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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
戦火
260/330

第260話 ビフォーデイライト

 徐々に空は白んでいく空の下。

 ポロムル湾の入り口付近に浮かぶ小舟で、傷ついた王国旗が大きく振られていた。

 海静か、帝国軍の船影なし。

 一瞬の間を置いて、港から歓声が沸き上がる。

 守備隊は多数の死傷者を出しており、岸壁近辺を中心として町の被害も小さくはない。それでも帝国の侵攻を打ち破り、ユライア北の玄関口を守り切ったのだ。

 思い思いに勝利を噛み締める兵士達の中には、酒瓶を持って笑うラウルと、グルグル首を回しているタルゴの姿もあった。


「ん……これでようやくひと段落」


 タマクシゲを大通りに止めていた私は、そんな兵士たちをモニタァ越しに眺めつつ、小さくため息をつく。

 これが戦争の小さな局面に過ぎない、と思ってしまうのは、少しキョウイチに毒されているのかもしれない。それも悪い気はしなかったが。


『つっても、お前らはまた揃って置いて行かれてんだけどな』


 一気に霧散する穏やかな空気。

 エーセーツーシンという物らしいが、どこでも声が聞けるというのもまた善し悪しだと思った瞬間である。


「ここまでの話聞いてやがったッスかクソ骸骨」


「その治りかけてる骨もっかいへし折りますよ?」


「……置いて行かれた、というのは言葉として不適切。さっきも言ったけれど、タマクシゲでは今のヒスイに追いつけない」


 ウンテンセキの周りに集った全員で、レシィバァに向かって低い声を出す。狭い空間なのにファティマが尻尾を大きく振り回すものだから、それが肩にぶつかって少し痛い。

 確かにキョウイチは、私たちに今後の動きを軽く説明するや否や、すぐに王都へ向かい飛び去ってしまったが、タマクシゲを抱えて飛べないのならそれは致し方ない話だろう。

 と、画面に映る髑髏に半眼を向けてはみるのだが、こちらから手が届かない以上ダマルがそんなことを気にするはずもなく、顎をカタカタ鳴らして笑うばかりだった。


『カカカッ! おぉい、俺ぁ別に悪ぃ意味で言っちゃいねぇぞ。相棒は大切なお前らをこれ以上危険に晒さねぇために、わざわざ1人で先行して王都を片付けようってんだ。えぇ? 随分愛されてんじゃねぇか』


「む……」


 愛されている、という骸骨の一言を聞いた途端、出かかっていた反論が喉の奥につっかえた。

 彼に受け入れて貰えてから数日。自分たちの生活を守りぬくために武器を取り、その上国家の存亡が双肩にのしかかっている状況が多忙なのは言うまでもないが、そのせいでいつも以上に一緒に居たいという想いが募っている。

 だが、ダマルの言う通りキョウイチの行動そのものが自分を、あるいは自分たちを愛してくれている証左なのだとすれば、それはそれで胸の奥が小さく絞られたように感じられて悪くなかった。

 しかもどうやら、そう感じたのは自分だけではないらしい。


「そ、そう、いうこと、なんスかね? 愛……うへ、うへへへ」


 人のことは言えないが、愛という一言だけで、アポロニアは随分妄想を膨らませたのだろう。運転席を前にグネグネと身体を揺すりはじめたため、ファティマはそれを鬱陶しそうに足で通路まで押し出しつつ、不服そうに頬を膨らませていた。


「うーん……ボクはむしろ、一緒に遊ばせてほしかったですけど」


『ズタボロのお前をアイツが連れて行くわけねぇだろ。血の気が多いのも大概にしやがれ』


 ダマルがため息をつくのもむべなるかな。

 彼女の傷には古代品の不思議な傷薬を塗り、その上から清潔なガーゼと包帯を巻いたことで手当ては終えているものの、だからといって武器を振り回せば全てが無に帰すだろう。

 おかげでファティマは暫く唸っていたものの、少し冷静になったらしく、しゅんと尻尾を垂らしてしゃがみ込むと、私の太ももに頭を乗せてぐりぐりと額を擦りつけていた。髪の毛がこすれて少しくすぐったい。

