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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
激動の今を生きる
299/330

第299話 平等宣言

 遠く消えていく青白い炎を見ながら、私はぼんやりと煙を吐く。

 夫と話をしていたかのような感覚。このあまりに未熟で歪な今にあって、こちらを警戒しながら躊躇わず無敵の鎧を脱ぎ捨て、少女を救ってくれたことに大きすぎる恩を感じ、とりとめもない神代などと言う話に共感する価値観を持った男。

 古代人であることは最早疑いようもなく、それにフッと自嘲的な笑みを零せば、洞窟の奥から笑い声が聞こえてきた。


「あーあ、もったいなぁい。あんな大当たりを逃がしちゃうなんてさ。せっかく相手も生身だったのに、なんかあったの?」


 暗い洞窟の奥。積み上げられた荷物の向こうから這い出てきたサンタフェは、大きな体をブルブルと震わせて、硬い毛に積もった埃を払いながら隣へ並ぶ。

 彼女の言い分は正しい。というのも、私が猟師の真似事をしながらこんな場所へ潜伏していたのは、英雄の戦力を偵察するためだったのだから。

 しかし、一体どんな偶然か運命なのか。偵察に向かっていた私はあの迷子と出会い、咄嗟に声をかけてしまった。それが間違いだったなどとは思っていないし、結果として予期せぬ大物が釣れてしまったわけだが。


「これでも人の親だからね。眠る子を血の喧騒で起こしたくなかった、それだけのことさ」


「でもさ、マキナじゃ勝てないんでしょ? だったら――」


 私の言葉に嘘はない。少女が望んだ幸福は、生きている価値すらなかった自分にさえ訪れたものであり、その瞬間を邪魔することはしたくなかった。

 とはいえ、サンタフェの言葉を遮ったのは、それだけと言えるほど自分が強くなかったからだろう。


「生身なら勝てる、なんて単純な相手じゃないことくらい、お前もわかっているんだろう? 私の指示がどうであれ、飛び出せる機会なんていくらでもあったんだからね」


「またまたぁ、オレはママの指示に背くなんて、そんな怖いことできないってばぁ」


「お前の親になったつもりはないよ。デカい子どもなんて、1人だけで手一杯さ」


 煙草を踵で踏み消しながら、暗い洞窟の奥へ向かって歩きだす。

 如何に様々な嗅覚に優れるサンタフェとはいえ、ステルス幕に隠れたまま遠巻きに様子を伺っていたのでは、少女が寝たふりをしていたことになど気付けなかったのだろう。


 ――まったく、子どもだからって油断ならないね。


 普通の人間にしか見えない彼女が、どんな力を持っているのかなどはわからない。

 ただ、長年の戦いで鍛えられた勘は強く警戒を叫び、結果私はサンタフェに対する動くなの指示を解かなかったのである。

 とはいえ、敵の戦力よりも知りたいことが知れたのは、敵の排除に失敗したとしても大きな収穫と言っていい。それも夫と同じ神代人と話せたのだから、得られた情報がなんであれ奇跡なのだ。

