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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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49/Sub:"オペレーション:ターミネーション・マリッジ"

 準備とは言っても、こちらからの接続は簡単なものだ。ノートパソコンを接続し、有線回線で繋ぐ。ホテルの屋上のアンテナは軌道エレベーターの静止軌道ステーションにあるノード施設のアンテナを向いている。それを介して、日本へ直接通信ができるという寸法だ。現在の時刻は一三時。日本は朝だろう。

 ノートパソコンのアプリケーションを起動する。軌道エレベーター通信を使った専用のアプリだ。ログインすると、シンプルなホーム画面が表示された。

 続いてカメラのセッティングを行う。今回の会議は、AR等は使わない、一般的な映像通話だ。持ってきたバッグからハンドカメラを取り出し、三脚に載せてスクリーンの前に持っていく。ノートパソコンとケーブルで接続すると、自動でカメラ制御のアプリが立ち上がった。


「カメラの画角を調整します。一度、席についてください」


 ユーリが言うと、事前に打ち合わせた席に修也と恋人、アンジェリカとエリサが座った。修也たちが通路側の右、アンジェリカとエリサが窓側の左だ。修也の恋人とエリサが画面外に出てしまっているので、ユーリはパソコンを操作して画角を弄る。カメラから小さくモーター音が響いた。画角の中に、エリサと修也の恋人が映ってくる。


「調整完了です」

「ご苦労ですわ」


 アンジェリカが座席にもたれかかる。その顔には、緊張が浮かんでいた。それは他の会議出席者も同じ様で、修也は険しい視線で何も映っていないスクリーンを見据え、テーブルに両肘をついて組んだ手を口元にあてている。彼の恋人も座ったまま硬直している。

 そんな中エリサだけはどこか他人事、というよりは諦観あるいは悟りのような雰囲気を漂わせていた。これから起きることに自分の意思はなく、ただ結果を受け止めればいい。そんな表情だ。ユーリはそれに気づくも、触れないことにした。現時点で優先度の低い問題に、わざわざ思考リソースを割り振る必要はない。


「あとは、時間を待つだけか……」


 修也がつぶやく。ユーリが腕時計を確認すると、会議本番まであと四二分。余裕を持った時間設定だったためか、さすがに時間が余り過ぎている。ユーリは、鞄から財布と端末、折りたたみバッグを取り出した。


「何か、飲むものを買ってきます」

「あ、ボクもついて行こう」


 暇そうにしていたアリアンナが同行を申し出た。


「じゃああたしは動作確認をやっとくから。あ、私はルートビアがいい」


 アリシアが言うと、ユーリは手元でバツを作る。


「げっぷが出るから炭酸はダメだよ」


 ユーリはアリアンナとともに廊下に出る。エレベーターに向かって歩いていると、ふとアリアンナがユーリに聞いてきた。


「ユーリ兄さんは、成功すると思ってるの?」

「成功させるさ。アンジェリカなら」


 エレベーターまで来たところでユーリがそう言うと、アリアンナは小さく目を見開く。エレベーターが来て、小さな電子音が鳴る。


「うらやましいなぁ、姉さんは」


 アリアンナが、ぽつりと呟いた。

 一階に降りてくる。入ってきたときにちらりと見えたが、ロビーの隅にコンビニのような売店があるのが見えた。ビジネスホテルとしての側面がある以上、そう言った設備もあるのだろう、と思っていたがわざわざホテルの外に買いに出かける必要がないのはありがたかった。ユーリは入口で買い物かごを取ると、店の奥に歩いていく。


「とりあえずミネラルウォーターが、無難かね」

「ボクの分はスポーツドリンクがいいな」


 アリアンナは飲み物が並んでいる冷蔵棚の前に立つ。げんなりするような、様々な色のスポーツドリンクが並んでいた。


「げぇ、それにするの?」

「海外に来た、って感じがしないかい?」


 アリアンナはどこかウキウキとした様子で、棚に並んだ色とりどりのスポーツドリンクを見る。彼女の言うことにも一理あるように、ユーリは思った。

 アリアンナはドリンクを取る。『バーミリオン・グレープ』、とラベルには書いてあった。


「姉さん達の分も買っていこうか」

「それは……まぁ、いいか」


 ユーリは戸棚を眺める。色とりどりのドリンクが並んでいる。明らかに食べ物の色ではない物も並んでいるが、いっそそういうものであると思えば、なんだか飲めそうな気がしてきた。


