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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
定住生活のはじまり
167/330

第167話 祝宴の家、勅命の宮

 新居での初めての食事は中々に豪勢な物となった。

 それもそのはずで、作業を手伝ってくれていたというヴィンディケイタたちが、家の完成祝いだと野生のアンヴを狩ってきてくれたのである。

 新鮮なジビエが手に入ったことに気をよくしたアポロニアは、ヴィンディケイタ一行を迎え入れ、備蓄を使い尽くす勢いで料理を作り始めた。

 彼女曰く、


「ご主人の財力なら、たまには贅沢する義務があるッス」


 とのこと。

 言われるまでもなく、念願のマイホームが手に入ったことに対する祝いの席であり、彼女の奮発を周囲も焚きつけたことから、ファティマも手伝いに駆り出されて机を埋め尽くすほどの料理が作られたのだった。


「さぁ食べてくださいね。ボクも久しぶりに料理ができて、満足です」


「いやぁ、食材の備蓄を気にせず作れるって、結構楽しいッスねぇ」


 つやつやと輝く2人を見て、シューニャはやれやれと肩を竦めていたが、楽し気な姿に敢えて水を差すようなことはしない。

 とても5人で食べきれない量も、ヴィンディケイタ達に振舞えば過剰と言う程でもなく、ただあまりに人数が居ることもあって立食会のようになっていた。

 彼らはフェアリーからの指示で、対価なしの労働力として働いてくれていたらしい。そんな功労への感謝も兼ねると考えれば、パーティのようになっても悪くはないだろう。

 おかげで会場はとても賑やかになっていた。

 特に作業を行う中で友好を深めていたらしいダマルは、左右に極彩色大嘴のタルゴと、巨大な毛玉であるラウルを伴って堂々たる姿だ。残念ながら兜を取ることまではできないようだったが。


「訳の分からん物を山ほど運ばされた時は狂ってる野郎だと思ったが、まさかどれもこれも使いこなすとはなぁ。お前は結局何者なんだ?」


「優秀な男にゃ秘密の1つや2つあるってもんよぉ」


 黒い羽毛に覆われた手で派手に鎧を叩かれ、ダマルは上機嫌に笑う。

 寡黙な雰囲気のあるヘルムホルツとは違って、この南国鳥らしき見た目の男は意外と気さくらしい。酒焼けしたような声でガラガラと骸骨騎士の能力を褒めちぎる。

 それに対してせっせと食事を集めていた大鼠は、満載された皿と酒瓶を手に2人の間へ入り込んだ。


「なぁ、そんなこといいから酒飲もやん酒」


「ったりめぇだオイ。飲め飲め!」


「気をつけろよダマル。そっちの毛玉のペースに合わせてたら、あっという間に潰されるぞ。なんせウィスキーだろうがブランデーだろうが、水のように飲むからな」


「げっぷ……水はそんなに飲めんのーん!」


 酒だと聞いた途端にタルゴは僅かに身構えていたが、それもそのはずで、飲めと言われた途端にラウルは酒瓶を1本空にして見せた。

 それでも彼女――で間違いないと思うのだが――はケロリとしており、何なら既に次の1本に手をかけつつある。これにはダマルも言葉を失った。

 まさに鋼の肝臓と言うべきか。むしろ早死にしそうだなどと、僕は遠巻きにその様を眺めていた。


「ラウルはいくら飲んでも酔わないからな……」


 自分の隣で食事をとっていたペンドリナは、既に何度目かわからないため息をついた。女性同士であるがため、過去に何かしら苦労があったのかもしれない。


「酒精を分解する力を少し分けて欲しいくらいです」


「アマミ氏は飲めないのだったか」


 男なのに珍しい、と彼女は小さく笑う。

 人間の身体から灰色の毛並みが生えたような見た目のペンドリナは、どこか大人の魅力を感じさせる女性である。そのせいか細められた青い瞳からは、どこか挑発的なものが感じられた。

 とはいえ、蜂蜜酒で泥酔した過去を思えば抗せるはずもない。残念ながらと首を振り、僕はすぐに話題を切り替えた。


「そういえばイーライ君とヘルムホルツさんがいらっしゃらないようですが」


「2人はテクニカの周囲で修行中だ。ホルツ殿はまだ自身が本調子でないからと遠慮されてな。おかげで、あの坊はボロ布のようにされているだろうが」


 言われた途端にその光景が浮かんだ。

 イーライは確かに人間としては強者の部類かもしれないが、相手がヘルムホルツでは分が悪いどころの話ではない。

 なんせあの猪男は、無数の機銃弾を体中に受け、致命傷を負いながらもなお戦い続けて生き残り、弾丸の摘出を麻酔無しで平然とこなしてみせたかと思えば、1週間そこらで身体が鈍るなどと言って鍛錬を始める化物だ。

