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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
142/218

15/Sub:"エミュレート"

「ステラ1、バンデットオンマイレーダー。マスターアームオン」


 咲江はそう言うと、スロットルレバーを最奥まで押し込んだ。


「っ!」


 いつもの癖で小さくスロットルを横にずらそうとして、思いとどまる。そのままスロットルレバーに力を込めると、ばねの抵抗を感じながらも、ぐぐ、とさらに前にスロットルレバーを押し込むと、ガチリ、とメカニカルな感触と共に背中から蹴られたような衝撃。オーグメンター内に燃料が流し込まれ、ノズルから青い炎がダイヤモンドコーンを描いて伸びる。急加速していく機体。ベイパーコーンが瞬き、音の壁をあっという間に突き抜ける。操縦桿を握る手に力を入れると、機体がぐるりとロールした。やはり、慣れない。


『AWACSサインメーカーよりステラへ。エリアA2からバンデットが8機。EW準備。方位0―5―0、高度330。交戦を許可する(クリアトゥエンゲージ)

「ウィルコ。ステラ1、エンゲージ」


 擬似全天周モニターに表示される敵機の表示。距離がぐんぐんと縮まる中、レーダー照射警報。長距離ミサイルの照準か、と判断し、スロットルレバーのスイッチとスティックを操作してESMを作動。カウンターメジャーを仕掛けた。

 ぴ、と電子音。味方の二機のUAVからのコマンド要求。咲江は素早くフライトスティックから手を離し、目の前のタッチパネルを兼ねたディスプレイを叩き、素早くスティックを掴む。UAVに送ったコマンドプリセットをもとに、UAVがアクションを開始する。増速する咲江機に追従し、増速。片方は上昇し、片方は降下。降下したUAVが咲江機を追い越し、縦に三機並んで目標と接敵する。


『U1エンゲージ。シーカーオープン』

『U2エンゲージ。シーカーオープン』


 人工音声がヘルメットのインカムに響いてくる。咲江は兵装選択スイッチを操作し、機体下部のレールガンを選択。


『U1、ターゲットアルファ、ベータ、ロックオン。フォックス3』


 人工音声が響く。高高度にいたU1が先にアクティブレーダー誘導ミサイルを放つ。空に薄く、水蒸気の雲を引いて二本のミサイルが伸びていく。アルファ、ベータと識別された目標が、フレアを放出しながら急降下を行う。瞬いたフレアの光が咲江の視界に入ってきた。照準がゆらり、と、その先端にある敵機に吸い付く。反応からみて、指揮系統の上位に位置しているのは、おそらくベータの方。

 フレアによりミサイルを回避した敵機が、再び上昇に転じようとする。咲江の息が、小さく静かに収まる。

 レールガンが煌めいた。空中を秒速数十キロで、淡く青く輝くイオンの航跡を残しながら、弾頭が空を穿つ。

 ぱっ、と、爆炎が空に咲いた。ターゲットベータ、キル。


「まずはひとつ」


 咲江がスティックに、力を込めると機体がすぐさまに反応。右にロールしたのち、緩やかにピッチアップ。右に緩く旋回しながら、ターゲットゼータに向けビームアタック。ゼータがこちらの意図に気付いたのか、急降下を図ったが一足遅かった。咲江のブラックオウルから放たれた機関砲弾は鞭のように、ターゲットゼータを横殴りに引き裂いた。空に爆炎が咲く。残り六機。


『U2、ターゲットロック、フォックス2』


 音声が流れる。下方にいたU2が、急上昇しながらターゲットガンマへ向けてパッシブIRミサイルを放ったらしい。すぅ、と輝きがガンマに向けて吸い込まれていく。ガンマがフレアを放出しているが、ミサイルがさく裂。破片が当たったのか、青い空に黒い煙が一筋、線を描く。被弾したガンマ機をカバーしようと、シータとイプシロンが咲江機に向けてシーカーオープン。ミサイルの輝きが二つ、咲江機に向かって吸い込まれていく。咲江はシータとイプシロン機に向けて急旋回したのち、大きくバレルロール。同時にアークフレアを発射。ミサイルを回避しつつ、その爆発半径の仮想的な球体の表面を撫でるように回避。爆炎とシータ機が重なる。シータ機は一瞬咲江機を見失い、次の瞬間に爆炎を突っ切って咲江機がシータ機のすぐ背後についた。


