力持ち、異世界へ
お前は力持ちだなぁ。
幼い頃、父からそんな言葉をもらった事がある。当時5歳頃だったか、子供には分相応な物を両手で抱えて持ち上げて見せた時に言われた言葉だった。
褒められた事が嬉しくて単純だった俺はもっと力持ちになろうと馬鹿みたいな事を考えていた。普通なら、そんな事を思ったところですぐにそのチンケな決意は風化して塵となる所なのだろうが生憎俺は普通ではなかった。
まず始めたのはトレーニング、幼いながら今までやったことのなかった筋トレを始めてみた。突然腕立てやら腹筋やらを始めた俺に両親は「どうしたの?」と優しく問いかけて来た。それに対して俺は
「力持ちになる!」
と元気に答えていたらしい。おそらく両親は苦笑いを浮かべていた事だろう。5歳児が見様見真似で始めた筋トレ、両親も明日になれば飽きて辞めるだろうと思った事だろう。
最初はどれも10回もこなせなかった、それが徐々に1回、また1回とこなせる数は増えていく。そう、俺は三日坊主どころかそれから辞めることは無かった。毎日、毎日、毎日、毎日筋トレをこなしていた。数は増えると同時にこなすメニューの種類も増えていった。
腕立てと腹筋だけだったのが背筋もこなすようになった。上半身だけではダメだと何となく思ってスクワットを始めた。ちゃんと細分化して鍛えなきゃダメだと思い至り腕の筋トレを腕立てだけで無くネットやら何やらで調べ尽くして前腕、上腕二頭筋に三頭筋ともはやスポーツ選手並みに細かく考えた。
この時、腕立ては本当は腕よりも胸筋に重きを置いた筋トレと知ったときは何だかショックだった。
様々な筋トレメニューを毎日動けなくなるまで限界にこなしつづける。両親は流石に異常だと思ったのか苦言を呈した。
程々にしときなさいと。この時まだ9歳だった俺は悪い事をしてる訳でもないのに何故制限されなきゃいけないんだと納得いかなかったが今思えば両親も心配する筈だ。この時既に9歳とは思えないほど筋骨隆々とした体つきだった俺、学校のクラスメイトどころかその小学校中に噂になっていたほどだったらしい。
9歳の怪物がいると………心外である。
そんな噂になってる俺が学校でいらぬ嫌がらせやいじめを受けないか心配でしょうがなかったのだろう。しかし、嫌がらせやいじめなんかとは無縁だった。
そんな怪物とまで言われてる俺の体を見て怒らせると何をされるか分からないと思われてたみたいだ。クラスでは少々浮いた存在にはなっていたが少ないながらも友達や無二の親友がいた俺には関係なかった。
そこら辺を散々親に説明してようやく筋トレに関しては何も口出ししないとお墨付きをもらった。
それからもずっと休む事なく筋トレを続けた。筋トレに関する事は知識はもはや専門家レベルと自負がある、筋トレはガムシャラにやればいいという物ではない。適切な部位に適切な筋トレ、呼吸の仕方、スローペースでやるかハイペースでやるか。適切な栄養補給で筋肉の超回復を促したりなど知識を総動員させて鍛えに鍛えまくった。
幼い頃にやっていた筋肉痛でもひたすら我慢してやるというのは逆効果だ。筋肉というのは筋トレで筋肉を壊して超回復を促しより頑丈で大きな筋肉を再生させる。その繰り返しでボディビルダーのような筋肉人間が出来上がるのだ。
いつしか、俺の目的は力持ちになる事から誰よりも強い体を作ることに変わっていた。
中学生になった時にふと思ったのだ、いくら筋トレしても足速くならなくね?と。そりゃそうだ、重りを増やしているのだから寧ろ遅くなるだろう。下半身を鍛えようが足の速さや持久走には向かない。よし、ならばそういう面でも鍛えよう。
ただ力持ちになる筋力だけじゃない、いくらでも力を入れててもその状態を維持できる持久力、足も速くなりたいし長く走れるようになりたい。そうだ、反射神経も欲しいな。動体視力も鍛えよう。学校以外の時間はほとんどトレーニングなった。