 それがたとえ、自らの目標を打ち砕くものだったとしても。


「……本当にできるんだよね、モーガル?」


「フッ、私も歳を食ったもんだと思うよ。何を信じたところで、生き方なんてのは変えらないのさ。あの人との思い出を、抱きしめる以外にね。行くよサン」


 エヰテル機関の甲高い音が響き、洞窟の奥から揺らめく光が零れる。

 そうだ。自分の歩みを決められるのは自分だけ。たとえ突きつけられたのが、どんな現実であろうとも。

 私の手で操れるものは、銀朱色の光を走らせるマキナしかないのだから。



 ■



『もういいよ、ポラリス』


 切り立った地形を飛び越えた後、僕はそう言って視線を腕の中へ向ける。

 するとポラリスは楽しそうに口元を緩め、こちらを覗き込むように片方だけ瞼を持ち上げた。


「えへへ……やっぱりバレてた。たぶん、モーガルも気づいてたよね」


『あの人を誤魔化せたら大したものだよ。昔はリベレイタだったというのは多分本当だろうが、猟師というのは間違いなく嘘だ』


「どゆこと?」


『同類の臭いとでも言えばいいかな。少なくともアレは、隠居生活をしているような人間の発する雰囲気じゃない。それに――』


 常に張り詰めた意識。それは会話の中で自然に、そして巧妙に隠されてはいたものの、僕には首筋に刃を当てられているかのように思えていた。

 敵意や殺気を隠すことは、動物を相手取る猟師でもすることかもしれない。だが、洞窟の暗がりから覗いていたステルス幕は、動物には何の意味もない代物であろう。

 そして何より、話の中に出てきたルイスという名前を、偶然の一致だと言うのは流石に無理があった。

 こちらがその名前を知らないと思って口にしたのか、あるいは何か意図があってのことかはわからず、また敵であるという確証にもなりきらない。

 それでも僕は、彼女がルイス一味に属する機甲歩兵であると確信していた。


 ――できれば、二度と会いたくないものだが、あの様子だとそうもいかないか。


 やんわり断られた戦場を離れろという忠告を思い出す。

 敵として立ちふさがるのならば、知り合いだろうと恩があろうとも、自分は兵士として迷わずトリガを引く。

 昔から続けてきたことを今一度反芻し、考えたところで仕方がないと、小さく息に乗せて吐き出そうとして、ふと、こちらを見上げる空色の瞳と目が合った。


「ねぇキョーイチ、わたしふしぎなんだけど」


『うん?』


 妙に静かだとは思ったが、彼女も何かを考えて続けていたらしい。あどけない顔には似合わない神妙な表情を作っているあたり、モーガルに関することだろうか。

 良くしてもらった女性が敵かもしれない、というのは、彼女にも思う所があって当然だろう。

 と、思っていたのだが。


「あのね? モーガルからは、ちょっと()()()()ようなにおいなんてしなかったとおもうけど……」


『いや、僕ァ別に体臭の話をしてるわけじゃ――ってぇ、ちょっと待った! もしかしてその酸っぱいって、僕のこと……かい?』


「うん。おふろはいれてないから、しょーがないよね」


 鋭く突き刺さった一言に、ヘッドユニットの中で表情が硬直する。

 いつだったか、シューニャにも同じことを言われた気もするし、その時も同じような思考に襲われたような覚えがある。そんな最悪の既視感デジャヴ

 とはいえ、ポラリスのフォローを無駄にする訳にもいかず、僕はハハハと乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。

 温泉を探したい。彼女が家出の前に告げた一言を繰り返しそうになったが、藪蛇となる危険性を排するため、僕は僅かに移動した野営地の篝火に狙いを定めることで、その言葉を飲み下したのである。


『皆、必死で君を探してくれたんだ。一緒にきちんと謝ろう、いいね?』


「はーい」


 わかっているのかいないのか、僕は苦笑しつつブーストを調整する。

 すると向こうからも翡翠が見えたらしい。火山ガスから逃れたらしき連合軍兵士達がこちらを指さし、また手を振ってくれる。その中で拝むが如く両膝を地面につくのは、間違いなくヴィンディケイタたちだろう。


「あ、ダマル兄ちゃん!」


『ハハ、相棒は流石にわかりやすいなぁ……』


 輝く全身鎧によって骨身は隠れ、たとえ見えたところで髑髏の表情などわからないというのに、腰に手を当てて立つ姿からは呆れと安堵が滲んでいるように思えるのが不思議だった。

 ため息を吐いたのか、骸骨がやれやれと肩を落とせば、周囲からぞろぞろと家族たちが集まってくる。

 シューニャは僅かにキャスケット帽の唾を押さえて顔を隠し、ファティマは欠伸をしながらクルクルと顔を洗い、アポロニアは尻尾と両手を大きく振りながら笑顔を咲かせてくれる。

