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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
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32/Sub:"キャットファイト"

 

 轟音が、群青を揺るがした。

 ヘッドオンですれ違った後、竜の姿のユーリは左にロール。急旋回。翼が減圧雲の白煙を纏い、翼端から白い糸のような飛行機雲を引く。全身にかかるG。ユーリの首元のサドルユニットで加速度にうめくのは、アンジェリカだけではなかった。


「アリアンナ、後方警戒! 咲江は待ってはくれませんわよ!」

「分かっては、いた、けどっ……!」


 凄まじいGにうめいているのは、二人乗りでサドルユニットに跨る霊服姿のアリアンナ。同じく霊服のアンジェリカの後ろで必死に空を睨むが、前にいる姉の様にはうまく空を眺められない。お気に入りの黒い帽子は、今は消していた。空を眺めるのに、ただ邪魔なだけだった。


「駄目だ、見当たらない!」

「コピー! なら……ユーリ、太陽の方向、九時の方向!」

『了解っ!』


 ユーリの飛行術式が咆える。増速し、急上昇。ズーム上昇をかけ、咲江がいると思われる高度へ上がっていく。


『みつけた』


 ユーリが小さく、しかししっかりアンジェリカとアリアンナに聞こえるようにつぶやく。ユーリは一八〇度ロール。ハイレートクライムを打ち消し、降下して速度を増している咲江の乗るブラックオウルに追従する。咲江のブラックオウルは降下を上昇に切り替え、ユーリをオーバーシュートさせようとしてくる。


『ふふ、目がいいわね』

「その余裕も今日までですわ!」


 無線でアンジェリカが咲江の余裕に返す。ユーリは照準を合わせようとするが、ふらふらと左右に揺れるブラックオウルに照準が合わない。そうしているうちに、ブラックオウルの速度が落ちてきて旋回半径が小さくなっていく。同時にユーリの射線からブラックオウルは外れて、見えなくなった。


『アンジー!』

「敵機、なお上昇中! 頭上ですわ!」

『了解、尻尾を噛みあうぞ!』


 お互いが円の反対側で、お互いの後ろを取ろうと急旋回を続ける。猟犬同士がお互いの尻尾を噛もうとする、まさしくドッグファイト。かかるGがじわじわと増えていき、アリアンナの視界がじわじわと暗くなってくる。彼女はただひたすらに、事前に教わっていた耐Gの方法、下半身に力を入れ、息を繰り返す。

 これが、空の世界。

 アリアンナは額から流れ落ちる汗を気にする余裕もなく、空を、反対側を飛ぶブラックオウルをかろうじて睨む。これが、ユーリの世界。ユーリの空。ダークブルー。


「アリアンナっ! 失神している暇はありませんわよっ!」

「……うああああっ!」


 高Gで失神しそうになる頭を、咆哮で無理やりたたき起こす。どんどん頭上の、ギラギラと無機質に照り付ける太陽が浮かぶ暗い空の闇が、視界の上から降りてくる。

 ブラックオウルが急上昇。ぐん、とお互いを回る円から外れて空に舞い上がる。ユーリの視界の先では、ブラックオウルのオーグメンターが消えていた。ブラックオウルの速度が急激に落ち、その機首がくん、とユーリの方を向く。


「来ますわよ、ユーリっ!」

『ウィルコっ!』


 ユーリは一八〇度反転、地面と空がひっくり返る。速度が増し、地面に突っ込んでいく。まばらに散らばる雲の群れ。それを潜り抜け、日の光がスポットライトの様に雲の切れ間から海面に差し込む低高度へ。音速を超えた。ベイパーコーンが瞬き、ユーリは音の壁をいともたやすく貫いた。


「雲を使うのですわユーリ! おそらく後方!」

『了解っ! 相手もイーブンだっ!』


 高G旋回を繰り返して雲の隙間を縫う。視界の中の水平指示器が右へ、左へ触れ動きながらユーリは雲を時には翼に引っ掛けながら空を舞う。ソニックブームが空を揺らし、時には雲に突っ込みながら咲江の姿を探す。


『悪手だったか!?』

「いいえ、きっと――見えた!」


 アンジェリカが咲江の姿を捕捉する。雲の隙間から見えた。こちらにビーム機動を取って攻撃位置。ユーリは咄嗟に上昇。咲江の攻撃を回避する。足元を通り過ぎていくブラックオウル。しかしブラックオウルも上昇し、ユーリと並ぶ。お互いの速度がじわじわと落ちて行く中、一機と三人は空へ昇っていく。どっちかの速度が落ちれば、相手の後方を取ることになる。チキンレースだ。


「ユーリっ!」


 アンジェリカが叫んだ。

 咄嗟にピッチアップ。気流に対する迎え角が急増し、翼から一気に気流が剥離する。コブラ・マニューバ。翼が白い減圧雲のヴェールを纏った。アンジェリカは強烈なGを、ひたすらに耐える。


『もらっ――っ!?』


 ユーリの視界に飛び込んでくる光景。咲江の乗るブラックオウルが、クルビットで一八〇度こちらを真っすぐ向いている。ユーリがコブラに入った瞬間、咲江はクルビットで対応、ユーリに照準を合わせる。ユーリの口元に、ブラックオウルのレールガンに、光が宿る。

