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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
激動の今を生きる
319/330

第319話 エクシアン(後編)

 高速振動する刃に叩きつけられる拳。それは暫し火花を散らした後、ハーモニックブレードの切断力に負けて腕ごと引き裂かれ、続く2振り目で白い体も両断された。

 人種であれば、即死は免れない。にもかかわらず、エクシアンは僅か数秒の硬直を経れば、両断された体は綺麗に修復され、何事もなかったかの如く活動を再開する。

 息つく暇もないとはまさにこのことだった。


「これで――ファティマ!」


「たぁーっ!」


 氷の刃が喉笛を掻き切り、硬直がはじまったところに、頭上からミカヅキが叩きつけられる。

 重量物の直撃によってエクシアンの体はひき肉となり、飛び散った白い体液が周囲を汚す。それが人の形をしていたかなど、最早わからない。

 だというのに、その引き潰された骨肉は間もなく、再びむくむくと蠢いて人型を形成し、傷1つ残らない無垢な体が2人の前に晒された。


「本当に、どうなってるのよこいつら……!」


「叩いても叩いても、はぁ……平気な顔して、戻ってきますね……っとぁ!?」


 跳躍から素早く延びてくる回し蹴りを、ファティマは咄嗟に体を床へ転がらせることで躱す。

 ミクスチャに並ぶ身体能力から繰り出される攻撃も、ミカヅキならば壊れることなく受け止められるかもしれない。だが、生身の持ち手が生きていられるかは別問題だ。

 攻撃は1発1発が即死級。対するこちらは、マキナでこそ対等に渡り合えるものの、着装していない4人は一瞬の隙をついて攻撃を打ち込むことしかできない。

 それも、当たったところで、四肢欠損程度ならば瞬き1つ。致命傷でも数秒程度で回復されるのだから、たまったものではないのだが。


『頭を潰しても、体を半分以上失っても、レーザーで焼かれてもなお元通りに再生する。どうすればそんな芸当ができるんだか――ッ!』


 なおもファティマを追撃しようと振りかざされた爪を肘で反らし、がら空きとなった胴体にゼロ距離から突撃銃を目一杯叩き込む。

 硬くとも薄い体を高速徹甲弾に貫らぬかれたクシュモドキは、無残な見た目となって動きを止める。だが、死体のように見えるソレを前蹴りで突き飛ばせば、壁にぶち当たるより早く修復を終えたらしく、体を捻って器用に着地して見せた。

 マガジンを入れ替える。もう突撃銃の弾もそう多くない。

 判断が遅れれば遅れるほど、状況は悪化の一途を辿るのみ。打開策が見いだせない以上、一旦退いて立て直すべきではないか。

 そんな思考が頭を過り、ちらと後方の出入口へ視線を向けた瞬間である。巨大なタンクが1基、凄まじい轟音と共に倒れこみ、その衝撃から逃れてか、アポロニアが悲鳴を上げながら足元へ転がり込んできた。


「ひぃ、ひぃ、あ、危なかったッス……ファアルみたいな見た目のくせに、あんなのひっくり返すなんて、どんな力してるッスか……』


『それだけじゃない。こちらの動きをよく見ている。怪我は?』


 ブンブンと彼女は首を横に振る。

 いかにアポロニアが小さくすばしっこいとはいえ、身の丈の数十倍はあろうかという巨大なタンクが、不意打ち的に頭上から降ってくるのを避けられるかと言えば、さすがに難しいだろう。それでも避けられたのだとすれば、狙いが彼女ではなかったと考えるべきであり、塞がれた出入口を見れば、その確証は強まった。連中はこちらの殲滅を狙っている。施設に損害を出すことも厭わずに。

 ジリ貧とは、まさにこのことだろう。それでも、考えることをやめれば負けだと、僕は跳び込んでくるファアルモドキの顔面に全力の拳を叩き込み、駆け回るシシの目掛けて突撃銃をばら蒔きながら叫んだ。


『アラン君、何か追加情報は無いか!? どんなに些細なことでもいい!』


『エクシアンが完成してることすら、俺や母は知らされていなかったんだ! 聞かされていたことといえば、エヰテル遺伝子学を用いた人類進化の結晶で、ミクスチャ並の身体能力と、イーサ管による制御を必要としない自我を持つという事くらいだ!』


