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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
04/Chapter:"2070年お嬢様の旅"
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02/Sub:"初夏"

 車は河川敷を走る。幹線道路に合流すると、空いている休日の幹線道路を静かに車は走っていった。電気モーターの車はエンジンの音がほぼしない。低い唸り声の様な音がする、咲江の水素タービン車とはまた違った乗り心地がした。縮こまっていたがさすがに狭く感じ、ユーリは竜人形態から人間形態に変身する。ついでに、暑くなってきてフライトスーツの首元を緩めて、小さく息をついた。


「あら、暑かったかしら?」

「いえ、少し動いた後だったので」


 百合香がハンドルのスイッチを押すと、小さな電子音と共に車内のエアコンの温度が下がる。ユーリが聞いた話だが、昔の車にはハンドルに何もついていなかったらしい。どうやって音楽や空調を操作していたのだろう、とユーリはふと疑問に思ったが、少し手を伸ばせばいいだろうと思うと逆にどうしてわざわざハンドルにつけたのだろう、と逆の疑問も出てくる。戦闘機のフライトスティックやスロットルレバーにもスイッチや小さなスティックがついていて、ドッグファイト中でもそれらから手を離さずに目標の選択や武装の切り替えができるらしい。HOTASと呼ぶそうだ。

 別に車でそこまでの緊急性や切迫性はないだろう、とも思ったが、まああるだけあるには便利なのだろう、とユーリは勝手に結論を付けた。逆に、そういう機能を省くだけ省いたらある程度車の価格も下がるのだろうか。ユーリは車の事情には詳しくはないので知らないが、今度両親か咲江に聞いてみようと思った。


「何か妙なことを考えている。そんな表情ですわね」


 アンジェリカがじっとりとした目でユーリを見てきた。ユーリは小さく肩をすくめる。


「退屈していた所でしたの。聞かせなさい」

「いや、便利さとコストカットは、どうあがいてもトレードオフにあるものなのか、って」


 ユーリの答えにアンジェリカは小さく目を丸くしたあと、小さく考え込む。そうしてしばらくしていると、考えがまとまったのか、口を開いた。


「わたくしが思うに」アンジェリカは、ちらりと窓の外を見て、再びユーリに視線を戻す。「ある程度までは、その方式が成り立つと思いますわ」

「ある程度?」

「ええ。コストをかけてどんどん機能を追加していくと、逆に不便になり出す。そんな点が、あると思いますわ」

「あー……家のシャワーなんて、まさにそれだよね」


 様々な景色を壁に映せるシャワールーム。最初は物珍しさに使っていたが今ではほとんど使っていない。シャワーをするときにそこまで気にするものでもない、というのが使用した感想だった。


「その通りですわ。『不足』と『余計』の境界、とでも言うべきでしょうか」

「過ぎたるは及ばざるがごとし、か」


 ゲルラホフスカ家が出資して完成した試作品の山は、そのほとんどが『余計』に入っている気もしますわね、とアンジェリカは両親の顔を思い浮かべてため息をつく。


「今度は僕が当てよう。君の両親のことを考えていただろう」

「正解ですわ」


 今度はアンジェリカが肩をすくめるパターンだった。


「実家に帰ったときに、次は何が増えてるのか。楽しみでしょうがありませんわね」

「顔と言ってることがちぐはぐだよ」


 ユーリが苦笑いを浮かべると、アンジェリカは微笑みながらもため息をつく。


「空港に置いてあるアレ、この間使用申請が来たらしいですわ」

「へぇ? 結構な頻度じゃない?」

「ええ。最近はシベリア共和国のレアアース開発関係で、そちらの業界が活発の様ですし」

「そっちに人を運ぶのか。なるほどね」


 商社か、鉱業の重役が使うのだろう。わざわざ新東京の空港ではなく長野の空港を使うあたり、機体目当てでもあったりするのだろうか。または、空域が混雑していないので遅延する可能性が低いことだろうか。ユーリはどこか納得して、窓の外を見上げる。空には飛行機雲が幾重にも走っていた。

 ふと、運転席の百合香がちらちらとこちらを見ているのにユーリは気づく。運転中はさすがに前に集中していたが、信号で停まった時などはこちらを気にしている。何か用事でもあるのかな、とユーリは思って、彼女に話しかけた。


「すみません、何か御用でもありました?」


 すると百合香は、少し慌てた様に首を振る。


「いいえ、最近の子って、随分進んだ会話をするんだなぁ、って感心しただけよ」

「知っておくことは決して損ではありませんわ。知識とは智慧の源であり、智慧とは力であり、どんな世の中でも、力は価値があるものですわ」

「哲学的ねぇ」


 どこか遠い目で百合香が言う。

 そういえば、ユーリもアンジェリカも、百合香のことを何も知らない。おそらくは蛇か龍なのだろうが、いかんせん彼女の真っ白な髪と赤い瞳は否応なしに目立っているし、その瞳孔はユーリやアンジェリカのそれの様に縦長だ。だが同時に彼女は研究室の人員の一人でしかないわけで、それにあまりプライベートのことをぐいぐいと聞くのも失礼に思えた。結局、ユーリは自分が生み出した疑問を腹の奥に飲み込み直した。