 だから私は、せめて大人しくしておいて、という思いを込めて橙色の頭を撫でつつ、再びダマルへと向き合った。


「それより、シラアイはあとどれくらいでポロムル着きそう? もう近海に居るのなら迎えに行くけれど」


『あー……それなんだがな』


 何かと頭の切れる骸骨のことなので、私がこの質問をすることくらい想像していただろう。

 にもかかわらず、今まであれほど歯切れよく話していたダマルは、何故か頭を掻いて言葉を探しているように見える。

 その骸骨にしては珍しい様子に、アポロニアと私は顔を見合わせたものの、結局揃って首を傾げるしかなかった。


「何か問題でもあったッスか?」


『いや別にビッグトラブルってわけじゃねぇんだぜ? ただ、ちょっと前くらいから急に海が荒れ出しやがって、白藍の速度が出せねぇんだわ。おかげでいつぐらいにつけるか予想できん』


「ベル地中海が荒れるのはとても珍しい。大概はすぐ収まるはずだけれど、どんな様子?」


『いや流石にわかんねぇわ。さっさと過ぎてくれるならいいが、この天候が長引くようならだいぶ遅くなるだろうな』


 ベル地中海は年間を通してほぼ無風であり、そのため櫂船が水運の要となっている凪いだ海である。その中で希少な荒天に見舞われたというのだから、ダマルは相当運が悪いか、あるいは女神ラヴァンドラ(船乗りの守り手)に嫌われているらしい。


「こりゃダマルさんも王都の戦いには間に合わなそうッスねぇ」


「ん……戦況によっては、暫く迎えを待ってもらわないといけないかもしれない」


 ガーデンでシラアイは多数の物資を積んでいることだろう。それをタマクシゲ無しで家まで運ぶとなれば、大量の運び手を雇ったとしても何日かかるやら。

 ただ、まだ王国領より帝国軍を完全に撃退できてはいない以上、呑気に到着がいつになるかわからないダマルを待っているわけにはいかない。

 だから戻ってきて早々申し訳ない、と私は頭を下げたのだが、骸骨は軽く白い手を横に振っていた。


『いや、俺の迎えは気にしなくていいぜ。ここまでの大延着は想定外っちゃ想定外だが、家まで自力で帰るだけならそう難しいことでもねぇんだわ』


 再び私はアポロニアと顔を見合わせる。なんなら太ももに頭を乗せたままだったファティマも、不思議そうにこちらを見上げていた。


「それは、どういう?」


『カカッ! なァにそうビビる必要もねぇよ。簡単な話さ――』


 ダマルは何が面白いのか、カタカタ笑いながら迎えが要らない理由を説明してくれた。

 ただ、その内容は理解不能な単語が大量に含まれていたため、ファティマとアポロニアは早々に頷くだけの存在となり、私も途中までは理解する努力をしていたものの、骸骨が何かしら迎えを必要としない不思議道具を持っている、という以外でハッキリした情報は、結局何1つ得られていない。

 ただ、いくらキョウイチが間に合ったと言えど、まだ安穏と時間を浪費できるような状況ではないため、私はとりあえず()()()()()()()()()無線を切断し、王都へ向けて出発することにした。

 もっと古代語を彼らから聞き出し、語彙を増やす必要がある。

 キメラリア達が理解を諦めてアッサリ寝台へ潜り込んでいくのを尻目に、私はハンドルを握り、あくせるという板を踏みこみながら、本格的な知識収集の決意を新たにしたのだった。



 ■



「ふーん……王国軍は思った以上にやるもんだなぁ」


 王都から少し離れた木の上から、オレはタンガンキョウ越しに戦場の様子を伺っていた。

 キムンを監視に用いるなど、不適材不適所だとは思う。ただ、どんな形であれ一応はつき従っている以上、御大から直接命令されれば嫌とは言えず、こうして退屈な傍観者を演じているわけだ。

 とはいえ、不思議なガラスに映った戦場は、聖都ソランで見たものよりも多少面白かった。何せ、王国軍は想像もできないような手段を用いて、イソ・マンを従え物量でも圧倒する帝国軍と対等に渡り合っているのだから。


「うんうん、やっぱり戦いは一方的じゃない方が楽しいねぇ。戦争の勝利を掴みたいのはわかるけど、自分の物じゃない力に頼ってるようじゃ――おん?」


 誰も聞いていない感想を口ずさんでいたオレは、大きく吹きあがった土煙にタンガンキョウを向けた。

 ただ投石器の岩がぶつかっただけにしては巨大すぎる煙。それは見たところ、帝国軍本隊が攻撃している西門付近から立ち上がっている。

 となれば、何が起こったかなどその姿が見えずとも理解できた。


「あーりゃりゃ、出しちゃってんじゃん。言うこと聞かない悪い子だなぁ、後で怒られても知んないぞぉ」


 これほどの戦力差がありながら侵攻に手間取っていることに、ウェッブ将軍は緊急事態だとでも言い放ったのだろう。オレはその様子が簡単に想像できて、ため息をつきながら肩を竦めた。

