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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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70/Sub:"帰投"

 この空間転移はいつやっても慣れないな、とユーリは思った。黒い空間を通り過ぎるのはまるで鳥居をくぐるかのように一瞬だが、まるで腹から裏返されたような気分を覚える。一瞬で黒を通り抜けて、目の前に広がっていたのは小さな格納庫のような場所。床は工場の床の様な緑色に塗装された摩擦の多い感触の床で、白い照明が周囲から照らしていた。床には黄色い円が描かれていて、どうやらその真ん中に出てきたらしい。


「大丈夫だったか?」


 いつのまにだろうか、首から身分証を下げた理人がユーリに尋ねてくる。ユーリはこみあげてきた不快感を押しとどめながら返事をした。


「うん……平気」


 正直なところ、少し『出かけた』。思わずユーリは自分の腹に手を当ててそこに中身が入っていることを再確認する。


「何か飲もうか。ちょっと待ってろ」

「うん、ありがとう」


 ハンガーの様な場所を出ると、無機質な廊下が続く。床にいくつも線が描かれている通路の一角に、休憩スペースの様なエリアがあって、ベンチとスナック、そして飲み物の自販機が並んでいた。ユーリがスポーツバッグを下ろしてベンチに腰掛けると、小さな音を立ててきしんだ。


「何がいい?」

「緑茶……いや。とにかく、爽やかなものがいいや。炭酸じゃない」

「麦茶にしておくか」


 ちゃりちゃり鳴る硬貨を入れてボタンを押すと、小さな電子音と共にがこん、と飲み物の入ったペットボトルが出てくる。理人はそれを取ると、キャップを開けてユーリに渡してきた。ユーリがそれを受け取って流し込むと、香ばしい香りが喉を降りて行った。


「生き返ったよ」

「高次元空間の位相を、今度少し調整してみるか。移動するたびにこれじゃ不便だろう」

「あまり、使う機会はないといいなあ」


 ユーリはごく、ごく、と喉を鳴らしてボトルの麦茶を飲み干す。こみあげてきたものを無理矢理押し込んでいるイメージだった。理人はそんなユーリを横目に見ながら、缶コーヒーを一つ自販機で購入して開ける。子気味の良い音が響いた。


「美味しいの? それ」

「いいや、不味い」


 そう言いながら理人はぐび、ぐび、とコーヒーを勢いよく飲み切ると、ごみ箱に放り込んだ。


「不味くても、飲みたくなる時ってのはあるんだよ」


 変なの、とユーリは飲み切ったボトルをゴミ箱に放り込んだ。


「もういいのか?」

「うん。ありがとう」


 喉がスッキリしたことで大分気分も良くなった。ユーリはしっかりとした足取りで立ち上がってスポーツバッグを再び肩にかけると、理人に続いて廊下を歩き出した。

 長く続く廊下で、何度もユニオンの職員とすれ違う。廊下を渡った先の部屋の片隅に入ると、そこはなんてことないオフィスで、その一角の応接間の様な場所にユーリは連れていかれた。


「パスポートを用意して待ってろ、すぐに人が来る」

「わかった、父さん」


 言われた通りにリュックの中からパスポートを取り出してテーブルの上に置く。

 担当は父親の言う通りすぐにやってきた。肩の階級章の事は分からないが、理人(父親)リリア(母親)、咲江のそれよりも線の数が少ないな、と言うことだけは分かった。理人と敬礼で挨拶を交わすと、すぐに手続きに取り掛かった。いくつかの書類にユーリはサインし、パスポートを渡した。それを持って担当が席を外す。


「父さんは、こういうこと慣れてるの?」


 待っている間、ユーリが理人に尋ねた。


「ああ」

「あまり、詳細は聞かないでおくよ」


 理人は、黙ってユーリの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 出入国手続きはすぐに終わった。戻ってきたパスポートを開いてみると、アメリカの出国印と日本の入国印が追加されている。特段面倒なことはなく、あっけなく手続きは終わった。追加で首下げ式のキーカードを渡される。表面には『入場許可証』の刻印。



「さて、帰るか」

「思ったよりあっさりだったね」

「慣れてるってやつさ」


 廊下を歩く。床に描かれた黄緑色のラインに沿って迷路のような通路を歩いていくと、エントランスにたどり着く。理人とは別に、ユーリはキーカードを守衛に差し出して認証を通る。

 出たところは、巨大なトンネルだった。それも、大型トラックが余裕をもってすれ違えるような、巨大なトンネル。最低限の補強だけがされたごつごつとした壁は、ここが地下ということを否応なしに分からせてくる。ナトリウムランプの黄色に照らされた中、淡く白色にLEDで白く照らされた脇の歩道を歩いていく。時折、軍用と思われる大型トラックが、その巨体とは裏腹に驚くほど静かに横を通り過ぎていった。

 しばらく歩いていくと、駐車場の入口が見えた。道が分かれて、坑道の分岐のようになっている。入口には見慣れた黄色と黒の縞模様の遮断機が降りていて、その横を通って駐車場に入ると、目当ての車を目指す。シルバーの、なんの変哲もないSUV。塗装仕立てのような滑らかな表面で、母親が駐車場で盛大に擦っても傷一つ付いていなかった思い出がまだある。ユーリは後部座席に荷物を放り込んで助手席に乗り込むと、芳香剤の穏やかな匂いが鼻をくすぐった。嗅ぎ慣れた、実家の匂い。


「さて、帰るか」


 そう言って運転席の理人はエンジンをかける。キーを押し込んで回すと、静かな音と共にエンジンがかかる。水素タービンエンジン。咲江の車や、ブラックオウルと同じ。

 車は滑り出すようにして走り出した。出口まで来ると、勝手に遮断機が上がった。トンネルの本線に出て、走り出す。壁には大きな文字で『サイト』『出口』の文字と矢印が描いてあった。