「シーカーオープン、ロック。フォックス2」


 至近距離でIRミサイルを放つ。フレアを放出する間もなく、シータ機は破片の雨に引き裂かれた。自分を追ってきているイプシロン機だが、狙い通りシータ機と赤外線映像が重なって、撃てない。そうしているうちに咲江は急旋回し、同時に急上昇。ロー・ヨー・ヨー・で速度を急激に落とし、イプシロン機の真上を確保する。背面で向き合う咲江機とイプシロン機。相手がシザーズに持ち込もうとしたその時、耳に小さな電子音声が飛び込む。


『U2、ターゲットロック。フォックス2』


 イプシロン機がフレアを放出し、シザーズに移行しようとしていたのを急降下に転じる。その広い背中に、ぴったりとシンクロするかのように急降下に転じた咲江機の、レールガンの照準が重なった。

 青い矢が、イプシロン機を貫いた。空に爆炎の花が咲く。


『U1、ターゲットロック。フォックス3』


 牽制に出していたU1は立派にその役目を果たしているらしい。連携をさせずに、味方と合流しようとした機体へ向けてアクティブレーダーミサイルを放ち、合流を妨害している。空に機関砲の火線が瞬いた。U1を狙う敵機。生き残ったアルファとデルタ、ゼータとイータが上下からU1を挟み撃ちにしている。咲江は赤外線ミサイルを選択。U2はレーダーミサイルを上空からU1を狙うゼータとイータにそれぞれ放つ。

 U2の兵装はアクティブレーダーミサイルが残り二発。

 U1はIRミサイルが二発に、アクティブレーダーミサイルが一発。

 咲江の兵装は、レールガンが残り五発にIRミサイルが一発。


「十分すぎるくらいね」


 咲江は小さくマスクの中でつぶやくと、急旋回中のゼータにレーダー照準。フレアを放出した直後のゼータはフレアのリロードが終わっていないのか、咲江のレーダー照準と大音量で鳴り響く警告に対して急旋回とESMで振り切ろうと試みる。だが、急旋回は機体から速度を急激に奪う。大きく背中を晒したその隙を、咲江は見逃さない。レールガンの砲身に、淡い紫色が宿った。


「残り三機」


 ど真ん中に砲弾を受けて、炎をまき散らしながら落下していくゼータをフレア代わりに、アルファのロックオンを押し付ける。同時に自分を追いかけていた機が離れたのを感知したU1が急速に反転、イータに向けて最後のレーダーミサイルを放った。ミサイルが突き刺さり、爆炎が空を彩る。


「ナイスキル」


 鈴を転がすような声でつぶやく。意味などないが、自然とその言葉が出ていた。残りはアルファとデルタ、そして手負いのガンマのみ。

 咲江のブラックオウルが翼を翻す。アルファとガンマはシザーズ機動を取り、お互いのロックオンを入れ替えさせることでこちらの目をごまかそうとする。U2がロックオン。それぞれにアクティブレーダーミサイルを放つが、シザーズ中に片方が放ったフレアにより、二発とも防がれる。U1が最後のIRミサイルも放つが、同様にもう片方が放ったフレアに寄り防がれた。残存兵装の機関砲に切り替え。火線が二機の軌跡をなぞる。ふらふらと動く二機、それを静かに、咲江のブラックオウルが上方から見下ろし、その機会をうかがう。

 ぐるり、と咲江機が一八〇度ロールした。同時にピッチアップ。急激に速度を増しつつ、シザーズで振り切ろうとするアルファ機とデルタ機の間を潜り抜けた。急な咲江の割り込みに、二機の連携が、乱れる。


「ぐ、うううっ!」


 咲江機は急降下から急上昇へ。翼が減圧雲の白煙を纏い、全身にかかるG。オーバーG、オーバーG、と機体が警告を鳴らす中、薄くなり始めた視界でそれを照準に捉える。連携が切れた二機が、再び合流しようとして、その姿が、重なる。

 レールガンが、煌めいた。

 秒速数十キロで放たれた弾頭は、デルタ機のど真ん中を貫いた。食い破られた機体の構造体が細かな破片となって、その背後のアルファ機へ、まだ運動量を持ったままの弾頭と共に襲い掛かった。

