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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
激動の今を生きる
284/330

第284話 ケモノに包まれて

「シャーデンソン将軍が、敗れた……?」


 空気が凍り付くという言葉が、これほど似合う場面もないだろう。

 膝をついた騎士を囲むうち、誰が最初にその言葉を発したかは定かでない。

 だが、何処からともなく零れた声を皮切りに、選ばれし高貴なる者たちは大きくどよめいた。


「ば、馬鹿な。相手は死に体の農民風情だろう?」


「あれだけの大軍勢を破るなど、一体どんな奇術を使えばそんなことが」


「わ、悪い夢だ。これは悪い夢だ」


 爵位も家名も関係なく、動揺はほぼ一律に広がっていく。

 ウェッブ・ジョイの敗北を聞いた時も、想定されていた戦力差から驚きを持って迎えられてはいる。しかし、彼が七光りと称される男であったことから、帝国貴族たちは、功を焦って失策を重ねたのだろう、と考える者がほとんどで、帝国の面汚しとばかりに失笑が広がるばかりだった。

 だが、今回の報告を聞いて、同じように失笑を浮かべられた者は居ない。それどころか、ここまで余裕綽々と言った様子だった高貴なる者たちは、まるで世界の終わりが迫っているかの如く、盛んに不安を口にする始末。

 ただ1人、豪奢な椅子に肘をつく男を除いては。


「……その方、詳しく申せ。シャーデンソンの軍を襲ったのは何だ」


 低く重い声に、玉座の間は一瞬で静まり返り、全員の視線が絨毯に膝をつく騎士へと集中する。

 本来、この部屋に踏み入ることなど許されない身分の彼は、頭を下げたままハッと短く返事をすると、震える声を喉の奥から絞り出した。


「フォート・サザーランドまで命からがら逃げ帰った者の話から聞いた話となります。曰く、フォート・ペナダレンにシャーデンソン閣下率いる全ての部隊が入城して間もなく、凄まじい轟音と火炎が要塞を包み、瞬く間にほとんどの兵が()()()()()()()、と」


「……消えた、ときたか。その報告とやらを持ち帰った者はどうした?」


「治療は施しましたが、残念ながら……」


 騎士は緩く首を横に振り、無念さを強く滲ませる。

 しかし、ウォデアスは大して珍しいことでもないとばかりに、ふんと小さく鼻を鳴らすと、感情の籠らない瞳を僅かに細めた。


「余とてこれまで、今際の兵など星の数ほど見てきたが、最後の言葉など浮浪者のうわごとと変わらぬものよ。その方、この話を信ずる根拠は何か申してみよ。まさか、死人に対する陳腐な情とやらではあるまいな?」


 必要なのは死者を想う心ではなく、正確な情報だと為政者は斬り捨てる。

 それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()という騎士が、味方の死に対する皇帝の反応を悔しく思うのは無理もないことだろう。彼の手はきつく握られていたが、それ以上感情を表に出すことはなく、自らの得た情報を頭を下げたままひたすら淡々と述べた。


「……恐れながら。私はその兵より話を聞いた後、生存者救出のため、百卒隊を率いてフォート・ペナダレンへ向かいました。ですが、そこに要塞はありませんでした。門も防壁も塔も、全て焼けた瓦礫の山になり、周囲には大量の亡骸が転がっているだけで、生存者は誰も――」


「もうよい。下がれ」


 突然告げられた言葉に、騎士は一瞬硬直した。

 しかし、絶対者たる相手に二度同じ言葉を口にさせるわけにはいかず、ハッと短い返事を残し、玉座の間から立ち去っていく。

 痛ましさが強く滲んだ報告である。周囲を囲む高貴なる者達の中には、それが聞くに堪えなかったのだろうと考える者も居た。

 だが、ウォデアスにとっては敵の脅威が本物だったことさえわかればよく、報告を聞き続けることを無駄と判断したからに他ならない。

 とはいえ、シャーデンソンの軍が壊滅したことが嘘偽りない事実であったことは、皇帝に頭痛を起こさせるだけの衝撃を内包しており、ウォデアスは皺の刻まれた眉間を揉みながら深いため息を吐いた。


「……たかが農夫の群れに、ここまで煩わされることになろうとはな」


「獣を連れたシャーデンソンの軍を、こうも容易く全滅させられるだけの力を持つならば、ユライアとて失地回復だけで守りに徹することはありますまい。テクニカやコレクタユニオンと軍事同盟を結んだ、という報告が事実ならばなおさら、逆襲侵攻を企てている可能性は高いかと」