「じゃあ、これで」


 ユーリが取ったのは、濃い青色。『ダークブルー』と書かれていた。


「わぁ。兄さん、それこそ飲み物の色、してないと思うけどな」

「突き抜けると一周回っていけるようなものさ」


 アンジェリカとアリシアはどうするか。アリシアは『コーラル・オレンジ』を選ぶ。


「アンジーは……」


 どれがいいか。正直味なんてどれも大差ないだろう。直感に従って、『クリムゾン・グレープ』を選んだ。


「どうしてその色に」

「何となく。この色が似合いそうだった」

「まぁ」アリアンナは籠の中の色を眺めて、苦笑いを浮かべる。「確かに」


 ミネラルウォーターを他に三つ籠に入れ、レジで会計を済ませる。持ってきたバッグを広げてボトルをつめこむと、軽々と持って売店を立ち去る。


「重くない?」

「軽いよ」


 アリアンナの問いに、平然とユーリは答える。

 エレベーターで再び会議室に戻ってくると、アンジェリカ達が事前の打ち合わせをしていた。持ってきた書類の内容に関して、最後の意識合わせをしている。こうして見ると、ただの婚約話が商談になっているという光景になんだか時代錯誤な感覚を覚える。


「飲み物を用意したよ」


 ユーリがミネラルウォーターの入ったボトルをエリサと佐高修也、そして彼の恋人の前に置き、ショッキングな色をしたスポーツドリンクをそれぞれに渡す。


「これは……随分と、個性的な色ですわね」


 アンジェリカが顔をしかめながら渡されたスポーツドリンクのボトルを見つめる。濃く明るい赤色は、彼女の色にぴったりだった。


「まさか、こんなものを買ってくるとは思いもしませんでしたわ」

「リフレッシュになると、思ってね」


 そう言ってユーリは自分のボトルを取り出す。取り出されたダークブルー色の溶液が入ったボトルを見て、エリサがひゅっ、とひきつった声を上げた。アンジェリカが呆れたように言う。


「それを飲み物と呼ぶのは、冒涜に当たるのかしら」

「『過ぎたるは及ばざるが如し』は、正の意味にも当てはまると思うかい?」


 ユーリは蓋を開けて、中のダークブルーの液体を口に含む。その色に反して、中身はなんてことはない、柑橘系ベースの風味で整えられた一般的なスポーツドリンクの味だった。


「普通、だね」

「過ぎたるは、なんですって?」


 呆れるアンジェリカは自分のボトルを開けて、中のドリンクをごく、と軽く口に含むと、蓋を閉じた。飲み過ぎると、会議中に『催す』かもしれない。ベストコンディションが重要だ。


「折角だから、帰る前に僕も飲んでおくか」


 佐高修也がミネラルウォーターのボトルのキャップを閉めながら言った。すると、アンジェリカは少し苦々しい表情を浮かべて、彼に言った。


「『ローズレッド・ピーチ』を飲むのはオススメしませんわ」

「ご忠告、感謝する」


 大外れを引いたことがあったな、とユーリは昔のことを思い出す。ちなみに『ローズレッド・ピーチ』味を、アンジェリカは嫌っていたが、ユーリはひそかに好きである。




「ええ、こちらとしても、このような機会で佐高重工とのチャンスをふいにしてしまうのは、心苦しい立場なのですよ?」

『そうとは言いましても、皐月院家との婚姻により得られるコネクションは……』

「ええ。だから、簡単な問題ですわ。新たなフロンティアを含むソリューションか、良く言えば堅実、悪く言えば凝り固まったコネクション、どちらを選ぶのか」


 会議はユーリの想像よりも静かに進んでいる。始めになんてことのない、ビジネス的な挨拶が始まり、他愛のない近況の交換から始まり、徐々に本題へ移っていく。もっと、遠距離レーダー照射からのファイア・アンド・フォーゲットによるBVR戦のような様相を想像していたのだが、やっていることはお互いにレーダー照射をぶっかけ合っているような静かな駆け引きだ。

