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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
202/217

75/Sub:"バンディット"

 無線機からアンジェリカの叫び声。ユーリがハッとして後ろを見やると、そこにはこちらとの距離を一定に保ったまま増速を続ける、RF35Eの姿。追尾する気だ。ユーリは小さく減速し、敵機とビジネスジェットの間に割り込む。

 直後、全身をざらついた舌で舐め回されるような感触を覚える。

 なんだ、これ。

 得体のしれない気持ち悪さを覚えて、ユーリは後方を再び見やって――目を、疑った。

 黒い、正面からでは出来の悪いおもちゃのように見える機影。それから、ぽろりと光る粒が一粒、空に放り出される。


「――っミサイル! ミサイル!」


 ユーリは翼を大きく広げ、バレルロール。ビジネスジェットの周りをぐるりと急旋回しながら、高密度に圧縮したドラゴンブレスを空にばらまく。青白く輝きながら後方へ流れて行くドラゴンブレスの粒は、機体後方で炸裂した。

 空に、青白い半透明の火球が広がる。膨張と共に火球は青白から濃い赤色へと変化。背景の空の色を、ドラゴンブレスが赤方偏移させた。

 ミサイルが火球に突き刺さった。一瞬でロケットモーターの炎が消え、直後にミサイル全体が絶対零度まで冷却されて無限の脆性を与えられて砕け散る。


「嘘でしょ!?」


 アンジェリカが叫んだ。こちらにはエリサが乗っているのに発砲してくるとは、予想外だった。既にミサイルを発射したRF35Eは旋回して離脱を試みている。


「イタチの最後っ屁ですか!」


 アンジェリカは思わず拳を握りしめた。ダークホライゾン社。不況によりなりふり構わないと聞いていたがここまでだとは。しかし、これで一つ『ネタ』ができましたわね、と思っていると、ふとユーリがレーダー上で動いていることに気付く。


「何処へ――?」


 返事はない。

 ユーリはさらに増速。視線の先には、離脱を測るRF35Eの姿。

 はぁ、とユーリは息をつく。口元から濃密なドラゴンブレスが漏れ、空に淡い、赤い線を描いた。口元に右手の甲を近づけ、吐息をつくと掌にドラゴンブレスが収束していった。青白い輝きが宿った手を、振りぬく。

 空を、光が貫いた。

 RF35Eのやや下方を通り過ぎた、レーザーのようなドラゴンブレス。空気が一瞬でBEC物質化し、白い靄が稲妻を纏って射線の大気をイオン化させる。


「一体、何を……!」


 明らかに、人に向ける威力ではない攻撃。アンジェリカが当惑していると、無線機の向こうから小さな呟きが聞こえた。


『――外したか』


 あまりにも、冷たい声。こんなユーリの声は、聞いたことはない。レーダー上ではユーリはさらに増速し、“敵機”に食らいつく。それはまさにコンバットマニュ―バの動きだった。降下し、高度と速度を入れ替えてさらに増速。距離を詰める。


『ステラ2!? ステラ2! 攻撃中止、攻撃中止!』


 無線から咲江の叫び声が聞こえる。だが、ユーリはそれを無視した。

 彼の思考はどんどんクリアになっていく。脳は冷たさを維持していて、極めて冷静で合理的な思考でコンバットマニューバを組み立てていく。明るい視界で、標的を中心に捉える。

 アンジェリカを、修也を、佐高重工を、ユーリを、エリサを、皆の未来をあの怯えた老人一人の妄執が塞いでいる。それがどうしようもなく邪魔で、消さねばならないと。そこで、ユーリはようやく己の感情を理解した。

 ――殺す。

 ユーリが追撃していることに気付いたRF35Eがミサイルを放つ。オフボアサイト位置にてロックオンしたのか、発射直後に大きくカーブして別方向に飛んでいく。ユーリにロックオンできたのか、それとも再びビジネスジェット狙いか。

 どっちにしろ、することは変わらなかった。

 ユーリは、再びブレスを放った。

 青空を赤く赤方偏移させながら空を貫く一条の光。ミサイルの進行方向に置くように放たれた。奔流に突っ込むミサイル。一瞬でBEC物質化し、白い靄になって一瞬で砕け散った。

