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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
199/217

72/Sub:"安定性"

「な、何を……」


 ユーリは思わず手で胸元と股を隠した。咲江は何も気にせずにシャワールームのドアを開けて入ってくる。彼女の暴力的とすら表現できる身体を直視しないように、ユーリは目を逸らした。


「何、って」咲江は、シャンプーボトルを取って言う。「ユーリくんと一緒にお風呂だけど」

「いや、その理屈はおかしいですよ!」

「ふふふ、アンジェリカちゃんともアリアンナちゃんとも入ったことを知らないとでも?」


 そう言う彼女の表情は、実に悪魔らしかった。ユーリは背筋に氷柱を差し込まれたかのような錯覚を覚える。


「ど、どうしてそれを」

「本人から直接聞いたわ」


 ユーリは心の中で、ここにはいないアンジェリカとアリアンナを、ひどく恨んだ。

 そうこうしているうちにあれよあれよとバスチェアに座らされ、咲江が手にシャンプーを取ってユーリを洗い出す。咲江に初めて洗ってもらうが、指先を適度に立て、強くもなく弱くもない力で頭を洗うその手つきは、実際上手であった。


「ふふ、お加減はいかがですか?」

「すごく、丁度いいです……」


 縮こまりながら為すがまま、咲江に頭を洗われるユーリ。シャンプーが目に入らないように目をつぶるが、暗闇の中では自分が何をされているのかわからないという欠点もあった。ユーリは目を開けて瞬膜を閉じながら辛うじて様子を確かめようとするが、鏡に映った咲江の姿が目に入り、すぐにまた目をつぶることになった。


「流すわね」


 そう言って咲江がユーリの頭にシャワーで湯をかける。髪の毛に付着していた油脂が、泡と一緒に流れ落ちて行く感触。この何とも言えない、日常ではすぐに流される感触が、今ユーリにとってはやたらと生々しく感じられた。


「じゃあ、次は身体を……」

「自分で洗います!」


 咲江が何か言う前に壁にかかっていたピンク色のボディタオルを取り、さっと自分の身体を洗いだした。何かされる前に、自分の前半分から洗っていく。

 ぴとり、と背中に何かが触れる感触。


「ふふふ、甘いわねユーリ君。手で洗えないとは言ってないわよ」

「……手以上になったら、僕は本気で抵抗します」

「この間合いで、それを私が許すとでも?」


 しまった、とユーリはそこでようやく気付く。六時方向をファイターパイロットに差し出すということの、その危険性に。後ろにも目をつけることができれば、と思ったが、咲江の裸体を直視する羽目になると考えると、それも危険そうである。結果として、ユーリは大人しく咲江にボディタオルを渡すことにした。手で直接洗われるよりマシだ。時たま背中に触れていた手以外の柔らかい感触の正体に関しては、ユーリは考えないことにした。

 そうして咲江がこれまた絶妙な丁度よさでユーリの背中を洗ってくる。その慣れた手つきに、ユーリはふと疑問を口に出した。


「妙に慣れてませんか?」


 そうユーリが尋ねると、咲江はちいさくふふ、と笑うと答えた。


「アリシアちゃんと、よく一緒にお風呂に入ってるから」


 ユーリは納得した。アリシアは、ゲームに夢中になっていたりすると休日は風呂に入らない。外に出ずに汗をかかなければ入らなくていい理論のようだが、それを規則正しい生活をする咲江が見逃すことはなく、強制的に風呂に引きずり込まれたとか、そんなところであろう。ユーリは自分の推測が合っているという妙な自信があったし、それに対して心の中で十字を切る。


「あ、今変なこと考えたでしょう?」

「変なこと……変なことかな」


 ユーリは疑問符を浮かべるが、構わずに咲江はユーリの背中を流した。泡が流れて行く感覚が、やけにはっきりと感じられた。空気すら、うっすら桃色に色づいているように感じる。


「じゃあ、次はユーリ君が洗ってね」


 くるり、と咲江がユーリに背を向ける。え、とユーリが言葉を漏らす前に、咲江の黒く細長い尻尾が、ユーリの手首に巻き付いた。


「……セルフサービスじゃ、駄目ですか」

「持ちつ持たれつ、でしょう?」


 細い尻尾はその細さとは裏腹に強い力でユーリを引き寄せる。どこにこんな力が、とユーリが抵抗を試みていると、それとも、と咲江が軽く振り向いた。彼女の目は、薄く紫色に輝いているような気がした。


「アンジェリカちゃんにもアリアンナちゃんにもしてあげたのに、私にはしてくれないの?」


 悪魔だ、とユーリは思わず呟いた。ひょっとしたら、僕はとんでもない人を好きになり、とんでもない人に好きになられてしまったのかもしれない、と現状を認識する。


「ふふ、悪魔相手に今更、じゃない?」


 もうこの人からは逃げられないのかもしれない、とユーリは腹を括る。

 咲江のすべすべとした背中。ユーリはアンジェリカのそれと同じように優しく洗っていく。


「んっ」


 咲江が艶めかしい声を上げる。ユーリは自分と咲江が、密閉された同一空間内でそれぞれ一糸纏わぬ姿で存在するという事実に気づくと、全力でドラゴンブレスを体内に循環させるしかなかった。2メートル近くある長身の咲江の背中は、とても広かった。それを上から下まで、丁寧に洗っていく。最下部まで洗おうとして、そこがどういう領域なのかようやく判断できて手を停めた。


