23/Sub:"順位"
試験の結果発表、当日。
とはいえ大々的に成績が貼り出されるわけではない。一部の教科は点数が高いものの名簿が貼り出されていたりもするが、それはあくまで教師の方針によるものだ。ユーリはそこの最上位にアンジェリカ、続けて絵理沙の名前があるのを見て、どうなることやら、と自分の教室に向かう。ちなみに自分の名前は、そこからやや下にあった。得意科目というわけではないが、最上位とまではいかないが上位の端に引っ掛かる程度には良い点が取れたらしい。これも、アンジェリカに教えてもらったからというのは十二分にあると感じていた。
ちなみに、ユーリの得意科目はアンジェリカや絵理沙を抜いてトップだった。満点ならさもありなんであろう。
教室では休み時間の終わりになったためか、生徒がわらわらと自分の席に戻ってきていた。チャイムが鳴ると担任の教師が入ってきて、ホームルームを始める。
夏休みを直前に控えた授業はどれも、授業というよりはテスト返却と前期の振り返りといった塩梅だった。自分の答案が返ってくること以外に、特筆するべきことはない。担任が夏休みまでの残りの日程に関して共有すると、成績表を配り始める。名前を呼んで、一人ずつ受け取っていった。順番が近くなった生徒が、教団の横に出席番号順に並ぶ。アンジェリカがすっと立って、その列に加わった。
「ゲルラホフスカさん」
名前を呼ばれた彼女が、教壇に上がり、自分の成績表を受け取る。ピンとまっすぐに伸びた背筋で、どこか優雅さすら感じられる所作で礼儀正しく成績表を受け取ると、自分の席についてからそれを開いていた。その背中に、かすかに喜悦の感情が浮かぶのをユーリは感じ取っていた。そうこうしていると順番が近くなってきたので、ユーリも教壇の横に出席番号順に並んで待つ。
「穂高さん」
ユーリの名前が呼ばれる。教卓に上がって自分の成績表を受け取ると、一般的には優秀と呼べるであろう成績が記されていた。自分の席に戻ってしげしげとそれを眺めてみると、なるほど、前回よりも良くなっている。今まで成績のことに関してユーリは気にも留めていなかったが、改めて見ると模擬戦闘シミュのスコアのように自分の成長曲線が数値となって出てくるのは興味深い。
まぁ、今回において問題となるのはアンジェリカの方だ。あの様子から見ると自信ありの様子ではあるが、油断は禁物だ。『勝って兜の緒を締めよ』とはよく言ったものである。それはそうと、貼られている限りの成績順位から判断する限りだとアンジェリカがやや優勢、とユーリは推測している。
それにしても。
ユーリはちらりとアンジェリカの方を見る。アンジェリカが勝ったとして、彼女は絵理沙に何の言うことを聞かせるつもりなのだろうか。アンジェリカのことだからあまりにも実害が出るようなことはしないだろうし、かといって『友達になってくださいませ』なんて平和的な要求をすることは絶対にないという嫌な信頼もある。この不安が果たして杞憂か、それとも取らぬ狸の皮算用なのか、どちらにせよ結果はじきにわかる。
終礼が終わり、ぞろぞろと席から立つ生徒の姿。その中で、自分の席から立ち上がったアンジェリカがつかつかとユーリの前にやってきた。彼女は自信満々な表情を浮かべながら腰に手を当て、ユーリに話しかける。
「この勝負、わたくしの勝ちですわ!」
「自信満々だね? 根拠は?」
そうユーリが問うと、彼女は自らの成績表を見せてくる。そこに記されていたのは、成績順において一位の文字だった。
「これで勝利は確定ですわ!」
「まだわからないよ、同着一位の可能性もある」
最も、それはそれでこの茶番を有耶無耶にできるな、と言うことでユーリには望ましい方向性でもあったりする。
そんなユーリの思惑とは裏腹に、アンジェリカはそうではないのですわ、と続けた。
「わたくしが喜んでいるのは、もちろん決闘に勝てるかもしれない事もありますわ」「
ですが、とアンジェリカは続ける。
「何よりこうして結果を出すことで『先生』に報いることができたからですわ」
「……それはどうも。教師冥利に尽きるよ」
少し照れくさそうな笑顔を浮かべて、ユーリは言った。
「さて、じゃあどうやって『対決』するの?」
ユーリの問いかけに対し、彼女は決まっていますわ、と答える。
「このままあの女のクラスにまで行きますわ!」
「えぇ……」
ほら早く早く、と急かしてくるアンジェリカにちょっと待ってとユーリは制止する。
「せめてアリシア姉さんとアンナを呼ぼう。決闘には立会人が必要だ」
「あら? ユーリで十分ですわよ?」
しまった、と中立を維持しようとしていたことで墓穴を掘ったことにユーリは気づく。決闘立会人としての条件は確かに満たしてしまっている。しかもアンジェリカの要求に入っている人物であるので、なおさら行くべきだろう。