 車は住宅街を走り、そして屋敷に戻ってくる。静かに屋敷の前の歩道の脇に車が滑り込むと、ユーリとアンジェリカはドアを開けて車から降りた。


「乗鞍さん、ありがとうございます」


 ユーリがドアを開けたまま運転席の百合香に礼を言うと、アンジェリカもありがとうございますわ、と礼を言った。


「気にしなくていいわ。教授からあなたたちのこと、頼まれたから」


 そう言って小さく手を振る百合香。ユーリは小さく頭を下げると、車のドアを閉じる。車は、静かに住宅街の中を走り去っていった。


「シャワー、先に浴びていい?」

「ええ、よろしくてよ」


 二人で屋敷の中に入る。玄関で足の汚れをあらかじめかけておいたタオルで拭くと、白いタオルはあっという間に茶色に染まる。今度はサンダルを持っていこう、とユーリは小さく考える。

 部屋にたどり着き、洗面所に入る。手洗いうがいをしているアンジェリカの横でフライトスーツをてきぱきと脱いで裸になると、シャワールームに入って蛇口をひねった。温かい湯が頭から降り注ぎ、汗の染み付いた身体の表面を張って流れていく。


「ユーリ、フライトスーツの機関部は部屋に持って行っておきますわよ」

「ありがとう。インナーは洗うから、そこに置いておいて」


 こうしてアンジェリカの見えるところで裸になるのも、慣れたものだ。ユーリはシャンプーを頭につけて泡立てながら、苦笑いを浮かべた。これが逆だったらユーリはまだアンジェリカの裸体を見るのを恥ずかしがってはいただろうが、アンジェリカもためらいなくユーリの前で脱ぐだろう。着ているものによっては脱ぐのを手伝わせられるかもしれない。ユーリの四肢が淡く光に包まれると、ユーリは人間の姿から竜人の姿になる。翼にシャワーを当てて洗う。咲江のブラックオウルが大きな洗車マシンの様なもので洗われている様子をふと思い出した。

 シャワーを終え、身体を拭いて空色の作務衣に着替え、インナーを洗濯機に放り込んでから洗面所を出る。


「アンジー、シャワー開いたよ」

「あら、ではわたくしも入ることにしますわ」


 すれ違う様にシャワールームに入るアンジェリカ。スリッパを履いたユーリは竜人の姿のまま、部屋の中でばさばさと翼を動かした。掃除をしっかりしているためか、翼を動かしても舞う埃は少ない。部屋の中で小さく、窓から入る日光を浴びて小さく輝く。

 ユーリは、ベッドの上に丁寧に広げられていたフライトスーツの機関部を手に取り、ハンガーにかけてクローゼットに仕舞う。そして、ふと思い至って部屋を出た。廊下を歩いて、一階へ。台所に入って冷蔵庫を開けると、プラスチックのケトルがドアの内側のスペースに立てかけられていた。それを取って二人分のグラスに注ぐ。

 半透明のケトルの中に入っていたのは、薄切りにしたライムとアップルミントだった。ライムは半額になっていた物をスーパーでたまたま見つけたもので、ライムは玄関先のハーブ栽培プランター製だ。昨日唐突に思い立ったものだが、注ぐときにふわりと漂ったミントのさわやかな香りを見るに、上手くできたようだ。

 ユーリは注がれたグラスをマドラーでかき混ぜながらドラゴンブレスを流し込む。表面がパリパリと音を立てて凍るが、それを割ってクラッシュアイスにしていく。最後にケトルの中からライムを一枚とミントを一枚、取り出して上に飾り付けた。

 マドラーとケトルを戻し、二人分のグラスを持って部屋に戻る。部屋のドアを尻尾で開けて部屋に入ると、窓際に置かれたテーブルに並べて席に座る。


「あがりましたわー……って、あら?」


 アンジェリカがシャワーを終えて部屋から出てくる。涼し気な、薄紅色を基調に赤い桜が描かれた浴衣を着た彼女は、テーブルの上に置かれたそれに気づく。


「いつのまにこんなものを」

「昨日、ライムが安かったからね。最近暑いと思って」


 ユーリの向かいにアンジェリカが座る。透明なグラスの中の水は、薄くライムの色がついていて、それが外の明るさに照らされて輝いている。


「ふふ、いただきますわ」


 そう嬉しそうに言うアンジェリカにユーリはどこかわざとらしく、恭し気に言った。


「どうぞお召し上がりください、お嬢様」


 二人でグラスを取り、小さく、ちん、と音を鳴らして杯のふち同士を触れさせる。そうしてグラスに口をつけた。鼻をさわやかに抜けていくミントの香り。喉を潤すライムの香りと、僅かに苦味を含んだ酸味。思ったよりうまくできたな、とユーリは香りを楽しみながら思った。これから暑い季節には、ちょうどいいかもしれない。


「爽やかで美味しいですわ」


 アンジェリカが嬉しそうにほほ笑む。ユーリはまたライムが売っていたら作ろう、と自身のレシピにそれを書き加えた。


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