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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
激動の今を生きる
304/330

第304話 バトルオブアルキエルモ④

 舐めるように地表スレスレを飛ぶ。

 高度警告。上昇するか減速して着陸態勢を取れと、システムがヘッドユニットに表示してくるが、これくらいの飛行制御、誰かを抱えて飛ぶことを思えば怖くもない。

 ジャンプブースターの噴射で強引に機体を左へ滑らせれば、視界の片隅で音を立てて地面が弾ける。

 如何に翡翠が高い推力と制御システムを持つとはいえ、最初から飛行型として設計されているロシェンナには敵わない。それも、ありったけの武装を抱えているのだから、追われる立場となるのは当然だろう。

 とはいえ、僕は現状を不利とも思えなかったが。


『どうした。そんな距離からでは、到底当たってやれないぞ。それとも、近づいてくる勇気が持てないか?』


『フン、強がりだな。精々砲撃から必死で逃げ回るがいい。にわか作りの翼程度で、ロシェンナに勝てると思うなよ』


『さて、そいつはどうかな――ッ!』


 ミサイル接近警報にフレアを打ち上げ、サブアームの突撃銃で迎撃しながら、岩陰へと滑り込んでの急制動。そこから一拍の呼吸も置かず、僕が機体を一気に上昇へ転じさせれば、つい先ほどまで盾としていた岩が榴弾の直撃を受けて砕け散る。

 体が圧迫されるような、無理矢理背を縮められるような感覚。機体加速度がリミッターの作動基準値に達したと、今度は生命維持装置が警告を発してくる。

 とはいえ、このマニューバには慣れたものだ。衝撃に伴って起こる視野狭窄はリスクだが、パイロットスーツの身体補助があればすぐに回復する程度のものであり、リミッター解除状態のように世界が赤く染まることもない。

 一方で、この物陰を利用した急激な方向転換を予想できる者は、800年前においても珍しく、一定の距離を保つように飛んでいたヤークト・ロシェンナは、明らかに反応が遅れていた。


『ぐ――な、んのぉッ!』


 それは反射だったのだろう。逸らした上体に取り残された重狙撃銃が、火花と音を立てて銃身半ばから綺麗な断面を晒す。


『ほぉ、今ので胴体を泣き別れさせられたかと思ったが』


 訓練兵ヒヨコと大差がなかった以前と比べ、僅かなりとも成長しているらしい。

 ヤークト・ロシェンナは鉄屑となった重狙撃銃を捨てると同時に、左前腕部で薄緑色に輝くプラズマトーチを突き出してくる。

 反応は悪くなく、正しい訓練を積めば一端の機甲歩兵にもなれるだろう。だが、現状では基礎訓練の甘さが際立っており、全てにおいて粗削りが過ぎる。

 装甲を溶解させる光の短刀を右へ半身捻って躱し、代わりに左の肘を胸部装甲へ叩き込んだ。


『ごぼ――ッ!?』


『咄嗟の判断が甘い。そちらの手札からすれば、反撃せず離れるべきだったな』


 揺らぐロシェンナの体。装甲や機体への損傷は大したことがなくとも、中のパイロットは頂肘ちょうちゅうによって大きく揺さぶられたことだろう。

 一旦組みついてしまえば、後はこちらの独壇場だ。同士討ちの可能性を考えれば、いくら手練れであろうとも砲撃による援護は難しく、飛行型マキナが得意とした一撃離脱も使えない。

 それを現代のパイロットが理解しているかは知らないが。


『この程度で……!』


『離れな! アラン!』


 あの一撃を受けて、吐瀉としゃ物を撒き散らす音を無線から響かせなかったたのだから大したものだ。その上、モーガルに制止されても、なおプラズマトーチを構えて見せたのだから、根性に関しては賞賛に値すると言っていい。

 認識を改めよう。彼は機甲歩兵としてビギナであっても、それ以上にモーガルが育てた戦士なのだろう。ならば、半端に相手をするのも不躾というもの。

 格闘戦では邪魔になるマキナ用機関銃を肩にしまい、ハーモニックブレードを展開する。

 それが無言の合図だった。


『はぁぁぁあッ!』


 気迫の一声と共に振るわれる両腕の光刃こうじん

 機関への負荷が大きい代わりに、鍔迫り合いを許さない超高温の刃に、踏み込みの甘い攻撃は機体を捻って躱し、ここぞと迫る一撃は前腕部を叩いくことでいなしていく。その中で、彼の格闘戦機動には中々侮り難い物も感じられ、間合いを保っていたい僕は一撃必殺の機会を伺っていた。

 ガリ、と無線が音を立てたのはその時である。


『砲兵隊より前衛! 砲兵隊より前衛、聞こえるか! 移動中にミクスチャ随伴の敵部隊による奇襲攻撃に遭遇! 応戦中だ!』


 頭を殴られたかのような感覚は、決して回避に失敗したからではない。振り下ろされたアホウドリの腕はきちんと受け止められており、擦れた装甲が火花を散らしていることがその証拠である。

