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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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07/Sub:"練習試合"

 ユーリがそう言うと、部員全員のスイッチが入る。ばさりと翼を広げるもの、小さく息をつくもの、それぞれ違った動作で空にピントが合い始める。


「で、どういう練習をするの、コーチ?」


 カオリがどこか挑発するような様子で言うが、ユーリはふむ、と顎に手を当てて考え込む。拍子抜けした、と言いたげな表情を浮かべる彼女だったが、ユーリはしばらく考え込んだ跡、そうだ、と小さくつぶやいた。


「みんな、とりあえず空に上がろう」

「それが練習?」

「いいや、内容は空に上がってから伝える」


 そう言って全員でぞろぞろと滑走路の方に向かって歩いていく。ふと、ユーリが視線を感じて振り向くと、咲江が楽しそうな顔でユーリの方を見ていた。小さく立てられる親指。どうやらお見通しらしい。

 滑走路に次々と向かう。順々に離陸していくのを見送りつつ、ユーリは最後に一人、滑走路にたたずむ。ユーリの感覚と咲江の感覚、両方で補正された仮想の空は本物と見間違うほどリアルな質感を持ってそこに広がっていた。クラウチングスタートの姿勢を取ると、翼から霊力の噴射光が高音と共に伸びる。

 ぐん、とユーリが駆けだした。一瞬でトップスピードに乗り、翼が大気を掴む。揚力で重力の鎖を解き、空へ舞い上がった。浮くような離陸。しばらく地面と水平に超低空を滑るように飛んでいく。

 滑走路の四分の三ほどで、一気にピッチアップした。翼が白煙を纏い、視界が空で一杯になる。大きな推重比を生かしてそのまま、ミサイルの様に一気に空へと駆け上っていく。ほぼ垂直に上昇しながらピッチアップ。ひっくり返った天地を一八〇度ロールしてインメルマンターン。滑らかに弧を描いて右旋回。


「さて」


 ユーリは部員に向けて話しかける。夢の中だからか、現実にはない都合のいい通信があるおかげで全員へと発言がすぐ伝わる。部員達を少し後方上から見上げる位置に陣取ったユーリは、そのまま全員へ話しかけ続けた。


「結局いろいろ考えたけど、みんな基礎はできているから、応用をトレーニングした方がいいとは思う。で、こうして折角やりたいように飛べる空があるわけだし――」


 ユーリは、メニュー画面を開く。アリシアと少し触れたゲームのデータを引っ張ってきて、出現させる。手に出てきたのは、いかにもゲームに出てくるような、SFチックな見た目のライフル。


「今日の訓練はドッグファイト。武器は全員同じ。相手を撃ってキル判定を出す。シンプルに行こうと思う」

「いいよ。チーム分けは?」


 カオリがそう通信で寄越してくるのに、いや、とユーリは返した。


「僕対全員だ」

「五対一で? 本気?」

「いいよ、訓練始め」


 部員の一人が笑って寄越してくるが、ユーリはライフルの安全装置を外した。にやり、と小さく笑うとぐん、と降下し、高度と速度を入れ替えて対気速度を一気に増す。


「穂高君は?」

「いや、見えない。どこかな」


 そういう声が聞こえてくる部員たちは綺麗な逆V字編隊を組んでいる。狙うのは、V字の真ん中。

 編隊の真ん中を、ユーリは下から上に飛び抜けた。


「なにっ!?」


 糸のような飛行機雲を引いて飛び抜けたユーリに驚いて、慌てて散開する部員達。かろうじて追えているのは恵那さんか、と冷静に分析してユーリは静かにハイ・ヨー・ヨーで部員の一人に狙いを定める。


「教えた飛び方を思い出せ。ほら、つかれてるよ」

「くっ!」


 部員が急旋回。ユーリを振り切ろうとする。カオリだけがユーリを追いかけ、ライフルの銃口を向けていた。


「いいよそのまま! アンタが追いかけられている間に穂高を落とす!」

「そう簡単には墜ちない――よっ!」


 ユーリは急に逆旋回。その瞬間、射線上に割り込んできた別の仲間。小さくやべっと漏らして慌ててカオリは射線を取ろうと降下。だがその判断は一瞬遅かった。


「はい、キル」

「ぐえええっ!」


 キル判定が出た相手は安っぽい爆発エフェクトと共に消えて地上に戻される。ああ、トシコがやられた、と騒ぐ部員にカオリは冷静に努めようとする。


「上下から挟み込むよ! サナエは私と一緒に上昇! それ以外は降下して穂高を追い込む!」


 二手に分かれたか、とユーリは部員たちの動きを冷静に分析する。全力を出せば墜とすのは一瞬だろうが、これは勝負ではなく練習試合だ。学べるものがないといけないという点で、ただ振り回せばいいとは違う。手加減して、何か気づきがある様にしなくてはいけない。なるほど、教えるのはいい勉強とはよく言ったものだ、とユーリは思いつつ、冷静に降下した一人を追って降下する。