 ウェッブ・ジョイという男は、その出自で将軍位を得ている盆暗だと言われるし、近くで見ていても実際噂通りの人物だと思う。何事に対しても当たり障りのないことしかせず、将軍としての武勇など欠片も感じられない。

 だからこそ、駒として扱いやすいと判断されて勅命が下されたのだろう。

 しかし、オレから言わせれば駒としては最悪の存在だった。


 ――屍肉食(スカベンジャー)め。借り物の力で野心を満たそうなんて片腹痛い。


 武勇を持たない弱者だからこそ、圧倒的な力が突然手に入ったことで、それを使いたくて使いたくて、とにかく一方的に蹂躙したくて仕方なかったに違いない。

 その結果、勅命は完全に無視されたわけだが、世界に名だたるユライアシティの大防壁を一撃で打ち崩せたという目に見える結果が、あの小物を酔わせているのだろう。

 ただ、オレはどうしても子どもの頃に聞いた、とあるオッサンの言葉が耳から離れなかった。


『恐怖とは未知から生まれるものだ。故にマキナであれなんであれ、奥の手はここぞという時に取っておかねば、その力を著しく損なうことがある』


 低く落ち着いた懐かしい声。正直、オッサンの小難しい話は苦手だったが、なんだかんだオッサンの言ったことが間違っていたことはない。

 おかげで前評判では勝利確実と言って差し支えもない戦争が、急激に陰ったように感じられた。


「まぁ、英雄が居ないんじゃ()()()()()()()()()が負けるなんて考えられないけどさ……今回はオッサン外してくれたか、な――ぁ!?」


 指輪をはめた左手の中指に、小さな痛みが走る。

 慌てて西門付近にタンガンキョウを向ければ、間もなく遠くから地響きが聞こえ、先ほどよりは緩く土煙が舞い上がった。


「う、うっそぉ……? あのデカブツを倒した奴が居るってのぉ?」


 御大が生み出したミクスチャの中で、()()()()()()()()()は間違いなく最も大きく、双子と言うべきもう1体は神国戦線に投入され、ソラン攻略戦でも傷1つ負うことなく戦い抜いていたはず。

 それが、英雄を除けばマキナすら持たない王国によって打ち倒された。

 毛に覆われた背筋を、ゾクリと何かが駆け抜ける。


「くふ、くふふふふ――怖い怖い怖いねぇ。鉄蟹が滅茶苦茶強いなんてこともないだろうし、やっぱりオッサンの言う通り、知らないっていうのが恐怖なんだなぁ!」


 ウェッブと同じ轍を踏まないよう、ムズムズする身体を押さえつつ、オレはひたすらタンガンキョウを覗き込む。

 すると四方から防壁門を目指すミクスチャの姿が見えはじめた。どうやら盆暗からの伝令が通ったのだろう。

 その数、大小合わせて50匹。歩兵がくっついて行かないのは、今までに出た味方の被害が大きかったから、その帳尻を合わせるためだろう。どうせミクスチャが適当に蹂躙した後から味方を入れて、抵抗もできないほど消耗した敵に止めを刺させるつもりなのだ。


「盆暗はホントしょーもないこと考えるなぁ。せっかくアランがボロボロにされた時の対策でアイツら連れてきたのに、これじゃ罠にもなりゃしないよぉ。こんなのに巻き込まれて殺されちゃたまんないし、冴えない中年に義理もないから帰り支度しぃーとこっと!」


 既に帝国軍が圧倒するイカサマ試合は続けられない。

 だから、何も考えず突き進んでいく化物たちを尻目に、オレは茂みの中に隠していたミクスチャ(乗騎)を、自分が腰かけている樹木の傍らまで呼び寄せる。

 この判断は正解だったと思う。

 何せその直後、ヤークト・ロシェンナに良く似た甲高い音が、遠くから小さく聞こえ始めたのだから。

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おのれ、勘の良いクマーめ。 クマーならおとなしく釣られておけばいいものを!(違)
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