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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
定住生活のはじまり
177/330

第177話 ポロムル・ツーリング

 頭に戦闘用ヘルメット、顔にダマルから渡された軍用ゴーグル。

 エーテル機関の低い鼓動を響かせながら、軍用バイクは踏み固められただけの街道オフロードを軽快に駆けていく。

 人間は一度自転車に乗れれば、その後暫く自転車に触れなくとも乗れなくなることはないという。バイクも構造上近い乗り物であるが、まさか800年という時を経ても不変だとは思わなかった。

 肌を撫でる風は冷たいが心地よく、朝の陽光に照らされて僕は上機嫌にスロットルを煽る。

 そうして速度を上げる度、背中にしがみつく力は強くなったが。


『きょ、キョウイチ! 速い、速いっ!』


 戦闘用ヘルメットの下で金紗の髪を振り乱し、サイズの合わないゴーグルの奥に涙を溜めてシューニャはレシーバーに叫ぶ。

 けれど速度計は60と70の間を指しており、僕は安定した巡航速度にカラカラと笑うほかない。


「怖がりすぎだよ。これくらいなら落ち着いて走ってる方だから」


『キョウイチが怖がらなさすぎる! 軍獣アンヴの襲歩より速いのに、落ち着いてるって――ひゃぁっ!?』


 森に沿ってカーブしている街道で車体を軽く倒せば、珍しく彼女は可愛らしい悲鳴をあげて身体を強張らせる。

 キャラメルパターンのブロックタイヤはしっかりと砂利に噛みついてコーナーを駆け抜けた。久しく感じていなかったバイクらしい爽快感に、僕は1人うんうんと頷く。


「この速度でもポロムルまでならすぐだろうねぇ」


『は、ふぅ……本当に意地が悪い』


 車体の安定が戻ったことで、シューニャは小さく息を吐く。しかし片手でさえ放す勇気が出ないのか、苦情は背中に対する頭突きで行われた。

 それも戦闘用ヘルメット装備なので地味に痛い。


「ごめんごめん。でも落ち着いて走ってるのは嘘じゃないんだ」


『……昔の人は、恐怖心をどこかに置き忘れている気がする』


 樹皮にくっついたカブトムシのように、彼女は僕にしがみついたまま、どこか不機嫌な声を出す。

 事の発端はダマルの、今日はシューニャの日だ、という発言だった。

 先日のファティマに続いて古参組の彼女と向き合えと骸骨は語り、また2人で過ごす時間を設けることになったのだが、これに対してシューニャは外出することを選んだ。


『ポロムルに行きたい』


 何も知らない少女はそう口にしてしまった。

 骨がこれを絶好の機会と捉えたのは言うまでもなく、バイクを前庭に準備してあまつさえ暖機運転までやっていたサービス具合だ。

 加えて未知の道具の登場にシューニャもまた興味を示したため、サイズの合わないヘルメットとゴーグルを身に着けて、いざ新文明のツーリングと相成ったのだが。


「シューニャ、片手は僕の腰で反対の手は後ろのグラブバーをだね――」


『む、無理! 怖い!』


 彼女は僕の言葉を遮って、両腕と膝に力を込める。

 キメラリア2人と違い、シューニャは極端なスキンシップは好まないように思っていたが、恐怖はそれをあっさりと覆したらしい。

 とはいえ、むしろこの反応は正常であろうとも思う。

 身体スペックが規格外なファティマや、彼女ほどではないにせよ軽快なアポロニア、訓練で彼女らに迫る技術を持つマオリィネ。

 この3人は特にバイクの動きを見ても、乗ってみたいと興味を示しただけで恐怖は感じた様子はなく、何ならポラリスに至っては楽しそうだから乗せろとうるさいほどである。

 この時、僕は1つ悟った。

 周囲が極端なだけで、実際はシューニャが普通であり、未知を恐れるのが当然なのだと。

 そしてその恐怖とは、時に知識欲や羞恥を上回る。それが現状だった。


「わかったわかった、速度落とすから。これでいいかな、お嬢さん?」


『こ、子ども扱いはやめて欲しい』


 余程納得いかないのか、再び背中に頭突きが飛んでくる。

 そんな彼女の肩を左手でポンポンと叩きながら、僕は原動機付自転車並みの速度でゆるゆるとポロムルを目指した。

 しかし、結局その苦情が収まったのは、シューニャが地面に降り立ってからのことであり、減速した意味は特になかったように思う。



 ■



 以前も使った街道脇の廃屋の中へバイクを隠し、僕らは予定より遅くついたポロムルで早い昼食をとった。

 僕は新鮮な魚料理に満足して、食後の茶か珈琲が欲しいと思いながら、のんびりと身体を椅子の背もたれに預け息をつく。シューニャが選んだ静かな店だったこともあり、満腹感とゆっくり流れる時間に素朴な幸福を感じていたのだが。