「時差ぼけは、平気か?」


 理人が尋ねてくる。


「今はまだ、平気。昼頃に眠くなるかもしれないけど」

「夜更かしか? 付き合うぞ」


 理人がそうどこか楽しそうに言うと、ユーリは小さく肩をすくめた。


「実家に少し顔を出したら、すぐに屋敷に戻るよ」ユーリは、窓の外を眺めながら言う。「咲江さんも、一人で残してるのも可哀想だ」


 理人はそうか、と小さくつぶやくと、だけど、と続けた。


「母さんに、顔を見せてやれ。心配してたんだ」

「……うん」


 だんだんとトンネルの先が明るくなってくる。トンネルの出口が見えると、ユーリは一瞬まぶしさに顔を手で覆ったが、すぐに目が慣れてきた。

 トンネルの外は、森だった。その一角が、トンネルの周りだけ森が避けているかのように切り拓かれ、そこに警備の詰所と思われる建物が張り付くように並んでいる。ゲートにはライフルを持った兵士がいて、出ていく車と入る車の認証をしていた。三台だけ、ユーリ達の前に並んでいた。ユーリがふと後ろを振り返ると、トンネルの入口の横に、小さな金属プレート。


『ユニオン日本支部 大深度複合支援拠点サイト:JP21A』


 ユーリは、興味なさげに視線を前に戻した。

 検問所であっという間に番が回ってくる。窓を開けずに理人がキーカードを窓に当てると、兵士がそれを外からハンドサイズの機器で読み取った。ゲートが開き、兵士が出発を促す。車が走り出すと、すぐに左右は鬱蒼とした森におおわれ、トンネルの入り口は見えなくなった。ただ不自然に広い道路だけが、山の間を縫うようにして続く。


「ふぅ、地下基地はこれだから息が詰まる」

「秘密基地みたいじゃん。かっこいいと思うよ」

「実際に働くと、不便なことだらけだぞ?」


 そう言って理人はケラケラと笑った。

 車は緩やかな下り坂を走り続ける。時折トラックとすれ違いながら走っていると、一般道とごく自然に合流した。どこからが『基地への道』で、どこまでが『一般道』なのか、境界がはっきりしなかった。いつの間にか、一般の人たちの生活圏に入っていたような、そんな気分だった。山間だった景色もいつの間にか緩やかな谷筋になり、ぽつぽつと民家が道沿いに並んでいる。緑色の、高速道路の標識が見えて、理人はそちらに車を走らせた。

 片側一車線の、細い、地方の高速道路。再び山の中に入っていき、長いトンネルを通る。わずかに、硫黄の匂いがした。トンネルを出たり入ったりを繰り返していると、段々と山から平地になっていくのがユーリにも分かった。


「あっという間だね」

「昔は、山道をずっと走っていたらしい。山をぶち抜く道路ができて、随分と行き来しやすくなったそうだ」


 まぁ、俺が車の免許を持っていたころはもう道が出来ていたけどな。そう理人が言うと、ユーリは小さく笑った。

 高速を降りて街中を走る。日も高く昇っていて、窓から入ってくる日差しが熱を感じさせる。


「車、冷やそうか?」

「ああ、頼む。エアコンの調子が悪くてな」

「……ひょっとして、いつも魔術で冷やしてる?」

「マクスウェルの悪魔の真似事をしてるだけさ」


 理人の言葉に呆れたような表情を浮かべると、ユーリはため息をつきながら体表からドラゴンブレスを放射した。車内の気温が、一気に下がる。


「あまり冷やさないでくれ、フロントが曇る」

「わかった。じゃあ、これくらいで」


 ドラゴンブレスの放射を、適度に止める。少々肌寒い程で、車内の気温が止まる。


「ん、ありがとうな」

「どういたしまして」


 車は再び高速に乗り、走り続ける。理人がラジオを入れると、軽快なトークと共に天気予報、そして音楽が流れ始めた。最近ランキングに乗ったポップスらしいが、ユーリは知らないし、興味もなかった。音楽に聞き入ることなく、ただのバックグラウンドミュージックとして車内の空気を揺らし続ける。思わず窓の外を眺めると、そこにはキリスィマスィとは違う、だけど見慣れた空がただ広がっていた。


「そろそろ着くぞ」


 理人の言葉で思わずユーリは我に返る。いつの間にか車は下道を降りていて、見慣れた実家までの、水田と畑の続く道を走っているのに気づいた。どうやら空に集中し過ぎていたらしい。あっという間に、見慣れた日本屋敷が目に入る。理人が門の所にまで来ると、歳月を感じる木の門が勝手に開く。門の脇には、『穂高』『Витоша』の表札と、下に小さな『特定管理サイト*JP20Y2038A』のプレート。

 門を通り抜けて中に入ると、石畳をすぐに横に逸れてSUVを停める。ユーリが車を降りると、外から見えた長さ以上に屋敷の塀が続いていた。この空間異常も、見慣れた光景だった。


「懐かしいか?」

「時々帰ってたでしょ」


 ユーリはそう言って後部座席から荷物を下ろそうとする。その瞬間、けたたましい音とともに、と音を立てて屋敷の入口の戸が開いた。


「ユーリィっ!」


 『白』が飛び出してくる。ユーリと同じ白銀の髪を、残像にして、彼に飛びついた白色は、ユーリを力強く抱きしめた。安心する、力強い匂い。『彼女』は、まるで存在を確かめるように、しっかりと抱きしめる。ユーリがふと車の方を見ると、車から降りた理人が『ほらな?』と言わんばかりの表情で彼を見ていた。ユーリは、彼女の背に手を回し、抱きしめ返す。


「ただいま、母さん」


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