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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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12/Sub:"決闘"

 アンジェリカと、というのは、いわずともわかっていた。ユーリは黙って彼女の手を取って歩き出した。

 先程まで来た道をもとに戻る。行きはよいよい、帰りは怖いとはこのことか。ユーリは絵理沙のことを信頼すべきかどうか、まだ悩んでいる所があるのを自覚していた。このまま連れ戻してもさっきの喧嘩の『ラウンド2』を開始するだけではないのか、という懸念はあったし、収まった怒りがアンジェリカを目の前にして再燃する可能性だってあった。一度ついた火は、そう簡単には消えないのだ。

 そんなユーリの懸念もつゆ知らず、着々とグラウンド・ゼロまでの距離は縮まっていく。曲がり角を過ぎた先。ユーリが先に顔をのぞかせると、そこには多少は落ち着いた様に見えるアンジェリカが、アリシアとアリアンナに挟まれて立っていた。ユーリに一拍遅れて絵理沙が顔をのぞかせる。

 ユーリは気づかれないように絵理沙の方をちらりと見やるが、少し顔を顰めさせているだけで爆発する様子はない。どうやら思ったより感情の制御は効く人間らしい。だからこそ、なぜ彼女がアンジェリカと自分にここまで固執するのか、その根源たる理由に触れるのは難しそうだ、とも認識する。そして、それはおそらく嫉妬に関わる感情であろうことまでは推測できたが、今はその考えを頭の片隅に押し込んだ。


「アンジー」ユーリは、斜め後ろにいる絵理沙の存在を強く意識する。「皐月院さんが、話したいことがあるそうだ」

「あら、奇遇ですわね。わたくしも話したいことがありましてよ」

「……よろしくてよ」


 どこまでも余裕綽々とした態度のアンジェリカにわずかに苛立ちを募らせる絵理沙。ユーリは下腹部から脊髄を通して、脳にかけて冷えていくような錯覚を覚える。

 二人は正対する。鏡に映った者同士、似ているようだが、正反対。どちらが鏡像で、どちらが実像か。


「では。わたくしの要求は、ユーリへ貴女が言った侮辱の訂正と謝罪ですわ。わたくしも含めて」

「……私の要求は、貴女の穂高君と、クラス全員への謝罪と、クラス委員の辞任ですわ」


 ぴん、と二人の間の空気が張り詰める感触。すかさずユーリが間にぐい、と身を滑り込ませ、わざとらしく両側を見やる。


「話をしたい、と言うから案内したんだ。皐月院さん。話すのと要求するのは違うよ、アンジー」


 二人に向けて言う。ここでアンジェリカだけに肩入れするのは不公平だろう、とユーリは感じる。それはアリシアとアリアンナにも伝わったらしく、アリアンナがアンジェリカの肩に手を置く。


「そういう話じゃないよね? 姉さん」

「いいえ、これに関しては絶対に譲れませんわ」


 アンジェリカが眉間の皺を深くしながら言う。


「こちらも、譲る気はありませんわ」


 絵理沙も同じようにして言った。ああもう似ているとは厄介なものだ、とユーリは心の中でため息をつく。

 二人の間の空気が徐々に張り詰めていく。このままだと先程の二の舞だろう。ユーリはしくじったかなぁ、と思い始めたころ、唐突に一拍子の拍手が場の空気を払った。全員が音の方に向く。いつの間にかアンジェリカと絵理沙の間に移動してきたアリシアが、両掌を打ち鳴らした音だった。


