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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
戦火
266/330

第266話 生き残りし者

 草原の丘陵に立つ石造りの要塞、フォート・ペナダレン。

 その広い一室で執務机を前にした俺は、友軍の被害報告に奥歯を噛んだ。


「……陛下より預かった獣とやらは全滅。残った味方は2割程でウェッブ・ジョイ将軍も行方不明、か」


「残存戦力と言っても、そのほとんどは我ら第三軍団の兵ですがな」


「ふっ――これほど無様な戦いなどそうあるまい。それもミクスチャという禁じ手に頼ってなおこの有様だ」


 淡々と告げるゲーブルに、自嘲的な笑みが漏れる。

 自分は無謀にもハレディ元将軍に挑んで敗北し、第三軍団は事前に伝えた指示通り戦場を離脱した。それが味方を壊滅に導いた原因の1つであることは疑いようもなく、軍団を指揮する将としては、無能の証明と言ってもいいだろう。

 だが、部屋の窓辺に腰を下ろした獣臭い女は、弾力のある多肉植物(ツィクテラ)をクチャクチャと噛みながら、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「禁じ手、ね。まぁ不完全なうちは、やっぱりそう思われちゃうんだろーなぁ」


 胸と腰にヘルフの毛皮を巻野盗じみた格好の、サンタフェという名の女キムン。どうにもクロウドンからの伝令を任されているらしいが、そんな輩が帝都へ戻ることなく、人の居室で欠伸をかみ殺す姿は理解に苦しむ。

 挙句、キメラリアでありながら皇帝陛下の勅命を授かっていたのだ。最早謎の塊とでも言うべきキムンに対し、俺は訝し気な視線を向けざるを得なかった。


「あれが不完全だと? 貴様、一体何を知っている」


「あのミクスチャのことだよ。アレはキメラリアが進化に失敗した姿なのさ。ジジイが言うには、キメラリアをちゃんと進化させられれば、元の形を保ったままミクスチャ以上の力を持てるらしいんだけど、()()()()()への道は遠いねぇ」


 サンタフェは複雑奇怪な内容を、まるで今日の天気を話すかのような調子で平然と語る。

 おかげで聞いた側であるはずの俺は間もなく、彼女を制しながらこめかみを抑えている一方、ゲーブルは面白そうにたるむ顎を撫でて目を細めた。


「……おい、せめてわかる言葉で話せ。俺にはこれっぽっちも理解できんぞ」


「ははぁ、なるほど。中央がやけにキメラリアの兵を各地から集めたがっていると思えば、実験の失敗作であるミクスチャを使役するためか。そのジジイというのは、随分帝国と深いかかわりがありそうだが、一体何者かね?」


「ジジイはジジイだよ。ずーっと神代のムツカシイ研究をしてる、妙ちくりんな老人さ」


 説明なんてできるはずがない、とサンタフェは肩を竦めたが、俺にはとってはこの会話が既に質問を投げる事すらできない程に難解である。

 こういう場面において、武勇一辺倒である自分は沈黙以外の選択肢がなく、腕を組んで偉そうに座っていても、中身は石像と変わらない。逆に優れた頭を持つ副官は、その能力をいかんなく発揮していた。


「テクニカの真似ごとをする酔狂な輩が城に居るとは思わなかったが、つまりお前はその使い走りという訳か」


「言い方が悪いなぁ。オレは無敵にしてやるって約束されたから、ジジイを手伝ってるだけだよ。ミクスチャもリビングメイルも敵わない存在、完全なる者になれれば、最ッ高の理想郷が作れるからねぇ」


 だが、自信満々に腕を組んだサンタフェは、キムンらしい大柄さに見合った豊満な胸を揺すりながら、酔っ払いの妄言に近いセリフを口にする。

 今までの会話がサッパリ頭に入ってこなかったからだろうか。唐突に理解が及んだ内容に、俺は真面目に頭を捻っていたことが馬鹿馬鹿しくなって鼻を鳴らした。


「ふん……何を言い出すかと思えば。獣の築いた国が過去にどうなったかなど、頭の悪い俺でも知っているぞ」


「やっだなぁ、そーならないために力が要るんじゃんか。種族に関係なく、強い奴が偉い国。これならキメラリアにも人間にも平等で、面倒くさいことも一切なくて楽しそうだろ?」


