表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
111/217

21/Sub:"枕"

 サクサクと音を立ててかた焼きそばを黙々と食べていくと、あっという間に皿が空になった。意外と少なかったな、と思いつつも最後に残った人欠片を口に放り込んだ。


「ごちそうさまでした」


 二人でそう挨拶をして料理屋を出る。天気は曇り。午前中に見えていた青空はもう見えなくなってきていた。明日は雨の予想だった。


「美味しかったわね」

「ええ。本当に」


 商店街を二人、ゆっくり歩きながら話す。商店街にはいろいろな飲食店が並んでいて、そのうちの半分も行ったことはない居酒屋などだ。将来行くこともあるのだろうか、と思いつつ、隣の咲江を見上げた。


「結構いろんな店があるんですね」

「ええ。結構このあたりにはお世話になったわ。あそこのお店、〆の焼きそばが美味しいのよ」

「へぇ。ランチでもやってればいいんですけれど」


 最近は昼の間、ランチ営業をする居酒屋も少なくない。夜だけでは徐々にやっていけなくなってきているのだろうか。ただ、未成年のユーリからすると居酒屋のメニューを昼に行って酒も飲まずに楽しめる、というのは非常にありがたかった。


「あら? 今度一緒に夜行ってみる?」


 えっ、と思わず聞き返すが、彼女は本気の様であった。


「一人酒が寂しい時だってあるのよ」

「まぁ、焼き鳥とか串カツとか、そういうところであれば」


 警察官に職質だけされないようにすればいいかな、とどこか楽観的に考える。まあ職質されるのは咲江の方だろうが。

 商店街の端。地元系列の大型スーパーに入ると、空調の効いた空気が身を包む。エアコンを入れたようで、どこかひんやりとしていて、長袖を着ているような人もちらほら見かけた。

 入ったところにある階の、奥にあるコーナーで枕を探す。いろいろある枕を咲江が枕を押したりしながら選ぶ。


「咲江さんは、枕は柔らかい方が好きだったりするんですか?」


 ユーリが枕売り場の枕を手で押しながら尋ねる。滑らかな布地の、枕の手触りは良かった。


「うーん、ある程度反発力がある方が好きかしら」咲江は手に取っていた見本の枕を戻す。「頭にフィットしてくれるくらいがいいわ」

「角があるのが厄介ですよね」


 ユーリは自分の側頭部に触れる。そこには髪だけが広がっているが、竜人形態になればそこからは角が生えてくる。絶妙に枕と干渉するような場所なので、常に生えているような状態の咲江には枕は選ぶ必要があるだろう。


「うーん。人に化けれれば楽なんだけど。こっちの方が気は楽なのよね」


 そう言って咲江は黒く細長い、先端が心なしか鋭い、ハート型になっている尻尾を動かす。咲江に言われて触ったことがあるが、まるでつるつるとしたゴムの様で、ぬめりと鱗を取った魚を思い出した。


「これなんかはどうです?」

「うーん、もう少し大きさが欲しいわね」


 そう言って枕をいろいろと見比べているうちに、ようやく目当ての物が見つかった。やや大きめだったが、身長が高い咲江にはこれはちょうどいいらしい。会計を済ませて紙袋に入れると、かなり大きい紙袋をぶら下げることになった。


「持ちますよ、咲江さん」

「あら、いいかしら?」

「喜んで」


 ユーリの身に染みた習慣で、咲江の荷物を持った。小さな紳士様ね、と咲江がほほ笑むのに、ユーリは軽いもんですよ、と枕の入った紙袋を持つ。

 二人は地下一階に行き、食料品売り場で買い物をする。ひき肉が安くなっているのを見て、ふとユーリは思い立った。


「今日の夕飯、折角だからタコスでも食べませんか?」

「あら、いいわね。ビールも欲しいわ」


 タコミートのシーズニング、アボガド、サニーレタスを次々に買い物かごに入れていく。ライムはおつとめ品の棚にあったものをかごに入れた。今日中に使ってしまえば問題ないだろう。


「えーと、後はタコスシェルと……」


 ユーリがそう小さくつぶやくと、あら、と咲江が小さく声を上げた。


「あら、てっきりトルティーヤを使うのかと」

「あ、そっち派でしたか」


 ユーリとしてはどちらでもいい。アンジェリカとアリシアはタコシェル派、アリアンナはトルティーヤ派だったはず。どうしようか、と悩んで、結局両方買うことになった。ユーリとしては、ハムやチーズを巻いて食べれる分だけトルティーヤの方が便利だった。

 必要なものを一通り買い、レジで会計を済ませてスーパーの屋上へ。咲江の白い車の後部座席に枕と食品を放り込むと、ユーリは助手席に座った。


「さ、帰りましょうか」


 咲江が車を出す。水素エンジンの静かな音が響く中、車はスーパーの立体駐車場を出た。


「文化祭、練習の進捗はどうなの?」


 咲江が車を走らせながら尋ねてくる。カーオーディオからは80年代のアメリカのポップスと思われる曲が流れていた。


「結構いいところまで来てますね。何だかんだ皆腕がいい」

「貴方がそう言うってことは、期待してもいいかしら?」


 そう、少し意地悪そうに言う咲江。ユーリは小さく肩をすくめた。


「見に来るつもりなんですか? 文化祭」

「ええ。いい加減辞めたとはいえ、ついこの間まで就いてた仕事だもの。気にならないわけはないわ」

「責任感が強いですね」


 吾妻理事長代理補佐。代理に補佐と二つも妙な単語がくっ付いている役職になっている気分はいかなものだったのだろうか。ユーリは咲江に尋ねてみると、咲江は苦笑いを浮かべた。