『そこそこ有益な話だよ! 余計な手間が1つ省けた! 解決に至らないどころか、より追い詰められた気もするが!』


 輪唱のように轟く銃声の1つが途切れ、ノルフェンが自動散弾銃をフーリーモドキに投げつける。

 指揮系統を潰せばあるいは、という淡い希望は瞬時に握りつぶされ、僕には毒づくことしかできなかった。


「わわわ!? こっちこないでー!?」


『いかん!』


「ポーちゃん! 壁作るッス!」


 ファアルモドキの牙がカァンと音を立て、青い氷に突き刺さる。その真横から、対戦車ロケットの爆炎が、小柄なネズミの体を吹き飛ばした。

 精神に大きな影響を受けるであろう魔術にとって、混乱ほど力を奪うものはないのだろう。アポロニアの端的な一言がなければ、ポラリスは咄嗟に自らを守ることができなかったかもしれない。

 翡翠のセンサーは確実に動きを捉えていた。それでも反応が遅れたのは、自分も集中力が落ちているからに他ならない。冷や汗をぬぐう少女を見て、それが如何に危険な状態かを理解させられた。


「はぁ……ふぅ……まに、あったぁ」


「……ご主人、あんまり長く持ちそうにないッス。バタバタしてる分、ポーちゃんの消耗も激しいみたいで」


『わかってるよアポロ。いざとなったらポラリスを守りながら脱出してくれ。退路だけは、なんとしても確保してみせる』


 どデカいタンクの中身が分からない以上、穴を開けて通る訳にはいかないが、連中に動かせるのなら翡翠でも動かせるはず。一時的にサブアームの火力以外使えなくなろうとも、皆を逃がすだけなら十分だ。たとえ4匹を同時に相手取っても、リミッターを外せば5分は耐えられる自信がある。

 彼女らの力も含めれば、本当の最悪だけは回避出来る計算だと、肩越しにアポロニアを覗き見た。

 そこにあったのは揺れるポニーテールだけ。彼女はこちらを振り返ることなく、薬莢をばら撒きつつ、小さく肩を竦めて見せた。


「はっ、冗談キツイッス。逃げる時はみんな一緒。そのみんなには、ご主人も入ってるんスよ」


 僕が何かを言う前に、ひゅ、と風を割く音が通り過ぎる。

 視線の先で倒れ込むシシモドキ。その頭に生えた氷の剣が、風切り音の答えだった。


「全くね。貴方1人で残らせると思う? そんなことして、私たちを誰かさんみたいに後悔させたいってことかしら?」


 手の中で新たに作られる氷の感触を確かめながら、マオリィネはほんの一瞬、こちらへ流し目をくれる。

 自信に満ちた貴族様の顔は、どこか憂いを帯びているように思えた。

 その脇を、力任せな一撃が通り過ぎ、吹き飛ばされたクシュモドキの体は、天井クレーンにぶつかって弾ける。

 振り抜かれた巨大な逆反りの刃が、ゆっくりと下ろされ、その切先が床面でガリと鳴った。


「逃げるのも死ぬのも、おにーさんと一緒です。ずっとずっと、一緒です」


「キョーイチ、もう1回は、ないからね」


 後ろへ倒されたままの大きな耳。足元を漂う冷気の靄と、脚部装甲に触れてくる小さく白い手。

 兵士であっても、守れたとしても、最悪は訪れると、あまりにも大きく変わった条件に、僕は突撃銃のグリップを強く握りこんだ。


『……厳しいことを言ってくれる。手札がゼロになる前から、悲観などするべきじゃないな』


『何か当てがあるのか?』


『さてね、正直当てにできるかはわからない。何せ、アラン君の追加情報を聞いて、もしかしたらと思っているだけだから』


 期待の籠ったアランの声に、乾いた笑いが込み上げてくる。

 彼ですら聞かされていなかったエクシアンの特性など、僕らが知るはずもない。それもただ強力なだけでなく、白い四肢をもたげ、平然と起き上がってくるゾンビ野郎なのだから。

