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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
戦火
249/330

第249話 縁者たち

 赤いツインテールを揺らすエリネラに続いてリビングに戻れば、暖かい部屋に集まっていた友人知人たちから一斉に視線が浴びせられる。

 特にこちらの状況を推測していたであろうヘンメは、随分な間抜け面を披露してくれたため、私は危うく笑いそうになったのを小さな咳払いで誤魔化した。


「お、おいおいこりゃどういう手品だ? こっちがホウヅク出したのは昨日だったってえのに、なんでアンタが帰ってこれるんだよ」


「悪いのだけれど、私たちの方に関しての詳しい話は省くわ。それより――」


 こっちの状況はどう? なんて聞こうとしたのだが、私の言葉は喉から出かかったところで少女の大きな声によってせき止められてしまった。


「ポーちゃぁん!」


「おー! ヤスミンだぁ! どしたのどしたの!? なんでここに居るのー!?」


 大きなリボンを揺らして飛び出してきたヤスミンを、ポラリスはまるで花が咲いたような笑顔を浮かべて全身で受け止める。

 いつから2人の間に面識があったのかは知らないが、互いに周囲が大人ばかりで同世代との関りが薄くなりがちな環境におかれていることから、何か感じる物があったのかもしれない。

 彼女らが息もピッタリにぴょんぴょんと跳ねてはしゃぐ一方、マットレスの横で背筋を伸ばしていたハイスラーはその場で深々と腰を折った。


「マオリィネ様。この度は我ら一家への特別な取り計らい、感謝の言葉もございません。おかげ様で、足の悪い妻を連れて逃れることができました」


「お国が大変だって時に、お声掛け下さり本当にありがとうございます。この足さえシャンとしてたら、アタシも帝国の連中と戦えたんだけどね……」


 一方、マットレスで半身を起こしていたイエヴァは、病のために不自由な足を睨んで毛深い顔から小さく牙を覗かせる。

 私は病に侵される前の彼女を知らない。だが、噂では非常に活発な女性で、リベレイタたちから恐れられるほど腕っぷしも強かったと聞いている。

 だからこそ、イエヴァにとって守られることしかできないのは悔しくて堪らなかったのだろう。言葉にせずともその気持ちはよくわかったため、私は茶色の毛並みが流れる手を取って緩く首を横に振った。


「貴女が気に病むことはないわイエヴァ。ハイスラーも、お礼なら全部終わってからキョウイチに言いなさい。皆を逃がそうとしたのは彼なんだから」


「アマミさんが……そうですか」


シューニャ(あの子)から話を聞いた時は、優しいだけで情けない男かと思ってたんだけど……ふふ、今度うちに来たらうんと贔屓にしてやらなきゃ」


 ハイスラーはキョウイチの名前を呟くと大袈裟に目頭を押さえ、イエヴァは我が子を見るかのように優し気な微笑を浮かべる。

 民を守る騎士たるこの身が言い出せなかったことが、少しだけ悔しい。あれほど駄々を捏ねて嫌った称号でも、そんなことを思ってしまうのだから、自分もまだまだ子どもらしいと苦笑が浮かぶ。

 ただ、時が経てば身体が成長するのは止められず、立場も産まれれば感情を外に出すのは難しくなってくる。だからこそ、目の前で楽しそうに話す本物の子どもたちが羨ましくもあった。


「ポーちゃんのお家すっごくおっきいね! お宿じゃないのに、沢山部屋があって!」


「えへへ、キョーイチはすっごいから!」


 凄い凄いと家を褒められたことで気を良くしたのか、ポラリスは未だ成長の兆しが見えない胸を張る。

 ただ、ヤスミンが感嘆の息を吐きながら部屋の中を改めて見回し始めると、彼女は我が家の状況を思い出したのだろう。ハッと目を見開いたかと思えば、わたわたと両手を振り始めた。


「あっ!? え、えっとね!? いっつもはこんなにちらかってないんだよ!? ちゃんとアポロ姉ちゃんがキレーにしてるし――」


「その言い方じゃ余計に怪しいわよ。けど、確かに遺物を集めて欲しいとは言っていただけで、この散らかりようは異様よね?」


 慌てふためくポラリスを宥めながら、私は状況を説明してくれそうな少年に視線を合わせる。

 サフェージュもどうやら自分に求められることは予想していたらしく、後ろ頭を小さく掻いてから、何が起こったのかを分かりやすく端的に語ってくれた。


「ええと……皆さんが出発してすぐ、王国中のコレクタに高い報酬の緊急依頼が出されて、しかも集まった遺物をクローゼ支配人がここに集めるよう指示する形だったので――こんなことになりました」