そうこうしていると、アンジェリカがユーリの腕を掴んで半ば引きずるようにして教室を出る。そうして隣の、その隣のクラスが終礼を終えて生徒が教室から出ていることを確認すると、失礼しますわ! とよく通る声で人をかき分けて教室に入った。
教室の真ん中には、どこか青ざめた顔をした絵理沙と、彼女の取り巻きであろう女子生徒が何人か。彼女たちはアンジェリカの顔を見た瞬間、さっと顔を青くして蜘蛛の子を散らすように絵理沙の周りから去っていく。残された絵理沙の席の前で、アンジェリカが仁王立ちする。
「あら? 随分と素敵なお仲間ですこと。わざわざわたくし達のために場を開けてくださるなんて」
どこか厭味ったらしくアンジェリカが言うと、絵理沙は彼女を睨みつけた。その視線もどこ吹く風、と言った風に、アンジェリカは本題に切り込む。
「わたくしがここに来たということは、分かっているのでしょう? 早く、出しなさいな」
「っ……!」
挑発するような物言い。震える手で、絵理沙が抱えた鞄からぐしゃぐしゃの紙を取り出す。震えるその手を見かねて、ユーリがそれを広げと、広がった表の端には残酷な『二位』の文字。ユーリは小さく目を細めて。うわぁ、と心の中でつぶやいた。脳内ではいかにこれをアンジェリカに見せずにこの場を何とか乗り切るかの算段を立て始める。
「ユーリ」
声をかけられる。アンジェリカの方を見ると、片手をユーリの方に向けていた。無言の、『渡せ』のジェスチャー。ユーリはしばし、アンジェリカと絵理沙の間で視線を行ったり来たりさせる。そうして観念したかのように、アンジェリカに成績表を渡した。
受け取るアンジェリカ。そうしてその顔がみるみる喜悦、というか愉悦の表情に彩られていく。その光景を見て、ユーリは何か彼女が妙なことを口走ったときには何としてでもその口を塞ぐ、という覚悟を決めた。だが、そんな覚悟とは裏腹に、アンジェリカはあくまでも冷静に、自分の感情を抑えてぐしゃぐしゃの成績表を絵理沙の前に置く。
「約束は、守ってもらいますわよ?」
余裕綽々にアンジェリカが絵理沙に告げる。絵理沙は、先程まで薄く青ざめていた顔を今度は憤怒と屈辱の赤色に染めて、わなわなと席を立った。そうして、ユーリの方に向き直る。
「ほ、穂高、ユーリ、君」
わなわなと震える絵理沙が震える唇でユーリに向かって言葉を紡ぐ。だが、それを無理矢理精神力で押さえつけるようにして頭を下げる。
「あなたのことを、中傷して、申し訳、ありませんでした」
「うん、いいよ」
なんとかして絵理沙が絞り出した言葉にアンジェリカが何か言いそうになる前に、ユーリが承諾する。アンジェリカはユーリに対して不満げな、怒りの視線を向けるがユーリはそれを無視する。
「じゃあ、これで決闘は終了だ。アンジー、おめでとう」
失礼したね、そうユーリが言おうとして、アンジェリカが待ちなさいな、とユーリを止める。
「まだもう一つの要求が済んでいませんわ」
絵理沙の肩がびくりと跳ねる。ユーリは無理矢理になかったことにしようとした問題を掘り返してきたことに対して、恨みの視線を向けるが今度はアンジェリカがそれを受け流す番だった。
「『なんでも言うことを一つ聞いてもらう』……忘れたとは、言わせませんわよ」
「分かって、おりましてよ」
毅然とした表情でアンジェリカを睨み返す絵理沙。ユーリは両手で顔を覆い、天を仰いだ。生憎祈るべき神は持ち合わせていないが、龍神であるという父方の祖父に向かって、ああ神様、と心の中で祈る。
「なら話が早いですわ。ユーリ、エスコートをお願いしますわ」
それだけ言ったアンジェリカが背を向けて歩き出す。ユーリはうめき声の混じった深いため息をつくと、大人しく従う。
「……うん」
諦めた表情で絵理沙に手を差し出すと、絵理沙は一瞬ためらった後、大人しくユーリの手に自分の手を載せる。ユーリがその手を引いて歩き出すと、教室の外ではアンジェリカが待って居た。
「逃げようなどとは、思いませんわよね?」
挑発するように彼女が言うと、絵理沙は穴でも開きそうな勢いでアンジェリカの事を睨みつける。
「貴女という人は、最低の人ですわ……!」
怒りに震えながら言った絵理沙の言葉に、おほほほ、と高笑いをするアンジェリカ。
「なんとでも言いなさい、死人に口なしですわぁ!」
愉悦と言う感情に満ちた表情で見下すアンジェリカはまさに『悪役令嬢』という言葉が似合いそうであったが、流石に見えている地雷を踏みに行く覚悟は、ユーリには無かった。
出来るだけ紳士的に絵理沙の腕を引いてアンジェリカの後をついていく。
校舎の中をしばらく歩いて、生徒会室の前を過ぎる。たどり着いた先は倉庫が並ぶエリアの一画。
薄汚れた扉。扉の横にある『応接室』の文字が刻まれたプレートの『応』の左には、違う書体で『旧』の一文字が加えられていた。その中で、最も新しい物であろうそれ。先日張り替えたばかりだろうか、部名と思われる張り紙が無造作に扉に貼ってあった。
『ゲーム研究部』




