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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
03/Chapter:"義妹を継ぐもの"
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14/Sub:"飛行部"

「まずはともあれ、目の前の仕事ですわ」


 そうアンジェリカが言って、ハッとしたようにユーリはARグラスをかけ直した。目の前に広がる編集途中の議事録。それをまたノートから電子へと書き起こしていく。

 しかし、こうしてゆっくり電子化していると、書き記していた内容が頭に入ってくる。目の前のアンジェリカをちらりと見ると、こちらをニコニコと笑みを浮かべて眺めていた。こういう意図があったのかもしれないな、とユーリはどこか感心しつつも指を動かす。

 そうして入力を行って、ざっと十数分ほどだろうか。議事録の内容がようやく書きあがった。


「ふぅ、終わったよ、アンジー」

「ご苦労様ですわ。あとで共有をお願いしますわ」

「了解」


 ユーリが言って、ARグラスを外す。目の前に浮かんでいたディスプレイがそっくり消えると、慣れているとは言えなんだか変な気分である。


「待ってた方がいいのかな」


 ユーリが窓の外を見ながら言う。アンジェリカは小さく肩をすくめた。


「待って居た方がいいでしょうね」

「フライトは延期かな」

「ですわね」


 そう言って二人、顔を合わせた時にドタドタと桜が教室の中に入ってきた。一旦急いで入ってきた桜を見つめ、そして思わず二人して顔を見合わせる。


「お……お待たせっ」

「まずは息を整えてくださいまし」


 アンジェリカがそう、どこか呆れたように言うと、ごめんなさいと桜は言って大きく深呼吸を始める。ぜぇぜぇと息をついているのを見ると、あまり運動している方ではないのかな、とユーリはなんとなく思った。


「……ふぅ、落ち着いた」


 それでね、と桜は話し始める。


「今すぐ部長が会いたいって」

「今?」


 随分急だな、とユーリは思いつつも、一瞬アンジェリカの方を見て頷いた。


「わかった。今行く」

「ほんと? ありがとう」


 そう言って教室を出る桜の後に続く。ユーリの後にアンジェリカも続いた。ふと見ると、どこか険しい表情を浮かべていた。流石に急なことに、少々苛立ってもいるようだった。アポイントメントなしの突撃はNG、と言うことらしい。

 廊下を歩いて昇降口に向かう。昇降口で靴を履き替えて外に出ると、太陽の光で一瞬目がくらんだ。目が外に慣れてくると、青空が目に映る。


「こっち」


 桜の案内で校庭横にまで来ると、長い鰻の寝床の様な建物に点々とドアがついている。部室棟に立ち入るのがユーリは初めてであった。妙な疎外感の様な、異物感の様なものを感じながらユーリは桜が開けてくれたドアをくぐって飛行部の部室の中に入る。


「失礼しまー……」


 そこで、ユーリは思わず声が詰まった。部屋の中にはぎっしりと詰め込まれたように、スポーツタイプのフライトスーツを着た飛行部員――女子しかいなかった――がおり、一斉に入ってきたユーリの方を向く。視線は興味と感心半分、そして敵意半分。

 そして何より、目の前にいたのは、どこか拘束具のようにも見えるハーネスがついたフライトスーツを着た、筋骨隆々の日焼けした女性、否、女子生徒。185はあるだろうか、天井が低く感じるような大柄な身体に、木の幹の様な四肢。ぼさぼさの黒髪は雑にポニーテールに結わえ、ウルフカットの前髪からは金色の竜の瞳がこちらを見下ろしている。そして何より、彼女の側頭部から後ろに伸びる角、鱗に覆われた四肢、大蛇の様な尻尾。一番ユーリの眼を引いたのは、ごつごつとした、鱗に覆われた翼。


「おぉ! 来たか!」


 地響きのような、やや低い声で彼女が言う。なまじっか整った顔立ちをしている分、そのギャップにユーリも思わずめまいがしそうだった。


「部長、連れてきました! 例の子です!」

「ご苦労だったな、霧島。さて、と」


 ぐい、と部長がユーリに近寄ってきて手を差し出してくる。黒光りする鱗に覆われた手は、鍛えられているのか、ごつごつとその下の骨格と筋肉のシルエットを浮かび上がらせていた。


「アルマ・フェルトブルクだ。飛行部で部長をやっている。よろしく頼む」

「ユーリです。ユーリ・フェレ・ヴィトシャ・穂高」


 そう言ってユーリが彼女の手を握り返すと、がっしりと手を握ってくる。少し痛くも感じたが、直前まで飛んでいたのか、手からは太陽の温かさを感じた。


「あー……で、そっちは?」

「アンジェリカ・マルグレーテ・イグナツ・ツァハ・ゲルラホフスカ。ユーリのパイロットですわ」

「付き添いです」


 一瞬ぱちくりと驚いたように目を瞬かせた部長が何かを言う前にユーリが説明をする。横目でアンジェリカの方を振り返り、少し恨めしそうな視線を向けるが、彼女は面白そうに薄く笑みを浮かべているのみだった。