 ほぼ同時に、二機が炎に包まれる。機体の破片をまき散らしながら、空の下に黒々と広がる、暗い森へと落下していった。

 咲江が反応するより早く、U1とU2が方向転換。狙うのは、ガンマ機。何とかエンジン火災を消火できたのだろうが、機動性は先程に見えてだいぶ落ちている。フレアの射出機構も破損したらしい。何とかU1とU2の機関砲を回避しているが、避け切れずに掠めた砲弾が機体に傷を蓄積させていく。


「ステラ1、フォックス2」


 咲江はごく冷静に、残りのIRミサイルを放った。空を飛翔する光の矢。急旋回を試みていたガンマ機に、無慈悲に突き刺さった。爆炎の花が空に咲いた。


『MISSION ACCOMPRISHED』


 ティロン、と軽快な電子音と共に無機質な表示がHMDのど真ん中に表示された。同時に、左右にデータと思われるログが流れるウィンドウが表示され、その下に送信達成度を表すシークバーが出る。同時に、身体にかかっていたGの感触が、急に実感を持たない物へと変化していく。咲江は酸素マスクを外す。


『吾妻大尉、シミュレーション終了です。お疲れ様でした』

「ええ。データは取れた?」

『バッチリですよ。後で確認しますか?』

「お願い。何か見えるものがあるかもしれないからね」


 表示されていたデータの送信達成度が100%になり、シミュレーションの停止を示す表示がいくつか流れる。同時に、空を映していた仮想全天周モニターが暗くなり、表示される映像が切り替わった。

 機体がいたのは空ではなく、格納庫の中。機体にはいくつものケーブルが接続され、駐機している赤い円の周囲には九〇度ごとに白いピラミッドの様なものが配置されている。それの四辺は緑色に光っていたが、すぐに赤色へと変化した。

 格納庫の端にはいくつもテーブルやPCが並べられ、そこで作業着姿の技術者達が咲江の機体から送られたデータを睨んでいた。そのうちの一人が、タブレットを片手に立ち上がっている。先程声をかけてきたのは彼女の様だ。


「最後に、少し操縦桿の様子を確認してみてもいいかしら?」

『構いませんよ。どうぞ』


 咲江が機体を描画モードにすると、空中に椅子だけ浮かんでいるような現在のモードから、キャノピーが透けているように見えるモードへと変化する。コクピットが収まる暗灰色の機体の後方、水平尾翼の方を振り向きながらフライトスティックに力を込めると、パタパタとヒレのように尾翼が動いた。こんなものか、と一人納得した咲江は、システムの停止を告げる。


『システム停止、どうぞ』


 了解、とそれに返事をして手元のコンソールを弄る。機体のフライトコントロールシステムをシャットダウンすると、モニターが真っ黒になる。キャノピーを開放すると、格納庫のジェット燃料の臭いが混じる、暑い夏の空気が流れ込んできて鼻腔をくすぐった。機体のシステムがシャットダウンされたことを確認した技術者と整備士が、わらわらと機体の周りに集まってきた。コクピットの横にタラップがかけられる。


「どうでした? ウチの最新のVR訓練シミュレータは」


 タブレットを持った技術者の女性が話しかけてくる。咲江はシートベルトを外しながら彼女に返した。


「ええ。なかなか悪くなかったわ。Gの感触も生々しかったし、ブラックアウトの様子もリアルだった。便利そうね」

「でしょう? 対戦相手の方は?」


 咲江はふむん、と小さくつぶやきながら、タラップに足をかける。しっかりとした足取りで地面に降りると、ヘルメットを小脇に抱えた。


「なかなか腕の立つ相手だったわね。ガンマ機に対するカバーは良かったわ」

「それを食い破っておいてですか……」


 技術者が苦笑いを浮かべ、えー、とですね。と続ける。


「あれ、沖縄基地のメンバーが実際に同じように接続してたんですよ?」

「道理で。ラグもないし、そういう意味でもいい道具だわ、これは」


 咲江は振り向いて機体を見上げる。今回は機体ごとこうして設置したが、コクピットを模した部分だけを置けば大分省スペースになるだろう。


「これも、吾妻大尉と穂高ユーリ君のデータのフィードバック、でもあるんですよ?」

「ほう?」


 咲江が興味ありげな声を上げると、彼女は手に持っていたタブレットをひらひらと振った。


「まぁ、そこらへんはここで立ち話するのも何です。ブリーフィングルームで続けましょう」


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