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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
戦火
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第227話 セキュリティの謎

 ニクラウスはこれといった制約を定めなかった。要するに、どれほどの時間がかかろうとも、どのような手段を取ろうとも、一切口出ししないつもりらしい。

 男の言を借りれば、全ては遺跡が語るであろう、とのことである。無論、自分がそれを神話的に受け取るはずもなかったが。


「馬鹿げた話だぜ。セキュリティを遺跡の意志って言いきれるんだからよ」


『設定した人間が居ることを思えば、ある意味で正解だろうけどね』


 ここからは自分達だけで行けると言って、シューニャが先導し始めてからというもの、骸骨は言いたい放題である。とはいえ、妄信的に掟を重視していることが、技術文明に生きた自分たちにとって違和感なのは否めず、その被害者であるシューニャも複雑そうな顔をしていた。


「でも、本当に大丈夫なんスよね……? 誰も入ったことないんじゃ前情報もないし、今回はタマクシゲもなしッスよ?」


「アポロニアの言う通りよ。きっと貴方たちのことだから封印は解けるでしょうけれど、内側からまた化物みたいなマキナが出てきたら、今度こそ生きて帰れる気がしないわ」


「そうビビんなよ。そのための偵察だぜ?」


 不安げな表情を作るアポロニアとマオリィネに対し、ダマルはカタカタ言って笑う。

 何せ彼女らが危惧する内容は、どこの遺跡であっても大差のない問題なのだ。未踏の場所があれば何が出てくるかもわからず、現代のコレクタの調査では重要情報が得られない。

 だからこそ、ニクラウスとの対話を終えて早々、まずは遺跡の周囲を調べてみようという結論に至ったのだ。無論、そこに戦争という時間的制約があることもまた事実だが。


「……ここから先が最深部。私が子どもの頃に入ったのは、ここから封印の扉までに残されていた部分」


 吊り下げ灯篭の光にのみ照らされる空間を、シューニャは緊張した面持ちで指さす。

 そこにあったのは緩い傾斜の通路であり、入口手前には武装した兵士が立って警備を固めている。どうやら彼女は、この見張りの目を掻い潜って中に侵入したらしい。


『無邪気って言うのは怖いなぁ』


「あまり思い出したくない」


『だろうね。だが、行かないと』


 マキナを着装した自分が先頭に立って、通路の中へ歩き出す。それでもシューニャはやや不安げで、それを心配したらしいポラリスが彼女にピタリと寄り添った。

 しかし、いざ進んでみれば通路はあっという間に終わり、目の前にはエントランスらしき空間が現れる。非常灯すら消え、灯篭も吊るされないそこはひたすらに闇が広るばかりで、各々の照明器具が無ければ何も見えなかっただろう。


 ――電力は、来てないか。


 暗闇はエントランスを抜けた先、一本道の廊下へ至っても変わらず、左右にある幾つかの部屋もひたすらに暗闇である。ただ、その1室を前に、シューニャはピタリと足を止めた。


「……ここが私の見た部屋だと思う」


『事務所――かな?』


「なんだかごちゃごちゃしてますね」


 人間が居た証拠と言うべきか。フラッシュライトの明かりに照らされた部屋の中には、朽ち果てたデスクが並び、携帯端末が放置されている。また、残されていたホワイトボードには、何か文字だったであろう模様がこびり付いたまま放置されていた。

 流石に抗劣化装置が無い空間では、800年という時間の流れが文明の利器を侵食し、使えそうな物はない。そう感じた僕は特に調べることもなく進もうとしたのだが、そこでダマルに止められた。


「おいおい、調べる時は隅々まで見てみるもんだぜ相棒。ほれ」


 そう言って骸骨がライトで示した先は、地面に落ちていた長い布のようなものである。元々壁にかけられていた物が落下したのか、軽く持ち上げてみればそこにはスローガンが刻まれていた。


『工事現場では標準作業順守、目指せ無災害……工事?』


「あの竪坑が建設途中で放棄されたんだとすりゃ、ここに現場事務所があるのは納得できるな」


『あまり嬉しくない話だ。建設中だったなら、僕らの望む物資があるとは思えないが』


「これだけじゃ悲観するには早ぇだろ。人間を害する程のセキュリティが動いてるなら、完成した施設だけを先行運用してたとか、何かしら増築しようとしてた可能性だって高いぜ?」