「お姉さま。何の用です?」

「はいはいそこまで。せっかくあたしらが仲介人やってやってるのに元の木阿弥に刺せるんじゃないわよ」


 アリシアは年上らしく、その場を仕切り出す。自分より小さい少女から出るその年配の雰囲気に、絵理沙も思わず小さく呆けている。


「アンジーは絵理沙に謝らせたい、皐月院さんはアンジーに謝らせたい。お互い譲れないものがあるなら――決闘よ」

「決……闘?」


 絵理沙が目をぱちくりと瞬かせる。反対側のアンジェリカも怪訝な表情を浮かべていた。


「そう。決闘。恨みっこなしで白黒つける。負けた方は勝った方の要求を受け入れる。これでいいでしょ?」

「いえ、私は納得なんて――」

「い、い、で、しょ、う?」


 有無を言わせない圧力に、ぐ、と絵理沙が黙り込む。アンジェリカの方は、こうなったアリシアを止めることはできないのを知ってか、ややあきらめ気味だった。


「まあでも、決闘と言っても暴力で解決したら意味がないもの。生憎、私達は学生。ならば決闘をするなら――」

「――成績、か」


 ユーリが言うと、アリシアがご明察、と返した。


「という訳で、期末試験の合計点数で決着をつけるわよ! 決闘人、お互いの要求を宣べよ!」


 ビシッ、と絵理沙を指さすアリシア。面食らっていた彼女だが、良いでしょう、とあくまでも平静を装って言う。


「私の要求は、ゲルラホ……アンジェリカのクラス全員への謝罪と、穂高君への謝罪、そしてクラス委員の辞任ですわ」

「謝罪が二つに、辞任。さてイーブンに行くわよ。アンジー、要求を三つ言いなさい」


 そうアリシアが言った時、アンジェリカの表情が変わる。にんまり、と、最悪なことを思いついた表情のそれだとユーリが気づいて、アリシアに中断を申し立てようとしたときには、既に遅かった。


「ならわたくしは」アンジェリカは絵理沙に向けて指を突きつけながら言う。「皐月院さんのユーリへの侮辱の謝罪と、わたくしへの迷惑行為に対する謝罪。そして」


 にんまりと、アンジェリカの口角が上がる。ユーリは思わず顔を手で覆った。


「わたくしが勝ったら、なんでも一つ、言うことをきいてもらいましょうか」

「――このぉっ!」


 絵理沙の顔が一瞬で憤怒に歪む。ユーリとアリアンナ。二人の口からほぼ同時に『うわぁ』と声にもならない悲鳴が漏れた。


「おーほほほほっ! まさか皐月院さんともあろうものが、自分が先に乗った話を今から降りるなんてことはなさいませんよね?」


「っ! なら、こちらは土下座を要求しますわ! 土下座ですわ!」

「ほほほほっ! よくてよ、なぜなら勝つのはわたくしですものぉ!」

「せいぜい咆えてなさい! その無駄に高い鼻っ柱、さぞかしよく地面に刺さりそうですこと!」

「なんですってぇぇぇ!」


 いけない。このままでは決闘の意味がない。ユーリとアリシア、アリアンナの三人がかりで取っ組み合いになろうとしていた二人を引きはがす。


「ともかく!」アリシアが場を仕切り直す。「これで決闘の条件は成立。約束はした! 解散!」


 アンジェリカの両脇をユーリとアリアンナで抱える。それで抗議の声を上げる彼女を引きずっていくと、絵理沙もすぐに踵を返して校舎の奥へと一人歩き去る。その背中を、消えるまでユーリは目で追っていた。


「アンジェリカ」


 どれだけ引きずっていっただろうか。アリシアが低い声で言う。両腕を解放され、床にへたり込んだアンジェリカが何かと彼女の方を振り向いた瞬間、アリシアが両頬を引っ張っていた。


「いひゃい、いひゃいへふわ」

「あんたねぇ! 人がいい塩梅の落としどころを無理矢理押し付けられたってのにまた火をつけてんじゃないわよ!」

「いひゃいへふわぁ!」


 ぐにんぐにんとアンジェリカの両頬をまるで餅の様に上下左右に引っ張るアリシア。アンジェリカの目の端には小さく涙が浮かんでいた。


「ふん!」

「あひぃ」


 ぱっ、と手を離した直後に、ばしんと両頬を挟み込むように打つアリシア。なされるがままになっていたアンジェリカはそこで情けない声を上げた。ユーリが前に回り、両手で彼女の両頬に触ってドラゴンブレスを流し込む。じんわりとした冷たさが赤くなった彼女の頬を冷やすが、その顔は無表情だ。


