いた。びくりとエリサが肩を震わせる。

 灰から赤い靄が立ち上った。文字通り灰色だったそれが赤く、血濡れたように染まっていき、脈打つように蠢く。そうして広がっていた灰が一つの形に再び集まって、形を成していく。そうしてベッドの上に現れたのは、ジャージを着たアリシアだった。彼女は、目から涙を流し、笑っていた。


「は、はは」

「あ、アリシア姉さん」

「……ねぇ、私、なんか悪いことしたかなぁ? いけない事をしたのかなぁ? VRの中で夢見ることが、そんなに悪いことだったのかなぁ?」

「オフ会は諦めた方がいいですわね」


 アンジェリカが容赦のない一撃を放つ。アリシアの目からさらに涙と、乾いた笑いがこぼれ出た。そのあまりの光景に、エリサも思わずアリシアを抱きしめる。彼女はエリサの胸元で、ぐすぐすと嗚咽を漏らす。


「あー、アリシア。成長期は二〇近くまで続くというじゃないか。だから、あまり悲観しない方がいいだろう。適切な睡眠と運動と栄養を取れば、育つさ」


 アルマが理詰めで言うと、アリシアが彼女を睨みつける。


「持つものが持たざる者に説教って訳!?」

「しかし、事実だろう」


 再びわっとアリシアが泣き出した。


「あ、アリシアさん、泣かないでくださいまし」

「うぅ……エリサちゃんの優しさがつらい……」


 エリサの、アリシアのそれを太平洋とするとアルプス山脈ほどもある胸元に頭をうずめて泣くアリシアの後頭部を、そっと優しく撫でるエリサ。どちらが年上かわからないその光景に、ユーリは思わずうわぁ、と声を上げた。


「そんなのだから咲江さんにおもちゃにされるんじゃ……」


 ユーリがボソッと呟くと、アリシアは親でも殺されたかの様な目でユーリを睨みつけてきた。


「あんたにはわからないでしょうねぇ!」

「知らないさ!」


 義理とはいえ姉の情事事情何ぞ、聞きたくもない。ユーリはため息をついた。


「アリシア、VRで飛行訓練をしたいんだ。サーバー管理を頼みたい」


 今それ言う? と言いたげな瞳で桜がアルマを見つめる。それに対しアルマは、いつかは切り出さなければならないだろう、と言いたげな瞳で返す。アリシアはエリサの胸元から顔を上げると、アルマと、ちょこんと正座しているユーリを見比べる。そうして、そっとエリサから離れると、ゴーグルを手に取った。


「やってやるわよ! もう!」


 そう言ってゴーグルをつけてドカッとベッドに横になるアリシア。全員ではっと顔を合わせる。エリサは付き合っていられない、と言わんばかりにベッドから降りて部屋の外に出ていった。

 皆は揃ってVRゴーグルを装着する。再び仮想空間にログインすると、そこに広がっていたのは先程までの白い空間ではなく、赤い世界だった。

 赤い空間が、カーテンのように波打ち、巨大な管を作り上げている。それに落下するようにして進んでいる感覚だった。ユーリは、咄嗟に他のメンバーを探す。姿は見えない。自分は先程までの試作フライトスーツの姿になっていた。突然、声が響く。


『サーバー接続完了。術式駆動、重ね合わせ演算開始。エンタングルメントは正常。各セオルスフィア共鳴、ダイバータ正常値。フィードバック開始まで3、2、1』


 アリシアの声が脳に直接響く。

 突然、周囲の景色が変わった。周囲を波打つように囲っていた赤い空間が一瞬で消えうせ、空の中に放り出されていた。一切の雲のない、どこまでも底が抜けたように昏い空に、どこまでも広がる白い大地。失速状態で落下しているとすぐに判断し、翼と尾で空力を制御して頭を地面に向かせる。大気速度が増す。視界には、試作フライトスーツを着ていた時にはいつも見えていた表示が投影されていた。対気速度の数値がぐんぐんと上がって行く。術式展開。翼が白い光に包まれ、大気を掴んだ。


「――ユーリィィィィィ!」


 声が響く。はっとしてそちらを見ると、赤く輝く翼を広げて同じように降下するアンジェリカの姿。ユーリは咄嗟に、竜の姿へと変化した。青白い光が竜人を包み、その輪郭を変える。フライトスーツはそれに合わせて服から鞍へと溶けるように形を変えていく。ユーリはぐんぐんと質量を増し、光が収まるころには一人の竜の姿があった。


『アンジー!』


 翼を動かし、同じく急降下するアンジェリカにベクトルを合わせる。アンジェリカが合わせてくれる分、やりやすく、また息もピッタリ合ってアンジェリカはユーリのサドルユニットに手をかける。人体工学に基づいて設計された、曲面の多いそれは、アンジェリカが跨ると一瞬で彼女の身体にフィットした。彼女の視界に、ユーリが見ていた各種情報が表示される。視界の端で、オレンジの閃光が瞬く。

 アンジェリカが乗った瞬間、ユーリはピッチアップ。ぐぐ、と身体にかかるG。視界の水平指示器が動き、やがてベクトルが水平に、機首方位がそのやや上を向いた状態に。水平飛行。


