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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
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EX/Sub:"ユニオン"

 地平線まで続く荒野の中、太陽がただ不毛の地を照らしている。そのさなかで、人影が二つ分。


「距離640、風速2、方位35」


 ユニオンの空軍作業軍服に身を包んだ、地面に片膝を立てて座り、三脚に立てた単眼鏡を覗いたユーリの父親――理人が言った。その隣で地面に伏せ、バイポットとサイレンサー付きのスナイパーライフルを構えているのは、霊服姿のアリシア。頬骨を当てるストックは、日に照らされて生暖かい。

 スコープのクロスヘアの中に映る標的へと、弾道の調整を行う。スコープのダイヤルを数クリック捻り、着弾点を調整。


「風速4、方位40」


 アリシアの伸ばしていた人差し指がトリガーに触れる。


「ファイアウェンレディ」


 アリシアが小さくすぅ、と息を吸う。息が止まるとスコープの中の目標の上下が止まる。狙った場所へ、スコープのクロスヘアが動いて――。

 鈍い、空気の抜けたような音が響く。ストックから伝わる発砲の衝撃。銃口の先の地面が小さく砂埃を立てた。

 少し遅れて響く、硬い金属音。


「命中。少し右にずれたな」


 ボルトを起こす。引いたコッキングレバー、硬いメカニカルな音と共に薬きょうが排出された。マガジンの最後の一発。薬室は空だった。


「今日は、これくらいにしておくか」

「……わかった」


 安全装置をかけ、アリシアがライフルのストックから顔を外した。身体を起こすと、こわばらせていた全身の筋肉が伸びる感触。深呼吸を行うと、乾いた温かい空気が肺を満たした。


「当てられなかった」

「いいや、成績は上がってる。そう焦ることはない。こういうのは練習あるのみだ」

「お義父様が言うと、流石に説得力が違うわね」


 アリシアがライフルをケースに仕舞いながら言うと、理人はサングラスを小さくずらしてニッと笑う。


「ユーリとは、最近上手く行ってるか?」

「上手くって……ユーリは義弟よ。それで、いい」

「今は、だろ?」

「……義娘の恋愛にあまり首を突っ込むのは、感心しないわね」


 お義母様に言うわよ、とアリシアが言うと、理人は困ったように頬を掻く。


「いや、正直な所、この件に一番興味を示してるのはリリアだったりするんだよな、これが」

「お義母様が?」


 少し面食らったような表情を浮かべつつ、アリシアは片付けの手を進める。


「そうだ。今頃、アリアンナは『圧迫面接』されてるだろうな」


 なるほど、『稽古』をつけると言ってアリアンナを引きずっていったのはそう言う意味か、とアリシアは今朝の出来事に納得した。今頃、文字通りの真剣勝負だろう。


「まぁ、なんだ」理人は、どこか優し気な『父親』の笑みを浮かべつつ、少し恥ずかし気にはにかんだ。「息子とは、これからも仲良くしてやってくれ」

「……言われなくても、よ」


 不器用そうに答えるアリシアに、理人はタダ満足げな笑みを浮かべた。

 片づけを終え、ケースを担いだアリシアが理人に連れられて歩き出す。射撃演習場に他の人間の姿はない。長距離射撃の練習をするためにアメリカまで来たが、ここは普段警察や民間用の物らしく、理人の様な軍人の姿は他には見られなかった。

 管理棟にまで来ると、アリシアは防弾ガラスのドアを開けて中に入る。入口では、太った管理人が暇そうにドーナツを齧ってテレビを見ていた。どうやら入った時に交代したらしく、受付で対応した人物とは別人だった。

 アリシアに目もくれない彼に少しむっとしながらも、アリシアは丁寧な英語で言う。


「使い終わりました。ありがとうございます」

「んー……ああ、そうか。ならとっとと行きな」

「そうか、ならターゲット板の交換をしたらどうだ?」


 ぬっとアリシアの後ろから出てきた理人が言う。管理人がそこでようやく理人の方に目を向けると、彼の服装にギョッと眼を見開く。


「こ、これはどうも。すぐに替えを用意しておきます。今後もどうかごひいきに」


 胡麻をする、という言葉が似あうわね、とアリシアは思いつつも理人と共に管理棟を出る。長い廊下を歩いて外に出ると、そこでようやくアリシアはため息をついた。


「どうした?」

「別に。ただ、相手の身分によって態度を変える人ってのは、嫌いだわ」


 アリシアが苦々し気に言うのを見て理人は、はは、と愉快そうに笑った。二人の目の前に、黒い空間がまるで結晶が成長するかの様に出現する。二人はその中へ足を踏み入れた。二人が仲に消えると、黒い空間は最初からそこに何もなかったかの様に消えうせた。