「これでも結構片付けたんだぞ! でも次から次からコレクタが持ってくるんじゃ、どーしよーもないじゃんか!」


「俺も多少目利きはしたが、結局アマミたちが何を必要としてるかなんてわからねえからなぁ。おかげで全部捨てられないまま貯まっていって、この有様だ」


 エリネラはその怪力から余程働かされたのか、少しは褒めろと顔を膨らせ、ヘンメはどこか諦めたように壁際に押し込められた箱の山をあごで指し示す。

 王国領は遺跡の数に比例してコレクタの人数も少ないが、それでも各都市に置かれた支部が対象を絞らず緊急依頼を布告したとすれば、遺物が我が家に溢れるのも無理はない。その上、集めて欲しい遺物の見本が用意されているとなれば、コレクタたちが集めてくるまでそう時間もかからなかっただろう。

 ただ、いくら大量に集められても、実際に選別ができるのはキョウイチかダマルだけに限られるため、私はヘンメ達の視線から逃げるように話題を転換した。


「あぁ……それはどうしようもないわよね。遺物は後でダマルに選別してもらうとして――まだ誰もテクニカへは向かっていないの?」


「ご、ごめんねマオ。帝国の動きに気付いたのがついこの間で、避難がギリギリになっちゃったの……き、今日にはテクニカに向かって出発するから――」


 ジークルーンは叱責されると考えたのだろう。身体を縮こまらせて頭を下げたが、彼女の判断は間違いなく自分たちがとれる選択肢の中では最善であり、私は彼女の言葉を途中で遮って首を横に振る。


「テクニカへの避難は無しよ。ポロムルにも帝国軍が攻め寄せているから」


「ポロムルにも帝国軍が!? だ、大丈夫なの……?」


「タマクシゲでシューニャたちが迎え撃ってくれるから、簡単には落とされないわよ。それに明日にはキョウイチとダマルも駆けつけてくれるはずだから、ここから動かない方が安全だわ」


「そ、そうなんだ」


 たとえキョウイチやダマルが居らずとも、タマクシゲに乗る3人の強さはジークルーンもよく理解しており、強張っていた表情を緩めて安堵の息を漏らす。

 だが、ヘンメは明日という部分が引っ掛かったらしく、険しい表情で腕を組んだ。


「アンタの剣を疑うつもりはねえし、そっちの小さな白魔女ちゃんが化物級なのも知ってるが――タマクシゲもマキナもなしで本当に大軍団を止められるのか?」


「そのための準備よ。敵兵を全滅させることはできなくても、混乱させて一時的に退かせることはできるし、士気を打ち崩せば大軍だって脆いでしょう? ここまで負け知らずだからこそ、しっかり出鼻を挫いて足踏みさせてやるわ」


 視線を合わせて私がハッキリと告げれば、ヘンメは気圧されたように口を閉じる。

 もう躊躇う段階は過ぎたのだ。どうせ戦場ではなにが起こるか分からないのだから、あとは自分の持ち札を使って、自分やポラリスが生き延びることを最優先に精一杯戦うのみ。

 それが彼の望みで、自分の望みだからこそ。

 部屋の中を走った小さな緊張感。それは間もなく、甲高い笑い声にかき消された。


「アッハハハハハハハ!! いいねぇ! マオちゃんの言う通りだぞヘンメ! こっちには()()()()()()()()()()、負けるわけないじゃん?」


 ビシリと無頼漢の鼻先へ人差し指を突きつける業火の少女(レディヘルファイア)。ただ、その発言は空気を暖めるどころか時間を凍らせるものだった。


「な……本気で言ってるの? ついこの間まで、貴女の部下だった部隊と戦うことになるのよ?」


「裏切るのを決めたのはあたし自身だけど、これもあたしなりの……えーっとなんて言ったっけ……そう! アイコクシンとかいう奴だ! いくらキメラリア相手だからってやっちゃいけないことを帝国はしてるんだし!」


 言葉を失う私たちに対し、エリネラはあっけらかんと、これが自分の選んだ正義だと小麦色の顔から白い歯を覗かせる。

 帝国における最高位の将軍がこれでいいのかとも思うが、そんな視線をセクストンに向ければ、諦めたように首を横に振られてしまう。しかも当の本人は何か勘違いしたようにこちらの肩をポンと叩いてきた。


