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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
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34/Sub:"『好き』"

 車からぞろぞろと降りる。サービスエリアはいわゆる峠にあたる部分で、谷あいに広がる街が眺めることができた。観光名所にもなるわけだ、とユーリはふと思う。着陸アプローチをするときに見える景色の様だ。昼間の熱気はすっかり失せ、夕方、夜の冷たい空気が辺りを包んでいた。


「お手洗いに行ってきますわ」

「あ、ボクも」

「僕も、行っておくよ」


 アンジェリカとアリアンナが言うのに、ユーリも言う。咲江に尋ねると、私はいいわ、と手を小さく振った。

 ユーリは一人、男子用トイレに。清掃直後なのか、つんと鼻を突く洗剤の臭いが嗅覚を刺激する中、ガラガラのトイレで用を足す。ため息をつくと、生暖かい空気に吐息が溶けていく。小さくぶるりと身体を震わせて離れると、自動で水が流れた。手を洗って手ぬぐいで拭きながら外に出る。

 咲江の姿が見えない。どこか、と思って左右を見渡すと、小さく手を振っている咲江の姿。そちらの方へ歩いていくと、ちょっとした展望台の様になっている場所だった。


「いい景色でしょ」

「はい。とっても」


 咲江が展望台の手すり付きの柵にもたれながら言う。彼女は振り向いて景色を眺める。夕焼けが落ち着いてきて、夜の帳が降りてきた谷はぽつぽつと街の明かりがつき始めていて、まるで夜空の様だった。夜空には、宵の明星が儚げに輝いて夜の訪れを告げている。


「そういえば、有人金星探査船、もうすぐ帰還マニューバだったかしら」

「あー、『カール・セーガンⅡ』でしたよね」

「あれ、私の知り合いが乗ってるの」

「……それ、ほんとです?」

「どっちだと思う?」


 咲江はただ悪戯っぽく微笑むだけだ。

 ユーリはため息をつきながら咲江から目を外し、景色を眺める。見ているうちに街の明かりが増えていき、それと反比例するかの如く空が暗くなっていく。


「コーヒー、飲む?」


 咲江が自販機で買ったと思われる紙コップを渡してくる。いただきます、と言ってユーリが受け取って静かに口に運ぶと、熱と共にコーヒーの香りと苦み、砂糖の甘みと、ミルクの柔らかさが口の中に広がった。ユーリが紙コップを渡すと、咲江は黙ってそれを受け取った。ユーリが小さく息をつくと、熱を伴った吐息が口を抜けて、空に消えた。


「ねぇ、ユーリ君」


 咲江がぽつりと、自然に言う。


「なんです?」

「好きよ」

「でしょうね」


 ごくごく自然に、彼女らにとって空を飛ぶかのようにごく当たり前に、愛を告げる。


「ユーリ君は、どう思うの?」

「好きですよ、咲江さんのこと」

「ふふ、でしょうね」


 そう言う咲江は、どこか照れているようにも感じた。


「モテる男を好きになると、苦労が多いわね」


 ユーリは、咲江の方をゆっくりと振り向きながら、彼女を真っすぐ見据える。


「だけど、僕だって誰彼構わず好きになるわけじゃないですよ」

「でしょうね。プレイボーイ、って感じじゃないもの」


 今度は、ユーリが小さく照れる番だった。

 二人で静かに景色を眺める。夜景と呼んでもよさそうな光景になってきた展望を、二人静かに見つめていた。


「今更、ですね」

「あら、キスだってした仲なのに?」

「好きでもない相手とキスは、するんですか?」

「まさか」


 咲江は静かに、先程ユーリが飲んだコーヒーを口に含んだ。小さく喉を鳴らして飲み込むと、息をつく。コーヒーの熱か、それとも感情か、彼女の頬が小さく朱が差しているように見えた。


「アンジェリカには、悪いと思ったのだけれど」咲江は、どこか嬉しそうな、意外そうな口調で語った。「彼女がああいう答えを出すとは思わなかったわ」

「そういう人ですよ、アンジーは」


 ユーリはどこか、嬉しそうに、甘酸っぱい気持ちをあふれさせながらつぶやいた。


「だから、好きになったんです。彼女を」

「ふふふ、羨ましいわね」


 そう話していると、二人分の赤色が視界に映る。どうやら用を済ませてアンジェリカとアリアンナが戻ってきたようだ。あら、とどこか残念そうに咲江が言うと、ゆっくりと名残惜しそうに柵から体を離した。


