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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
激動の今を生きる
327/330

第327話 オペレーション・サンダーボルト(後編)

 呆然とモニターを眺める。カウントダウンは止まらない。

 俺の異様な怒鳴り声に、誰もが硬直していた。だがそれも一瞬の事。シューニャはサンスカーラの腕を振り払うと、テーブルを叩くように手をついてこちらを覗き込んだ。


「状況を教えて! どうなってるの、ダマル!?」


「翡翠がアンノウン上空から退避しやがらねぇ。アイツが時間見てねぇなんてこたぁ――いや待て……最初から全力の戦闘機動を続けていて、照射まで翡翠の稼働時間が持つ……?」


 動かないレーダーの光点に状況を想像し、俺はカタリと顎を鳴らす。

 天雷照射までの時間は確かに伝えている。その後通信は途絶したが、恭一ならば正確な退避判断を下せるはずで、だからこそ俺は命令に従って攻撃を実行した。

 まさか、アンノウンとの交戦によって退避を阻まれるということはないだろう。いくら自由自在に身体を操り、車両並みの移動速度を持っていても、急上昇する翡翠を妨害、追従できるとは思えない。仮に空戦ユニットが破損しても、ジャンプブースターだけで振り切れる。

 ただ、パイロット本人に問題が起こったとしたら、あるいはその問題を起こさざるを得ない状態だったとすればどうか。

 骨にはありもしない血の気が、幻肢痛のように引いていくのを感じた。


「まさか……あの馬鹿、生命維持装置まで全切断して飛んでんのか!?」


 特務機である翡翠は他のマキナと比べ、機関閉塞モードでもかなりの長時間に渡って正常動作を続けられるよう設計されている。

 だが、全力の戦闘機動を続けるとなると、流石に稼働限界はそう長くない。無論、それを機甲歩兵である恭一が理解していないはずもなく、あちこちの動力をカットして稼働時間を延ばしたことだろう。

 それでも照射まで、時間を稼げないとなればどうか。

 あの普段からリミッター解除を気楽に行ってくれる、お人好しスケコマシバーサーカーのことである。最低限の生命維持装置まで切断し、稼働時間延長に全力を注いだ可能性は非常に高い。

 いくら機体の安全リミッターが動作していようと、パイロットスーツの身体保護があろうとも、機械的な補助なく戦闘機動の衝撃をモロに受ければ、正常な判断などできなくなって当然である。それどころか、身体への極端な負担から意識を保つことすら難しく、続ければ簡単に命を落としてしまう危険行為だ。

 それでもアイツならやる。作戦成功のためなら躊躇いなく。

 考えるだけで驚くほどに腹が立った。相棒と呼びながら、この状況を想像できなかった自分自身にだ。

 しかし、周りの女たちを想えば、無闇に毒づき叫ぶ訳にもいかない。不安なのは状況すらわかっていない彼女たちの方なのだ。ガントレットの拳で机を鳴らしたマオリィネと、コートの裾を握りしめて茶色の瞳を揺らすアポロニアを見れば、なおのこと。


「理由なんてどうだっていいわ! キョウイチが逃げられていないなら、すぐにテンライとか言うのを止めればいいじゃない!」


「そうッスよ! 攻撃なら、ご主人が避難するのを待ってからでも十分――ダマルさん?」


「……できたらやってるさ。だが、既に天雷は照射態勢に入ってる。照準リンクの信号以外、あらゆる通信を受け付けねぇ」


 全てをロックする。最後の警告文はそのために表示されるものだ。

 戦略兵器が使われる緊急事態において、外部からの妨害による攻撃失敗は国家の存亡に関わる。だからこそ、国家元首のIDによる直接認証が必要で、戦時特別法下でなければ議会承認まで要求して、最後まで攻撃を躊躇うよう求めてくるのだ。