「そう心配そうな顔しなくても、体の調子が戻ったあたしはホントに強いぞ? ここの守備にはジークちゃんとかサフ君も居るわけだし、一応セクストンも置いて行くしさ」


「そ、そう、ね……こんな時だし、今は心強いわ」


 彼女自身が決断を下した以上、私は全て受け入れることを決めた。天才の思考など、自分には到底理解できないのだから。

 いや、本音で言えば頼りたかったのかもしれない。神の力こそ絶対と叫ぶ国を恐怖に陥れた、業火の少女(レディヘルファイア)の力に。


「決まりだね! という訳でセクストン騎士補、軍獣アンヴの準備はできてるか!?」


「既に済ませてあります。それより、本当にお傍付きもなしで大丈夫なのですか?」


 いつもエリネラの言動を冷静に諫めているセクストンが妙に静かだと思ったら、どうやら2人の間で戦闘に参加するという話はついていたらしい。

 それでも生真面目な騎士補には不安があるのだろう。親子かと見紛う程の体格差がある将軍を、彼は硬い表情を崩さないままじっと見つめる。

 ただ、いつも散々叱られているエリネラは、何を思ったのか嫌らしい笑みを浮かべると、赤い半眼をセクストンに向けた。


「なになにぃ? もしかして騎士補君はあたしが居なきゃ不安なのかなぁ?」


「いえ、将軍がマオリィネ様のお手を煩わせないかと案じておるだけです。考えなしに魔法を使いまくって昏倒されたこと、如何な将軍とて流石に覚えておられると思ったのですが」


 遠慮という言葉をどこかに忘れてきたらしいセクストンからの切り返しに、エリネラの儚い優位は一瞬のうちに崩れ去り、ニヤニヤしていた彼女の表情はすぐ引き攣ったものへと変化する。

 このところ、自分がキョウイチに甘やかされていたからだろうか。もう少し優しくしてあげてもいいのに、と思わないでもないが、エリネラもこうなることは想像がついていたのだろう。

 彼女はセクストンの広い胸板に拳を軽くぶつけると、上目遣いで揺らがぬ石頭を睨みつけていた。


「――うん、君の言いたいことはよーくわかった。いつかその髪の毛全部燃やしてやるから覚えとけよ」


「ハッ! 将軍よりは記憶力もマシだと思いますので、しっかり覚えておきます!」


「ねぇマオちゃん。忠誠誓ってる部下って皆ああなの? あたしの方がおかしいの?」


「……帰って来てから、ゆっくり話し合ったらいいんじゃない?」


 何故こっちに振るのか、と出かかった言葉を無理矢理飲み下す。

 エリネラとセクストンというあまりに珍妙な主従関係に対し、自分が何か言えるわけもない。おかげで私は時間が惜しいと踵を返し、逃げるように話題を断ち切れば、エリネラは頬を膨らませながらもそれ以上文句は言おうとはしなかった。


「あ、ちょ、ちょっと待ってエリ!」


「んぁ? どしたの?」


 ちょうどリビングの取手に触れた時、背後から聞こえたジークルーンの声に、私たちは揃って振り返る。すると彼女はこちらが立ち止まったのを確認してから、待ってて待ってて、と繰り返しながら慌てた様子で一旦部屋を出ていき、すぐに長い布包みを持って戻ってきた。


「よければだけど、これ持って行って?」


 立てれば天井を貫いてしまいそうなほどに長いそれは、包みを解かなくても騎士であればすぐに何か理解できるだろう。無論、エリネラにもその中身はすぐ理解できたらしい。


「これ――騎兵槍ランス、だよね? 騎士がこんなの渡しちゃっていいの?」


「私、剣以上に槍の扱いが苦手なんだぁ。それに騎獣なしじゃ、どうせ使い道もないし、エリなら使えるんじゃないかなって……」


「だけど、まさか真銀製ってわけじゃないでしょ? 鋼の武器だったら、間違いなく壊しちゃうと思うよ、あたし」


 長大な騎兵槍は一般的に高価であり、貴族家に代々伝わる家宝のようなものも存在している。だが、エリネラの使っていた槍は真銀製の専用品であり、とても一般的な騎兵槍と比べていい物ではない。

 逆にジークルーンが使っていた古い騎兵槍は、彼女のマメな性格から手入れこそしっかり行われていたが特に変哲のない鋼の武器であり、とてもエリネラの力には耐えられないだろう。

 しかし、ジークルーンは青い目を静かに閉じると、緩く首を横に振って微笑む。


「いいの。だって私はあの人に、お前はもう戦場には立つな、って言われちゃったんだから、ね?」


 困ったように笑いながら、しかし僅かに色づいた彼女の頬に、エリネラはポカンと大きく口を開けていた。

 ジークルーンは自分の進む道を既に決めている。

 私にはそんな幼馴染の姿が羨ましく、またカタカタうるさいあの骸骨が少し妬ましい。

 だからこそ、いつか自分も、なんて思いながら、私は赤いバトルドレスの肩に手を置いて、戸惑うエリネラに1つ頷きを投げてやった。


「恋、かぁ……あたしにはよくわかんないけど――そう言うなら遠慮なく振り回させてもらおうかな! あたしは剣より槍の方が得意だかんね!」


 私とジークルーンの顔を交互に見比べていた彼女は、やがて深く息を吸ってから、布包みを握りしめて、任せとけと不敵に笑ったのである。

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