我ながら脳筋だ、友達にもよくからかわれたけど否定は出来なかった。ちゃんと成績はそこそこだったぞ?まぁ、勉強できるから脳筋じゃないってわけじゃないけどさ。まぁ、おかげ様で常人離れの身体能力を手に入れたわけで。テレビとかで取材や出演も何度かしたことあるほどちょっとした有名人になってたりした。
スポーツはやってなかったけどトレーニングだけ何故かひたむきに続ける変わり者としてだけどな。それでもプロの短距離選手やマラソン選手の世界記録より圧倒的に速かったりバーベル上競技なんかも言わずもがなだった。
ちなみにこれらは悪目立ちしそうだしスポーツ選手になる気が無かったので一部の信頼できる人しか知らない。公開はしなかった。目立つ為にトレーニングしてきたわけじゃない、俺はただ……ただ。
強い男になりたかっただけなんだから、それだけだったから。変な事を考えてる自覚はある、けどそう望んだだけだったから。
今年で21歳になり、ますます筋力やら何やらが大変な事になっている俺は今日も自室で筋トレをしている。それしか取り柄ない俺はそれを極める、一心不乱に愚直に。
これは、そんな普通とは違いすぎる俺の普通じゃ体験できない物語だ。
「うん?」
眠りから覚める。体を起こすと同時に違和感を感じる。あれ?なんかベッドが硬い?いや、ベッドじゃない。
「はっ?えっ?」
ベッドじゃなくて岩肌の地面で寝転んでいた。辺りを見渡せば、薄暗い洞窟のような場所。にしても凄い広いなこの洞窟。洞窟というより遺跡とか創作物に出てくるダンジョンみたいなイメージがしっくりくる。ていうかここどこだろうか?
俺は確か自室のベッドで睡眠を取っていた筈だ。トレーニングにおいても日々のしっかりとした睡眠は必要な項目で俺は大事にしている。いつもの時間にベッドで寝て、起きたらよく分からない場所でしたっていう状況だ。
いやいや、なんでやねん。ここどこよ?ポケットやら何やらをまさぐってみるが携帯も財布もない。当たり前だけど寝る前と同じ状態だ。無地の白Tシャツに黒い短パン、荷物なし。あれ?何故か靴下とスニーカーを履いている。寝てる時は裸足だった筈なんだがな?
まぁいいか、細かい事は。ここを歩くなら裸足より断然マシだし。
とりあえず服に着いた砂ほこりを払いながら立ち上がる。改めて周りを観察するがやはり見覚えのない場所だ、洞窟……なのかな?しかし、どうしてこんな訳の分かんない場所に?
とりあえずここにいても仕方ないので適当に歩く。歩いてみるが予想以上に広い。いくら歩いても景色は大きく変わらず本当に進んでいるのか?と錯覚してくる程だ。
10分程歩いてみたが出口らしきものは見つからず途方に暮れる。まずいな、このままここにいる訳にはいかないしなぁ。水と食べ物もないから猶予もない、どうしよう……。
「ん?」
立ち止まってうーんっと思考していると奥から物音が。まさか、人か?
「おーい!誰かいるのかー!?いるなら返事してくれーーーー!!」
ありったけの大声でそう叫ぶ。かなりの大声でこの洞窟らしき場所にもかなり響いたのではないのだろうか?
「グルルっ」
ほ?返事は人間の声ではなく獣のような呻き。え?嘘だろ?
「…………」
背中がぞくりと冷たく感じた。ゆっくりとした足取りこちらに近づいてくる影。薄暗くて最初はよく見えなかったが距離が縮まるにつれて正体が見えてくる。
猛獣?そんな感想が浮かぶ。ライオンような、虎のような体躯の四足歩行の獣、鋭い爪と太く長い牙……体毛は黒く、目を赤く光らせている。しかし、少なくとも俺はそんな見た目の猛獣を初めて見た。知識不足……というわけではないと思う、風貌も何もかも見たことが無い。
というか、日本にこんな明らかに危ない猛獣が野生にいるのならとっくの昔にニュースになってそうだ。
なんて冷静に考えている場合じゃ無い。どうしよう……足に自信はあるけど逃げ切れるかな?闘う………というのはやめておいた方がいいだろう。などと考えている内に獣は徐々に距離を詰めてくる。迷ってる場合じゃないな!