 それと組手をさせられているであろう青年の様子を想像し、僕は憐憫の情に駆られて後ろ頭を掻いた。


「それはまた……しかし、今回は随分とヴィンディケイタの皆さんにお世話になりました」


「なにこの程度、我らには貴方に返しきれぬ恩があるのだ。あの御方の願いを成就させてくれたこと、改めて礼を言わせてほしい」


 そう言ってペンドリナは、真摯な目をこちらに向けてくる。

 だが自分としては、フェアリーの悲願を叶えるために、などという使命感はほとんど存在しなかったと言ってよく、僕は彼女から伝わってくる心からの感謝に小さく首を横に振った。


「僕たちは利害の一致が理由で依頼をこなしたに過ぎません。ポラリスを保護できたことも、半ば偶然のようなものですよ」


「そうは言うが、私の目から見たポラリス様は、随分とアマミ氏のことを信頼しているように思えたけど」


「あー……そこはまぁ、親の縁とでも言えばいいでしょうか」


 スノウライト・テクニカの中で1ヶ月も過ごしていたこともあり、ポラリスが僕に懐いているのは周知の事実だったことだろう。

 一目惚れ云々の話も含め、彼女の遺伝子に残された記憶がそうさせているのか、あるいは純粋に気に入られているだけなのかはわからない。そしてそれを説明することもできない以上、僕は苦笑しながら言葉を濁す他なかった。

 だが、それに対してペンドリナは何か含みのある笑いを浮かべる。


「ふぅん?」


「何です?」


「ふふ……いやなに、英雄様は随分と女心に鈍感なのだなと思ってね」


 あまりにも的確な彼女の言葉に、僕はフォークを取り落とした。

 ペンドリナと話す機会は今までにそう多くあったわけではなく、僕は未だに彼女の人となりを掴めていなかったのだが、この狼女はしっかりと僕の内面を見切っていたらしい。

 おかげで僕は、ぐぅと唸りながらステーキにフォークを突き刺すことしかできなかった。


「重々、自覚しているつもりです」


「ただでさえ貴方の周りには女性が多いのだから、誠実に向き合わないとその内火傷しかねないよ」


 それだけ言うと、ペンドリナはくるりと踵を返した。

 誠実に向き合えと言われて、僕はマオリィネに言われていた約束を思い出す。


『これが終わったら、ちゃんと皆に向き合いなさいな。戦うことばっかりに勇敢だなんて、絶対に許さないからね』


 あれは結局何を求められていたのだろう。

 作戦終了後に様々なことが積み重なって有耶無耶にされてしまっているが、マオリィネが帰ってきたら改めて聞いてみることにしよう。


「帰ってきたら、か」


 僕は自ら思い浮かべた言葉に苦笑を深める。

 一体いつからだろう。マオリィネが近くに居ることが当たり前だと、思うようになってしまったのは。



 ■



 謁見の間は突然の出来事に騒然とした。

 絨毯の中央を堂々と歩くマオリィネと、その後ろに続くテイマーを伴った大柄な鎧の姿。誰も彼もが口々に、あれはオブシディアン・(黒曜石の)ナイト(騎士)だと呟いた。

 帝国軍との度重なる戦闘で動かなくなったはずのテイムドメイルは、甲高い作動音を高らかに響かせながら、その頭に力強い赤色の光を宿し、そしてマオリィネの動きに従って玉座の前で膝をついて見せた。


「……それは何か?」


 ざわめいていた場内が凛とした声に、水を打ったように静かになる。


「このマオリィネ・トリシュナー、王国守りの要たるオブシディアン・ナイトを治癒し、帰参いたしました次第にございます」


 この言葉に再び場内はどよめいた。

 リビングメイルは謎多き存在であり、それを治癒できるなど信じられるはずもない。

 しかもそれをやってのけたのがトリシュナーという、子爵家の中でも僻地を仕切る田舎貴族令嬢だと言うのだから、信じたくないという者も多く居たことだろう。

 だが、そんなことはマオリィネにとってどうでもいいことだった。


「テイムドメイルを直すとは、その功績、疑いようもありませんね。しかし、余の言い渡した命は青いリビングメイルをここへ連れ戻ることだったはず。それはどうなりました?」


「順を追って、ご説明いたします」


 以前この場に立って居た時、彼女はガーラットの背に守られていたが、今は彼も自分を見守る立場として玉座の脇に立っている。

 誰の助けもなく、自らの足で立ち、自らの口で告げなければならない。それでもとマオリィネはここに来たのだ。

 彼女は起こった出来事の()()全てを流れるように語った。青いリビングメイルが何者で、テクニカで何が起こったのか。そしてその結果オブシディアン・ナイトがここに居ることも。

 それを黙って聞いていた女王、エルフリィナ・レルナント・アルヴェーグ4世は、語り終えたマオリィネを見て僅かに頬を緩めた。


「事情、よく理解できました。しかし、不思議なこともあるものですね。テクニカですら何もできなかったリビングメイルを治癒する者が居るとは」


「にわかに信じがたい話ですが……実際オブシディアン・ナイトが蘇った姿を見せられては、疑うこともできませぬ。マオリィネはよくやったかと」


 重々しい声で、しかしこっそり愛弟子の株を上げようと試みるガーラット。そんな彼の内心に気付いているのか、エルフリィナは僅かに苦笑したように見えた。

 自信ありげな将軍、ガーラット・チェサピークに対して物を言える人間は少ない。それは王侯貴族であっても変わりはなく、むしろ機嫌を取ろうと賛同する意思を示す者も少なくないほどだ。

