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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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20/Sub:"雲合霧集"

「あぁぁぁ……うぁぁぁぁ……」


 顔が熱い。なんてことしたんだよぉ、と自分を責めるが、過去は既に過ぎ去ってしまった。そうして、よくよく考えたら自分はユーリに恋心を告白し、ユーリがそれを受け入れたのならそもそも何も問題はないのでは? と彼女は気付いた。そうなると、次に押し寄せてくるのはただただお預けを食らったような、行き場のない欲求不満。

 そうやってしばらく枕に顔をうずめてもだえていたところで、のそりと起き上がる。こうしてはいられない、一刻も早くシャワーを浴びて夕飯に備えなくては。これに関しては一旦後回しでもいいだろう。

 よくよく考えると、なんでこんな自分が悶絶することになるんだ。別にユーリとは恋人関係なのだから遠慮することはないはずなのに。どれもこれもふわふわとよく晴れた青空のようないい匂いをばらまいているユーリ兄さんが悪いのでは? 実際、アリアンナの脳は勉強会の疲れと、恋の酩酊と、匂いの刺激で狂っていた。

 適当なものを羽織ろうかな、とあたりを探るが丁度いい塩梅の物がない。だからと言って、外の汚れや汗のを流していない身体で部屋着を着るのもなんだか気持ち悪く感じた。

 逡巡の末、アリアンナは手袋と靴下を脱いで、下着姿のまま部屋着を掴んで部屋を出た。一階下の姉の部屋にシャワーを借りるだけだと思うと、特に恥ずかしがる必要もなかろう。それに見られたとしても咲江や姉妹、そしてユーリだ。ユーリにはどちらかと積極的に見せに行きたい。思えば、水着も下着も大して変わらないのでは? と妙な疑問が浮かんできた。

 屋根裏から階下に続く階段を子気味よい音を立てながら降りていく。入るよー、と返事を待たずにアンジェリカの部屋に入ると、アンジェリカはまだシャワー中であったし、ユーリはまだ台所だった。つまんないの、と一人愚痴を漏らしつつ、ベッドに腰掛ける。白いシーツが敷かれた程よく柔らかいベッドには、二人分のわずかな凹み。

 片方の凹みに鼻を近づけ、嗅ぐ。途端に鼻腔をくすぐってくる、ユーリの匂い。だがこんなのは直嗅ぎに比べたらぼんやりとしてボケたものにすぎない、とアリアンナは謎の品評を下した。いうなれば、四回以上同じ茶葉で出汁て、色の付いた液体は染み出てくるもののほぼ香りも味もなくなった緑茶と同じような。なんだか不完全燃焼気味で、本物を味わいたくなってくる。


「ただいまぁ」


 そうアリアンナが欲求不満を抱えていると、部屋のドアが開いてユーリが入ってきた。この状況のアリアンナにとって、それは鴨が葱を背負ってやって来るに近い出来事。こちらに気付いていないのかそのままのこのこと歩いてきて、ベッドにアンジェリカの物ではない長い脚が横たわっていることに気付く。

 まさか、とユーリが判断する暇もなく、アリアンナはベッドから起き上がってユーリに顔を合わせた。煌々と輝く赤い目。ひゅっ、とユーリの息が詰まる。


「お帰りユーリ兄さん。随分台所にいたんだね」

「あ、あ、うん。ちょっと、夕飯の下ごしらえを、うん」


 必死に下着姿のアリアンナを直視しないように言うユーリ。その努力もむなしく、彼女はユーリとの彼我の距離をあっという間に詰めてきた。

 ユーリの匂いがアリアンナの鼻腔をくすぐる。ベッドの残り香とは違う、淹れたての茶の様な濃い匂い。それがどうしようもなく彼女の劣情を刺激した。少し怯えたようなユーリの表情すら、スパイスにしか過ぎなかった。


