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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
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EX/Sub:"仕合う"

 どこまでも続く、仮初の地平線に剣戟の音が響く。

 白いドレスのような霊服に身を包み、竜人の姿のユーリの母親――リリアが、切っ先に残光を残して刀を振るう。霊刀『星影』。外宇宙より飛来した金属を用いて鍛えたその一振りには、隕石においてウィドマンシュテッテン構造と呼ばれる不思議な模様が浮かび上がっていた。

 霊服姿のアリアンナが右手の『深緋』を振るう。自分の首を狙った右横からの一撃に、滑らす様にして刃を当てる。甲高い音。霊力同士が干渉した白い火花が盛大に散った。

 左手に構えた『銀朱』が煌めいた。攻撃を弾かれてがら空きとなったリリアの胴に、真っすぐ貫くような刺突。

 だが、その刺突は虚空を貫いた。

 一瞬で軸をずらしたリリアがアリアンナの内へ踏み込む。開いた片手で首を掴むと、そのままアリアンナを一本背負いとも言えなくもない、ごく自然な動きで投げ飛ばした。


「くっ!」


 地面で一回転がったアリアンナが投げられた勢いのママ地面に刀を突き立てる。ガリガリと仮初の地面を削りながら勢いを殺すと、目の前には大上段に『星影』を構えたリリアの姿。

 振り下ろし、二連。

 かろうじてアリアンナはそれを一度弾き、二度目は受け止める。衝撃が地面を揺らす。『深緋』『銀朱』をクロスさせて受け止めた刀は、まるでハンマーでも叩きつけられたように重い。鋏の様にとらえた刀を、体軸からずらしてギリギリと右へ受け流した。

 リリアは切っ先を前に向けたまま上段に、アリアンナも同じように切っ先を前に向けたまま『深緋』を上段に、『銀朱』を下段に構える。じり、じり、とお互い円を描きながら横に動く。


「はあぁぁっ!」


 アリアンナが雄叫びと共に剣を振るう。両腕を交差させ、まるで鋏を閉じるかのように挟み込む両手の剣戟。リリアは冷静にそれを『星影』を振るい、上に弾いた。盛大に飛び散る、薄く紫がかった白い火花。だがアリアンナの剣戟は止まらない。

 アリアンナがステップを踏む。軽やかに、素早く、正確に。舞う様に、時には身体をくるりと一回転させながら斬撃を、打撃を叩き込む。相手に弾き、体幹を回復させる間を与えない連撃の数々。『深緋』と『銀朱』の刃が赤く煌めき、赤い残光の弧を幾重にも残し、そのたびに甲高い音と火花が咲き乱れた。

 ばん、と、鈍く、重い音。ぐらりと傾く、アリアンナの身体。

 弾かれた、とアリアンナが驚愕の瞳で見つめる先には、ほんのわずかな隙、『深緋』の大振りな斬撃を弾き、切っ先をアリアンナに向けるリリアの姿。

 『星影』が、アリアンナの身体を貫いた。

 かろうじてひねった胴体が、刃の致命傷を防いだ。深々と突き刺さる『星影』を握る、リリアの胴を蹴るが、ひらりと躱され、『星影』が強引に引き抜かれた。血が盛大に仮初の大地に花を咲かせる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 口の端から赤い血を一滴たらしながら、息も絶え絶えにアリアンナが刀を構える。その瞳から闘志は、まだ消えない。脇腹の傷は、滝の様に血を流しながらも赤いノイズの様な光に包まれていく。


「……いいでしょう」


 リリアが刀をひと振り、血を払った。雫が点々と仮初の大地に赤い染みを作る中、彼女はゆっくりと刀を鞘に納刀していく。だがそれは決して武装解除のそれではない。まるで弓の弦がギリギリと引き絞られているような錯覚を覚えるその光景に、アリアンナはただ息を整える。

 ゆっくりと、リリアが腰を落とす。抜刀の構え。


「我が業、凌いでみせなさい」


 どん、どん、と二回、閃光が走った。

 次の瞬間、空間を、時間を、情報を超えて殺到する無数の斬撃。

 世界が、ずれる。

 ――

 ――――

 ――――――


「ここまでにしましょう」


 気が付くと、アリアンナは屋内の修練場にいた。リリアの前で正座していて、木の床の感触は、どこか非現実的で、おぼつかない。そんな感覚とは裏腹に、目の前で静かに正座するリリアの表情は、どこか穏やかだった。


「……また、駄目だった」

「当然です。小娘が安易に越えられるようなものを、教えているつもりはありませんから」


 厳しいリリアの言葉に、アリアンナは小さく歯を食いしばった。その様子を、ただ静かに眺めていたリリアは、小さくため息をつく。そして、小さく表情を緩めた。


「ですが、腕は上がっているようですね。良いことです」

「……無残に切り刻まれた後じゃ、どんな反応をすればいいのやら」

「貴方はそう感じるでしょうが、貴女のことは、相手している私がよく理解しています。驕れとまでは言いませんが、誇りなさい」


 それに対し、アリアンナはどこまでも複雑な表情を浮かべた。


「それで、ユーリとはどこまで行ったのです?」

「ぶっ!」


 唐突なリリアの物言いに、アリアンナは盛大に噴き出した。唾でもうっかり飲んでしまったのか、盛大にせき込むアリアンナ。落ち着くと、困惑の混じる瞳でリリアを睨みつけた。