 ドローンが撃墜されたことにより、砲兵隊は直接射撃を行うため盆地を見渡せる高所を目指したに違いない。しかし、玉匣越しに送られてくる位置情報は、未だ戦場から大きく離れたままだった。


『ダマル、詳しく状況を報告してくれ! 何が起こっている?』


『詳細もへったくれも言葉の通りだ! バケモン連れた伏兵共と殴り合いの真っ最中だ! 悪ぃが砲兵支援は暫くできそうもねぇ!』


 激しい銃声をバックミュージックにした骸骨の声が、無線機越しに鼓膜を揺する。

 敵に砲兵隊の存在と活動を予想していた者が居たのか、あるいは単なる運命の悪戯か。ドローンの撃墜によって移動していた砲兵隊にとって、これは最悪の出会いと言っていいだろう。

 その状況は玉匣側でも理解できたらしく、アポロニアは驚愕を叫んだ。


『ふ、伏兵って、じゃあなんスか!? こっちの作戦がバレてたってことッスか!?』


『さぁな! だが、この程度なら心配いらねぇよ! 連中もそこまでガッツリ準備整えてたって感じはしねぇし、俺らだけで突破してみせらぁ!』


 グッと唾を呑む。

 救援に向かわせるとしても、山がちな地形は玉匣に長い時間を強いるだろう。そもそも、ミクスチャが跋扈する戦場から彼女らを離脱させれば、友軍部隊は総崩れとなってしまいかねない。

 選択肢など1つしかなかった。


『――了解した。可能な限り急いで援護に向かえるようにするが、それまでくれぐれも無理をしないでくれよ』


『なぁに、ヤベェときゃサッサとトンズラするさ。そっちのお守りは任せたぜ!』


 耳元でノイズを走らせた爆音は榴弾砲の砲声だろう。それきりカタカタうるさい骸骨の声は聞こえなくなった。

 焦りを高ぶらせようとする心を、軽く息を吐いて沈ませ、モニター越しの世界を睨みつける。

 腰だめに構えて放たれる、プラズマトーチの刺突攻撃。それを機体をくるり翻しながら今までより大きく躱した僕は、勢いそのままにアホウドリへ回し蹴りを叩きこんだ。

 ヤークトロシェンナはギリギリの反応で、それを右腕を盾にするようにして受け止める。だが、勢いを乗せた回し蹴りを防ぎきるのに、その姿勢はあまりにも不安定だった。

 殺しきれなかった衝撃に、白い機体は吹き飛ばされるように落下していく。しかし、そこは流石に飛行型である。途中で宙返りして姿勢を整えると、ブースターの噴射によって速度を殺し、最後は地面を足で抉りながらなんとか着陸してみせた。


『まだまだぁ――がッ!?』


『いや、悪いがここまでにさせてもらおう』


 ヤークト・ロシェンナは再び浮き上がろうと、ブースターユニットから赤い光吐いていたが、敵機を追うように急降下していた僕は鋭角のヘッドユニットをマニピュレータで掴み、推力を全開にして地面に叩きつけた。

 砕け散って宙を舞うアイユニット。無線機から叫びも唸り声も聞こえない代わりに、制御回路が破損したらしく、エーテル機関が緊急停止する音が響いた。

 とはいえ、この程度でパイロットは死んでいないだろう。そうでなければ意味がないのだから。

 地面へ降り立った僕は、アホウドリの破損した頭部を握りこんだまま、翡翠を隠すように持ち上げる。

 これほどハッキリした外道な手段は、他にないだろうが。


『まさか、ヤークトを盾に……!? アラン! しっかりしな! チィッ!』


『恨んでくださって結構。こちらにも、譲れないものがありましてね!』


 武装一切を収納し、だらりと弛緩した敵機を抱え上げた僕は、連装砲を構えるヴァミリオン・ガンマへ向かって地面を蹴った。

 当然、空戦ユニットにマキナを抱えて飛び続けられるような推力はなく、何度も地面を蹴りながら超低空での跳躍を繰り返して距離を詰めるしかない。それでも、敵に砲撃を躊躇せられれば十分だった。