 そう言ってダマルは先へ歩き出す。

 どうせここまで来た以上、今更引き返すわけにはいかないのだ。自分たちのためにも、シューニャの過去のためにも。

 現場事務所らしき部屋からまた廊下を歩き出せば、間もなく閉鎖された隔壁に行き当たった。それも今まで歩いてきた場所とは異なり、明らかに電力が通っているらしく、非常灯やセキュリティチェックシステムには光が灯っている。となれば、これが封印の扉で間違いないだろう。


「こういうの見ると、どうも嫌な予感しかしないわね……」


「開けた途端にくらっかぁが一杯とか、とんでもない武器抱えたマキナが出てくるとか本気で勘弁ッスよ」


 分厚い隔壁を前にマオリィネとアポロニアは早くも腰が引けている。無論、シューニャとファティマも緊張した面持ちではあり、唯一ポラリスだけが不思議そうに全員の顔を見回していた。


「その辺は開けてみてからのお楽しみって奴だな。えーと……いつも通り企業連合総長のコード入れて……あん?」


『弾かれたのかい?』


「いや、まぁ弾かれたことは違ぇねぇんだが――だとすりゃ、じゃあこいつは何を要求してんだ?」


 ダマルの後ろから携帯端末を覗き込めば、表示されていたのは軍でよく用いられる管理コードの入力画面であり、セキュリティレベルによって拒否という文字が浮かんでいる。

 これには僕も首を捻った。企業連合総長という役職は、企業連合憲法においては軍の最高責任者と規定されている。となれば、一色巽いっしきたつみ企業連合総長のコードを用いて開かないセキュリティはないはずなのだ。

 にもかかわらず、ゲートはうんともすんとも言わない。それどころか、別のコードを入れろと文句を吐き散らす。


『誰を目的にしたセキュリティなんだろうね、これ』


「まさか共和国側のコードが要るってんじゃねぇだろうな? そんなもん持ってねぇぞ」


 顔を見合わせた僕とダマルは、揃ってうーんと唸り始める。

 その様子にシューニャが不安を覚えることは無理もないだろう。何せ彼女は分かりやすく命がけなのだから。


「……もしかして、開けられない?」


「えっ? ダマルさんでも無理なんですか?」


「い、いや、まだ無理と決まった訳じゃねぇんだ」


 そうは言いつつも、シューニャをファティマが後ろから抱きしめる姿に、ダマルの声にも焦りが滲む。

 今までの封印と呼ばれるゲートは、国家元首のコードを用いて突破してきただけで、骸骨は少なくとも情報戦のプロではない。その必殺技を封じられた今、無理と決まった訳ではないと口にしながらも、実際には打つ手なしと言うべき状況であり、端末を動かすダマルの手は中々動かなかった。


「なぁ相棒、システムロックダウンまでって、何回コード打てると思う?」


『普通に考えれば3回か5回……ってとこじゃないかな』


 女性陣に無用な心配を与えないために、骸骨は声を殺して喋るものの、鋭敏なキメラリアの耳には十分聞こえる音量だったらしい。アポロニアが金属鎧に掴みかかった。


「ちょ、ちょっとダマルさん! ホントに大丈夫なんスよね!?」


「ただでさえ相手は妄信的なオッサンさんなんだから、これで開きませんでした、なんて言ったら絶対――!」


「わーかってるっつの! いちいち不安を煽るんじゃねぇ!」


 言葉はわからずとも、空気感だけで上手くいっていないことが理解できたのだろう。アポロニアとマオリィネに囲まれ、ダマルは僅かに苛立ったように叫んだ。だからと言って何が変わるわけもなく、現代人に解決できる問題でもないため、僕は1人で腕を組みながら考えこんでいた。


 ――セキュリティが求める条件は何を基準にしている? 派閥や組織、思想イデオロギー? 