 しかし、既にシステムは全ての決定を飲み込んだ。国家の意志を受け取った戦略衛星は、あらゆる方法を用いて必ずレーザーを放つ。


『なんとか……なんとかして逃がせないんですか!? このままじゃおにーさんまで……!』


『わ、わたしがこおらせたら、なんとかなる!? やるよ!?』


「やめとけ。いくらお前の魔法が強力でも、戦略兵器からの攻撃はどうこうできるもんじゃねぇ。全員に厳命する、絶対にハッチを開くな。何があっても、絶対に、だ」


 ううう、と唸るファティマと言葉を失うポラリスに、俺は無力を噛み締める。

 全員に恨まれたとしても、俺は構わない。だが、ここで誰かを失ってしまえば、相棒に顔向けできないのだ。

 骨の身体にまともな信心なんてない。それでも、俺たちにできるのは祈る事だけ。

 鳴り響く警報と重い沈黙から、誰もがそれを悟ったことだろう。シューニャはレーダーに映る光点へ、細い指をゆっくりと伸ばした。


「キョウイチ……お願い。どうか……」



 ■



 熱い、冷たい、苦しい。

 あちこちに濡れている感覚はあるが、それが何故なのかはわからない。

 視界は狭く、感覚は鈍く、その癖身体は勝手に動く。しかも動けば動く程、全身は大きく揺さぶられ、意識を手放してしまいそうになる。

 その方がいいのではないか。苦しくないのではないか。わからない。

 ただ、目の前に迫る赤い何かに、捕まってはいけなかったような気がする。だから、また動く。

 ビチャリと口から何かが勢いよく溢れた。


 ――血、か?


 ああ、何も不思議はない。こんなに苦しいのだから、血を吐くくらい当然だと、霞む思考で妙に納得する。

 ただ、おかげで少し楽になったのだろうか。光る視界の中に疑問を覚えた。

 何かをしなければならなかったはず。何かをしようとしていたはず。

 何だろう、思い出せない。いつものことか。

 肩辺りにガツンと衝撃が走る。何かが割れるような音。鈍い痛みに呻きが漏れる。

 浮き上がるような感覚。それが落下だと気づくのにはしばらくかかった。

 もういいか。何のために飛んでいたかもわからないのに、苦しいことを続けなくとも。

 少し、眠りたい。赤い奴に捕まっても、もうそれはそれで。


 ――キョウイチ……お願い。


 声が聞こえた気がした。とても、とても愛おしい声。

 周りには誰も居ないのに。落ちていく殻の中で、外の音など聞こえるはずもないのに。


 ――おにーさん、帰ってきてください。


 ――ご主人、ちゃんと、待ってるッス。


 ――キョウイチ、お願いよ。


 ――キョーイチ、またおいていくの?