「逃げまーす!!」
少しでも距離がある内に反転してダッシュで逃げる。獣もそれと同時にその四つ足で駆け始める。とにかく目先の事は考えずに逃げよう。足下に十分気をつけながら時折後ろを確認しつつ逃げる。
おお、思ったより速いなあの獣!俺の全力疾走でも引き離せねぇ!けど、追い付かれるほど速くないな……問題は持久力だ。
呼吸法をしっかりしながら全力疾走を続ける、数分ほど走っているが俺のスピードは衰えない。ふははは!普段のトレーニングの方がまだまだキツイね!
対する獣は徐々にそのスピードを落として引き離されていく。よしよし、持久戦は俺の勝ちだな……体を鍛えておいてよかったぜ。このままトンズラこいたる。バイバーイ!
「もう平気だろ」
獣が見えなくなってからも一応しばらくダッシュを続けてからようやく足を止める。息は……乱れる程じゃなかったな、いいぞ俺の心肺能力。努力成果が出てるじゃないか。毎日色々なトレーニングやってて正解だった。
5歳から現在21歳……休む事なくトレーニングを続けてきたがまさか猛獣に襲われる日がこようとは。いやはや、人生とは分からないものだ。
さて、脅威は去ったが迷子の状況は変わらない。速く脱出せねば……それにしてもさっきの獣は何だったんだろう?日本にあんな猛獣が野生でいるとは思えないしなぁ……もしかしてここ日本じゃない?ハハッ、そんなバカな。でも自室のベッドからここにいるのもそんなバカなって感じだし………前に親友に無理矢理読まされた異世界転移って奴か?まさか地球ですらないってか?ハハハハッ、それこそバカな。
アホな事考えてないでこれからどうするか考えないと。
「ふーむ」
といっても打開策なんて思いつかない。携帯どころか手持ち無沙汰だし、道は分からんし。とにかく歩を進めるしかないけどまたあんな感じの獣と遭遇するのはやだなぁ……。
まぁ、このまま立ち止まってても仕方ないのからとりあえず歩くか。何で俺がこんな目に……。
諦めたようにため息を吐きながら歩き出す。また数十分程歩いているとまた何かの気配を感じた。同じ失敗はしない。今度はいきなり大声を上げずにゆっくりと足音を立てないように近づいてみる。
もしから今度こそ人がいるかもしれないと希望的観測に賭ける。
ゆっくり……ゆっくり……。
「困ったな……」
「仕方ないじゃない、置いていくしかないよ」
「しかしな……」
数人の話し声が聞こえる。よかった!人だ、しかも日本語喋ってるからやっぱりここは日本か!当たり前の事だけど心の底から安堵する。
いきなり飛び出しては相手をびっくりさせてしまうだろう、俺は足音を立てながらゆっくりとその人影に近づく。
「おーい、そこの方々」
人影がハッキリと見えてきた所で声をかける。人数は3人。俺が声を掛けた所で3人は同時に俺の方に向く。ふむ……ふむ?………何だあの格好?3人のうち1人が男性で2人が女性だった。しかし、格好を見て俺は驚きを隠せなかった。
まず男性、年は俺と同じか少し上かな?といった所か。金色に輝く髪、髪型はアップバングのような感じか?身長は178センチある俺と同じくらいか、目付きは少々鋭いが結構なイケメンだ。羨ましい限りだ。問題は身につけている装束だ。まず服じゃない、これはもはや鎧……防具だ。薄い青色を基調とした鎧を部位部位に身につけ更に目を引くのは自身と同じくらいの大きさの大剣に腰にも普通のサイズの剣を吊り下げている。
え?コスプレ?いや、見ただけで分かるほどの本物感がすごい。おそらくあれらの獲物はちゃんと武器として機能するしあれらの防具はちゃんと身を守れる物だ。
「何だお前は?冒険者か?」
ほうほう冒険者ね。冒険者、親友に読まされた異世界転移小説に出てきていた用語だから大体どんな物かは想像できる。え?マジで異世界?
