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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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05/Sub:"部員"

「軍用品を弄れる機会なんて、早々ないもの」

「あまり着ている人はいない、感じ?」

「だってこれ、長時間飛行と高高度対応してるでしょ。生命維持機能もついてるような」


 確かに、とユーリは思った。やろうと思えば大気圏再突入も、ドラゴンブレスで冷却しながら行えばできるかもしれない。だが、それもストラトポーズを超えられれば、の話だろう。

 ユーリは小さくため息をついた。ただ息をついたとも区別のつかない、ため息。

 二人で更衣室から出る。部室ではアルマだけが部屋に残っていた。


「部長? 他のみんなは?」

「先に出てる。ストレッチをしてる。みんな穂高に教わるのを待ちわびてるぞ」


 ユーリは苦笑いを浮かべる。期待されるのは、どうもむず痒い。


「それにしても」ユーリは扉の方をちらりと見ながら、言う。「この部って、女子部なんですか?」

「いいや、別にそんなことはないんだがな」


 竜人形態になったアルマがポリポリと後頭部を掻く。桜の方を見ると、彼女も少し困ったような表情を浮かべていた。


「昔は男子部員もいたらしいんだけど、女子部員が増えていくと、段々と男子部員が減ってきちゃって、それでいつしか女子部員だけになっちゃって」


 ユーリはその話を聞いて、どこか腑に落ちたような、落ちないような気分になった。


「居心地、確かに悪そうですね」

「まぁ、それは理解できるんだがな……」


 アルマはため息をつく。


「女子しかいないと、どうにもだらけるところが出てきたりもしてな」

「だらける?」


 ユーリが小さく疑問符を浮かべると、横で桜が頬を小さく赤くさせつつも、少し呆れたような表情を浮かべる。


「そうだ、下着を脱ぎっぱなしでそこらへんに放置したり。まぁ、言ってしまえばがさつになっていく」

「うわぁ」


 脳裏にアリシアの姿が思い浮かぶ。彼女も大概だった気もする。やはり異性の存在と言うのは身を引き締める要素になりうるのだろうか。ユーリはアンジェリカ達と同棲を始める前のことを思い出してみようとする。

……思えば、フライトスーツ意外にそれほど私物がなかった気がしたので、やめた。

 アンジェリカの事を考えてみる。彼女は自分がいなかったらそういう風に『だらける』だろうか? ユーリにはどうにもその光景が思いつかず、代わりに思いつくのは見慣れたアリシアの光景ばかりになった。

 神妙な面持ちをしているユーリに桜が少し困ったような表情を浮かべて言う。


「だから穂高君が来てから、皆少し引き締まってるの。いい傾向だよ」


 ユーリは、ただ肩をすくめた。

 外に出る。グラウンドの端では飛行部の部員がストレッチを行っている。ユーリもその列に加わると、ストレッチを開始した。筋を伸ばし、筋肉をほぐし、身体を温めていく。戦闘機のスタートアップのそれの様だ。思えばブラックオウルはAPUでスタートアップができたな、と思い出す。ジェットエンジンを起動する前の、ひゅるる、と少し気の抜けたような音と共に低バイパス比ターボファンエンジンが唸り声を上げて起動する光景は、腹の底に響くような力強さを感じた。


「お待たせしました」


 ユーリが言うと、一足先にストレッチを終えていた部員たちが彼の方向を見る。皆、空へ飛び立つ準備は万端の様だった。


「よし、今日のトレーニングを開始しよう」


 ユーリが皆に言う。何かのスイッチが入ったのを何となく感じる。空の匂い。


「何回か僕が見てきて、皆の飛行技術は確実に上がってきていると思う。もともと部長の教え方が上手かったのか、基礎だってしっかりできていた」


 カオリがユーリから小さく目を逸らした。失速したということはやはりアビエイターとして恥ずべきことだと、そう思っているようだ。


「だから、そろそろ実践と、応用のフェーズに入っていきたいと思う。今年入ってまだ飛び方がしっかりしていない人には、引き続き基礎を教えていきたい」

「これは、あたしの提案でもある。大会が近い勢は、引き続き大会への最終調整、それ以外は穂高が教えることにする」


 部長であるアルマがユーリに続けて口に出した。その言葉に、部員は各々納得したような表情を浮かべる。


「だけど」ユーリは上を指さした。「見ての通り、あまり空がフライト日和とは言えない」


 部員が空を見上げる。空には黒い影が沢山飛び回っていた。部員の一人が、納得したような表情を浮かべる。

 ちち、と黒い影が鳴いた。逆W字の翼、二つに分かたれた尾羽。

 燕の繁殖のシーズンが、来ていた。


「呼びかけあったなぁ、バードストライクに注意、って」

「最近飛ぶ人見ないよねえ」


 実際、あまり最近空を飛ぶ練習をできていない。特に燕が高度を上げているような天気の時は、空域を使う練習はできないでいる。山に囲まれた長野県だからだろうか。このままでは練習に支障が出るだろう。


「そこで、だ」ユーリがぱん、と手を叩く。「代用案を用意した」

「代用案?」

「うん。そういうことだからまずは――皆、駆け足!」


 そう言って一瞬で竜人の姿に変化し、フライトスーツ姿のまま走り出すユーリ。反射的に駆け出すアルマ。部員は顔を見合わせ、すぐに二人についてくる。

 グラウンドを走る。全員フライトスーツを着、飛ぶときの姿のまま地上を走る。これは日常的に行っているトレーニングだった。飛行する姿での体力をつける。体力はすべての資本だった。