 そんなに呼ばないでくれ。なんだか酷く疲れているんだ。


 ――相棒、まだ寝ちまうには早いだろ。


 ――隊長、頼む。


 たまには楽をしたっていいだろう。許してくれよ。

 ふわりふわりと消えていく感覚。いくつもの瞳が揺れ声が僅かに反響して、最後に柔らかい髪の匂いが鼻を突いた。


 ――もう()()のことも忘れちゃったの? これだからキョーイチは、泣かせても知らないよ? 私みたいに、ね。


 殴られるような衝撃に、ガチンと奥歯を噛む。血の味が口の中一杯に広がる。

 空戦ユニットのブースターを噴射。急減速し、軌道を変更。

 まるで花火だと思った。限界ギリギリにきて、こうも覚醒させられようとは。


『まったく……嫌ほど聞こえてるさ……ストリまで出て来て……言って、くれる……!』


 視界が霞んでいる上に、血糊で汚れたモニターでは、カウントダウンの数字すらハッキリとは見えない。

 だが、分からないなら取るべき判断は1つ。


『補助翼を除く、全、アクチュエータ、動力完全切断っ……余剰エネルギーの、全てを、空戦ユニット及びジャンプブースター、へ……』


 いつぞや損傷して不自由だった右腕よりもなお、全身の鎧は重くなる。

 だが、もう動かなくてもいい。たとえ鳥のように優雅な動きができずとも、翡翠が飛んでいられさえいれば、それだけで。


 ――悪いねルイス。やっぱり最後まで、僕の勝ちだ。


『全ブースター推力全開、オーバーブースト、点火――ぐぅっ!?』


 突きあげられるなどという、生易しい感覚ではない。

 白い輪を纏った青い噴射炎が噴射口から伸び、弾丸のように翡翠は空中へと撃ちだされる。リミッター解除時の機動ですら、ここまでの加速度を感じたことはない。

 ほぼ全てのエネルギー。ブースターの破損も厭わない推進力。目の前に立ちふさがった赤い壁を躱すことすらできず、翡翠はその装甲と速度によってゲル体を突き破った。

 どれほど損傷しているのかなど、分かるはずもない。呼吸すらままならず、体中のあらゆるパーツが悲鳴を上げ、周囲の様子一切が真っ赤に染まって何が何やら。

 きっとゲルは翡翠を追っているだろう。だが、追いつける速度ではないはず。

 そんなことを考えた直後である。

 僕の視界が白に包まれていったのは。



 ■



 時間だ、とダマルは言った。

 何の、と聞くことはできない。それよりも早く、世界に光が満ちたから。あるいは、空に穴が開いたと言った方がいいだろうか。

 それは天からひたすら真っ直ぐに伸びた細い柱であり、ゆっくりと太さを増して景色を埋めていく。


「これ、は……」


 まきなをはじめとする技術でさえ、私たち現代を生きる者には不可思議な物だが、これはもう人の成せるものでは無いとそう思わされる。

 理屈ではなく、知識でもない。人の触れてはならない神秘だと。


「衝撃波くるぞ! 備えろ!」


 ハッとして見たモニターの下。砂塵の波が地面を走り迫っていた。

 ショウゲキハというのが何かはわからない。ただ、それが今までの戦いで見た、大きな爆発によって巻き起こる暴風と同じだろうと思い、私はその場にしゃがみ込む。

 刹那、シキシャは激しい揺れと悲鳴に包まれた。


「わああああ!? キャィンッ!?」


「くぅぅっ!?」


 ガシャガシャと机の上に置かれた物が音を立て、固定されていない物はゴロゴロと床を転がり、アポロニアが尻もちをつく姿も見えた。

 タマクシゲよりもなお重そうな見た目の()()()()()が、こんなに大きく揺さぶられるとは、一体どんな風なのか。上から私に覆いかぶさった姉の腕に途中から目隠しされ、うううという唸り声以外何もわからなくなった。

 どれくらい続いただろう。とても長く、打ち寄せる波のように揺れを繰り返したようにも思うが、私にはわからない。

 ただ、頭を上げた時、周りからはあらゆる音が消えていた。


「……おわっ、た?」


「みたい、ッスね……」


「だ、ダマルさぁん、大丈夫、ですかぁ?」


「おう、ガッチリ掴んでてくれたおかげでな……ったく、まさか戦略兵器の衝撃を浴びる日が来るなんて、人生分かんねぇもんだぜ」


 自分と姉に続き、アポロニアがキョロキョロと周りを見回し、ジークルーンが振るえる手で髑髏を机の上に置き直す。他の面々も同様に、恐る恐ると言った様子で顔を上げていた。

 どうやら、誰も怪我はしていないらしい。それに安堵の息を漏らしかけ、マオリィネの甲高い声が緩みかけた空気を吹き飛ばした。


「――ッ! キョウイチは、キョウイチはどうなったの!?」


「翡翠の状況は……チッ、電子機器はダメだ。センサー類は整備しないと使いもんになりそうもねぇ」


 さっきの衝撃のせいだろうか。沢山の筋が走るばかりで、レェダァからはあらゆる光点が消えている。元々通じなくなっていたムセンも変わらず、ザーという音を流すのみ。

 技術に頼れないとなれば仕方ないと、髑髏は顎をカタカタ鳴らせた。


「アポロニア、ハッチ開けて外の状況を確認してくれ。ゆっくりだ」


「りょ、了解ッス」


 彼女は慌てた様子で立ち上がると、パタパタと後ろへ駆けて、言われた通り恐る恐る扉へ手をかけ押し開いた。

 ひゅう、と風が鳴る。しかし既に、金属の塊を揺さぶるほどの力はないらしい。ただ、アポロニアの太い尻尾の毛がユラユラ揺れていた。


「――何もない、ッス。赤い化物も、町の瓦礫も……ただ燃えてる地面があって、風が生暖かいだけで……」


 震える声に、私は彼女の後を追って外に出る。

 言葉以上の物はない。あれほど広がっていた()()()()()はすっかり消え失せ、その下にあったはずの帝都の街並みやササモコ畑も見当たらず、むき出しとなった地面と山だけが赤く煮え立っている。

 ならば、考えている暇はない。私はアポロニアと頷きあい、埃に塗れた我が家へ向かって走り出した。


「あっ、ちょっとシューニャちゃん!? どこいくのよぅ!?」


 姉の呼び止める声へ肩越しに振り返る。だが、足は止めない。


「キョウイチを探しに行く! そっちはお願い、お姉ちゃん!」


「はやくはやくー!」


「こっちいつでも動けますよー!」


 大きな声で呼びかければ、ホウトウの上からファティマが顔を出し、ポラリスが勢いよく後ろの扉を押し開いてくれる。

 そこへ跳びついて振り返れば、後ろからはマオリィネがダマルの頭を抱えたジークルーンを連れて、同じように走ってきていた。


「ま、待ってよマオぉ」


「急いでジーク! 絶対、絶対見つけてやるんだから!」


「聞いたなアラン! ノルフェンは出せるか!?」


『機関出力の安定を確認。いつでも行けるぞ』


 賭けてくる2人と頭骨1つを前に、ギィンと音を立てて赤い鎧が姿を現す。その装甲にはいくつもの傷が目立ったが、硬い拳を打ち合わせ、任せろと橙色の目を光らせてくれた。


 ――私も、私にできることを、する。


 慣れ親しんだ金属の家へと駆け込み、ポラリスを躱して狭い通路からウンテンセキへ。

 待っていてと祈りながら、私はタマクシゲを唸らせた。


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