「下まで、しっかり洗ってもいいのよ?」

「……それは、もう少し『進展』してからで」

「ふふ。じゃあ、脇と、腕もよろしくね」


 そう言って咲江が腕を持ち上げる。ムダ毛を処理しているのか、それともはなから生えていないのか、つるつるとした脇から腕にかけて丁寧に洗っていく。アンジェリカやアリアンナの時とは違う、甘い緊張感。


「じゃあ、次は足を――」

「足と前は、セルフで」


 そう言って顔を逸らしながらボディタオルを差し出すと、彼女は少し不満そうな声を上げる。しかししばし後、納得したようにまあいいわ、と呟くと、ボディタオルを取って自分の身体を洗い出す。身体を洗い終えると、彼女は自分の髪を洗う。ふわりと甘い香りがシャワールームに漂う。


「ねえユーリ君、身体、流してくれないかしら?」


 ユーリは黙って、シャワーヘッドを持って湯をぶっかけた。もう何もする気力が浮かばず、それに対して咲江は抗議の声を上げるが、彼の能面の様な表情を見てしぶしぶと受け入れた。

 そうして気が付くと、ユーリは咲江と一緒に湯船に入っていた。正方形の湯船は、対角線上に入れば咲江もゆったりと入れるサイズをしている。半ば引きずり込まれるようにして入った湯船は、人肌よりやや暖かいくらいのぬる湯で、夏に入るにはちょうどいい温度ではあるがこの状況では咲江の身体の熱が目立って帰って悪影響だった。


「ふぅ、ぬるいお湯に浸かるのも、気分がいいわ」


 ユーリは、言い返す余裕がなかった。大柄な咲江に後ろから抱きすくめられるような形で、ぬるい湯船に浸かっている。首の後ろから背中にかけて弾力性のある何かがクッションのように潰れている感触が伝わってくるが、それの感覚を消去しようと頭の中で飛行シミュレーションを彼は繰り返していた。


「むぅ……」


 咲江はそんなユーリの反応が面白くないのか、湯船のふちにかけていた腕をユーリの前に回す。


「えいっ」

「うわっ!」


 ユーリを後ろから抱きしめる。盛大に潰れる双球。一瞬でドラゴンブレスが空間に満ち、シャワールーム中の空気が凝縮して白濁する。雰囲気もあるのか、やはり桃色に薄く色が付いているような気がする。


「ふふ、キャプチャーしちゃった」


 ユーリには、最早言葉を返す余裕は、なかった。咲江の身体の感触が彼の後半身全体にダイレクトに伝わってくる。


「ユーリ君、気持ちいいかしら?」

「は、はい」

「それは良かったわ」


 どこか楽しそうに言う咲江。一瞬の後、自分がトンデモないことを口走ってしまったのでは、とユーリは慌てて訂正をかける。


「こ、これはお風呂が気持ちいいです」


 変な日本語が出た。まるで誤訳した英語の文章のようなそれを更に修正しようとして、ユーリは思考がまとまらなくなる。相変わらず咲江の身体の感触は半身から伝わってきていて、彼はそれを無視することに脳の思考リソースの大半を用いていた。

 その感触を必死にシャットアウトしようと試みてくると、咲江の手が優しくユーリの胸板を撫でる。先程とは違う、慈愛を感じる手の動きに思わず困惑していると、咲江はねぇ、と呟いた。


「ねぇ」咲江の声のトーンが、一つ落ちる。「あまり、抱え込まないでも、良いのよ」


 びくり、とユーリは身を震わせる。彼が考えていることがばれているような、そんな気配を感じた。


「……最大限、自分がやるべきことをやってるだけですよ」

「それは、本当にあなたがすべきことなの?」


 まるでユーリの精神に直接語り掛けてくるように咲江は言う。心に侵入されているような、不思議な感覚。ユーリはそれに対してただ黙ることしかできない。


「そんなに、頼りないかしら?」

「そう言う訳では、ない、です」

「あら? 子供に頼られない大人、っていう時点で、そう言うものではなくて?」


 ユーリは、それに何も言い返せなかった。振り向いて、彼女の瞳を見ることができない。

 咲江は、ゆっくりユーリの頭を撫でる。濡れた髪を撫でる感触。とても滑らかに、彼女の指がユーリの髪の毛の表面をそっと撫でていく。


「何かあれば、頼って。私ならいいから」


 そう呟く咲江の言葉に、ユーリは小さく頷くことしかできなかった。

 風呂を出て、身体を拭く。咲江に身体を拭かれるも、先程の言葉に意識を割いていた分何事もなくその時間は過ぎていった。流石に服は自分で着た、と思う。

 ――そうして気が付けば、ユーリは自分の部屋でベッドの上で寝転がっていた。どうやって部屋に戻ったのかもあいまいだ。ただ、咲江の甘い香りが鼻腔に残っている気がした。

 大の字でベッドに寝転びながら天井の木目を見つめる。手には、いつの間にか握られていた携帯端末と、ヘッドセット。かろうじて、部屋に入ってきたときにそれを鞄から引っ張り出したことはうっすらと思い出せる。

 ユーリは、じっと手元の携帯端末を眺める。先程咲江に言われたことが脳内でリフレインする。

 少し、修正してもいいかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。

 しばし後、ユーリは起き上がると手元の携帯端末を操作する。数列は頭に入っていた。それを入力して、回線をつなぐ。

 画面に広がる、軌道エレベーターを模したロゴマーク。ユーリはヘッドセットをつけて端末と接続すると、目的のアドレスにアクセスした。

 呼び出し音が数回。それがひどく長く感じられた。


『もしもし、ユーリ?』


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― 新着の感想 ―
これは咲江とのドッグファイト(意味深)が省かれましたね・・・(笑)
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