 そんな温かい歓迎の中、特に心配していたであろうマオリィネは、なんとも複雑な表情をしながら着地する翡翠を見守っていた。


「おせぇよ。どこほっつき歩いてたんだ?」


『すまない。生体センサーが思いのほか役に立たなくてね。心配をかけた』


 膝をついてポラリスを下ろしながら、僕はヘッドユニットを限界まで垂れる。

 すると先ほどの約束通りに、白い少女も自分の隣でセーラーワンピースを翻しながら、ぺこりと頭を下げた。


「わがまま、ごめんなさいでしたっ!」


「お、おぉ、う? いや、わかってんなら、いいんだが」


 ダマルは余計な仕事を増やしたことに対し、もう少し毒を吐いてやろうとでも思っていたのだろう。だが、ポラリスがあまりにもピシリと謝罪したことに面食らったらしく、兜を掻くだけで沈黙してしまう。

 またそれは骸骨に限った話ではなく、周囲は明らかに毒気を抜かれていた。


「ん……おかえり」


「ポーちゃん、怪我とかしてませんか?」


「お腹とか空いてないッスか? 簡単な物なら作るッスよ」


 姉たちに囲まれたポラリスは、わちゃわちゃと撫でられ小突かれ、くすぐったそうにごめんなさーいと言って笑う。

 ただ、その幸せな表情は長く続かなかったが。


「ポラリス……」


「ぇ゛う゛ッ!?」


 背後から響いた雷鳴のような声と共に、ポラリスの頭がガッチリと固定され、その喉からは普段と打って変わってカエルの潰されたような声が漏れ出た。

 ガッチリと決まるヘッドロック。そして中指を僅かに浮かせた拳は、こめかみを抉るように回りはじめる。

 間もなく、彼女の悲鳴が辺り一帯に響き渡ったのは言うまでもない。


「ん゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? ま、マオリーネ! ギブ、ギブだってばぁダダダダダダっ!?」


「なぁにが、ゴメンナサイかぁ! こんっなに心配かけて! いまが大事な戦を控えてるって時だって、賢い貴女ならよぉぉぉくわかってたでしょうに! きぃっちり反省なさい!」


「は、ハンセー、ハンセーしてる! してるしてるしてるからぁ、もう――びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 細腕のポラリスがパタパタと手足を振って抵抗したところで、王国でも名だたる騎士にして剣豪マオリィネから逃れられるはずもない。

 その鬼気迫る如き迫力には誰もが顔を引き攣らせ、僕の隣ではダマルが兜の中からカコンと骨の音を鳴らした。


「なぁ相棒、あいつって本当に貴族なんだよな?」


『う、うーん……お母様方による教育の賜物もそうだが、リヴィェラ・チェサピーク夫人の影響が大きいんじゃないだろうか……』


「貴族の女って、進化したら下町の肝っ玉母ちゃんになんのか? お前が尻に敷かれる未来しか見えねぇぞ」


『人のこと言える立場かい?』


「……ちげぇねぇ」


「わぁぁぁぁぁん! しゃべってないで助けてよぉーっ!」


 あまりにも鮮やかなお仕置きを前に、呆然と立ちすくむ機甲歩兵と装甲骸骨。その姿に涙声で助けを求めたくなる気持ちもわかる。

 だが、僕らが動くよりも早く、マオリィネはその腕を静かに緩めてため息をついた。


「まったく……嫌なことがあったのなら、せめて走り出す前に理由をきちんと伝えなさい。たとえ肉親だったとしても、言葉にしなければ伝わらないことも多いのよ?」


「うううう、しょれっていま、わたしのあたまがわれそうってことも、いわなきゃわからないってことぉ?」


「お仕置きは痛いものよ。嫌なら今度から気をつけなさい。それで、貴女が走り出してしまったわけ、私には教えてくれないのかしら?」


 先ほどまでの力強さはどこへやら、彼女の長い指は青銀の髪を優しく撫でていく。

 ポラリスの指導役など誰が決めたわけでもない。ただ、自然と築かれたそんな関係性によって、マオリィネは他の誰より彼女との絆を強く強く結んでいたのだろう。今までと打って変わっての優しい笑みは、本当に妹を想う姉のようにさえ見える。