「いやその……その冒険者ってやつじゃないんですが……」
あーこれ確定だ。異世界だよ、うん多分そうだよ。どうしよう?何て説明しようかな……ここで冒険者って言ってもどうせボロが出るしとりあえず正直に話そう。
「実はですね……」
とりあえず寝て目が覚めて気がついたらこの場所にいたという事と、迷子で困ってるという事は伝える。さらに、図々しいが出口まで俺を助けて欲しいとお願いした。異世界から来ましたとは言わないでおいた。
「ほう………」
俺が一通り説明すると金髪のイケメンさんは興味深そうに俺をまじまじと見る。
「お前、もしかしてトライビトか?」
「とらいびと?」
何だそれ?渡来人のこと?
「ふむ、それも知らないか……」
何だか難しそうな顔をするイケメンさん。残り2人の女性も俺を怪訝な表情で見つめてくる。あ、ごめんなさい。怪しい物じゃないのよ?説得力ないけど。
「ここは何処だか分かるか?」
「………物凄い広い洞窟ですかね?」
更に難しい顔をするイケメンさん。ちょっと待っててくれと俺に告げてから残る女性2人を連れて俺と少し離れた場所で密談を始めた。
まぁ仕方ないな、いきなり俺を全面的に信じて助けて欲しいなんて水のいい話だ。まだそうやって議論してくれるだけありがたい。
数分ほどで話を終えたのかイケメンさんだけ俺に近づいて戻ってくる。
「お前を助けてやってもいい」
「あ、ありがとうございます!」
いや、良かったー。助かった。親切な人達で良かったと内心で小躍りして喜ぶ。
「だが、助けるかどうかは俺の質問に答えてから決める。いくつか質問するから正直に答えろ」
そんな俺に水を刺すようにそう告げてくるイケメンさん。マジかよ、まぁ仕方ない。俺は同意として深く頷く。
「まず一つ目、お前はトライビトか?」
「そのトライビトという言葉自体聞いた事が無いんでわからないです」
「2つ目、この文字は読めるか?」
そう言うとイケメンさんは懐からナイフを取り出して地面に何かを刻み始める。文字……なのは何となく分かるが意味はわからない。象形文字を眺めてる気分だ、俺は首を振った。
「3つ、魔法は使えるか?」
「魔法が存在するんですか!?」
魔法という言葉に少々興奮して食い気味にそう言い放つ。魔法、魔法か!やっぱり異世界なんだなここは、すげぇや……存在するんだぁ。
俺がテンション上がって興奮している姿を見てイケメンさんはちょっと引きながらも
「そうか、魔法を知らないか……」
と、一人呟く。少し思考する素振りを見せつつ俺の事を観察してからため息を一つつく。何だ?何かまずい事でも言ったのだろうか?
「分かった、いいだろう。お前を出口まで案内してやる」
その言葉に安堵する。良かった、とりあえず何とかなりそうだ。これからの事とか色々考えなくてはならないが一先ず安全な場所まで連れていって貰えればまだどうにか出来そうだ。
「ただし、ダンジョンを出るまでは俺の指示に従ってもらう。手始めに身体検査をさせてもらう、今日初めて会ったお前に背後から襲われないとも限らないからな」
そんな事するつもりないのに。ていうかダンジョンって言ったか今?ここダンジョンって奴なの?ますますここが地球じゃないんだなぁと思わされる。
まぁ、それくらい疑うのがこの世界の常識なのだろう。やましい事はもちろん無いし構いませんと俺は告げて身体検査を了承する。
イケメンさんはとりあえず上着を脱げと告げた。ああ、そこまでする?
「………」
とりあえず着ていたTシャツをイケメンさんに渡して上裸の姿になる。イケメンさんは渡されたTシャツをくまなく調べる、といってもポッケも何もない無地のTシャツだ、そのあと俺の短パンのポッケやらを弄りズボン軽く叩いて何かないか探る。すぐに調べ終えて何もない事を確認すると今度は上裸になった俺をマジマジと見る。
「お前……本当に冒険者じゃないのか?」
「いえ、その冒険者と言うのも聞き覚えのない単語ですし」
そうか……と呟くが俺の体を見つめたままのイケメンさん。何だろか?