 なんの確証も作戦もないが、それでも可能性はゼロじゃない。それを信じるかとヘッドユニットを回せば、マオリィネは何やら楽しそうにふふんと鼻を鳴らした。


「貴方の勘に賭けるのなら、そんなに悪い話でもないわ。ね?」


「おしえてキョーイチ、わたし、どうすればいい?」


 同時に交差する琥珀と空色の視線。ゆらゆら揺れる2本の尻尾。

 最前とも思えないが、彼女らがそれでいいと言うのなら。


『……とにかく踏ん張れ。時間が解決してくれることを、祈りながらだ!』


 了解、と5つの声がヘッドユニットの中で重なった。



 ■



「なるほどねぇ、死なない上に強くなった体……最強ってより、()()って感じかなぁ」


 モニターの中、ド派手に踊るエクシアンと英雄たちの姿を食い入るように眺めていたオレは、ぷはぁと息を吐きながらそう纏める他なかった。

 あのケットと同じ立ち回りをすれば、戦うことは出来るだろう。毛有のキムンとして生まれた以上、それくらいの自負は当然ある。

 だが、勝てるかと問われればとても頷けない。それは戦う技術や純粋な力としてではなく、感覚的に伝わってくる生き物としての格だ。


「疑いは晴れたか?」


 負けはないと分かっているからか、ルイスは後ろ手を組んだまま、嬉しそうな表情1つ見せない。それも、いつも通りと言えばいつも通りだ。

 暴れる白い体を見て、少しだけ考える。ほんの、少しだけ。

 枯れ枝のような手が白い髭を撫でる。それを見てオレは、パッと表情を明るくした。


「ま、こんなの見せられたらね。ママのことは、どう足掻いても残念だけどさ」


 お前の母になった覚えはない。そんな声が今も耳に残っている。

 オレをどこかで拾い、大人になるまで育ててくれた人。感謝はある。オレを産んだ親よりも、この人がママなんだってハッキリ言えるくらいには。

 けれど、世の善悪は強さで決めるべきだと考える以上、死んだモーガルは弱かったことになる。御大を裏切ったことも、ミクスチャにやられたことも、心と体が弱かったからなのだ。他に理由なんていらない。

 しかし、残念の一言で片付けたオレに対し、ルイスはどうしてか、静かに目を閉じてゆっくりと首を横に振った。


「……正直に言えば、私自身も不甲斐ないと思っている。研究は失敗の積み重ねだが、もっと早く結果に辿り着けていれば、彼女の意志が揺らぐこともなかっただろうに」


 その表情は、見たことの無いものだった。

 御大は常に前しか見ない。コルニッシュという師匠から受け継いだ研究で、キメラリアを強くすることだけを考え、そのためになら愛しいと語るキメラリアの命をも躊躇わず奪ってきた。

 狂っていると言う他ないそんな人が、微かに唇を震わせている姿がオレには不思議でならず、聞くつもりのなかった質問が、口をついてこぼれ落ちた。


「アランのことは、どうするつもり?」


「元通りの立場とは行くまいが、それでも……師の忘れ形見である以上、武器を下ろすのなら、命まで奪おうとは思わん。全ては、アラン自身が決めることだ」


「まさか、あの意地っ張りが、止まってくれると思う?」


「それを選ぶなら致し方あるまい。人の生きた証とは、血脈が全てではないと、私は信じよう」


 ルイスの目は並ぶモニターへと向きながら、どこか遠くを見つめている気がした。

 迷わないからと言って、後悔しない訳じゃない。俺がそう感じるくらい、この男にとってモーガルは大切な仲間だったのだろう。

 だからこそ、チクリと胸が痛む。ママの顔と、姉弟のように育ってきた青年の顔が浮かび、それでも、だったら何故という言葉を飲み込んだ。

 目標を頼っているオレが、口にするべきセリフじゃないと思ったから。


「……エクシアンには親子がないから、かな?」


「いいや、私のような古い劣等種の考えと、進化した生命である彼らを重ね、比べるべきでは無い。見なさい。エクシアンは今も完全に――」


 そう言って御大の指先が、モニターの白い影へ伸びた時だった。

 突如、部屋を揺するような地響きが駆け抜け、バン、という音ともに周りが暗闇に包まれたかと思えば、間もなく代わりに赤い光が視界いっぱいに広がった。

 何が起こったのか、オレにはわからない。子どもの頃からこの施設で暮らしているが、お腹に響くような揺れも、部屋が真っ赤に染まったことも、経験したことがないのだから。

 一方、御大は流石というべきか。特に混乱した様子もなく冷静に、しかしいつもより機敏な動きで、何やら絵のような物を点滅しているモニターの前へ立った。


「この警報は、発電設備の異常過負荷停止だと? しかし、蓄電池に切り替わるまでで、予備機が起動しなかったことなど今まで……いや、これはまさか」


 オレは自分がバカだとは思っていない。けれど、神代知識を溜め込んでいるルイスの言葉を、1から10まで理解できるかと言われると、それはまた別の話である。

 ただこれは、ルイスにとっても想定外の出来事らしい。

 そして、不思議なことはもう1つ。


『ほぉん? そのまさかって奴を想像できるっつーこたァ、テメェが噂の仕掛け人って訳だ』


 御大の呟きに対し、天井の丸いヤツがカタカタ鳴いて返事をするなど、一体誰が想像できるだろうか。

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