『アルマ部長たちは?』

「待って……〇時の方向、ヘッドオン!」


 アンジェリカが叫ぶと同時に、ユーリも気づいた。咄嗟に右に九〇度ロールし、黒い影とすれ違う。

 それは、漆黒の竜だった。ユーリより一回り大きく、翼は太陽を思わせる橙色の飛行術式の輝きに覆われていた。ねじれた角が斜め上を向いていて、そのオレンジがかった金色の瞳は白銀の竜を映している。そして、サドルユニットの上には、巫女服姿の少女。

 お互いの身体を揺らし、黒竜アルマは亜音速で銀竜ユーリとすれ違った。


「あれがアルマ部長ですか、なかなか男前ですわね!」

『女性に言う言葉じゃないよ!』


 ユーリは九〇度ロールした状態で急激にピッチアップ。同時に翼を大きく広げた。翼が一気に減圧雲を纏い、ディープストールに一瞬で陥る。推力をコントロールしながら右にヨー。地面が目の前に来たところで、そのまま落下し始めた。推力を増し、即座にストールから復帰。ピッチアップしてすれ違ったアルマを追いかける。


「荒っぽい操縦ですわね!」

『こういう方が好きだろう?』

「よくご存じで!」


 アンジェリカはハイになっていた。実の所、ユーリと飛べないことでフラストレーションが溜まっていたのはアンジェリカでもあったのだ。ユーリは推力を増してアルマを追う。アルマは、インメルマンターンに入ろうとしていた。高度と速度を切り替えて、最小限でユーリを追うつもりだ。


『逃がすかぁっ!』


 推力に物を言わせて増速。同時に降下。高度と速度を入れ替え、上昇して速度が落ち始めているアルマを追う。噴射光が、ダイヤモンドコーンを描いて伸びた。視線の先では、アルマが右旋回してハイ・ヨー・ヨーに移っていた。


『アルマ部長、前よりも腕が上がっている!』

「上がったのは、お互い様ですわよ!」

『言われなくても!』


 なめらかに右旋回しながらアルマを追う。翼が減圧雲のヴェールを纏い、翼端から白い飛行機雲が空に伸びた。速度が落ちた高高度のアルマの下に、躍り出る。背中合わせ。アルマが急降下してきた。ユーリは急上昇。空中ですれ違う。縦方向のシザーズ。一瞬、二人の竜の視線が交差した。


「また来ますわよ!」

『ええい、レースなのかドッグファイトなのか、いよいよわからない!』


 ユーリは一八〇度ロールし、アルマと再び交差する機動。ぐんぐんと距離が近づく中、その一瞬のタイミングを待つ。300、200、100。

 ユーリは、推力を強引に捻じ曲げた。鋭く、樽をなぞるようにして螺旋を描き、上昇してきたアルマの機動に絡みつく。バレル・ロール。高Gを耐えたアンジェリカの視線の先に、アルマの六時方向が見えた。黒竜の噴射光が増す。振り切る気か、とユーリは判断。ユーリも推力を増した。同時にアルマは滑らかに左旋回。ユーリをインコースに押し出し、六時方向から押し出そうとしてきた。完全にドッグファイトのそれに、ユーリはどこで習ったんだ、と内心冷や汗を掻いた。


『だけど――もらった』


 ぐん、とユーリは降下。速度が増し、アルマの腹側に。急上昇。ユーリの姿を一瞬見失ったアルマのすぐ右脇を、まるでサメが水面下から獲物を襲うようにして通り過ぎた。アルマの姿勢が一瞬乱れるが、すぐに体勢を立て直す。


「キル、ですわね」


 アンジェリカが呟くと、黒竜は速度を落とし、水平飛行に移っていた。ユーリもそれに合わせ、なめらかに右隣に並ぶ。二人の竜が、空で編隊を組んだ。ユーリが翼を振ると、アルマも返してきた。


「あら?」


 ポン、と視界に表示。真っ白な大地の一点に、赤い点が浮かんだ。どうやら、そこに降りて来いと言うことらしい。アンジェリカとユーリがアルマのサドルユニットを見ると、そこに乗っている桜は、ぐったりとユニットにもたれかかっていた。どうやら気絶したらしい。

 ユーリが右旋回し、アルマがそれに続く。空を滑らかに切り裂き、降下。翼を広げながら抵抗を増しつつ揚力を確保。並んで一点に向けて降下していく。真っ白な大地がどんどんと近づいてくる。よく見ると、それは平面の白ではなく、小さく模様が見えた。塩湖だ、とユーリが気づく。500フィート。

 80。70。60。50。40。……フレア。

 ユーリとアルマが、ほぼ同時に機首上げ、大きく迎え角を取り、同時に翼を大きく広げた。水平速度と垂直速度が一気にゼロに近づき、翼を数度、羽ばたかせて地面に触れた。軽く小走りで減速。地面に対して完全に静止した。マーク位置ピッタリの着陸だった。


「ん……あれ……」


 小さな声。アンジェリカが振り向くと、アルマのサドルユニットの桜が目を覚ましていた。


『サクラ、大丈夫か?』

「あ、うん、平気です」


 声はどこかふわふわとしているが、問題はないようだ。ユーリが首を動かすと、一緒にサドルユニットごとアンジェリカも動く。周囲は白い大地が広がるのみで、何もない。


「こっちよ」


 足元から声。全員の視線が地面に向くと、そこには霊服姿のアリシアがいた。


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