「…………随分体を鍛えている様だからな、最初は冒険者だと思ったんだが」
ああなるほどね。確かにこの冒険者らしきイケメンさんもがっしりとした体つきをしている。大体の冒険者が皆そうなのだろう。確かに冒険者とやらが俺の想像した通りの職業なら体を鍛えないとやってけないだろうから
「まぁ、鍛えるのは趣味というか人生というかそんな感じな物で……」
「訳のわからん事を」
いや、そう言うしかないので。
「趣味の範囲を超えているだろうその体は、かなり引き締まった筋肉なのはすぐ分かるぞ」
ボディビルダーほど筋骨隆々とした体ではないがそれでも常人離れしてるであろう俺の肉体を見て感心する様にイケメンさんは言葉を漏らす。
一見してゴリゴリのマッチョではないが引き締まった体の中に相当な密量の筋肉が隠されている。ポージングみたいな事すれば肥大化した筋肉が姿をあらわすだろう。
そういう風に鍛えたのだ、筋肉が大きいボディビルみたいな体には少々憧れた時期もあったがそれでは体が固くなって困る事も多い。足の速さとかそう言うのにも直結してくるしな。
あくまで俺が目指したのは強い体、強い男になる事だ。沢山筋肉をつけたかった訳じゃない、強くなる為にトレーニングをし続けていただけだ。
「あはは、まぁですんで力には自信があるんで道中手伝える事があれば言ってください」
「そうか」
そこでイケメンさんは苦笑いを浮かべた。何だろうか……ああ、荷物持ちとか任せるのは不安だもんな。そのまま盗まれて逃げられもしたら目も当てられないし、あんまし余計な事は言わない様にしよう。
イケメンさんからTシャツを返してもらう。とりあえず上裸は見苦しいし袖を通そうとすると
「あっ………」
と、吐息に近い言葉を漏らすイケメンさんと同行している女性2人のうちの1人。何だろう?ここちょっと薄暗いから少し距離を置かれると表情やらが窺えない。まぁいいか、気にしないでおこう。
Tシャツを着直してから改めてイケメンさんに向き合い俺は頭を下げる。
「俺は『荒山 真人』と言います。貴方達の寛大で親切なその心に感謝します」
「アラヤマ……マサト?」
「はい、是非マサトと呼んでください」
「そうか……マサト。俺は『ロベルト』、この冒険者パーティ『アークス』のリーダーだ」
そう言われ手を差し出される。俺はそれに応じて握手を交わす、それにしても冒険者パーティーか……。名前から察するに複数の冒険者で構成されたチームみたいなものの事だろう、この場所をさっきこの人はダンジョンと呼んでいた。
このダンジョンを攻略している冒険者パーティという事なのだろう。
「私はフィアナ、『アークス』の副リーダーってとこかしらね。ダンジョンから出るまでだけどよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
フィアナと名乗ったこの女性とも握手を交わす。さっきまでずっと警戒されて距離を取られていたがリーダーであるロベルトさんが俺を受け入れてくれたからか気さくにそう自己紹介をしてくれた。
ロベルトさんと同じで鎧で武装しているのと、薄い赤い色の長い髪をポニーテールでまとめていてどこか接しやすそうなイメージを抱かせる。腰には細剣……と言えばいいのだろうか切るよりも突く事を主体とした剣を腰に下げ背中には弓と矢筒を背負っている。少々下賤な感想になってしまうが身長も女性にしては少し高く鎧越しとは言えスタイルの良さが窺えるほどだ。そして美人さんだ、歳も俺とそう変わらなそうだ。
「えっと、そちらの方は……」