 皇帝の細い目がチラリと動く。

 鋭い視線に捉えられたのは、今まで皇帝の左隣で貫いていた長身痩躯の中年男だった。華美ではないが美しい服装を身に纏い、その腰には幅広の刀身を持つ立派な剣をぶら下げている。


「カルヴァーニ、貴様は彼奴きゃつらの戦力をどう見る。カサドールの総力をもってしても打ち払えぬほど強大と思うか?」


「今日までで兵力の半数近くを失えど、未だ我が軍の兵力はユライアその他に間違いなく勝っております。ただ、敵があの獣を打ち破る術を持つ以上、これまでのような力押しでは苦しい戦いを強いられましょう」


 カルヴァーニ・トツデンはウォデアスの問いに対し、軽く腰を折ってから滔々(とうとう)と自らの意見を口にする。

 皇家に最も近い家格を持つとされるトツデン家の当主である彼は、幼少の頃からウォデアスの傍付きを務めており、ウォデアスから最も厚い信頼を置かれる人物とされ、エリネラ亡命後に序列第一位将軍の座についた人物である。

 否、正しくは返り咲いたと言うべきだろう。

 エリネラが将軍となって間もなく、力こそが全てとばかりに、全ての将軍と手合わせをして全員を下している。その際、カルヴァーニは最も善戦したものの、経過がどうであれ敗北したことは事実であるとして、第一位将軍の立場を潔く彼女に譲っていた。

 しかし、エリネラは戦場での圧倒的な活躍によって祭り上げられた存在であったため、全軍を指揮する実務的な面に関しては、ほぼカルヴァーニが担当し続けていたのである。そのため、エリネラの亡命によって第一位将軍の座が空席となった際も、帝国軍の組織的には一切の混乱が生じていなかった。

 そんな優秀な臣下であるカルヴァーニの言葉を、ウォデアスは黙って聞き続け、このような作戦を愚考する次第でございます、と話が締めくくられると、ようやく満足げな笑みを浮かべて鷹揚に頷いたのである。


「――よかろう。アルキエルモを決戦の地と定め、全軍を集結させよ。軍の指揮は余自ら執る。ユライアの血が流れる全ての者を、この手でラジアータ(死者を司る神)の下へ送ってくれようぞ」


 玉座から立ち上がり拳を掲げる為政者を前に、高貴なる臣下たちは揃って腰を折る。

 ただ、大半の者は内心ほっとしていたと言っていい。

 悪い報告ばかりが飛び込んでくる状況で、ウォデアスが気分を害していたのは言うまでもなく、いつ八つ当たり的に理不尽な要求が飛んでくるか、分かった物ではなかったのだから、それも当然だっただろうが。



 ■



 コンピュータチェアに腰を下ろしてモニターを眺めるルイスは、柱に隠された小さなカメラから送られてくる玉座の間の映像と音声に、心底面白そうな様子で口の端を吊り上げる。


「ククク、自ら最後まで役立とうとは、なんとも殊勝な駒だな」


 見えないはずの景色を映し出す方法があることなど、現代人は誰も理解していない。無論、そこには絶対者である皇帝ウォデアスも含まれる。

 おかげで仰々しい玉座に座る男は、ルイスにとって道化にしか見えなかったし、それに従う連中など人形と何が違うのかと考えてしまう程だった。

 しかし、同じように古代技術を理解している者であっても、その反応は同じではない。


「……随分と余裕だね。ワースデルたちも戻らなかったってのにさ」


 エールを軽く揺らしながら、モーガルは白衣を羽織った男を睨みつけ、その後ろでヤークト・ロシェンナのパイロットであるアランも、小さく拳を握りこむ。。

 だが、そんな2人の様子に対して、ルイスは彼女に背中を向けたまま肩を竦めると、興味もなさそうに感情の籠らない声を零した。


「痛ましく思っているとも。だからこそ、我らは先に進まねばならない。全てが上手くいけば、お前の望みと同じように彼らも報われる。そうだろう?」


「否定はしない。だが、連中相手に博打打つ余裕なんて残っちゃいないことは、理解しておいてほしいもんだね。招待状書くってんなら話は別だけどさ」


「心配することはない。古代人を招き入れられるというのは、私の想像を超えた最高の結果なのだ。たとえ失敗したところで、我らの悲願は間もなく果たされる。そのための作戦だ」