「で、穂高君」


 ユーリの隣に並んできたカオリが話しかけてくる。なに? と走りながらユーリは彼女の問いに答えた。


「さっき言っていた代用案って、何?」

「ちょっと家の方に、腐らせてる装置があって。あれを使えると思う」

「腐らせてる装置?」

「うん、それが多分役に立つと思う」 


 怪訝な顔をよそに、ユーリ達は校庭を走り続けた。




 週末、屋敷の前。


「これ、本当にここで合ってるの……?」


 カオリが不安げにつぶやいたのに、桜が小さく頷く。目の前にあるのはどう見ても小さいとはいえ屋敷で、妙に年季が入っている。文化財と言われれば納得できそうな見た目のそれは、穏やかな存在感を放っていた。

 飛行部の、大会に参加するわけではなく、基礎はしっかりできて応用練習に入れるとアルマが判断した部員達。桜の他に、カオリを含めて六名の少女たちは、どうしようかと屋敷の前で足を止めていた。


「とりあえず、インターホン鳴らそうか」


 桜が正門を開けて中に入る。他のメンバーが恐る恐る彼女に続くと、桜がドアの前まで来たときにドアの鍵が開いた。


「みんな、いらっしゃい」


 中からユーリがひょっこり顔を出す。見ると、彼はエプロンを着けていた。群青色のエプロン。部員の中の『エプロン男子好き』が、その姿に小さくときめく。


「さ、入って入って」


 そう言ってユーリがドアを開けて部員達を中に導く。お邪魔します、と恐る恐る部員たちが中に入ると、目の前に広がるのは広くもないが、狭くもない玄関ホール。玄関の所には来客用のスリッパが一列に並べられていて、恐る恐る全員がそれに足を通す。


「こっち。皆は待ってて、飲み物を取ってくる」


 そう言ってユーリが指した先、玄関入って左のドアが開いていた。そこに部員たちが入ると、これまた小さなホール。良く磨かれた床は、体育館のそれを思い出させる。思わず小さく感嘆の声を上げる桜。そこでふと、ホールの真ん中に妙なものが置かれているのを見つける。


「あれ、これって……」


 カオリがそれに近づく。高さは1メートルほどの、黒い三角柱。のっぺりとしたプラスチックの様な質感の表面は、光に当たって薄く虹色に輝いて見える。


「幻術VR機器の簡易サーバー?」

「そう、ご明察」


 気配無く後ろからかけられた声に、思わず振り向くと、そこには彼女らには少し前まで見慣れていた人物が立っていた。


「吾妻先生?」

「元、ね。今はもう違うわ」


 ゆったりとした若草色のシアートップスをズボンとシャツの上に羽織った彼女は、少し寂しそうな表情を浮かべつつ簡易サーバーに触れる。淡い桃色の輝きと共に、サーバーが立ち上がった。ふわりと広がる霊力に、桜も含めて部員が神妙な表情を浮かべる。


「さて、サーバーが完全に起きるまで、少しアイドリングをするわ」


 少しお茶でもしましょうか。そう言ってスタスタと歩いていく彼女に着いて、部員はホールを出て食堂に入る。


「ユーリ君、サーバー起動しておいたわよー」

「ありがとうございます。ほら皆、座って」


 そう言って台所から出てきたユーリは、トレイに青色の液体の入ったグラスを載せていた。部員が食堂の座席に恐る恐る座ると、丁寧にそれぞれの前に置かれる。目の前に置かれたグラスには氷の浮かぶ青い透明な液体。丁寧にミントが載せられ、グラスのふちにはレモンが飾り付けられている。不思議な見た目のそれに目を白黒させていると、皿に乗せられたカップケーキが置かれた。スライスしたナッツで飾り付けられたそれから、ふわりとバナナの香りが立つ。


「さ、召し上がれ」

「え、これ穂高君が作ったの?」


 桜がユーリに尋ねると、彼は頷いた。


「わざわざ、良いのに」

「皆はゲストだからね。ゲストをもてなすのはホストの役目だ」


 そう言ってエプロンを外したユーリが席に着く。


「じゃ、じゃあいただきます。これは……」


 部員の一人が青い液体の入ったグラスを恐る恐る手に取る。


「コモンマロウのハーブティーだ。少しレモングラスで香りをつけてる。胃腸にいいよ」

「へぇー。凄い綺麗な見た目」


 何の気なしにコップのふちについていたレモンを絞ると、一瞬でグラスの中の青空の様な液体は、夕暮れの色へと姿を変えた。


「えっ! 何これ凄い!」

「へぇ、PHで色が変わるんだー……」


 桜がレモンの傍だけ色が変わっているのを見て、感心したような声を上げた。口に含むと、ハーブの香りが広がった。バナナのカップケーキは、焼きたてなのかまだほんのりと温かった。

 そうして各々舌鼓を打っていたところで、桜がふと、青いままのハーブティーを飲んでいた咲江に声をかける。


「すみません、吾妻……先生」

「何かしら? 霧島さん」


 覚えていたんだ、と少し驚いたが、彼女は咲江に聞きたかった言葉の続きを問いかける。


「先生がパイロットって話、本当ですか?」


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