 一瞬だった。目の前に出てきたのはユニオン日本支部の廊下。LEDが規則正しく広い廊下を照らしている。すれ違った職員がギョッとした目で二人を見るが、理人の顔を見ると小さくため息をついてそのまま歩き去っていった。


「そうか? 俺は好きだぞ」


 理人がどこかひょうきんな雰囲気で言う。だがその言葉の端にどうも血なまぐささを感じつつ、アリシアは尋ねる。


「どうして? お義父様、そう言うのは嫌いなタイプかと思ってた」


 すると、彼はアリシアの方を振り向いた。『夫の父親』としての顔に、『軍人』と『狙撃手』と『魔術師』の顔を混ぜながら、皮肉気に言う。


「俺は好きだな。誰の頭を吹き飛ばせばいいか、教えてくれる」


 アリシアはため息をつきつつ、小さく肩をすくめた。




 ――同時刻。ユニオン日本支部先進技術開発部・作業D棟。


「吾妻大尉、こちらです」


 前を歩く若い作業服の女性の技術者に連れられ、空軍制服姿の咲江は通路を歩く。資材運搬用の大きなトンネル道路わきの、歩道を進む。先日報告が上がってきた『研究成果』とやらを、見に来たのが今日の目的だった。書類仕事が少し残っていたが、それは今度になりそうだ。

 歩道を進むと、大きな扉に差し掛かった。大きく『D』と描かれた対爆扉の脇の、これまた重そうな防火扉前で技術者がキーカードをスキャナーに通すと、重い音と共にドアのロックが外れた。彼女は、それを軽々と開けると中に入る。咲江もそれに続いた。

 中は巨大な工場の様だった。車を最終組み立てする工場の様に、小さく――それでも戦闘機がすっぽり収まるほどの広さだったが――分かれた区画で、様々なものが組み立てられている。あわただしく作業車が行き来する中、技術者と咲江は、床に引かれた緑の線の上を歩いて進む。


「あら、これは」


 咲江がふと目にしたもの。艦船の主砲ほど大きなそれは、不思議な形をした砲だった。筒になっているべき砲身は、三又になった音叉の様に細長い、先端に行くにつれて緩やかに細まった平らな板が三枚、内側を向いて並んでいる。板の内側はギラギラとした金色で、蛇腹の様に細い溝が走っていた。


「ああこれですか。特異Φ中間子砲ですね。実射テストのめどが立ってないですが、開発自体はスムーズに進んでいますよ」

「『ファイターボット』の武装に、名前があったようだけど」

「ええ、人工的に生成したΦ中間子を加速して射出、当たった対象の原子核のπ中間子を置換。Φ中間子は核力の範囲が隣の原子核にまで及ぶことにより、強制的に核融合反応を発生させる武装ですね」

「核融合反応、ねえ。それからすると、水にでも撃ち込むのかしら?」

「生物の身体なんてほとんどが水ですからねえ」


 どうやら、これは『対生体兵器』らしい。生憎だが、こういうものを撃ち込むべき相手に関しては、三〇年前の戦争で飽きるほど見た。

 隣のブースに行くと、そこにも何やら見たことのない武装が製造されていた。珍妙な武器で、何とも表現しがたい。二艇のボウガンを、間に筒を挟んで背で張り付け、大きな取っ手を付けたような見た目。


「ああこれですか。E型事象固定杭を手っ取り早く撃ち込めるように、って、試作してるんですよ」

「これまた、随分物騒なものを作っているのね」

「『S案件』も、減ってきているとは言え少なくないですからね。上層部は事象兵器の開発には前向きですよ」

「EoWは?」

「さぁ……多分何かしら動いてはいるんでしょうけど、こっちまで話が降りてくるほど、大規模には動いてないみたいですね」


 ふむん、と咲江は腕を組んで杭の射出機を見つめる。おそらくあの筒状の部位に固定杭が収まるのだろう。現実変動を抑え、対象を『現実』に『置き去り』にする兵器。大戦と、その後も、こういった武装は各地で使用されてきた。