「結局、事実上理事長と教頭の仕事を押し付けられているようなものだったわ」

「ええ、いいんですかそんなの」

「良くないわよ。実際、理事長は教育委員会との会議の名目で遊んでばかりだったわ」


 せいせいする。そんな雰囲気が彼女から漂ってきていた。きっと引継ぎは大変だったろうな、とユーリは咲江のそれに似た苦笑を浮かべた。

 車が住宅街に戻ってくる。静かに住宅街の青々と茂る並木の間を走っていると、見覚えのある屋敷が目に飛び込んでくる。帰ってきた。

 車は屋敷の端に突貫で作られた駐車場に滑り込む。そこだけ屋敷を囲む柵が凹んでいて、砂利が巻かれたシンプルな一台の駐車場ができていた。ごとごとと小さな音を立てて車がバックで駐車場に停まる。


「さ、お肉が傷む前に冷蔵庫に入れましょ」


 ですね、とユーリは小さく頷いて車から降りる。後部座席から荷物を取り、屋敷の門にまで歩いて行って門を開ける。後ろから車の鍵を閉める電子音が響いた。


「ただいまぁ」

「ただいま」


 ユーリと咲江が屋敷のドアを開けて玄関ホールで言うが、帰ってくる声はない。アンジェリカは実家の方に顔を出しているようだが、アリアンナとアリシアは残っているはずだ。アリアンナはともかく、アリシアは想像がつくが。

 とりあえずユーリは咲江に枕を渡すと、食堂に入って台所にひき肉を放り込む。痛むと厄介なので、さっそく冷蔵するに限る。


「手伝いましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


 咲江が訪ねてくるのに、ユーリは冷蔵庫の扉を閉めながら言った。てきぱきと食品を整理するのには慣れていた。


「早速、枕を試してみたいわ」

「結構楽しみそうですね」

「そりゃそうよ。早く新し枕の使い心地を知りたいもの」


 今日から寝違えとおさらばよ。そう言ってウキウキと心躍っているのが目に見えるようだった。

 食堂を出て二階に上がる。ギシギシと階段が小さく音を立ててきしむ。ユーリは自分の部屋に戻ろうとして、ふと手を止めた。


「アリシア姉さん、ひょっとしてまだ寝てるのかも」

「あら?」


 ユーリがぼそりと小さくつぶやいたのに、咲江は反応した。思わず二人で顔を見合わせると、アリシアの部屋まで歩いてく。


「どっちにかけます?」


 ユーリが咲江に尋ねる。アリシアの部屋の前に立つが、部屋の中から音は聞こえてこない。


「私は寝ている方に賭けるわ」

「じゃあ僕は……だめだ、賭けにならない」


 ユーリが部屋のドアをノックして呼びかけるが、返事がない。入るよ、と言ってノブを捻ると、鍵は開いていた。


「アリシア姉さーん……って、ああ」


 ユーリの眼に飛び込んできたのは、ベッドの上でVRゴーグルをつけたまますぅすぅと寝息を立てているアリシア。寝間着であるジャージ姿のままのことを見ると、昨日の晩からずっと寝たままの様だ。


「賭けは不成立ね」


 咲江がベッドに寝るアリシアの枕元に腰掛けると、アリシアを優しく揺さぶる。


「ほら、アリシアちゃん、起きて」


 そう優しく呼びかける咲江。なんだか雰囲気が妖しいな、とユーリはどこか警戒する。思えば、咲江はこうやって母性を持て余していることが多かったような――。


「ううん……」


 アリシアが小さくつぶやき、そしてのっそりとVRゴーグルをつけたまま上体を起こす。そしてそのままふらふらと船をこいでいると、咲江がそっとアリシアを抱きとめる。


「ほら、もうお昼よ。起きて」

「ううー……ん、ママ、もう少し……」


 ぴくり、と咲江の動きが止まった。ユーリがぎょっとして咲江の方を向くと、ひぇっと小さく悲鳴を上げた。


「うーん、ママ……え?」


 妙な雰囲気を感じ取ったのか、アリシアがVRゴーグルをよたよたと外す。そうして、ぼんやりと鈍い寝起きの脳に、資格情報を含めた状況が流れ込んでくる。


「あら」


 咲江が弾むような声を上げる。


「あらあらあら、あらあらあら」


 喜悦がにじんでいる、という表現がはっきりとわかる声を咲江があげる。恐る恐るアリシアが顔を上げると、視界に飛び込んでくるのは満面の笑みを浮かべた悪魔。


「……ちゃうねん」


 そう言った次の瞬間、アリシアはひょいっと咲江に抱きしめられ、持ち上げられた。彼女の豊かな双球にうずめられ、アリシアが悲鳴を上げる。


「あらあらあら! アリシアちゃんったら寝坊助さんなんだから! ママがお世話しあげまちゅから、一緒にお顔きれいきれいしましょうねー」

「ユーリ! 助けて! ユーリ!」


 まるで熊のぬいぐるみか何かのように抱き上げられ、部屋の外に運び出されていくアリシア。ユーリが胸の前で小さく十字を切ったころ、アリシアの悲鳴は咲江の部屋のドアが閉まる音と共に聞こえなくなった。


「……シャワー浴びよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