 話題が作戦に触れた途端、ルイスは薄く口の端を釣り上げ、熱が籠ったかのように拳を握る。

 その様子にモーガルは呆れた様子で、薄い色のエールが揺れるグラスの中へ視線を投げたが、アランは何か感化されたように奥歯を噛み締めると、1歩前に踏み出して軽く頭を下げた。


「お任せください、我が主……今度は必ず良い報告を持ち帰ります」


 向けられる熱量に、ルイスはうむと頷くのみ。

 それでも、アランにとっては十分な応答であり、どこか嬉しそうな様子で踵を返すと、いつもよりも大股で扉へ向かって歩きだす。

 ただ、彼がドアノブに手をかけた時、その背中に少し粘り気を含んだ声が投げかけられた。


「アラン、下手に突っ走るんじゃないよ。わかってるね」


「当然だ。そのために今日まで準備をしてきた。俺も、ヤークトもな」


 誰の視線も交差しない会話は、扉の締まる音によって掻き消え、後に残るのは何かしらの機械が動作するブーンという低い唸りのみ。

 その中でモーガルは渋い表情を崩さないまま、ゆっくりとグラスを煽っていた。



 ■



 快晴の青空に輝く朝陽が眩しい。

 気温が上がる前の時間帯だからか、乾いたロックピラーの空気は意外と心地よく、ここで1杯美味い珈琲でもあれば文句なしの素敵な目覚めとなっただろう。

 しかし、身体が動かない。


 ――まぁそりゃ、こう固められているとどうしようもないよなぁ。


 左右に視線を振ってみれば、自分の半身を左右に分け合う恰好で、腕脚を絡めて眠る娘が2人。4つの獣耳をくっつけるようにして、胸の上で気持ちよさそうに寝息を立てている。

 しっかりホールドされている関節もさることながら、この安眠を邪魔することが憚られたことの方が、どちらかと言えば動けない理由としては大きい気がしてならない。

 何せ、昨日の様子からは想像もつかない、とても穏やかな朝の空気である。僕としては、たとえ少し身体が動かせなくとも、こういうのんびりした日常を大事にしておきたいのだ。

 ただ、そんなことを考えながらゆっくり息を吐いた矢先。大切にしたかったはずの静かな朝の空気は、視界へと侵入してきた甲冑によって、一瞬で木っ端微塵に吹き飛ばされたが。


「……よぉ、目が覚めたかスケコマシ。寝起き早々で悪ぃが、この状況について聞かせてくれや。不寝番に立ってたはずのお前が、なぁんで犬猫と一緒に外でひっくり返ってんのかをな?」


「――聞いてくれるな、肉のない相棒よ」


 爽やかな青空をバックに現れたホラー存在に、状況を説明する気力は根こそぎ持っていかれた気がする。否、言い訳をしなければならないような、やましいことは一切していないのだが。

 しかし、あまりの億劫さがために、目だけを動かして暗い眼孔から視線を左に逸らしたところ、何故かニッコリ微笑むアンバーの瞳と目が合う。

 一瞬の静寂。

 優しく手を振る美しい彼女に、とりあえず下手くそな愛想笑いを返しておいて、再び逃げるように視線を右へ。

 だが、その先にあった無表情を湛えるエメラルドの瞳を見た瞬間、退き際を誤ったことをハッキリと悟らされてしまった。

 いつの間にか、自分は完全に包囲されていたらしい。それも体が動かせないという前提で。


「私になら、教えてくれる? 昨日の夜、何があったのか、それとキョウイチが2人と()()()()()()を」


「いや、何をって言われましても――」


「私の目が節穴じゃないなら、随分幸せそうに見えるわよ?」


 マオリィネの笑顔に、悪寒が背筋を駆け抜ける。

 ここで2人を抱えて眠る前、自分は一体何をしていたか。

 あの後、彼女らからはキスを含めたスキンシップを強く求められはしたが、3人揃って地面に転がったのを契機に、楽しみをとっておいてくれ、などと必死に言いくるめて寝かしつけたのだ。

 そこにやましさはないはずで、ならば胸を張って堂々と宣言すればいいのだと、ゆっくり深呼吸を1つ。


「あの、天地神明に誓って、何もやらかしてはいないので許してください。それから、これっぽっちも身動きが取れないので、この2人を剥がしてくださるととても助かります、ハイ」