「ねぇ、ユーリ兄さん。ボクにいい考えがあるんだけど」

「……一応、確認のために聞いておくよ」


 絶対にろくなものじゃない。そう言う表情をしながらユーリが呟いた。


「そんな顔しないでさ。シャワー時間、ガス台、電気代、水道代を節約できるこれとない素敵なアイデアさ」


 ユーリが頬を紅潮させながらプルプルと震え出すのに、アリアンナはそっと妖しい息を吹きかけながら、誘うようにつぶやく。


「シャワールーム。二人で使えなくもない大きさだと、そう思わないかい?」


 やっぱり、ユーリはうめき声の様な声を上げた。


「アンナ、僕としてはいくら恋人同士になったとは言え僕らは未成年だから、それなりの節度を持つべきだと思うんだ」

「ん? アンジェリカ姉さんと、それはそれは深い仲になったユーリ兄さんが言えることじゃないと思うんだけど?」


 困った。何も言い返せない。

 ユーリが回答に困っていると、アリアンナが身体全体を使ってゆっくり押しやって、洗面所に繋がる扉の、ちょうど反対に押し付ける。ユーリより身長が5センチほど高いアリアンナを見上げながら、ユーリは彼女の上気した頬と赤く妖しく輝く瞳を半ば怯えた目で見上げる。


「ねぇ。ユーリ兄さん。身体を洗い合うくらい、それに比べたらずっと容易い、って。そう思わないかい?」

「そうかな……そうかも……」


 そっ、と。アリアンナがユーリに唇を寄せる。柔らかい感触がユーリの唇に触れ、ねっとりと甘く、彼の唇を食む。ユーリはドア一枚隔てた先のアンジェリカの存在を意識する。なんでこんな若妻を放って浮気する旦那みたいなことを、と思ったが、よくよく考えるとアンジェリカはユーリとアリアンナの仲を認めている。なんだこの状況、と思ったが、全力でユーリを堪能するアリアンナの情報が彼の五感から脳に押し寄せ、思考がオーバーフローする。

 アリアンナがゆっくりユーリから唇を離す。艶めかしく艶の出た彼女の桜色の唇が、ユーリの口から唾液のアーチを引いた。


「ねぇ、ユーリ」アリアンナが、片手で三つ編みを解いた。「ボク、もういいだろう?」


 何がだよ、とユーリは思わず返そうとしたが、オーバーフローした脳は最早正常に動いていない。頭の中を占めるのは『どうしてこんなことに』という一文、ただそれのみ。本当にどうしてこうなったのか。

 しゅる、とユーリの男物のセーラー服のシャツの下に手が入る。


「アンナ、ストップ! ストップ! それ以上はシャワーで洗いっこの範疇じゃないってわかるから!」

「いいじゃないか! もうここまで来たらユーリを食べることだってやぶさかじゃないからね! アペタイザー! ほらっ、良い匂い漂わせてボクを散々誘惑して! 遺伝子されたいのかなこのドスケベアンドドラゴン!」

「遺伝子するって何!?」


 必死に抵抗するユーリ。彼の目が金色に薄く輝き、ドラゴンブレスが彼の周囲の空気を冷却して白煙を舞わせる。それはドライアイスの煙の如く床を這い、消えていく。

 んん、と唇を突き出してくるアリアンナ。その様子は『吸う』という絶対的な意思を感じられるもので、流石にこれを受け入れたら取り返しがつかなくなるとユーリは本能で理解し、必死に両腕で抵抗を試みる。

 アリアンナとユーリという美女美男がやっていなければ、犯罪臭すらするその拮抗を打ち破ったのは、わざとらしく音を立てて開けられた洗面所のドアだった。思わず二人して振り返ると、そこにはまだ水滴の滴るアンジェリカが仁王立ちしながら犯行現場を見ている。

 この状況、どちらに転ぶか。ユーリは咲江とドッグファイトしている時並みの思考速度で現在の状況を把握しようとする。アンジェリカとアリアンナのキャットファイトが始まるか、それかアリアンナが退くか。どちらの確率が高い、と頭の中でぐるぐると演算が進む中、アンジェリカの口から出たのは予想外の言葉だった。


「あら、良いじゃないですか。一緒にシャワーくらい」

「えっ」

「やった」


 アリアンナがユーリの手を掴んで浴室に滑り込む。重心がそのままスライドしたかと錯覚するかの如き滑らかな移動。えっえっとユーリが妙な言葉を言っている間に、彼女は一糸まとわぬ姿に、彼はパンツのみの姿に変えられていた。


「いやなんでアンジーも手伝ってるの!?」

「ユーリ、わたくしの夫となるからには覚悟を決めなさい!」

「そんな理屈!」


 脱がされまいとする淡い抵抗もむなしく、最後の聖布ははぎとられ、アリアンナと共にユーリはシャワールームに投げ込まれた。ドアを閉めると、アンジェリカはシャワールームの横のバスタブにざぶりと身を浸す。ぬるま湯が張ってあるのか、じんわりとした熱を彼女から感じていた。涼しそうでいいな、と理性の片隅が場違いな意見を出力する。