 だからこそ、小さく聞こえた低い声は室内の空気を一変させた。


「しかし気になることもあります」


「何ですメキドロ?」


 鋭い眼光でマオリィネを眺めつつ顎を撫でるのは、ちょうどガーラットとは反対側に立っていた男。

 政治の面でエルフリィナを支える宰相、メキドロ・ジェソップである。


「トリシュナーの言葉のままならば、その者は王国領に居を構えたとのこと。であれば、どのような思惑があれどその者は王国の民となったことになりまする」


「宰相、何が言いたい?」


 前置きが長いとガーラットは彼を睨みつけたが、感情を凍らせたようなメキドロは一切動じない。むしろ、それくらい読み取れと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「民であれば陛下の勅に従わぬは罪。ただ放置しては他の民たちに示しもつかぬし、何よりリビングメイルを操るとなれば危険因子と見るは当然である」


「オブシディアン・ナイトを救った者を疑うなど、それでも誇りある王国の宰相か! 恥を知れぃ!」


「では何故恭順せぬ? 陛下に忠誠を誓えば歴史に名を遺す英雄となろうが、従わぬのならば何が信に足ると言えるのだ。それこそ賊と変わらぬではないか」


 烈火の如きガーラットが唾を飛ばしながら叫ぶ一方、氷のような目を向けてメキドロは低く殺した声を響かせる。

 周囲も両極の意見に分かれ議論のざわめきはさざ波のように広がっていく。

 そんな中、マオリィネは1人背中に冷たい汗を流して、顔を青ざめさせていた。

 万が一にも彼らを不敬罪などで裁くことが採択されたとすれば、帝国よりもミクスチャよりも恐ろしい敵を作り出すことになってしまう。

 テクニカの地下で繰り広げられた戦いを間近で見ていた彼女であるからこそ、王国の兵力などなんの壁にもならないのがハッキリと理解できていた。

 しかし、ユライア王国の軍事力がアマミ一行に劣っているなどと、そんなことを口にできるはずもなく、マオリィネはひたすら最終的なエルフリィナの判断を待つほかなかったのだ。

 だというのに、大上段の女王は腹心2人のいがみ合いを片手で制すると、マオリィネを見て笑った。


「ここで其方らがじゃれても仕方ないでしょう? マオリィネ、其方の意見を聞かせなさい」


 エルフリィナの一声で再び訪れた静寂に、マオリィネは床に視線を落とし硬く瞼を閉じる。

 暗闇の中で浮かんだのは、味方で居てくれると言いきった男の顔。それが困ったような笑顔を浮かべている気がして。

 深呼吸を1つして肩から力を抜いたマオリィネは、強い意志を宿す琥珀色の瞳で、再びエルフリィナへ向き合った。


「私は彼を信用に値すると思っています。仲間を家族と呼んで大切にし、救いを求める者の声には応じ、敵対するものは容赦なく焼き払う。ならばこそ、友好的な繋がりを持ち、よき隣人であるべきと愚考いたします」


 祖国もキョウイチも、どちらか片方を選ぶことなどできない以上、どちらもが共に歩む道を探るしかない。

 マオリィネはそんな一心で、絶対者であるたおやかな女性をしっかりと見据える。

 だが、エルフリィナは彼女を見て暫く沈黙した後、揺らめく衣の袖で口を覆いながらくすくすと笑いはじめた。


「ふふふ……()、ですか。ガーラット、其方の愛弟子は可愛らしいですね」


「えっ、あっ、や、そういうわけでは――」


 揺らめくように玉座から立ち上がったエルフリィナを前にすれば、誤解だ、という彼女の言葉は喉の奥でつっかえて消える。


「マオリィネ・トリシュナー、其方に任を与えます。ユライアとの懸け橋として、その者らを監視なさい。友好的であるならば共に歩み、害するならばその命をかけて斬るように」


 凛と広間全体に響いていく声。再び賜る勅命に、マオリィネはその場で跪いた。


「謹んで、拝命いたします」


 拳を床につけ、深く深く頭を下げる。

 これで試練は乗り越えられたのだと思うと僅かに安堵の息が漏れたが、おかげで見事に奇襲を受けた。


「それから、もしできることならば、その()とやら、婿としてみせなさい」


「陛下!? それは――」


 途端に今まで押し黙っていたガーラットが声を上げたが、それも片手で制されては軍権を預かる将軍とて唸ることしかできない。


「静かになさいガーラット。子爵家と婚姻を結べば、その者とて王国の臣となりうるでしょう。マオリィネも女の身なれば、わかりますね?」


「は、はい……よく、努め、ます」


 マオリィネは衆目の最中で熟れた果実のように顔を真っ赤に染めた一方、逆にガーラットは血涙を流しそうな勢いで身体を震わせていた。

 新たな勅を賜る可能性はマオリィネも考えていたことである。しかし、まさか国家公認で婚姻を結べという命が下るなど、完全に想定の範囲外だったのだ。

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