 だが、自分の口は想像以上に不良品だったらしい。喉から絞り出すように出てきた声は、安っぽい案内音声の方がマシといえる片言だった。

 当然のことながら、シューニャとマオリィネの表情は変わらない。しかし、目に見えない不信感は圧力となって大きく立ち上がる。

 その一方、心の底から面白そうにカッカッカと笑う魑魅魍魎まで居るのだから始末に負えないのだ。


「なぁんだなんだオイ! 今までおぼこ決め込んでた癖に、初っ端から犬猫同時に満足させるたぁ大したもん――」


「中尉、今以上に頭蓋骨の風通しをよくされたくなかったら、そのカタカタやかましい下顎骨を閉じていろ」


 もしも今腕が動いたのなら、躊躇わずホルスターから手入れの行き届いたくろがねを引き抜いていただろう。その代わりにありったけの殺気を込めて、兜のスリットを睨みつける。

 ただでさえ、シューニャとマオリィネは、表面上平静を保ち続けてはいるものの、頭が過熱状態に陥っているのは明らかなのだ。ガス漏れ警報が鳴り響く中で、タバコに火をつける馬鹿がどこに居る。

 無論、その程度で骸骨が堪えるはずもなく、なおも肩を揺すって笑っていたが。


「むにゅ……あさからうるさいぃ……んぁぇ?」


 そんな自分達の声は、装甲を突き抜けるほどに喧しかったのだろう。

 視線を玉匣の後ろ側へ向ければ、いつも以上にボリューミーに広がった青銀の髪を揺らし、空色の瞳を何度も瞬かせるポラリスの姿があった。


「あら、おはようポラリス。今日は早いわね」


 マオリィネが優しい声で話しかけても、少女は時間が止まってしまったかのように動かない。

 ただ、その大きな目はまるでピントを合わせるカメラのように、ゆっくりとこちらの状況を捉えていたし、純粋かつ高い潜在能力を秘めた頭は、見えた状況をそのまま処理していたのは明らかだった。

 当然のことながら、それは盛大なエラーを吐き出したのだろう。ポラリスはまるで油の切れた機械のような動きで、シューニャとマオリィネの方へ頭を向けた。


「ねぇ――アポロ姉ちゃんとファティ姉ちゃん、どしてキョーイチとくっついておそとでねてるの……?」


「さぁ? 私たちも知りたいのだけれど」


「キョウイチは黙秘を貫いてる」


 肩を竦める2人の姉たち。その目に宿っていたのは、どことなく悪戯っぽい輝きだったように思う。

 するとどうだろう。純粋さを湛える大きな目は、またぎこちない動きでこちらを捉えなおした。


 ――ロックオン警報?


 翡翠は着装していなくとも、自分の脳内では警戒警報が打ち鳴らされる。僕のポンコツブレインがそう感じられるくらい、次にポラリスが起こす行動は予想がついた。

 残念ながら、それでも自分は全く身動きが取れないままであり、言葉以外の制止手段を持っていなかったのだが。


「き、君たち! お願いだから、この話をややこしく蒸し返すんじゃな――ぐほぉっ!?」


「う゛に゛っ!?」「ぎゃひんっ!?」


「おーおー、こいつぁ見事なダイビング・ボディ・プレスだな」


 肺の中から一切の空気が失われると同時に、胸の上から鈍い悲鳴が木霊する。

 今までは考えたこともなかったが、どうやらポラリスくらいの重量ならば、パイロットスーツはプロテクターとしての役割をほぼ果たしてくれないらしい。ケモミミーズの上に落下したことで、衝撃が分散したからかもしれないが。


「ずーるーいー! わたしもキョーイチとゴロゴロするぅー!」


「も、もぉー、ポーちゃん! 寝てる時にいきなり降ってくるのはダメですよ!」


「みぞおちに……ポーちゃんの頭が、みぞおち、に……おぇ」


 ファティマは余程驚いたのだろう。倍近くの太さまで膨らんだ尻尾を大きく振りながらシャーと苦情を叫び、ジャンピング頭突きを腹に貰ったらしいアポロニアは、その場で丸くなって震えている。

 そんな被害甚大たる自分達を見下ろす骸骨は、はーぁと馬鹿にしたようなため息をついていたが。


「やっぱりおチビが1番強力だな。おら、サッサと起きろピンク脳共。休暇って訳じゃねぇんだ、時間は有効に使わねぇと罰が当たるぜ?」

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