「ふふ。ユーリ兄さんと一緒にお風呂入るなんて、しばらくぶりだね」

「……そうだね」


 嬉しそうにシャワーヘッドから湯を出すアリアンナは、最後に一緒にお風呂に入ったときと違って、もうすっかりユーリより背が高くなっている。そして、彼女の豊かに育った女性らしさを示す胸部と臀部が、どうしようもなく彼女を妹から一人の女性として意識させていた。

 冬のときのそれに比べてややぬるくなった湯がシャワーヘッドから、まるでにわか雨のように降り注ぐ。アリアンナの長い金色の髪が水を吸って、彼女のスラっと細長く、しかし出るとこは出、引き締まるところは引き締まったボディラインを覆う。それがなんだか非常に蠱惑的で、ユーリは思わず天井を仰いだ。そこにあるのは空ではなく、無機質な天井と照明のみ。


「えいっ」


 呆けていたユーリに温かい湯の感触がかけられる。思わず目をつぶると、シャワーヘッドを持ったアリアンナがユーリにそれを向けている。一瞬眉を顰めるが、小さくため息をつくと頭を彼女に差し出した。頭の上から湯がかけられ、細い指の感触がユーリの頭を撫でる。


「ユーリ兄さんの髪。さらさらで気持ちいいや」


 アリアンナがユーリの頭の髪を撫でる。それがなんだか、ユーリの奥底に余燼として残っていた兄魂に、火をつけた。


「え、ゆ、ユーリ兄さん?」


 ユーリはぐい、とアリアンナを抱き寄せる。少し見上げるような形の彼女を無理矢理抱き寄せたせいで、胸元で柔らかい感触がぐにゅう、と音を立てて潰れるが、構わず無視する。そうして抱き寄せた腕をそのまま背中からやや乱暴に髪ごとかき上げ、アリアンナの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「アリアンナも、ずっと綺麗だよ」ユーリは、真っすぐな瞳でアリアンナを見つめて言う。「昔から、綺麗だよ」


 さっと頬に朱が差すアリアンナ。お互いの指がお互いの髪をかき分ける動作はそのままに見つめ合う。ユーリの頭にかけていたシャワーは、ユーリの背中から臀部を濡らしていた。


「……ええい、じれったいですわ!」


 ばん、と勢いよく音を立ててシャワールームのドアが開かれた。思わず二人でそちらを振り向くと、アンジェリカが頬を赤く染めつつも、ギラギラとした瞳で二人を睨みつけていた。


「わたくしも混ぜなさい!」

「えぇっ、アンジー姉さんはさっき入ったじゃないか」

「二人を洗うくらい訳もないですわ!」


 そう言ってずんずんとアンジェリカがシャワールームに入ってくると、途端にシャワールームが狭くなる。ユーリに背中から抱き着いで彼女の双丘がユーリの背中で潰れる。


「うぅ、アンジェリカかわいい……」


 ユーリが息も絶え絶えに言う。


「ほら、早く頭を差し出しなさい。洗って差し上げますわ!」

「ちょっと、ボクがユーリ兄さんを洗ってあげるって話じゃないか!」

「妹の物は姉の物、妹も姉の物ですわ!」


 なんというジャイアニズム。なんという姉妹愛。二人の間でもみくちゃにされるユーリは女体の柔らかさを存分に味わううちに、ドラゴンブレスを放出。シャワールームが凝結により白い霧で満たされる。両手を曲げて頭上にかろうじて上げられる程度の広さの、狭いシャワールームの中は牛乳を注がれたかのように見えなくなる。


「ユーリぃ? 夕飯の準備ま……だ……」


 何やら騒がしい気配を感じて様子を見に来たアリシアが、シャワールームに入ってくる。彼女の目に飛び込んでくるのは、真っ白に染まったシャワールームと中から聞こえる三人分の声。

 ばん、と音を立ててガラス窓に手形がつく。ひっ、と小さく悲鳴を漏らしたアリシア。ユーリの掌がガラス窓に押し付けられ、それがずるずると下にずり落ちていき、そしてふっと離れて白い霧の中に消えていった。


「ごゆっくりー……」


 聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声でアリシアはその光景を見なかったことにして、シャワールームを離れた。

 しばらくして出てきた三人が、一様にのぼせていたのは当然の結末であった。

 期末試験は、すぐそこまで迫っていた。


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