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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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28/Sub:"夏"

 ユーリには、そのスプーンの上のバニラアイスが、なんだか桃色に光っているように感じられた。咲江がユーリに微笑みかけるが、その細められた目は、どこかバニラアイスと同じ桃色に輝いているように見える。彼女の角と尻尾が、いやに目についた。


「しまっ」


 手にドリンクを持っていたアンジェリカは、反応が遅れる。ユーリはごくごく本能的に、咲江の差し出したアイスを口に含んでいた。口の中いっぱいに広まる、骨まで溶けそうな甘さと冷たさ。思わずびくり、と痙攣するように体を震わせてしまう。


「ふふ、ユーリ君、どう?」

「……すごく、あまいです」


 どこかふわふわした思考の中ユーリは答える。その回答に満足したように、咲江は一口、アイスを食べる。そうして再びアイスを差し出してくるが、それはユーリの代わりにスプーンを咥えたアンジェリカによって阻止された。


「……イーブン、と言うことでいいじゃない?」

「直接流し込もうとしておいて何を……!」


 口の中の異物と言わんばかりにユーリ製のドリンクでアイスを流し込むと、ユーリにほぼ空になったグラスを差し出してくる。二人の間で赤と桃色の火花が散る。

 ああ、僕のモクテル。

 すっかり飲まれたドリンクを前に、ユーリはふわふわした頭のまま残りのボトルの中身をどこか投げやりにグラスにそそいで、飲む。アンジェリカの味と咲江の味が口を流れて行って、ユーリはめまいがするような気分だった。

 複数人から向けられる愛に愛で返し、そして全員を背負って飛ぶ。そう決意した、決意した、つもりだった。


「夜にこっそりユーリ吸いしているのに気づかないとでも思いまして……!?」

「それはお互い言えたことじゃないのかしら……!?」


 ただ、重量超過による失速だけは、注意しないといけなさそうだった。

 どこか張り詰めた甘い空気のまま、喫茶は進んだ。沈黙のうちに、飲み物を片付けて全員で席を立つ。

 プール施設から出ると、外はすっかり夏の熱気で満ちていた。質量を持っているかのごとき大気と、一億五千万キロ彼方から届いているとは思えない太陽の熱にさらされて、プールも水風呂の余韻も吹き飛ぶかのようだった。

 蝉の鳴く声がBGMのように鳴り響く中、車までの短い屋外の道のりを歩く。高々十数メートルだけのはずなのに、背中にジワリと汗が滲むような気がした。咲江の車である銀色のSUVにたどり着く。ドアのハンドルは、まだギリギリ掴める程度の熱さだった。


「うわぁ」


 声を上げたのは咲江だった。ドアを開けた瞬間に中から吹きあがってくる熱気。フロントにかけていたサンシェードは焼け石に水だったらしい。ユーリは思わずひきつった笑みを浮かべる。


「ユーリ、何とかなりませんの? 車の中までサウナにしたいほどわたくし、サウナが好きというわけではありませんのですけれど」

「ああ、うん。それは僕もだよ」


 ユーリは返事をしながら、体表からドラゴンブレスを放出する。じんわりと、にじみ出るように放出されるそれを、手のひらで渦巻かせる。星が形成されるときの降着円盤か、はたまた竜巻の発生過程におけるメソサイクロンか。


「えいっ」


 渦巻いたドラゴンブレスを、車内に文字通り放り込んだ。中が淡く青色に輝き、ガタガタと車が揺れた。


「なんだか如何わしいわねぇ」


 咲江がどこかそう悪戯っぽく言うのに対し、アンジェリカはポカンとした表情を浮かべる一方、ユーリは頬を染めた。

 車の揺れが収まると、中からもわりと白煙が出てくる。昔の映画でこんなの見たな、と思っていると、アンジェリカと咲江がとっとと乗り込んでいたので、慌ててユーリも助手席に座る。


「……寒いですわね」

「すぐにあったまるわよ」


 車内は冷凍庫の様な温度にまで冷えていて、どうやらやり過ぎたらしい。フロントガラスから入ってくる太陽の光が懸命に車内を温めている。車のエンジンをかけたタイミングで、フロントガラスが真っ白に曇った。


「着氷しちゃったわ」

「道路はIFRじゃ走れませんよ」


 車のワイパーを動かすと、じゃりじゃりと音を立ててワイパーが窓についた霜をそぎ落とす。ユーリが窓を開けると、窓ガラスについた霜が同じように落ちて行った。


「冬みたいですわ」

「まぁこれで多少はマシになったし、帰りましょうか」


 車が駐車場から出る。霜はあっという間に溶けて水滴となったが、そのせいでユーリ達の車だけ雨に濡れたかのようになっていた。水滴がフロントガラスの上を、風圧に押されて滑っていく。