最後にもう1人、女性……というか女の子と表現した方がいいのだろうか。2人と違い鎧……ではなく白いローブのような装束を身に纏っていている。ファンタジーのこれぞ白魔術師と言えば伝わるか。
身長は俺の胸元くらいで歳も見た目通りなら16、7くらいの少女だろう。そして目を引くのはその綺麗な髪、ロベルトさんと似た金色の髪。
ロベルトさんより薄い金色の髪を腰辺りまで伸ばしてその存在を主張する。そして自分の身長より少し大きいくらいの杖……あれはきっと魔法とかで使う杖なんだろうなぁ……そういうデザインだ。それを背負い恥ずかしがるようにフィアナさんの背に隠れて顔だけかろうじて出して俺に向けている。
「ああ……悪く思わないであげて。この子ちょっと人見知りだから」
「ご、ごめんなさい………ま、ま、マーリットと言います。ふ、2人と同じ『アークス』の団員です……」
と恥ずかしがりながら辛うじてマーリットはそう自己紹介を終える。
「はい、ご丁寧にありがとうございます」
そう言って握手は避けて頭を下げる。よし、ひとまず自己紹介は終わった事だし、リーダーであるロベルトさんに向き直る。
「それでロベルトさん、とりあえず俺はどうすればいいですか?」
「ん?あぁ、俺たちについて来てくれればいいさ。かなり歩く事になるが道は分かるから問題ない。この階層に出てくる魔獣も俺達3人なら問題なく片付けられる」
魔獣、魔獣か。さっきのあの黒い獣も魔獣と呼ばれる奴なのか。ははーん、どんどん異世界転移の王道世界観になってきたじゃないか。ダンジョンに冒険者パーティーに魔獣。魔法もあると来たもんだ、俺がいるこの場所が地球ですらない事はもう確定と言っていいんじゃないか?
まさかこの3人が見知らぬ俺に盛大なドッキリを仕掛けてる訳じゃないだろうし。
「すぐにでも向かいたい所だが今ちょっと問題が発生してな」
「問題?」
ロベルトさんは頷くと少し離れた所に置いてあったバックパックのような物を指差す。彼らの物だろうか。
「あれをどうするか3人で話し合ってた途中なんだ」
「どうするかって……落とし物か何かですか?」
「まさか、俺達の荷物さ」
「??なら普通に持って帰ればいいのでは?それとも何か事情が?」
俺がそう言うとロベルトさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。おっと、踏み込むべきじゃなかったか?
「騙されたのよ」
「騙された?」
ロベルトさんの代わりにフィアナさんが表情に怒りを浮かべて答える。
「その、バッグパック……異次元バッグて言うんだけど知ってる?」
「えと、すいません……そちらの常識を俺はほとんど知らないみたいなんです」
正直にそう答えるとフィアナさんはそんな俺の言葉にやっぱりかと言うような表情を浮かべる。ふむ、もうあんまり怪しまれてないようだ。それはありがたいけど何でだろ?
「その異次元バッグはね、このダンジョンの魔獣を倒すと手に入れられる魔石を無限に収納できるバッグなのよ。冒険者は皆んな1つは持っているわ」
へぇ、すごい優れアイテムに聞こえるけど皆んな持ってはいるんだ。だがその異次元バッグとやらはここに一つ置いてあるだけで3人の肩には背負われていなかった。その事について理由を尋ねると
「私達は『バッグパッカー』じゃないからね」
何じゃそりゃ。とりあえずフィアナさんから色々説明してもらう事になった。まずダンジョンを攻略する時の冒険者パーティーは基本的に戦闘や索敵と言った事をこなす人員とフィアナさんが言うバッグパッカーに分かれるという。
基本的にバッグパッカー以外は先ほどの異次元バッグを持つ事はないらしい、もちろん例外はあるらしいけど。