「どうやってあのばいく? というのが安定を保って走行できるのかが知りたい」


 食器が下げられるや開口一番、シューニャは突然そんなことを聞いてくる。

 乗っている時は恐怖から叫んでいただけだったというのに、冷静になれば知識欲が溢れ出したらしい。

 普段彼女は常識的で、他のメンバーたちを制御する立場であるためか、最近では知識欲をさらけ出してくることは珍しくなっていた。

 けれど2人きりという環境にストッパーは完全に失われ、キラキラと輝く瞳がこちらに向けられる。

 流石にこれをまた今度と躱すことはできず、僕は頬を掻きながら分かる範囲で説明をせざるを得なかった。


「回転するコマがこけないのと同じ原理だよ。ジャイロ効果っていうんだけどね」


「こま?」


「ああ。大体は円錐形をしていて、それを回転させて遊ぶものなんだが……今はないのかな?」


「見たことも聞いたこともない。詳しく」


 どうやら現代にはそんな玩具は存在しないらしい。

 シューニャの知識圏外だった可能性も捨てきれないが、子どもの玩具として広がっていれば博識な彼女が知らないとも考えにくいため、僕はないものとして考えることにした。

 とはいえ、実物なしに話をするのは難しい。


「そう、だなぁ。こういう形をした木の実とかはないかい?」


「なくはないけれど、冬場だから木の実を見つけるのは難しいと思う」


「じゃあ、作るかな」


「作る?」


 これまた不思議そうな顔をされる。

 シューニャの中で僕は不器用代表とでも思われているのだろう。

 それは否定できない事実ではあるが、紙細工に関しては少しだけ自信がある。

 元々学生の頃に適当に折り紙などして遊んでいたことが発端で、野戦病院やらでも紙さえあればできる暇つぶしだったことから、自然と上手くなったと言っていい。


「ちょうどいい。町に居るんだし、少し買い物をしよう」


「――ん」


 店員に銅貨を渡し、僕は多幸感を振り切って外へ出る。

 するとシューニャもとことこと後ろに続いたが、その表情は未だ不思議そうなままだった。なんならやや疑われていると言ってもいい。

 これは名誉挽回の機会と見るべきだろう。加えて、少し驚かせてやりたい気にもなってきた。


「この辺りで紙を扱う店を探したいんだが、わかるかい?」


「紙はリンデンでの生産が盛んだから、交易商の大店おおだなに行けばあるかもしれないけれど」


「なるほどなぁ」


 シューニャが言うには、王国でも作られてはいるものの、生産能力では交易国に大きく劣っており、その多くがポロムル経由で輸入されるらしい。

 つまり、現状の自分にはもってこいの環境であった。

 その上大店となれば店構えの差からすぐに見つかり、意外とあっけなく紙を手に入れることができたのだが。


「それなりに高かったね」


「リンデン産の高級紙ならしかたない」


 印刷用紙程度の小包1つで銅貨数百枚である。高級紙というのも頷けた。

 広場のベンチに腰掛けて小包を解き、僕は早速その内1枚に折り目をつける。しかし途端にシューニャが声を上げた。


「いきなりなにをしてるの!? それは、高級紙――」


「ああ、ちょっと腕が鈍っていないかと思ってね」


 紙とは文字を書くものであり、間違っても折って遊ぶ物ではない。そういう常識の中で生きてきたシューニャにとっては、弄ばれてゴミとなっていくようにしか見えなかったのだろう。

 彼女がどうやって静止しようかとあたふたするなか、僕は簡単に紙飛行機を1つ折り終えて、出来栄えに小さく頷く。


「腕は落ちていないな。見ていてごらん」


「え?」


 軽く上に向かって僕はそれを投げた。

 綺麗に折られた紙飛行機は僅かに吹く海風を捉え、太陽に白い翼を輝かせながら上昇していく。

 シューニャは目を丸くし、けれど視線で紙の翼を必死で追いかけた。

 広場で気付いた者が指をさし、さざ波のように疑問と感嘆の声が広がっていく。その様子に初めて、僕は800年前の簡単な技法ながら、してやったりと笑みを作った。


「どうだい。僕も中々器用だろう?」


「い、いまの、何? キョウイチ! も、もう1回!」


 遠くへ消えていった紙飛行機を追いかけることもなく、彼女は僕の肩を掴んでがくがくと揺さぶった。

 さっきまでの紙をケチっていた姿からは考えられず、むしろその子供らしい姿に僕は苦笑する。これで笑顔でも見せてくれれば完璧だったのだが、流石に表情筋を急激に動かすほどの力はなかったらしい。