 やはり、遠距離でのブレスは命中率が低い。ユーリは、自信の左腕にドラゴンブレスを纏わせる。竜の手が青白い靄に覆われ、悲鳴のような甲高い音が小さく響いた。狙われていることに気付いた敵機は、オーグメンターに火を灯して離脱しようとするが、加速性能では管制機能が主となった機体では、最高速度では勝っていてもユーリの加速から逃れられない。振り切るために急旋回をする敵機。だが、旋回戦は悪手だった。シザーズ機動にもつれ込む。ユーリの竜の瞳が、冷たく敵機の姿を捉える。左腕の輝きが、増す。

 変化は、唐突に現れた。

 彼の翼を覆う飛行術式の色が、揺らいだ。青白い色からゆっくりと深みを増し、透明に。昏い、ストラトポーズの向こうの色。ダークブルーに、霊力が染まっていく。その足と側頭部には、それぞれ一対の新たな翼。航跡のように残した霊力が、空の青色を赤く捻じ曲げて空に死の線を描く。


『ステラ2! 駄目、ステラ2!』


 咲江が叫ぶ。ロックオンを知らせる連続音。ブラックオウルのウェポンベイからAAMが空に放り出され、ロケットモーターに点火して空を貫く。MQ18がフレアを放出するが遅い。ミサイルが突き刺さり、弾頭の破片が無人機の胴体をずたずたに切り裂いた。それを確認せずに咲江は急旋回。武装を選択。RF35Eをレールガンの照準に入れる。


「くっ……」


 ユーリと敵機の姿が重なる。撃てない。

 交差するたび、ユーリと敵機は近づいていく。四度目の交差の時に、ユーリはパイロットと眼があった。そんな、気がした。

 ヘルメットの下、HMDの向こうで、ユーリの金色の瞳と、視線が交差する。その瞬間、ユーリは明確に『標的』を定めた。敵機から離れ、再度急旋回。翼が白煙を纏い、空に消えない爪痕のように翼端から白い飛行機雲を引く。左腕の輝きが大きく膨れ上がり、青空を血の色に赤方偏移させた。視界の中央には、こちらの意図を悟ったのか、死に物狂いの高G旋回で逃れようとする敵機の、機首。

 ユーリの翼の飛行術式が輝いた。噴射光が伸び、ほとんど鋭角で竜は急旋回する。仕留めることを意図した、必殺のマニューバ。

 次は外さない。

 竜の目が金色に淡く輝いた。左腕を振りかぶる。爪先が残光を引いて、一直線に敵機へと伸びていく。

 この爪を。

 コクピットに、突き立てて――。


『――ユーリィ!』


 ――推力を急偏向。軌道を強引に捻じ曲げる。振りかぶった爪は、敵機の左翼を吹き飛ばした。空に盛大に白いBEC物質が舞い、静電気の稲妻を小さく振りまきながら空に散っていく。きりもみ状態で落下していくRF35E。キャノピーが火を噴いた。空に黒いシートが飛んでいき、空中でパラシュートが花開いた。主を失った機体はそのまま黒い大海原に向かって、黒煙をまるで血反吐のように吐きながら落ちて行き、やがて水面に白い小さな飛沫を上げて、消えた。