「アンジー」

「……ごめんなさい」


 ユーリの圧に、思わずアンジェリカも屈した。珍しいものが見れたな、とアリアンナはどこか他人事のように見つめていた。


「仲良くしろ、とまでは言わないよ。だけど不要な争いを起こすのは、君にしては短絡的すぎる」

「……わたくしにだって、我慢できることと我慢できないことくらい、ありますもの」


 ユーリは以前アンジェリカが言っていたことを思い出す。ユーリに対する侮辱、を絵理沙がしたらしい。それに関してアンジェリカは怒っているのだ。自分ではなく他人のために怒る、それは確かに善いことではあるだろうが、同時に怒りも冷めにくいだろう。特に、アンジェリカの様な人間なら、なおさら。


「アンジー」ユーリは、ゆっくりアンジェリカの両頬を冷やしながらつぶやく。「僕は、その件に関しては、特に何も感じてはいないさ」

「でも、空は、ユーリの!」

「どんな言葉を積み重ねようが、空に上がればルールはシンプルだ。より速く、より鋭く、より高く。僕は、この間の文化祭でそれを彼女に示してみせた」


 ユーリは真っすぐアンジェリカを見つめる。最初は目を逸らしていたアンジェリカも、涙の浮かんだ目でユーリの方に向き直る。


「だから、これ以上は誰も望んでない争いだ。納得できないなら、お互い理解できる方法で決着をつけるしかない。でしょ?」

「……申し訳ありませんわ」


 いいんだよ、とユーリはほほ笑む。手を差し伸べて、立たせる。

 横から見ていたアリアンナが、場の空気を払うように茶化した口調で言う。


「さて、あんな大口を叩いたんだら、負けたら姉さん目も当てられないよ?」

「それに関しては、わたくしにも策はありますわ」

「ほぅ?」


 腕を組んだアリシアが興味ありげに尋ねる。アンジェリカは数歩、ユーリ達から離れる。そして、思いっきり頭を下げた。


「わたくしに、勉強を教えてくださいまし」


 そういうことか、と三人は顔を合わせた。


「あー、アンジー、教えてもらう教科なんて、あるの?」


 アンジェリカは実際かなり成績優秀な方ではある。ユーリは、あまり興味はなかったので記憶は曖昧だが、いつも学年の上位に食い込んでいたのは覚えていた。ちなみにユーリは状の下ほどである。興味のある科目とそうでない科目の差が大きい。


「わたくしの得意科目は数学に英語、地理に世界史ですわ。逆に、現文、古典、物理、地学はなんとかやっているだけ」

「言っとくけどなんとか、でどうなるのはアンタだけよ?」


 アリシアが眉を顰めながら言う。実際『苦手科目』と呼べるものでも努力でどうにかできてしまうのはアンジェリカの才能の賜物だろう。


「ですが、今回の決闘、全教科満点を取るつもりでなくては勝つことはできないでしょう。ならば、わたくしは自身の『得意科目』に集中するつもりですわ」

「それで、他の科目の『勉強』を、僕達に一旦消化してもらってからわかりやすく教えてもらおう、と」

「そういうことですわ」


 教える、と言うのにユーリは思わず上を見上げる。そうなると、アンジェリカだけの戦いではなく、自分にも責任はある。彼女が間違った知識を覚えないか、理解できるのか。空の飛び方を飛行部に教えた時のように、これが教える側の責任か、とユーリは実感する。


「わかった、僕は物理と地学を教えるよ」

「じゃあ、私は英語と数学を補強しようかしら。問題は現文と古典だけど」


 アリシアがそこまで言ったところで、アリアンナが手を挙げる。アリシアが怪訝な表情で彼女を見た。


「あんた、中三じゃない。高一の範囲のことを教えられるの?」

「ふふふ、こう見えて、ボク結構古典文学とか好きなんだよ? 成績もいつもほぼ万点なの、知らなかったかい?」


 そう得意げに話すアリアンナに、思わず全員で鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。それに、頬を膨らませたアリアンナが自分の鞄の中から紙を取り出す。先日あった古典の小テストの答案用紙。そこにはいくつも並ぶ赤の丸に、『100』の文字。


「……満点。話は本当の様ですわね」

「ふふ、文学は昔も今も変わらないさ。誰が何を感じて、伝えたいか。それを理解してしまえば一緒さ」

 それで、それが楽しいんだがな、これが。そういうアリアンナの表情は、年相応の少女のように見えた。


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