「紙がある分は作れるんだから、そんなに必死にならなくても大丈夫だよ。今度はシューニャが投げてみるといい」


「う、ん!」


 力強く頷くシューニャに、僕はまた素早く1機作り上げて手渡す。

 彼女は興奮に瞳を輝かせながら、けれど弱い紙を崩してしまわないように優しくそれを持った。


「ど、どう飛ばせばいい?」


「ああ、そこに立ってくれ」


 紙飛行機片手に立ちあがったシューニャの後ろから、僕は彼女の手を取った。


「きょ、キョウイチ――っ!?」


「ほら、肩から力抜いて。腕を軽く上げて、ちょっと上向きに……そうそう」


 突如背後から手を掴まれたことに彼女は肩を揺すって驚いたが、僕が説明を始めると素直にそれを聞いて頷き始める。

 僅かに朱が入った頬で、けれどガイドに従って手を離せば、さっきの物より綺麗にできていた紙飛行機は風に乗って跳び上がった。


「……すごい」


 人々の頭上を越えていく紙細工の航空機。人も物も運ぶ力を持たない玩具のグライダーが舞う様を、シューニャは口をぽっかり開けて見送った。


「ああ、よく飛んでるなぁ。最初にしては筋がいい――ん?」


 ポンポンと彼女の頭を軽く撫でていると、いつしか目の前に人だかりができていることに気付いた。

 多くは女性や子どもである一方、中には少ないながらキメラリアも混ざっている。

 その様子を見回して、僕は小さく頭を掻いた。


「目立った、かなぁ」


 シューニャが興奮するくらいの物だ。大衆が興味を持たないはずもない。

 なんなら人垣の中には、一投目に飛ばした紙飛行機を胸に抱えている少年の姿まであり、その目には明らかな羨望が映っていた。

 できることなら、無垢な子どもの要望に応えてやりたい気もする。しかし、せっかくダマルが準備してくれたシューニャと2人の時間がであり、ならばと僕は再び彼女の手を取り、小包を反対の手で抱えた。


「きょ、キョウイ――わっ!?」


「失敬ッ!」


 ベンチを背にして僕は素早く走り出す。シューニャの手を離さないように握りながら、細い路地を右へ左へ駆けた。


「むぅ……」


 振り回されてご機嫌斜めなのか、背後から視線が刺さる。

 しかし後ろから聞こえる野次馬の声のために振り返ることもできないまま、僕は誠心誠意謝罪を叫ぶしかなかった。


「すまない! 場所を考えるべきだった!」


 それこそ少し町から出て人目のない場所で行えば、誰かから逃げ出す必要もなかったであろう。これでは不器用さを拭えたとしても、思慮不足が露呈した分でマイナスだ。

 おかげで恰好がつかないものだとため息が出る。

 暫く走れば野次馬からは逃れられたらしく、街路の一角で僕はようやくホッと胸を撫でおろした。

 無理矢理走らされたシューニャは息を切らしていたが、なんとか足をもつれさせることもなく、しかし、翠色の双眸でこちらをジッと睨んでくる。


「……キョウイチは強引」


「本当にすまない。これでは買い物も難しいだろうに」


 深く頭を下げる僕に対し、彼女はそうじゃない、と首を横に振った。


「元々ポロムルに行きたいと言ったのは、目新しい物でも探そうかと思っただけで、買い物があったからじゃない」


 胸を押さえながら、シューニャは深呼吸をして息を整える。

 ずれていたキャスケット帽を軽く直し、ポンチョの裾を軽く払ってから彼女はやや間を置いて、


「目新しい物は貴方が居たから見られた。私は満足」


 と、小さく微笑んだのである。

 おかげで僕は、さっきシューニャが紙飛行機に見とれたように、彼女の柔らかい表情に見とれていた。

 空を舞う白い翼がどれほどのものかと思ってしまう程、笑う少女は美しく、普段とのあまりのギャップに僕が言葉を失えば、シューニャは僅かにこちらへ歩み寄ってくる。


「笑顔、うまくできていた?」


 暗い建物と建物の間に居ても、彼女の頬が僅かに染まって居るのがわかる。

 無表情の仮面を被りなおして首を傾げていても、数秒前の微笑みがフラッシュバックして、どうにも上手く視線を合わせられない。


「あ、あぁ……驚いたよ、凄く」


 普段ならば何事もなく驚いただけで過ごせただろうが、先日のファティマからの告白でどうにも心が色恋に傾いているらしい。

 ただでさえ誰かに好意を向けられている状況だというのに、幼く見える少女へ胸を高鳴らせた自分が嫌になる。

 だからいつもと同じように、僕は己惚れるなと再び自らに釘を刺す。

 そんなこちらの心中を知ってか知らずか、シューニャは僕を見上げながら小さく呟きをこぼした。


「……少しだけ、いい?」

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― 新着の感想 ―
[一言] > 幼く見える少女へ胸を高鳴らせた自分が嫌になる 小柄なヒロイン(オブラート表現)多いんだし諦めよう?
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