「な、な、な、何言ってるんだよ義母さん!」

「あら? 息子と義娘の関係に首を突っ込むのは母親としての権利ですよ? ましてや、それが婚約者公認の浮気だなんて」


 そう言うリリアの表情は、楽し気だった。それに反比例するようにアリアンナの表情は苦々しい。


「少なくとも、浮気じゃないよ。ボクとアンジー姉さんは、同意している」

「あら、ハーレムというわけですね」

「……そうとも、言う」


 どうして自分はこうも赤裸々に恋愛事情を義母に報告する羽目になっているのだろうか。そうアリアンナは脂汗を小さく流しつつも、話題が早く終わることをただ祈った。


「でもこれで、ゲルラホフスカ家も、うちも安泰ですね。子宝にはまず恵まれるのが確定しているようなものですし」

「それは、咲江さんも含めて、ですか?」


 そうアリアンナが質問すると、今度はリリアが苦虫を嚙みつぶしたような表情が浮かべる番だった。


「ええ……それは……彼女も含めて、ですけれど」

「うわあ」


 アリアンナが義母のこういった表情を見るのは正直言って初めてだった。彼女の表情から、彼女がとてつもなく長い紆余曲折の末に咲江とユーリの付き合いを認めたというのが察することができた。それが決して、綺麗な男女のそれではなかったということも。


「彼女は……咲江大尉は、家ではよろしくやっているのですか?」


 片方の眉をひくひく動かしながらアリアンナに尋ねてくる。アリアンナは、流れる脂汗を気にする余裕もなく、慎重に言葉を選ぶ。


「え、えっと。頼りになってるよ。ユーリにぃもよく一緒に出掛けたり訓練してるし、家計にお金も入れてくれるから助かってるし、アンジー姉さんとも悪くない関係だ」


 リリアは押し黙る。どこか腑に落ちないような、何かを見落としているような。アリアンナとしては一刻も早く話題を転換したかったが、生憎獲物を見逃すほど目の前の竜は甘くないことも十全に理解していた。そうして、リリアが『ところで』と口を開いた時、アリアンナは内容に関して特に考えることもなく喋ってしまったことに、深く後悔した。


「ところで、咲江大尉とアリシアちゃんは、上手くやっているのですか?」

「うん、いっつもアリシア姉さんのことを、咲江さんが赤ちゃんにしててー……あっ」


 はっとして口を抑えるがもう遅い。能面の様な表情を浮かべたリリアは、音もなく立ち上がる。その手には、鞘から抜き放たれた『星影』。


「ストップ! 義母さん! ストップ!」


 吸血鬼の膂力ですら抑えることの難しいドラゴンの力で、ずるずると引きずられるアリアンナ。リリアが修練場の入り口に手をかけた時、壁一面に黒い枝葉の様な、結晶の様な文様が走る。


『リリア! さすがにそれは拙い! マズいってば!』


 響く声はユーリの父親のもの。普段の様子とは違って本気で焦っているのを見るに、どうやらこの前にもひと悶着あったようだ。ずるり、と空間から湧き出るように出現した

 ユーリの父親――理人と共に、アリアンナはリリアを抑える。


「離しなさい! 理人さん! アリアンナ! 母として、切らねばならぬのです!」

「うわーっ! それが駄目なんだって!」


 そうやってリリアを抑えつけ、納得して怒れる竜を鎮めるのに、小一時間を費やすことになったのだった。




「なるほど、これは便利なものですわね」


 そう言うのは、霊服に身を包んだアンジェリカ。立つのは、リリアとアリアンナが修練に使っていた、仮初の大地。ユーリの父親がその力を持って作り上げた、現実と夢のはざまの世界。架空現実。

 彼女はこつ、こつ、とヒールを鳴らしながら歩く。その手に握られているのは、霊槍『ブラッドボーン』。彼女の生きざまを示すかのように、深紅に輝く。


「そうだよ。ここは架空現実。どんなことだって、現実には影響されない」


 そう言って鞘から『銀朱』を抜き放つアリアンナ。彼女もまた、霊服を身にまとっていた。

 彼女の手に、つば広の、黒帽子が収まる。赤い飾りのついたそれを、片手で器用に被る。


「いいですわね? 恨みっこなし、ただ、お互いの全力をぶつけ合うこと!」


 アンジェリカが『ブラッドボーン』をくるりと回し、下段に構えた。切っ先が、彼女の霊力に反応して淡く輝く。


「ああ。これは、けじめだ。ボクたちが、先に進むための」

「ええ。くだらない独占欲としこりに、さよならを告げるための」


 アリアンナが『深緋』を抜き放つ。刀身には、金属隕石のコンドライトの様な、泡立つような模様が薄く、浮かび上がっていた。

 いざ、尋常に。


「「勝負!」」


 二つの緋色が、仮初の現実でぶつかり、激しく煌めいた。


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