「そう言えば、もうすぐ夏休みなのよね?」


 咲江が二人に尋ねる。ユーリは、はい、と答えた。


「週明けに終業式で、それから夏休みです」

「いいなあ。私、夏休みって経験したことがないのよねぇ」

「長命存在ならではの悩みですわね」


 アンジェリカもユーリもどちらかと言うとそちら側なのだが、咲江と違って『子供時代』が存在しているのと、子供の頃が一六〇〇年代と二〇〇〇年代では訳が違うだろう。

 車が赤信号で止まる。車の通りが多い道なので、車が続々と並んできた。


「まぁ、夏季休暇もあることはあるのだけれど」

「あら? とればいいではないですの。休暇は労働者の権利ですわよ」

「軍人ってのは、何かと休みってのは簡単には取れないものなのよ」


 軍人である彼女の言葉には、それ相応の責任と重みが感じられた。


「失礼しましたわ」


 アンジェリカが謝る。咲江はそれにいいわよ、と返す。


「私が選んだ仕事だもの。こういう風になるってのは理解してたことだわ」


 だけど。咲江は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「私も、青春とかして見たかったなぁ」

「青春に、遅いもないと思いますわ」


 アンジェリカがそう言うと、咲江は小さく目を見開くと、そっとほほ笑んだ。


「そうね。この出会いもまた、青春なのかしら、ね」


 信号が青に変わる。車は再び走り出した。


「ユーリ君やアンジェリカちゃんは、夏休みの予定はあるの?」

「わたくしは特にありませんわ。ただまあ」アンジェリカはユーリの方をちらり、と見る。「実家には、少し顔を出そうと思いますわ」

「あー、僕もたまには実家に顔出しとかないと」


 ユーリがそう言うと、少し驚いたような表情を浮かべるアンジェリカ。しかしすぐに普段通りにもどる。


「あ、そうだ」ユーリが言う。「咲江さんも、僕の家に来ませんか?」


 その言葉に、咲江はびくりと肩を震わせた。しどろもどろになりながらえっと、と言葉を絞り出す。


「私は、その、まぁ、のちのち……」


 どこか焦ったように言う咲江に対して、ユーリもアンジェリカも不思議そうな表情を浮かべ、思わず顔を見合わせる。咲江としてはユーリの母親の前であんなことを宣った挙句、真っ二つにされかけた記憶は真新しい物であった。ユーリの父親が乱入して止めていなかったらそれこそ本当になます切りにされていただろう。それなのにユーリの実家に行くのは、それこそ竜の棲み処に入るようなものであった。虎子が手に入っているのならば、わざわざ虎穴に入る必要などないのだ。

 咲江は話題を逸らしにかかる。


「ほ、他には二人とも、何かやることはないの?」


 そう咲江が尋ねると、ユーリが少し顎に手を当てて考え事をする。しばらく彼は悩んだのちに、意を決したように口を開いた。


「少し、気になる子がいるんです」

「ほぅ?」


 咲江が急に興味を示す。後部座席でアンジェリカがユーリ、と窘め、それにユーリが言い直す。


「すみません言葉足らずでした。すこし、人間関係に問題がありそうな子がいまして」

「悪化してるではありませんか!」


 我慢できなくなったアンジェリカが後ろから突っ込む。彼女はため息をつくと、ユーリを制して自分で説明し始めた。


「わたくしに妙な嫉妬を向けてくる方が同学年におりまして、その方の事情について少し探ろうとしているだけですわ」

「なるほどね。なぁんだ」


 そう言う咲江は、どこか残念そうに言った。咲江としてはユーリが気になる娘がいるというのなら知りたかったし、仲良くなってもみたかったからだ。ひょっとしたら、『仲良く』なれるかもしれない。少なくとも、アンジェリカとはその手前程度の関係性には慣れていると、咲江はそう感じていた。


「ユーリ君は、その子のことどう思ってるの?」

「アンジーと似ています」ユーリははっきりと言い切った。「アンジーと似ては居るけど、正反対。鏡に映ったみたいな、そんな人です」


 なるほど、ユーリが興味を持つわけだ、と咲江は納得する。


「何て名前の子? 知ってるかも」

「エリサ」今度はアンジェリカが言った。「皐月院、絵理沙ですわ。学校以外のどこかで聞いた名なので、わたくしも少し興味がありますの」

「皐月院……あぁ、生徒会長さんね」

「『元』、ですわ」


 咲江に尋ねるのは、ユーリもアンジェリカもやめておいた。職の領分を侵すことになるのは無粋だろう。

 だが、咲江にも妙な違和感があった。『皐月院』という名に、学校以外で聞き覚えがある気がする。学校以外で聞き覚えがあるとするなら――ユニオン。


「――そう、その子と、仲良くなれると良いわね」


 なんだか嫌な予感がする。パイロットとしての勘が、嵐の前の様な予感を覚えている。咲江はそのことをおくびにも出さず、二人に激励を送る。彼女の方で動いた方がいい案件なら、立場と、能力と、場合によっては自身の生まれすら利用しよう。

 車は、夏の青空の下、灼熱のアスファルトの上を家に向けて走っていった。


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