理由は単純でダンジョン攻略というのはやはり命がけの職業であり不測の事態が頻発する過酷な物だそうだ。魔獣の奇襲しかり、普段はない大量発生や罠など。そんな感じで基本的に動き回る戦闘職等の方々は万全を期すためなるべく身軽にならなければならない。魔石だけでなく自身の武器や大量のアイテム持参して入念に準備をするのがダンジョン攻略。それぐらいしないと命がいくつあっても足りないとフィアナさんは語る。
ただでさえ自分の荷物だけでも結構な荷物となるのに更には異次元バッグを持たせるなんて論外と語る。
そう、もう気づいただろうか。この異次元バッグが曲者なのだ。
「異次元バッグ、名前だけ聞くとすごく万能に聞こえるけど不便な所もあるんですね」
「そうなのよ」
何でも際限なく収納できる便利アイテムかと思った異次元バッグだが実は大きな欠点が3つある。
一つが魔石以外は収納できない事。冒険者はこの魔石を売ってそのお金が収入源となるらしいだからこそ魔石というのは出来るだけ多く持ち帰りたいものなのだ。ちなみに他の物を収納しようとすると何か不思議な力で弾かれてしまう。
2つ目、一度収納した魔石はダンジョン内にいる限り取り出す事ができない事。この異次元バッグがどういう仕組みになっているかは分からないがとにかく一度魔石を収納するとダンジョンの出入り口にあたるギルドという施設にある特別な魔法装置を使わないと取り出せないらしい。だがまぁ基本魔石は冒険者にとっては売る物に他ならないのでそれだけなら困る事はない。
しかし、この2つ目の欠点を欠点に足らしめているのが3つ目の欠点であり最大の欠点。
この異次元バッグ、魔石を無限に収納できるが重量まで異次元の彼方にはしまってはくれない。つまるところ、収納した分の魔石の合計重量が一見いくら収納しても空のバッグパックにしか見えないこの異次元バッグの重さになるのだ。
これがネックでありバッグパッカーという役割が生まれた理由である。一度収納したら帰るまで戻れない以上ダンジョンを進み、魔石を集めれば集めるほど負担は大きくなる。
ダンジョンというのはおくに進めば進むほど危険度が増すものらしくだからこそ魔石という負担を全面に負う役割が必要らしい。
「魔石は大きくてかさばる物だからね、普通のバッグパックを持っていってもすぐに一杯になるのよ」
なるほど、だから異次元バッグは必須なのか。しかし、一度収納したら入れ替えが出来ないのでそこは考えて収納する事が求められる。先を見越して何も考えず手に入れた魔石を収納してはその内に持ち運ぶのに限界な重量にまで達してしまいいざ普通の魔石よりも高価な魔石が手に入ったりした時に困ってしまう。
新人のよくやるミスなんだそう。
「しかも魔石はダンジョンみたいな特殊な魔素に当てられるとすぐに霧散してしまうのよ。どちらにしても異次元バッグにしまわないとどれもこれもパァになってしまう」
との事らしい。だから、規模が大きく、強くて有名なパーティなんかはバッグパッカーを何人も雇っているんだそう。それでも中々上手くいかないらしいとフィアナさんは言う。
「なるほど、その異次元バッグの重要性は分かりました。それで騙されたというのは?」
長々と説明させてしまった事に申し訳なく思いつつそう問いかける。
「俺達が臨時で雇っていたバッグパッカーがいたんだがな」
フィアナさんから再び変わるようにロベルトさんが口を開く。
「俺達はこのダンジョンにそのバッグパッカーと数日潜っていたんだ」
「数日?」
そらまた大変な。ダンジョン攻略というはそういうものなんだろうか?