 白い線が描かれた頬を持ち上げて笑う熊女に、今まで酷使していた頭が一層痛みを訴えてくる。

 おかげで常識を語る事すら億劫に感じられてしまい、背もたれに体重を預けた俺は、額に手を当てて大きなため息を漏らすことしかなかった。


「……ゲーブル、どう思う」


「考え方がコレクタか傭兵か野盗のそれですな」


 ゲーブルも相当に呆れたらしく、ハッハッハと笑いながらこれ以上ないくらいに直接的な皮肉を口にする。

 しかし、分厚い毛皮は呆れをも跳ね返すらしく、サンタフェは気にした様子もなく俺の座る執務机の対面に移動すると、大きな体をしゃがみ込ませてこちらと視線の高さを合わせ、鋭い牙を覗かせて含みのある笑みを浮かべた。


「くふふ、ややっこしくなくていいでしょ? ロンゲン軍団長くらい強ければ、なんだって好きなことができるしさ」


「俺は誉れ高き帝国軍の将だ。キメラリアの下らん妄想に付き合うつもりはない」


「確かに今は妄想だろうねぇ。でもさ、よかったらこの話、覚えといておくれよ。これでも実力だけじゃなくてツキもある()()()()()のことは、結構気に入ってるんだから」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。

 言うまでもなく俺の思考能力は限界を迎え、ゲーブルまでもが間抜け面を晒している。

 対するサンタフェは、唖然とするこちらの様子を満足したのか、赤い舌で自らの唇を軽く舐めてから、くるりと身を翻して鼻歌混じりに部屋を出ていった。

 残される微妙な沈黙と、微かな獣の臭い。

 前から訳の分からない女キムンだと思っていたが、会話を重ねるごとにより一層謎は深まり、同時に面倒くささも増していく。その猛烈たる厄介さに俺は考えることを一切放棄して、手元の書類に視線を落とした。


「ゲーブル、兵たちを休ませておけ。今後、クロウドンからどのような命令が下されようと、対応できるようにな」


「――承知いたしました。しかし、良かったですなぁ軍団長。ようやく伴侶が見つかりそうで」


 しかし、信頼のおける副官改め小太りの中年男は、残念ながら俺の逃避を認めてくれなかった。それも最悪の方向で。


「おま……俺がそんなに見境のない男に見えるのか?」


「いやいや、マーシュ殿が異動なされたと聞かれたときは随分と落ち込まれている様子でしたから、傷心には新たな恋もよろしいのではないかと思いまして」


 突き付けられる事実にぐうの音も出ない。

 マティ・マーシュは美しい女性でありながら、自分のことを恐れず会話をしてくれた稀有な人物である。惚れるのは必然だったが、英雄から受けた傷が癒えるのを待って、ようやく求婚できるとコレクタユニオンへ出向いてみれば、リロイストン支配人から彼女が王国の支部へ異動したことを告げられたのだ。

 ただの偶然か老婆による嫌がらせか。どちらにせよ自分に訪れた結果は変わらず、暫く抜け殻のようになっており、その姿をゲーブルが忘れるはずもない。

 だが、いくら傷心の身だとはいえ、それを癒してくれる相手が誰でもいいという訳ではないのだ。


「あいつはキメラリアな上に性格が面倒くさすぎる。俺はもっとこう、か、可憐で優しい女性がだな――」


「そう仰るのでしたらせめて、その恐ろし気な表情ばかりはなんとかなされねば」


「顔のことを言うな……これでも、それなりに努力はしているのだぞ」


 ハレディ元将軍につけられた傷より、中年小男の一言の方がよっぽど痛む。

 正論とは斯くも恐ろしいものであり、フォート・サザーランドの勇将と謳われた俺は、ゲーブルに対し白旗を上げて会話の終了を請うことしかできなかった。



 ■



「この度は、大変お世話になりました」


 玄関先に立ったハイスラーは、そう言って深々と頭を下げる。

 自分達が帰宅して早々、彼をはじめとする避難組の面々は、王都の状況を聞くや速やかに帰り支度を始め、日暮れ前にはセクストンが管理していたという獣車へ、少ない手荷物の全てを積み終えていた。