 それを。水平飛行に移ったユーリはただ静かに眺めていた。

 ふと、自分が肩で息をしていることにユーリは気づく。ただ、恐怖や興奮といった感情はない。ただ、静かな静寂が心を満たしていた。


『ステラ2』


 咲江が、ゆっくりブラックオウルでユーリの横に並んでくる。いつ近づいたのかわからない、静かな接近だった。


「はい」

『帰投したのち、ブルーフィングルームに来ること』

「了解」

『よろしい』


 ユーリは落ち着いた様子で応える。

 咲江も、それ以上何も聞かなかった。


『サインメーカーよりステラ1へ。全バンデットの撃墜を確認。敵の有人機は?』

『ステラ2が撃墜しました。パイロットの脱出を確認。回収を』

『くそっ……了解。すぐに海自が回収に向かうそうだ』


 ステラ1とステラ2は編隊を保ったまま緩やかに旋回。ビジネスジェットに並ぶ。それぞれ左右に、ジェットを挟みこむようにして編隊飛行。


『こちらユニオン空軍のステラ1。貴機を岐阜基地までエスコートします。スコークは7700に。周波数はこのままで構いません。機体に何かトラブルは?』

『護衛、感謝します。機体に異常はありません。飛行を継続できます』


 飛行を続けていると、すぐに陸地が見えてくる。山々の白い雪はすっかり融けて、緑がかった黒色で山肌を塗りつぶしていた。富士山の円錐が、ただ不気味にそびえ立っている。

 岐阜基地とコンタクト。タワーからアプローチの許可が下り、続いて進入の許可が下りた。


『岐阜タワーよりヴァンパイア。着陸を許可する。風は方位040、5ノット』


 先にビジネスジェットが着陸する。それを、ユーリと咲江は上空をフライパスしながら眺めていた。軍用の広い滑走路に、小さなビジネスジェットが滑らかに着陸していった。続いてAWACSが着陸し、次にユーリ達の番だった。


『ステラ1、ステラ2、着陸を許可する』


 並んでアプローチ。咲江のブラックオウルが翼を広げて滑走路に触れ、前輪が地面に触れたところでユーリがその上に『着陸』した。ユーリが垂直尾翼に掴まって姿勢を整えると、ブラックオウルの翼が広がってエアブレーキになる。機体は速やかに減速した。タキシングし、エプロンへ向かう。ユーリの視線の先では、先に着陸したビジネスジェットにタラップが取り付けられ、その周りを、小銃を持った自衛隊員が警備している。ユーリは、機体から目を逸らした。

 ブラックオウルは誘導路に入り、岐阜基地グラウンドの指示に従ってタキシング。ビジネスジェットの左で停止した。ビジネスジェットの機体の出口を丁度隠すような位置。エンジンを停止すると、待ち構えていた電源車や牽引車がすぐに接続される。ユーリは、機上から飛び降りる。


「……アンジー」


 ビジネスジェットのドアが開き、真っ先に飛び出てタラップを半ば駆け下りてくるアンジェリカ。真っすぐユーリの所に向かってくるが、その表情は険しかった。ユーリの目の前で、立ち止まる彼女。真っすぐユーリを睨みつける彼女の紅い瞳から目を逸らすこともできず、力なく見つめることしかできなかった。


「ユーリ」


 彼女が右腕を振りかぶる。鞭のようにしなった腕。直後、辺りに渇いた音が響き渡った。

 ユーリの左頬には、鋭い痛み。だがそれは、物質的な痛みよりも心に焼き鏝のように痛みを残す。彼の頬を張ったアンジェリカ。彼女の瞳はユーリを睨みつけながらも、目尻には透明な粒。


「置いて行こうと、しましたわね」

「……ごめん」


 彼女はユーリの胸に乱暴に顔をうずめ、どこか力なく彼を叩く。ユーリは、黙って彼女を抱きしめるしかできなかった。

 ビジネスジェットから続々と人が降りてきて、エリサが捜査官に挟まれて降りてくる。彼女は、二人に小さく呟くと、アンジェリカとユーリの所にやってくる。


「ユーリさん」エリサの目には、怒りと、そして不安が浮かんでいるようだった。「手放しで褒められた行いでは、ありませんでしてよ」

「……うん」


 そう言って、エリサは捜査官に両脇を固められながら、アンジェリカを連れて行った。

 エプロンに、一人たたずむユーリ。その肩を誰かが叩く。彼が力なく振り向くと、少し困ったような表情の咲江が立っていた。


「ブリーフィングルームに行くわよ、ステラ2。お父さんとお母さんがお待ちよ」


 ユーリは、自分がどうやってブリーフィングルームにまでたどり着いたのか、よく覚えていなかった。ただ、気が付いた時には目の前に厳しい顔をしたリリア()と、静かにユーリを見つめる理人()が立っていた。


「……はぁ」


 目の前の母親がため息をつく。彼女の前のユーリは、頬に赤い跡を残して、まるで捨てられた犬のように縮こまっているように見えた。


「ユーリィ」


 彼女は、ユーリを真っすぐ見据える。


「歯を、食いしばりなさい」


 ユーリは、ただ言われた通りにした。

 辺りに轟音が響く。重い金属同士が衝突したような衝撃音。椅子をなぎ倒して壁際で仰向けに倒れるユーリに、左拳を振りぬいた母親の姿。父親が小さく肩をすくめ、咲江はため息をついた。