 ただ、ポラリスは彼女の腹に顔を埋めたまま黙り込んでしまう。それも、理由を考えれば当然であり、僕は助け舟を出そうと翡翠を着装したまま前に出た。


『あぁマオ、そのことなんだが――』


「いいの、ダイジョブ」


 バトルドレスに埋もれてくぐもった声に、地面を砕いた青い足が止まる。

 頭を撫でていた手をそっと払い、ポラリスは痛みに流れた涙を拭って身体を離した。

 白く透き通るような美しい顔に、大輪の花の如き笑顔を浮かべながら。


「わたし、キョーイチのいちばんになるから。みんながどんなに先にいっても、どんなにオトナだったとしても、ぜーったいまけてあげないよ」


 山間へ届けと言わんばかりの大きな声で、ハッキリと伝えられたそれは、あるいは宣戦布告だったのかもしれない。

 囲む身内たちが凍り付くのは当然。それどころか、周囲から聞こえていた臭いだの頭が痛いだの面倒な地域だのという喧騒すら鳴りを潜め、所属身分に関わらず誰もがこちらへ視線を向けていた。

 ただ1人、この事態を予想していたであろう骸骨だけは、兜の額を抑えながら天を仰いでいたが。


「……へ、へぇ? まだ成人までも遠い子が、言ってくれる、じゃない?」


「ふっふーん! いまでもキョーイチはわたしにゾッコンなんだから、セージンしたらマオリーネのことなんて見えなくなっちゃうかもしんないよ?」


 追加砲撃。マオリィネの柔らかい笑顔に、大きなヒビが走ったように思う。

 皆を平等に、と言うのは自分の使命である。しかし、ポラリスの言葉はその程度の緩やかな否定で対応できる限界を完全に超えており、姉たちは揃って瞳から光を失っていた。


「キョウイチ、確認しておきたいのだけれど」


「これでよーやく全員平等になったってことで」


「いいんッスよね?」


 軋むような動きで向けられる、色味も鮮やかに輝く6つの瞳。

 肉食獣に囲まれるというのは、きっとこんな気持ちなのだろう。


『そ、そう判断して問題ないと、小官は考える次第であります!』


 ただ、このどうしようもない空気を打ち払ったのは、一気に沸き上がった歓声だった。


「うおおおっ! 英雄様が言い切りやがったぞぉ!」


「うわぁ、ホントにみーんな娶っちゃうなんて大胆! 幸せにねぇ!」


「おいおいおーい! 色好みだとは思ってたが、あの魔術師の娘さんにまで手え出すのかよ! けしからん、俺と代われぇ!」


「あーあー、くっそーなんてもの見せんのさぁ! いいなーズルいなー! アタシにもお金持ちのいい男できないかなー!」


 まるで津波のようになだれ込んでくる祝福と羨望と嫉妬の言葉たち。野太い声も黄色い声もしわがれ声も混ざり合う様は、これまたデジャヴであった。

 娯楽に飢えた現代人たちにとって、自分の超のつく程歪な恋愛事情はまさしく、アリの巣に落とされた角砂糖なのだろう。

 困惑する当事者全員を差し置いて、話は一気に野営地を駆け巡り、戦を目前に控えているとは思えない祭りのような様相を呈してしまった。この油断極まりない状況の最中、襲撃が来なくてよかったと心の底から思う。

 ただこの大騒ぎによって、ポラリスの宣戦布告から撃発寸前だった女性陣も、流石に羞恥を覚えたらしく、逃げるように早寝を決め込んでくれたことは、自分にとって救いとなった。

 無論、骸骨には盛大なため息を貰ってしまったが。

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