 思い浮かぶ内容はどれも微妙な気がする。それもわかったところで、打てるコードはダマルが生命保管システムから抜き取ったものしかなく、当てはまる確率は非常に低いだろう。

 本気で浮かんでくる手詰まり感に、いよいよ思考が脱出案へシフトされ始めた頃、ポラリスは誰もが黙り込む空間に飽きたのか、青い目でこちらを見上げてきた。


「ねぇキョーイチ、穴あけてはいるとかってできないの?」


『うーん……やれないことはないかもしれないが、そんな時間の余裕はないだろうし、攻撃されたと判断すればセキュリティがどういう動きをするかも想像がつかない』


「そっかぁ」


 少女の白く小さな手が、頑丈な隔壁をぺちぺちと叩く。音が響きもしないことから、相当に分厚い装甲なのだろう。なんとなく、僕もポラリスを真似して、翡翠の手で隔壁に触れた。

 その時である。突如翡翠のモニター上に謎のポップアップと警告文が現れた。


『なんだ……!? 外部からのアクセス――機体認証?』


「あん? おい、突然制御中になりやがったぞ。お前何したんだ!?」


『僕は隔壁に触れただけだが……翡翠が何か外部から、強い上位権限を持つ通信を受けてるみたいなんだ。パイロットからの停止も受け付けない』


「はぁ!? 起動中のマキナを外から直接ハッキングしたってのか!?」


 有人稼働中のマキナは、パイロットの命令を最上位として動作する。これはシステムの根幹に定められた揺るがない部分であり、リッゲンバッハ教授らが拡散させたウイルスでさえ、警備中だったマキナまでは暴走させられていない。

 だが、隔壁のアクセスはそれを上回っているらしく、翡翠から登録パイロットの情報を抜き去っていく。通信の切断はおろか、脱装や全システムの強制停止も効かない状態となった僕は、最悪エーテル機関の物理停止まで考えたが、それを実行に移すよりも早く隔壁のシステムはデータの転送を終えたらしく、システムの強制を解除した。

 慌てて全てのシステムにチェックプログラムを走らせてみたものの、返ってくるのは稼働状態良好という答えのみであり、機体の動きに変化もない。


『なん、だったんだろう……?』


「さぁな――だが、どうやら認められたらしいぜ」


 骸骨の手元を覗き込めば、携帯端末にはアンロック、隔壁開放注意の文字が浮かんでいた。

 そして間もなく警報音とエアロック解除のブロー音が響き渡り、分厚い鋼板がゆっくりと口を開けはじめる。長く固まったままだった金属はギリギリと鈍く耳障りな音を響かせ、しかし広がる隙間からは白い光が漏れ出していた。

 そんな光景を全員が呆然と眺め、隔壁が開ききって廊下の奥が見えた後も、かなり長い間沈黙したままだったように思う。それを断ち切ったのは、ポロリと零れたシューニャの短い呟きだった。


「開いた」


「開きましたね」


 彼女に続くようにファティマも同じ言葉を繰り返す。

 するとようやく実感がもてたらしく、アポロニアが引き攣った笑いを浮かべながら、これまた乾ききった明るい声でダマルの背中をバンバンと叩いた。


「な、なぁんだ、簡単じゃないッスか! もー、脅かさないでほしいッスよぉ!」


「いて、いてぇ!? いや、お、俺ぁなんもしてねぇんだが……」


 お前は一体何をした。細い兜のスリットから向けられる視線は、明らかにそんな言葉を内包していた。髑髏の視線という言葉がよくわからないのはさておき。


『……この翡翠に、何か秘密でもあるんだろうか』


「俺にゃさっぱりわかんねぇよ。元々、整備解放状態で放置されてた機体ってだけだからな」


 鋼の手に視線を落として、拳を小さく握って開く。

 隔壁に触れた一瞬に何が起こり、施設のセキュリティシステムがマキナから何を求めたのか。出来得る限りの機体確認を行っても翡翠は何も語らない。ただ、まるでこの機体が訪れるのを待っていたのかのように、大きく口を開いた隔壁が目の前にあるだけだ。

 それでも理由を考えてしまう僕に対し、マオリィネは軽く翡翠の装甲を叩いて微笑んだ。


「わからないことを考え続けても仕方ないわよ。とりあえず、今は封印が解けたことを喜んだら?」


「わたしのおかげ?」


『あ、あぁ、確かにポラリスのおかげかも――っと、これは駄目だな』


 何か期待するように首を傾げるポラリスを危うく撫でそうになって、僕は慌てて手を引っ込める。いくら翡翠が器用だからと言って、マキナの装甲をひしゃげさせるような手で少女の身体に触れては、どんな怪我を負わせてしまうかわかったものではないのだ。

 そんな自分の対応に不満があったのか、ポラリスはぷぅと大きく頬を膨らせたため、それを後で後でと宥めた上で、僕らは隔壁の向こうへ足を踏み入れた。

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