「獣車を使わなくても、王都くらいまでなら玉匣でお送りするのに」


「いやいや、ここまで色々していただいたのです。お疲れのところ甘えてばかりという訳には参りませんし、これも借り物ですから」


「戦争が落ち着いたら、またうちにも泊りに来ておくれ。お礼も兼ねて貸し切りで歓迎させてもらうよ。ねぇヤスミン?」


 ハイスラーがお気になさらずと頭を下げれば、獣車に積まれたコゾ藁へと腰かけたカラの女性、イエヴァもにっこりと微笑んでくれる。

 ただ、彼女に呼びかけられて前へ出たヤスミンは、少し不安げな表情で青い瞳を揺らしていた。


「あの、アマミさん、ポーちゃんは……」


 歳が近いからか、彼女とポラリスは以前夜鳴鳥亭で1度会っただけだというのに、随分と仲良くなっていたらしい。

 自分達の作り出した環境の都合で、ポラリスには歳の近い存在が貴重であることを思えば、ヤスミンはとても貴重な友人である。だからこそ、僕は心優しい少女の前にしゃがんで目の高さを合わせ、大きなリボンが乗った頭を軽く撫でた。


「ちょっと疲れが出ただけだから心配しないで。今度また夜鳴鳥亭にお邪魔させてもらうから、その時は一緒に遊んでやってくれるかい?」


「――はいっ!」


 何かを振り切るように、ヤスミンは大きく頷いて笑顔を見せ、ハイスラーの下へ駆けていく。

 このしょうもない戦争を早急に終わらせねばならない理由がまた1つ。

 だが、それで彼女らが楽し気に遊ぶ姿が見られるなら安いものだ、と僕は微笑みながら立ち上がり、獣車の脇へと視線を送った。


「ウィラ、サフ君、すまないがハイスラーさんたちの護衛を頼むよ」


「はい、お任せください!」


「どうせ一緒の帰り道だもの。それよりも、蜘蛛にも優しいお客様。私にも何かお礼をさせて頂戴」


 サフェージュはピシリと姿勢を整え、フサフサの尻尾を大きく振って応えたのに対し、微笑を浮かべたウィラミットは相変わらず足音を立てずに歩み寄ってくる。

 そんな彼女の放つ独特の色気に少々気圧されたものの、別に自分は頼まれて彼女らを避難させた訳ではないため、お礼をされるようなことはしていないと後ろ頭を掻いた。


「いや何、単なるお節介だから気にしなくていいよ。それに王都が復興するまでは、そっちも色々大変――」


 だろう、と言いかけたところで、身体を包んだ甘い香りと頬に感じた薄い湿り気に、自分の声は一切が途絶えた。


「今は、これだけ、ね? 今度はお店に来て頂戴」


 鼻が触れ合いそうな距離から、ウィラミットは薄紫色の唇からチロリと舌を覗かせる。

 瞬きをするほど短い時間に何が起きたのか、働きが鈍った頭では全く処理が追いつかず、その癖妙に妖艶な彼女の様子に心臓だけが喧しい。

 おかげで、アポロニアがウィラミットを引っぺがすまで、僕は頬にキスを貰ったのだということも理解できなかった。


「い、いきなり何してやがるッスか、この色ボケ蜘蛛はぁ!」


「嫉妬しなくてもいいのよ子犬ちゃん。ただのちょっとしたお礼だもの」


「お礼でも看過できないものだってあるッスよ!」


 薄く笑う白黒女性に、包帯を頭に巻きつけた我が家の小型犬は、ぐるると牙を剥いて敵意を表す。

 そんないつもと変わらない様子に対し、僕はまた苦笑を浮かべていたものの、内心では嫉妬という言葉を否定しなかった彼女の反応が、少し嬉しいように感じられていた。

 これを独占欲と称するべきかはわからない。だが、少なくともハッキリと好意を向けてくれるアポロニアが可愛くて、僕は唸る彼女を宥めるついでに、ボリュームのある赤茶色の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

 ただ、外野から妙なざわめきが起こるのは予想外だったが。


「ほわぁ……お、大人だぁ」


「ほーら、ヤスミンも負けてらんないねぇ」


「ちょっとサフ君……見つめすぎじゃない? ウィラさんのキスが羨ましいとか思ってる?」


「べ、別にそんなこと思ってないよ!?」


 何か憧れるような視線を向けるヤスミンに対し、イエヴァは微笑まし気に視線を細めたのに対し、同じように憧れたような視線を向けていただろうサフェージュには、どうしてかクリンの視線が刺すように細められている。

 その理由については定かではないものの、どうやら現代においても成人して間もない青年同士、何か思うところがあるのだろう。

 ただ、自意識過剰か気のせいか。僕にはどうにも、サフェージュの視線がこちらへ向けられていたように思えてならなかった。

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