 ――アラン、か。モーガルさんにとっては、大事な部下なのだろうが。


 これまで、熟練の狩人を彷彿とさせる精度を誇っていた彼女の砲撃が、今はただ真っ直ぐ駆けるだけでも当たらない。

 その間にも、システムがレティクルに捉え続けているローズグレイの装甲は、確実に大きくなっていく。

 突撃銃でもダメージを与えられる程の距離。ここまで来れば、取り回しの悪い連装砲は重石でしかなく、こちらもデッドウェイトに用はない。

 ならば返してやってもいいだろうと、僕は砲撃姿勢を解こうとしているヴァミリオン・ガンマに向かって、ヤークトロシェンナを投げつけた。

 ただ、彼女は流石にベテランらしい。部下の乗るそれを受け止めてやるようなことはせず、身を躱しながら腰から伸びる連装砲を切り離した。


『全く、お馬鹿が足を引っ張ってくれる――とはいえ、砲撃を封じた程度で勝ち誇った面されるのは癪だねぇ』


 砲戦型というヴァミリオン・ガンマの個性を躊躇いなく切り離した彼女は、共和国軍仕様の大型シールドと突撃銃を構え、鋭くアイユニットを輝かせて叫んだ。


『1対1だ! 真正面から叩き落してやる!』


 青と灰。最早その間には僅かな距離しか残されていない。人型の機体が絡み合い、殴り合うほどの近さである。

 故に僕は銃口を向けられた時、モーガルが判断を誤ったものだと考えた。最早トリガを引くより、ナイフが走る方が断然早い。

 しかし、突き出したハーモニックブレードは想像より遥か手前で、予想外の光を散らした。


『――銃剣バヨネットとは、また珍しい物を』


 咄嗟に身を捻ってもなお、右腕からは装甲の温度が異常上昇していると警報が響く。

 突撃銃の先端に取り付けられているプラズマトーチ。その超高温を発する刃に、当然右腕のハーモニックブレードは一瞬で使い物にならなくなっていた。

 もしもあのまま突っ込んでいれば、赤熱して溶け落ちているそれと、同じ運命を辿っていただろう。武装をパージしながら、背中が冷たくなったのを感じた。


『チッ……全く嫌になる。こっちの手品は全部お見通しだってのかい』


『まさか、十分に驚かされましたよ。それを実戦で扱う兵など、ほとんど見たことが無かったものでね!』


『どの口がッ!』


 短く咆えたモーガルは、再び素早い刺突を連続で繰り出してくる。

 だが、奇襲でなければ銃剣への対応は難しくない。何せ、ヴァミリオン・ガンマと翡翠とでは運動性も機動性も違いすぎるのだ。

 突き出されてくる超高温の刃を、僅かに上体を逸らしつつ突撃銃本体に右腕をぶつけて跳ね除ける。

 ジャンプブースターの噴射は一瞬。僅かに身体を浮かせながら大型シールドを蹴飛ばし、その反動で間合いを取った。


『避けられるものなら!』


 地面を抉って機体を捻り、その間に右手へマキナ用機関銃を握る。

 突撃銃と比べれば取り回しも悪く反動も大きい。だが、そんなもの慣れてしまえばどうとでもなるレベルであり、分隊支援火器的な運用を前提とした圧倒的な火力は短所を補って余りある。

 こと、至近距離での撃ち合いとなれば、なおのこと。

 マズルブレーキから漏れる発砲炎と共に、激しいドラムロールが大型シールドを舐めて走る。砲戦用マキナがよく装備していた大型シールドは流石に頑強だったが、それでもこの距離から降り注ぐ機関銃弾を防ぎ続けることなどできなかった。


『く……ッ! 近距離の撃ち合いとなると、平地じゃ分が悪いねぇ!』


 削り取られ砕け散っていく破片が宙を舞う中、彼女は状況を不利と見たのだろう。

 突撃銃でこちらを牽制しながらジャンプブースターを吹かすと、一気に崩れた防壁へ向かって跳んだ。

 当然それを追って射撃を続けはしたが、ボロボロの大型シールドと電磁反応装甲によって、大きな損傷は与えられなかったらしい。地面には彼女の足跡を示すように、その残骸が点々と残されていた。


 ――視界の効かない市街地へ逃げ込んだ、か。面倒だが、悩んではいられない。


 当然、彼女が罠を仕掛けている可能性も十分に考えられる。だが、砲兵隊の現状を思えばここで手間取っている余裕はなく、僕はモーガルの後を追って市街地へ突入した。

 砲撃によって灰の盾が倒壊したためだろう。防壁に近かった建物の中には、コンクリートの瓦礫に押し潰されている物も多く、人の死体もあちこちに転がっている。

 その隙間をゆっくりと進めば、3軒ほど建物を過ぎた先の街路に顔を出した途端、周囲に円筒形の何かが突き刺さった。

 刹那、それらはパァンと音を立てて煙を立ち上げる。


『ただのスモーク……いや、それだけじゃないな』


 視界を確保できなくなったことで、システムは自動で赤外線モードに切り替わっている。しかし、それ以外のレーダーやセンサーの類にエラーが発生し、通信信号も途絶していた。

 とはいえ、この症状には何度となく見覚えがある。ルイス一味のお気に入りなのかは知らないが、ご丁寧に粉虫まで撒き散らしてくれたらしい。

 目的は分断か攪乱か。どちらでもいい。

 敵の気配は失われておらず、狙われている感覚が首筋にピリピリと走る。

 深呼吸を1回。


『そこ――ッ!』


 その動きは、我ながら居合の如く。

 左腕で引き抜いた収束波レーザーフラ光長剣ンベルジュは赤い光を走らせ、白く表示されている突撃銃を中ほどから焼き斬った。

 ただ、火花が走ったのは敵の武器からだけではなかったが。


『フッ……やっとこさ、大きめの傷を1つだ』


 外部マイクが拾ったモーガルの声に続いて聞こえたのは、カァンという金属の落ちる音と、右腕が浮いたような一瞬の感覚。

 その答えとしてモニターへ小さく浮かんだのは、マキナ用機関銃動作不能というメッセージだった。

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