「アリアンナちゃんにも、ちゃんと伝えるのよ?」

「ええ、わかってますよ」


 どこか硬く、熱い決心を込めた返事に、咲江は満足そうに微笑んだ。


「あ、そうだ」


 そう、どこかわざとらしく思い出したように言う咲江。ユーリはなんです? と小さく疑問符を浮かべる。

 ミルクと砂糖と、コーヒーの味。柔らかさと、甘い熱。

 咲江はごくごく自然に、ユーリに唇を重ねた。

 鼻腔をくすぐる、甘く蕩けたような香りが離れる。ユーリの目の前で、軽くかがんだ咲江は悪魔らしく妖艶にほほ笑む。


「ねえ、ユーリ君は、私のどこを好きになったの?」

「人を好きになるのに、理由がいります?」


 咲江は少しきょとんとした表情を浮かべると、再び妖艶な笑みを浮かべた。


「それもそうね」


 二人でゆっくりと車に向かって歩き出す。そこででも、とユーリが小さくつぶやいた。


「アンジーと行く未来に、咲江さんもいてくれると、うれしいと思っただけですよ」

「……ふふ、十分だわ」


 車に戻ると、怪訝な表情を浮かべていたアンジェリカが、ユーリの表情を見て納得したような表情を浮かべる。アリアンナはそんなアンジェリカの様子に、どこか戸惑っているようではあった。

 車がサービスエリアを出て、少し走ったところでインターチェンジを降りる。もう見慣れた住宅街が広がって、そして屋敷にたどり着いた。車が屋敷の一画の駐車場に静かに駐車される。


「咲江、お疲れ様ですわ」

「大丈夫よ、長距離飛行よりは楽だわ」


 アンジェリカが言うのに咲江が軽く返して車から降りる。各々車から降りると、薄暗くなった周りの中、ぼんやりと浮かぶように灯りをともした屋敷が浮かび上がっている。


「あら?」


 電気がついていることに小さくアンジェリカが疑問を浮かべると、玄関の鍵が内側から開く。ドアが開くと、内側からジャージ姿のアリシアが顔をのぞかせた。


「みんなお帰り。遅かったわね」

「珍しいですわね。お姉さまがゲームもせず、起きているなんて」

「人の事なんだと思ってるのよ……ほら、夕飯とっておいたから、食べましょ」


 その言葉に思わず、ユーリとアンジェリカが顔を見合わせた。それにアリシアはどこか不敵に笑って返した。


「そんな事だろうと思って、出来合いを買っておいたわよ。温めるだけで食べれるわ」

「アリシア姉さん、それは誇れることじゃないと思うな」


 ユーリが苦笑いで返すと、アリシアはどこ吹く風、と言った感じで一人食堂に向かっていった。肩を小さくすくめて、ユーリがドアをくぐって屋敷に入る。エントランスの灯りはつけられていて、色合いを調整されたLEDの温かい光がエントランスホールを照らしている。


「まずはシャワーを浴びたいわ」


 咲江がどこか疲れた様子で言う。アンジェリカとアリアンナ、ユーリもそれに頷いた。


「あら? じゃあ上がったらあっためとくから、ゆっくりお風呂に浸かってきなさい」


 食堂からアリシアの声が響いてきて、ありがと、とユーリはそれに返した。

 玄関の鍵を締めて、ぞろぞろと部屋に上がる。アンジェリカとユーリは、自分たちの部屋の前で咲江とアリアンナと別れた。部屋に入って洗面所で手洗いを済ませると、部屋の灯りをつける。ようやく帰ってきた、という安堵にも似た実感が心を満たした。


「くうう、疲れましたわ……!」


 アンジェリカが限界、と言った感じで伸びをする。ユーリもつられてか、欠伸をした。


「アンジー、お疲れ様」

「ユーリもですわ。シャワー、先に入りますの?」

「いいや、お先にどうぞ。レディー・ファーストだ」


 ユーリが思わずベッドに倒れ込みながら言う。するとアンジェリカは、小さくくすくすと笑った。


「あら。では小さなジェントルマンのお言葉に甘えて、お先に失礼しますわ」


 そう言ってアンジェリカが新しい部屋着を着替えとして持って、洗面所に入っていく。ユーリはベッドに寝転がりながら、アンジェリカの心地よさそうな声と水音をBGMに、ウトウトと浅い眠りに落ちる。


「ユーリ! 空きましたわよ!」


 その言葉で、一気に現実に引き戻された。寝ていた、とそこでようやく理解して上体を起こすと、先程からそこそこ時間が経ってしまっていたらしい。ユーリが今行くよ、と洗面所に声をかけると、着替えをクローゼットから取り出して洗面所に向かう。ユーリは洗面所の扉を、軽く二回、ノックした。