 やはり世界の安定は、薄氷の上であることに相変わらず変わりはないらしい。


「嫌になるわね、こういうのは」

「エースパイロットがエースパイロットに戻るのは、心苦しいものですか?」

「平和な空が一番。でしょう?」


 ですね、と技術者は静かにつぶやいた。

 二人は開発局の中を進む。一番奥を目指して歩いていると、咲江の目に留まるものが再び。


「これは……無人機?」

「ご明察」


 咲江が呟くのに、技術者が答える。目の前にあったのは、エンテ型前進翼の無人戦闘機。機首やインテーク周りなどにはブラックオウルと共通している部分もあるが、ブラックオウルの様な可変翼ではなく固定の前進翼だ。


「どういうこと? ユニオンは無人戦闘機について、新規の計画はなかったはず」

「いわばこれは、無人機の方針転換です」


 技術者は、咲江を真っすぐ見つめながら言う。


「人を置き換えるのではなく、人と機械、相互の長所と短所を補完し、一つの生命体、群として動くことを想定した無人機。従来の親機、子機のそれとは似て非なる、より有機的な戦術をとることを目的としています」

「有機的な無人機……なんだか矛盾しているように思えるわ」

「でしょう? 何ですが実はこれが、面白いんですが」


 そう言う技術者の顔は、どこかわくわくとした、輝きのあるものになっていた。


「機械を発展させていくと、だんだんと生物のそれに近くなっていく。最初は真空管だった回路だって、半導体、量子ビットと進んでいくにつれ生物の神経系に似た性質を持ち始めているんです。将来、機械と生物の境界だって、なくなるかもしれない」

「サイボーグ、と?」

「いえ、もっと高度で、もっと有機的な……それこそ、『隣人』という言葉が一番近いかもしれません」

「人が、人を作るか」


 咲江の目の前で大量のケーブルに繋がれ、胎動する無人戦闘機は、まるで赤子の様に映るのだろうか? 『すべての人類の母になれなかったもの』であり、『すべての悪魔の祖』としての『設定』を付与して発生し、そのアイデンティティに苦しんだ時期のある咲江にとって、目の前のそれは複雑な心境を覚えるものであった。


「まぁ、まだこいつは未完成でして、実戦で使用するなら『導き手』が必要になる」

「つまり、フライトオフィサーがいる、と?」


 咲江がそう問いかけると、技術者はその通り、と答えた。


「吾妻大尉、そう言った人物に、心当たりは?」

「ふむん……」


 しばし、熟考する。思い浮かんだアンジェリカとユーリ。しかし彼女と彼は、そういう間柄ではないな、とすぐに思考から外す。戦友にして、好敵手にして、伴侶にして、翼を並べるもの。それが『フライトオフィサー』というものにしっくりこなかった。


「ごめんなさい、思い当たらないわ」

「あー……なら、こちらの技術者を見繕っておきます。当面はそれで間に合わせましょう」


 しばらくは、そうするしかなさそうだ。


「翼は、大気を飛ぶものです」


 咲江の前を歩く技術者が呟く。二人が目指すのは、作業棟の最奥。いくつかのセキュリティドアやゲートをくぐり、高機密エリアへと進んでいく。


「なのに、飛行機、鳥、魚、哺乳類。翼ってのは最終的にどれも同じ形に落ち着いた。それは空という環境に適応した可能性が、きわめて狭いことを示すのでしょう」


 最後のセキュリティゲートをくぐる。重く、厚い対爆扉が自動で開き、中へ小さく空気が吹き込んだ。


「空という、無限の可能性の世界。なら、その先を目指すための翼は、一体どんな形になるのか」


 大量のケーブルが奥の『それ』に伸びる。多くの人間が、『それ』に向き合ってその完成へと突き進む。咲江はその姿を見て、とうとう人間がここまでたどり着いたことに、そしてそれが自分の新たな翼になることに、身震いを起こす。


「我々の『答え』を、貴女に託しましょう、ステラ1」


 ライトで照らされた先には、翼を生やした黒鉄の巨人の姿。

『それ』は、大空へ飛び立つその時を、ただ静かに待っていた。


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