「ま、まあいい。で、話は霧島から聞いているな?」


 かけてくれ。そう部長が言うと、横から女子生徒部員の一人が、開いたパイプ椅子を差し出してきたのでそれに座る。アンジェリカの分は無い。


「はい。今度の学園祭で飛ぶんですよね? 結論から言わせてもらうと、可能です」


 先に回答を述べる。ほう、と部長が言うのに周囲の視線が鋭くなった気がした。


「おお、本当か。そう言うことなら有難――」

「――部長、私、納得してないです」


 部長の言葉を遮るように部員の一人が言う。同級生かもしれない。若い、あまり鍛えられていないような外見をしていた。


「部外者の、それもそんな奴を入れるなんて」


 天狗だろうか。黒いショートヘアの女子部員が、折りたたんでいた茶色に白いストライプの入った翼を小さく動かしながら不満を述べた。彼女の不満はユーリには理解できたが、正直あずかり知らぬところも多い問題ではある。


「あたしが決めた。部員の同意だって得ている」

「先輩たちの話じゃないですか。私たちには関係ないです」


 アルマはため息をつきながら言うが、天狗の女生徒はとりつく島もなし、と言った雰囲気だ。アルマはすこし困ったような表情を浮かべてユーリに話す。


「こういう形になっちまったが、そういうことで間違いない」


 部室の空気が悪くなる。ユーリは左右をゆっくり見渡して、小さくため息をつく。こういうのはあまり慣れていないが、やるしかなさそうだ。ユーリはアルマの眼を見て、それで小さく肩をすくめると、少し大げさに言う。


「でも、翼を並べたことのない奴と同じ空は飛べない、ですよ?」


 ユーリが言うと、部長の瞳がすっ、と細くなる。同時に、彼女は獰猛な笑みを浮かべた。なるほど、竜だ、とユーリは小さく腑に落ちる。


「ほう、言うじゃあねえか」

「別に。空を飛ぶなら、それが普通でしょう?」


 部屋の空気がどこか殺気立つ。こういう雰囲気は体育会系のそれと言うよりは、まるで不良の集まりみたいだな、とユーリは思考の片隅で考えた。


「なら、やることは一つだろう?」


 アルマが不敵に嗤う。ユーリの金色の竜の瞳は、ただ彼女の瞳を真っすぐ見つめ返す。


「どっちが上手く飛べるか、空で競うぞ。時刻は明日の放課後。グラウンドで」

「いいですよ。なんなら、今日この後でも」


 平静とした口調で、免許を取りにいかないといけないので、と付け足す。するとアルマは、少し驚いたような顔で、それからくつくつと楽しそうに、静かに笑った。


「いや、いいさ。こっちが言い出したことだ。明日までの猶予くらいは、つけさせてくれ」

「なら、そのように」

「これで不満はないな?」


 部員全員に聞こえるように大声で。だが特定の部員に向かって言う様にアルマが叫ぶ。異論は、上がらなかった。


「では、よろしくお願いします」


 続きはその後で。そうユーリが言うと、アルマもいいだろう、と低い声で返してくる。ユーリは立ち上がって、一礼したのちに部室を出る。桜は困惑したような表情で、ただユーリの背中を見送った。


「見送ってやる」


 そう言ってアルマが立ち上がり、ユーリとアンジェリカの後についてくる。部室の重い扉を開いて外に出ると、室内の重苦しい空気とは裏腹に、新鮮な空気が肺に流れ込んできた。ユーリとアンジェリカが歩いて校舎の方に行く途中で、アルマはその後ろをのしのしとついてきていた。


「悪かったな」アルマが急に口を開く。何となくその回答を予想していたユーリは小さくため息をついた。「お前に悪役をさせちまって」

「別に構いませんが。回りくどいよりは、とも思っただけです」


 ユーリがため息をつきながらもどこかにやりと笑って言うと、アルマはおかしそうに笑った。


「そりゃそうだ。やっぱりお前はいい。気に入った」


 彼女の琴線に触れられたようだ。豪快に肩を組んでくるアルマから香ってくる日の匂いに、どこか落ち着きをユーリは覚えた。

 三人は再び校舎前に戻ってくる。アルマはユーリを開放すると、腰に手を当てて笑みを浮かべる。


「じゃあ明日、頼むぜ」

「霧島さんのフォロー、お願いしますね」


 ユーリが言うと、少し驚いたような表情を浮かべたのち、それから心強さを感じさせる笑みをニッと彼女は浮かべた。


「ああ、任せとけ」


 アルマと別れ、鞄を教室のロッカーから回収した後、ユーリとアンジェリカは帰り道を歩く。


「正直」アンジェリカが口を開く。「貴方がああいうことをするとは、意外でしたわ」


 そうかな、そうかも。ユーリは複雑そうな表情を浮かべて肩をすくめる。


「あまり考えてなかった。気が付いたら、ああしていた」

「空が関わるから、という訳ではなさそうですわね」


 多分ね。そうユーリが言うと、アンジェリカはため息をついた。だが、その表所はどこか嬉しそうでもある。


「明日、頑張りなさい」

「ああ。せいぜい、見せつけてみせるさ」


 二人は家路を急ぐ。

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