 しかし、予想外だったのは、アンジェリカの両親まで会議に参加してきたこと、そして佐高重工側のメンバーが修也の父親――佐高重工CEOと数人の幹部のみだったこと。


『案外、大っぴらにはできない話だったのかもしれないわね』


 ユーリの頭の中に響く声。リンク3・ターコイズの霊力リンクだ、と気付いたユーリは咄嗟にチャンネルを接続する。アリシアと秘匿性の高い極近距離霊力通信で繋がった。


『そう考えると、僕とアンジーの婚約話と似たようなもの、ってこと?』

『それよりも……そうねえ、佐高重工側が押し付けられて、それに無理矢理利益を見出そうとしている、そういう雰囲気すら感じるわよ』


 ちらり、とユーリが横目で見やるアリシアの目は、鋭くモニターを見据えていた。カメラの外に出ているためアリシア、ユーリ、アリアンナは向こう側の人々には見えていないが、それでよかったかもしれない。

 こういった目をユーリは見たことがある。ユーリの父と一緒に、山にライフルを担いで害獣駆除に出かける時のアリシアの、狙撃手の目だ。標的を観察し、標的のモデルを構築し、標的をシミュレートし、標的の行動を掌握する、狙撃手の目。


『しかしねぇ、皐月院のコネクションを使えば、わが社は大幅な販路の拡大を見込める。それに比べ、修也君のいい人自身が、わが社にどういったメリットをもたらしてくれる、と言うのかね?』


 これはユーリでもわかった。おそらく、佐高重工側にとって、エリサを婚約者から降ろすというのは決定路線なのだろう。だとすると、欲する物は一つしかない。出資者であると同時に、東欧からシベリアにかけて、細々と、しかし緻密に広がった、ゲルラホフスカ家とヴィトシャ家の、流通ルート。

 それを待って居た、と言わんばかりにアンジェリカは切り返す。


「彼女の背景を、わたくし達も調べさせてもらいましたわ」アンジェリカは、修也の恋人に向けて、優しく、そしてどこか獰猛にほほ笑んだ。「国立大学において経済学を履修。成績は極めて優秀で、経営学に関するノウハウは十分」

『それは、あくまで必要条件だよ』

「――そして、何より『クリーン』である」


 向こう側の表情が固まる。

 そこで、待っていた、と言わんばかりに口元を歪ませたのはアンジェリカの父親、ユーリの義父にあたる、ミハエルだった。


『まさか、商談相手の経営的、政治的、地政的なリスクマネージメントを、せずに商談に臨むとでも思ったか?』

「スキャンダル一つで企業の首が挿げ代わることの意味を、知らないわけではないでしょう?」


 見事な連携。間違いなくアンジェリカが似たのは父親だろうな、とユーリは苦笑いを浮かべた。

 沈黙。向こうの役員も悲壮な雰囲気を漂わせている。そうして、よろよろと、CEO――修也の父親が、両手を挙げた。


「降参、と見てよろしいですか?」

『欲を張って黄金のガチョウを取り逃がすどころか底なし沼に嵌るほど、流石に愚かではないよ』

「ふふふ、素敵な取引に感謝いたしますわ」

『そして、そちらの彼女さんには、ゲルラホフスカ商会が、パトロンに就くことにしよう。もちろん、そちらの商品の流通は任せてもらって構わない』

『ああ頼むよ。せいぜい、ガチョウを太らせてくれたまえよ』


 具体的な商談内容がミハエルとCEOの間で進んでいく。あくまで流通はゲルラホフスカ商会が取り仕切る。ただし、佐高重工の販路は大幅な拡大を迎えることになる。Win―Winの関係。

 ただ、皐月院家を除いて。


「……」


 エリサは、会議中一言も発することなく、ただじっとモニターを見つめていた。


『今日は、有意義な話ができてよかった――息子を、頼む』

「は、はい!」


 修也の恋人がモニターに向かって頭を下げる。それにどこか安堵したのか、肩の荷が下りたような表情を浮かべて、CEOとのビデオ通話は、切れた。エリサにかけられる言葉は、なかった。


「……皐月院、絵理沙さん」


 修也がゆっくりと席から立ち上がり、エリサに向けてつぶやく。エリサは、無言で席を立つと、彼を真っすぐに見つめる。その表情に、感情は一切なかった。


「僕は、君との婚約を、破棄させてもらう」

「――お世話に、なりました」


 エリサは、頭を下げた。

 修也は、恋人の手を取ると、アンジェリカに対して感謝を告げ、部屋から出ていく。

 部屋から出ていく彼の口元が『すまなかった』と動いていたように見えたのは、ユーリだけだった。

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