 仰向けに倒れたユーリが、ふらふらと上体を起こす。それから力なく、立ち上がった。


「これにて、不問とします」彼女は、踵を返してその場を後にする。「反省するように」

「母さん」


 ユーリは、部屋から出て行こうとしていた母親の背中に声をかける。彼女は、振り向かず、立ち止まる。


「ありがとう」


 彼女は、静かに部屋を出ていった。


「……はぁ。これじゃあ、俺は蛇足にしかならんか」


 父親が苦笑いを浮かべながら散らばったブリーフィングルームの椅子を一つ、ユーリの前に置く。そして、もう一つ椅子を引っ張ってくると、向かい合わせにおいてそこに座った。


「まだ、くらくらするだろ? 座れよ。吾妻大尉も、楽にしていい」


 ユーリは、どこか力なく椅子に座り込む。彼の頬は、右と左、両方が赤く腫れていた。


「母さんとアンジェリカちゃんに殴られたな。それも二度も」父親は、少し可笑しそうに微笑む。「俺にも殴られたことないのに」

「そうされても、仕方がないことをした」


 ユーリは、ぽつりと呟く。彼の金色の竜の瞳から、ぽろり、と雫が落ちた。


「あの時、僕は。明確に、人を、殺そうとした」

「それは、本能だ。自分の脅威になる存在を排除して、永遠に静かにさせる。そうして安心を得ることができる」父親は、諭すように続ける。「だが、本能を理性で支配するのが、人間ってものだ」

「あの時、僕は本能に飲まれていた。完全に……冷静に、殺意を抱いていた」

「だから、これは俺達がユーリに謝らなきゃいけない事だ」


 父親は、ユーリの前で頭を下げる。


「子供が手を汚さなくていい。本能を選んで、殺意に身を染めなくてもいいようにする。それが大人の義務だ。だから、俺達は、力を持つことを許されているんだ」

「でも、僕は、力を持っている」

「いいや。全然?」父親は、おどけたように言う。「『咲江先生』に勝てたことがあるか? お前は、まだ子供なんだ」

「……」

「そうして、負わなくてもいい責任を負って振るわれた力は――ただの、暴力だ」


 ユーリは、何も言うことができなかった。


「いつまでも子供でいい、なんては言わない。だが、背伸びして無理に大人になることは、『いけない』ことなんだ。それを理解してくれ」


 ユーリは、静かに頷いた。


「まぁ、そこらへんは自分で気づいたみたいだな」父親は、ユーリの頭を撫でながら言う。「俺等の言葉より、アンジェリカちゃんの言葉が一番効いたようだし」


 さて、と。そう言って父親は咲江に向き直る。


「では吾妻大尉。あとは頼む」

「はっ」


 そう言って、理人()は、部屋を出ていった。


「さて、と。ステラ2……ユーリ君」

「はい」


 そう言うユーリは、先程から目に見えて落ち込んでいた。まるで長い間雨に濡れた子犬の様だった。だが、咲江はあくまで真っすぐ目を見て、続ける。


「なんで私たちユニオンが、戦闘機に乗れるかわかる?」

「……命令に、従うから」

「そう、よく理解しているわね。大きな力には、制限が伴う。ユーリ君が空を飛ぶのに必要な、それも」


 そう言って、咲江はユーリの左腕を取る。そこには、電子飛行免許端末が巻かれていた。


「ユーリ君はあの時点で、命令に従う義務が出来ていた。ステラ2の名前を冠するっていうのは、そう言うことよ」

「はい」

「だから、私は貴方に処分を下します」


 飛行免許を。咲江がそう言うと、ユーリは抵抗せずに自分で飛行免許を腕から外す。いつもつけているはずのそれが、やけに重く感じた。

 そして、それを咲江に手渡した時に、心が軽くなった。

 そんな、気がした。


「二週間の、飛行停止処分。それで、処分とします。行ってよし」

「わかりました」


 ユーリは、静かに返し、とぼとぼとブリーフィングルームを後にする。


「ユーリ君」


 咲江が、彼の背中に声をかける。


「敵機が、ジェットを狙った時の貴方の判断、見事だったわよ」


 ぴたり、とユーリの足が止まる。それから小さく鼻をすする音が響いて、それからユーリは、ブリーフィングルームを去った。

 一人、咲江が部屋に残される。脱力するように椅子に座り込むと、大きく息をついた。


「教えるって、大変……」


 その呟きは、誰にも聞かれることなく部屋の大気に融けていった。


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