「ああ、それで今日ギルドに戻る予定だったんだがな。そのバッグパッカーに嵌められたんだ」
詳しく聞くとちょうどこの場所で大量の魔獣の襲撃にあったとの事。モンスターパニックというらしい。しかし、俺は詳しくわからないがこの階層ならロベルトさん達アークスの面々をもってすればモンスターパニックにあっても危なげなく対処できたそう。
しかし、そこで問題が起きた。大量の魔獣を退治すれば手に入るのは大量の魔石。しかし、この階層でに入る魔石はそこまでの価値はない物ばかりらしく既に帰ろうとしていた異次元バッグは相当の重量になっていたらしい。そのバッグパッカーも背負うのに一苦労したほどだったらしくせっかく大量にある魔石だがそのまま霧散させるしかなかった。
本来、モンスターパニックにあった時も魔石は選定されて異次元バッグに収納される。しかし、そのバッグパッカーは異次元バッグを地面に置いたかと思うと魔獣の相手をしているロベルトさん達を尻目に魔石を次々と収納し始めたらしい。
狩られて魔獣から魔石と変化した物を詰め込んでは詰め込んでとうとう持ち上げるのすら困難な重量に変わったらしい。価値の薄い魔石でも重量が軽いというわけではないらしく運が悪ければ普通のものより重い物が混じったりしている場合もある。
魔獣相手をしていた3人はその暴挙を止める事は出来ず全部狩り尽くす頃にはそのバッグパッカーの姿は無く残ったのは持ち運ぶ事が出来ない異次元バッグだったという。しかし、ここで一つ疑問が
「そのバッグパッカーは何故そのような事を?」
そう、バッグパッカーの行動の真意が分からなかった。せっかくロベルトさんと共に数日もダンジョンに潜りもう帰るところでそのような裏切りを働いた意味が分からない。
異次元バッグは運べず報酬はおじゃん、自分が苦労して働いた数日を全て無為にする行為だ。
「それは……まぁ理由の心当たりはある」
「そうなんですか?」
「ああ、珍しい話でもないからな」
え、そんな事頻発してるのかよ冒険者の間で?根が深いな冒険者……。そこの所の詳しい話はまた長くなるので説明は控えるとロベルトさんは告げた。
「そんな事より、どうするのよ?このままじゃここで苦労して潜った分全部無駄になるわよ」
フィアナさんにそう言われ難しい顔をするロベルトさん。何度も試したのだろうがロベルトさんが異次元バッグを持ち上げようとしてみるがびくともしなかった。
今度は引きずろうと引っ張ってみるが何度か力を入れ直して数ミリ動いた程度。いや、錯覚かもしれない。冒険者とした鍛えた体を持っているロベルトさんでもこれだ。
「………諦めて置いていくしかない……ですね」
今まで黙っていたマーリットさんが苦しげにそう告げる。自分もそれは嫌だがそれしかないと言わんばかりの表情だ。
「…………」
「…………」
空気が重くなる。俺が思ってるよりも深刻な問題なようだ。数日間の努力が無駄……だけの理由じゃなさそう、もしかしたら冒険者パーティーといってもそんな金銭に余裕があるわけじゃないのかもしれない。運良く価値が高い魔石が手に入ってこの異次元バッグに入っているのかもしれない。
すぐにでもお金が必要な状況なのかもしれない。色々考えが巡るがそれが分かったところでしょうがない。
………そんな自分たちにとって都合の悪い状況で親切に俺を助けてくれようとしてくれるこの人達にそんな顔をさせるのは忍びなかった。
まだ俺の事を警戒してるかもしれないしもしかしたら他に思惑があるかもしれない。けど、困っているなら手助けするのが人情だろう。
「ちょっと失礼しますね」
そう言って異次元バッグに近づく。軽く持って少し引っ張って見る。ふむ確かに普通のバッグじゃいくら詰め込んでもこんな重さにはならない。
「あ、あの!もう人が持てる重さじゃ」
マーリットさんが俺を嗜めようするが俺はそれを無視して………異次元バッグを片手で持ち上げて見せた。
「えっ」
「「は?」」
マーリットさんが驚いたように両手で口を塞ぐような仕草をしてロベルトさんとフィアナさんは2人してあんぐりとする。
「………うん」
確かにこれは重いな。片手でずっと持ち上げるのはいいトレーニングにはなるけど運ぶのが大変になってしまう。
普通に背負って見るとずっしりとした重みが肩からのしかかってくるが俺には問題なかった。普段から地球ではこれより重い重りや強制ギプスをしてたりしたから。
自覚はある、人とはかけ離れたトレーニングバカであったことは。思考が普通とズレていた事は。
そんな力を持つのは人間じゃないと揶揄された事もある。けど、俺は満足なんて一度もしないでずっとずっと強い体づくりをしてきた。
15年間休む事なくずっと。
「とりあえず、帰るまでは仮の荷物持ちって事で……任せてもらえませんかね?」
とりあえず、この時だけでも俺は思った。……沢山、沢山鍛えて良かったと。
どうも、作者です。まずは、閲覧ありがとうございます。このページを開いてここまで貴重な時間を使って読んでくれたことにまずは感謝を