「アンジー、入っていい?」

「いいですわ」


 中から声が返ってきたのでドアを開けて洗面所の中に入ると、ユーリの顔をふわりと湿気た熱気が撫でた。アンジェリカの姿がない。おや? と思うと、視界の右下に小さく金色が映る。


「……何してるの?」

「あら? 見ての通りですわ」


 そこには、バスタブに湯を張ったアンジェリカがのびのびと足を延ばして、湯に浸かっていた。確かにシャワールームは開いている。


「あー、アンジーが出たら、僕は入るよ」

「ユーリ、わたくし、一緒に入りたいですわ」


 アンジェリカがどこか凄みを持った笑顔でユーリに『お願い』を言う。ユーリは力なく笑うと、大人しく洗面所のドアを後ろ手に閉めた。


「素直でよろしい」

「そりゃあ、あんなことした仲だし。今更」

「あら、貴方の口からそんな言葉を聞ける日が来るとは思いませんでしたわ」


 そう言って愉快そうにくすくすと笑うアンジェリカ。そう思うとなんだかおかしくなって、ユーリも小さく笑いながら服を脱いでシャワーを浴びる。ガラス張りのシャワールームの、スモークガラス機能を使おうとしたが、それはそれでなんだかいけない雰囲気になりそうだ、と思って、やめた。アンジェリカはじっとユーリを見るでもなく、小さく歌を口ずさみながら湯船に浸かっている。

 ユーリがシャワーを浴び終える。小さく息をついて、そこでふとアンジェリカの方を見ると、彼女は湯船の端に小さく体育座りをしていた。そうしてゆっくりと、ユーリに手招きをする。彼は、肩をすくめるとどこかまんざらでもない、と言った雰囲気でタオルを取った。

 身体の水分をぬぐってシャワールームの外に出ると、大人しくアンジェリカの向かいの位置の湯船に浸かった。同じように膝を抱えて入ると、二人分が湯船に入ったせいか、少し水位が増していい塩梅にユーリを湯が包んだ。


「こうして二人で入るのも、なんだか懐かしいですわね」

「そうだね」


 少し恥ずかし気に言うと、ゆっくりアンジェリカが足を延ばす。少し広げた足の間にユーリが収まるような形に。ユーリも意図をくみ取って、ゆっくり足を延ばした。


「狭いねえ」

「お互い、大きくなりましたからね」


 そうやって向かい合ってどこか落ち着かないように体を動かしていると、ふと、アンジェリカがゆっくりと上体を起こした。そうして体を振り向かせると、ゆっくりユーリの上に身体をもたれかからせる。ユーリは居心地悪そうに両腕をあたふたさせていたが、観念したようにアンジェリカを後ろから抱きしめるように手を回す。


「これが、やっぱりしっくりきますわね」

「勘弁してよ。落ち着かない」

「ふふ、ドキドキしているのかしら? それとも興奮?」

「どっちも、かなあ」


 二人でくすくすと笑い合う。笑い声はゆっくりと、反響するように小さくなっていった。お互いの感触と熱を感じながら、ゆっくりと湯に浸かって身体を温める。


「ねえ、ユーリ。アンナのことですけれど」アンジェリカはユーリに身体をもたれかからせながら、つぶやく。「しっかり、気持ちを伝えてあげてくださいませ」

「咲江さんにも言われたよ。同じこと」


 ユーリが言うと、アンジェリカはどこか納得するような感じで、小さくため息をついた。


「咲江も、相変わらずですわね」

「まるで、長い付き合いがあるみたいな言い方するね」

「あら? ライバルにして戦友なんて、そんなものではなくて?」

「……それも、そうか」

「アリアンナも、そう思っていますわ」


 アンジェリカの物言いに、ユーリは無言で小さく頷く。


「で、ユーリはアンナのこと、どう思っていて?」

「直球だなあ」ユーリは口の中で、言葉を慎重に、だけど感覚的に選んだ。「……正直に言うならば、まだアンナへの感情は、わからないところはある」

「正直でよろしいですわ」

 苦笑いを浮かべながらも、満足げな笑みを浮かべるアンジェリカ。ユーリは、彼女に尋ねる。

「やっぱり、姉として妹が気になる?」

「それはそうでしょう? だって、家族ですもの」


 なら、とアンジェリカが小さく口を開く。


「ユーリは、わたくしと、ユーリ。そして咲江の行く先に、アンナがいて欲しいと、思いますの?」

「――うん」


 反射的に、本能的に、ユーリはそう答える。アンジェリカはどこか満足げに、深く、長い吐息をついた。吐息は湯気の熱気に巻かれ、ふわふわと洗面所の大気の中に融けていった。


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