「追ってきた!」

「そのまま追いかけて! 私が狙う!」


 急降下によりぐんぐんと大気速度が増し、高度が落ちていく。


「僕を気にするのはいいが、空は無限じゃないぞっ!」


 ユーリが追いかける部員に向かって叫ぶ。一瞬気を取られた部員の耳に、けたたましい、耳障りな音が響いてきた。


『Terrain, terrain. Pull up, pull up, pull up』


 GPWSが叫ぶ。部員の顔から血の気が引き、慌てて急降下から急上昇に転じた。速度が急激に落ちる。


「はい、いただき」

「え、待っ――」


 ライフルが部員を貫く。残り3、とユーリは小さくつぶやいて、上昇しながらもう一人に照準を合わせた。バレルロールを行い、ユーリの後方を取ろうとする部員だが、上昇してきたユーリは対気速度が落ちている。バレルロールが終わったときには、ユーリの目の前に六時方向を差し出すことになった。

 キル。安っぽい爆発エフェクトを貫いて、ユーリが飛び出てくる。


「全員やられた! カオリ、私達だけだよ!」

「くっ! まさかまとめてやられるとは……!」


 サナエとカオリ、二人だけ残された部員はユーリを見据える。再加速をしながら真っすぐこっちに突っ込んでくるユーリ。二手に分かれ、ユーリを迎撃する。ユーリは一瞬でサナエにターゲットを合わせ、追いすがる。サナエは上昇し、ハイ・ヨー・ヨーでユーリとの距離尾を詰め、背後を取ろうとする。ユーリは上昇。サナエと縦方向のシザーズに。


「サナエっ! そのままお願いっ!」


 カオリがシザーズに割り込み、ユーリを狙おうとする。ユーリはタイミングを合わせ、上昇方向でシザーズから一気に外れた。カオリがそれを追う。

 ――太陽の強烈な光が、カオリの目を貫いた。


「しまっ……!」


 視界が一瞬ブラックアウト。ちかちかと視界に虹色の影ができ、思わずユーリの姿をカオリは見失った。


「穂高はっ!?」


 通信機に呼びかけるが応答がない。ぞくり、と背筋に冷たいものを感じ、カオリは一八〇度ロール。急降下。その後ろにぴったりとつくユーリ。


「ついてきなさい、ついてこれるものならっ!」

「いいね、天狗とダンスだ!」


 カオリは谷筋に飛び込む。速度はすでに450ノット近く出ているが、一切減速せずに谷を飛びぬける。翼に霊力を全力で流し込み、翼が風を生んで空気抵抗と真っ向から抗う。ユーリは翼の境界層を制御しつつ、極めて冷静に空を切り裂いていく。右、左、右、右、左、右、曲がりくねる谷を飛び抜けながら、カオリはユーリを振り切ろうとする。遷音速域で獄低空を飛びぬける二人を、ベイパーコーンが包んだ。

 目の前に谷の終わり、カール地形。上昇してカールギリギリを攻めながら強烈なGに耐え、カオリはカールを飛びぬける。少し遅れてユーリもカールを飛び抜けた。飛び抜けた先にあるのは、空。


「振り切れ、ないかっ!」


 カオリは左に急旋回。ユーリを振り切ろうとするもユーリはぴったりと後ろについてきている。

 だが、それでいい。

 鴉の羽が、舞った。

 翼を広げた急減速。翼が減圧雲を纏い、白いヴェールが黒い翼を覆う。急に増した迎角が彼女から一気に対気速度を奪い、ユーリはあっという間にオーバーシュート。六時方向をカオリに差し出した。


「取ったっ!」


 コブラ機動から回復したカオリがユーリに追いすがる。彼女の額にはびっしり汗が浮かんでいて、目はギラギラとようやく姿を見せたユーリの背中を貫いている。ユーリは滑らかに蛇行。カオリの照準を右へ、左へひらひらとかわした。

 カオリを覆う、影。


「へっ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げて見上げると、そこには上下前後さかさまになったユーリが、真っすぐこっちを見下ろしている。何が起きた? カオリの頭脳はどこか冷静に、ユーリが急激にピッチアップして、そのままくるりと後方に一回転したのだと悟る。そして向けられているのは、冷酷な銃口。

 空に、爆炎の華が咲いた。

 ふと、カオリはアスファルトの上に大の字に寝転んでいる自分に気が付く。息が苦しい。全力疾走後のように肺がいつまでも酸素を求め、ぜぇぜぇと彼女の胸が上下する。顔にびっしりかき、風で流れた汗が左目に入って、思わず目を細める。


「恵那さん! 大丈夫!?」


 桜が駆け寄ってきて、ようやくカオリは自分が地上にいることに気付いた。ようやく落ち着いてきた呼吸を整えて上体を起こすと、そこには部員たちが地面に腰を下ろしながらカオリを見つめてきていた。


「お、恵那さん粘ったじゃん」

「あとちょっとだったのに、惜しかったねえ」


 カオリはただため息をついて空を見上げた。遠く、遠雷の様な音と主に銀色の光が緩やかな弧を描いて、青空に白い飛行機雲を引いていく。


「あー、クソッ」カオリは、右手を空に伸ばした。「随分、高く飛んでるじゃないの」


 銀色は滑らかに弧を描き、ゆっくりと滑走路へ正対してくる。ジェットエンジンの様な音を遠くに響かせながら、滑走路に降り立った彼は、こちらへ向け歩いてきた。空のそれとは違う、のんびりとした歩調。カオリは、ニヒルに笑った。


「お疲れ様。いい連携だったよ」

「真正面から食い破った人が言うことじゃないわよ」


 カオリが呆れたように言うと、どこか呆けたような表情を浮かべて、ユーリはそれもそうなの、かな、とつぶやく。部員たちは、それがおかしくてげらげら笑った。


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