 ブザーが鳴った。キル判定。

 勝者は、咲江の方だった。


『早撃ち、だったか』

『いいえ、流石に危なかったわ』


 無線の向こうで咲江が小さく息を荒げながら答える。水平飛行に戻ったユーリの横に、なめらかにブラックオウルが寄せてきた。編隊を組む。


「きいいっ! あと少しだったのに!」


 息を荒げながらアンジェリカがユーリの鞍上で叫んだ。ユーリの急激な機動にブラックアウトせずについてきた。少しずつであるが、前に進む。


『そう言えばアンジー、アンナは?』

「おっと。アンナ……駄目ですわね、お休みですわ」


 アンジェリカが後ろを振り向くと、サドルユニットにぐったりと張り付いたアリアンナがそこにはあった。サドルユニットの機能でシートに押し付けられてはいるだけで、完全に脱力している。どうやらコブラの際にGロックを起こしたらしい。


『じゃあ、今日の所はこれでおしまいね。データも採れたみたいだし、帰還しましょう。AWACSサインメーカーへ。ステラ1、ミッション完了、RTB』

『AWACSサインメーカーからステラ1、2へ。了解した。帰投せよ』

『ステラ2、了解。RTB』


 二人は、空に飛行機雲の弧を描いてねぐらへと進路を向けた。

 アリアンナの意識が暗闇から浮上した時、緩やかなGと揺れが彼女を揺らしていた。のそりと彼女が上半身を小さく起こすと、制御された境界層の外側を流れる気流の音が低く彼女の鼓膜を震わせる。


『タワーよりステラ隊へ。クラウドカバーはクリア。風は方位二―一―〇から5ノット。視程は30マイル。着陸を許可する』

『了解。ステラ1、着陸態勢』

『ステラ2、着陸体勢』


 咲江とユーリが緩やかに滑走路にアプローチする。小さく動翼を、翼を動かしながらそれぞれ滑走路という細長い回廊へ向けて、制御された墜落を行う。ユーリの翼が横に広がり、ブラックオウルの人工筋肉製の翼が広がって風を受ける。速度と高度を両方、緩やかに殺しつつランディングアプローチ。ブラックオウルの人工筋肉製の翼の先端がフクロウのそれの様に分かれ、それぞれ別に細かく動いて機体を安定させる。

 タッチダウン。ブラックオウルのタイヤが滑走路のアスファルトにこすれて白煙を巻き上げた。ユーリも速度を落とし、失速寸前の空に翼の境界層を制御してしがみつく。フレア、垂直速度を殺し、タッチダウン。

 三人と一機は駐機場に向かい、それぞれの停止位置で止まる。ブラックオウルのエンジンが止まり、甲高いエンジン音が止まってAPUの低い唸り声が響く。ユーリも首を地面に降ろすと、アンジェリカは軽やかに、アリアンナは少しよたつきながらサドルユニットから降りた。アンジェリカがアリアンナに肩を貸しながら円の外に出て、ぐるぐると掲げた腕を回す。ユーリの姿が輝き、それが収まると竜人の姿となり、白いフライトスーツを着たユーリの姿あった。


「お疲れ、アンジー、アンナ」

「惜しかったですわ……!」


 ユーリに対し、アンジェリカはどこまでも悔しそうだ。アリアンナはアンジェリカの肩を貸してもらっているが、まだ少し辛そうだ。


「お疲れ様、みんな」


 パイロットスーツを着て、ヘルメットを脇に抱えた咲江がブラックオウルから降りて近づいてきた。アンジェリカは悔しそうに彼女を小さく睨む。咲江は大人げなく、アンジェリカを見下ろした。


「……次は墜としますわ!」

「あら、そう簡単に墜とされるつもりはないわよ?」


 二人睨み合うのに、ユーリは小さく肩をすくめて苦笑いを浮かべる。


「でも」咲江はアンジェリカに対して優しい笑みを浮かべる。「ユーリ君の機動に、ついてこれるようになってきているじゃない。流石ね、アンジー」

「……当然ですわ!」


 そう言ってそっぽを向くアンジェリカ。その頬には小さく朱が差していた。そんな彼女の様子を見ながら咲江は小さく微笑むと、ユーリに向き直る。


「じゃあ、貰うもの、貰っておきましょうか」


 そう言って咲江がそっとユーリに顔を近づける。ユーリは少し照れながら、目を閉じた。

 唇に触れる温かく、柔らかい感触。甘い香りが鼻腔をくすぐって、すぐに風と共に薄れる。恥ずかしさから閉じた目を開くと、咲江が嬉しそうな顔でそっとユーリから顔を離した。


「ふふ、ご馳走様」


 ユーリは頬を染めながら、恥ずかしさから顔を逸らした。次の瞬間、アンジェリカに片手で頭を掴まれると唇を塞がれる。


「あら、間接キス」


 咲江が楽しそうに笑うも、アンジェリカはユーリに上書きするかのように情熱的なキスをした。ぶちゅ、と音がしそうなほど濃厚な口づけが終わった後、ふーっ、ふーっとアンジェリカは咲江を睨みつけるものの、咲江はどこ吹く風と言った雰囲気で格納庫へと歩いて行った。


「……アンジー、大人げないよ」

「……それとこれとは、話が別ですわ!」


 そっとユーリは肩をすくめながら、二人分の感触が残る唇にそっと触れる。まだ熱が残っているかのように、成層圏を飛んできた割には、温かった。


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