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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
テクニカとの邂逅
158/330

第158話 光明と執念

「クリア」


 曲がり角の向こうへ突き付けていた自動小銃を下ろし、僕は小さくため息をつく。

 その声は聞き取れない程小さいものだったが、耳のいいアポロニアには気づかれてしまったらしい。彼女は自分の隣へ並ぶと、覗き込むようにしてこちらを見上げてきた。


「ご主人? もしかして、調子悪いッスか?」


「いやそんなことはないんだが……皆に大きな借りができてしまったなぁ、って」


 軽く手を振りながら、いつも通りの苦笑を浮かべる。

 ポラリスと皆の献身により、僕は九死に一生を得た。だが、全員の命を危険に晒したことに変わりはなく、その責任はあまりにも重すぎる。


 ――全員を脱出させることは当然として、自分はどう報いればいいだろう。


 そんな思考が顔に出ていたのだろうか。アポロニアは自分の前に出ると、突然含みのある笑みを浮かべ、ほほぉんと妙な声を出した。


「借りってことは、何か返してくれるんスか? だとしたら命のお礼ってことになるッスから、き、た、い、させてもらうッスよぉ」


「あ、あぁ、そりゃもちろん。僕にできることなら……」


 彼女はにんまりと口を横に広げ、半眼をこちらへ向けてくる。何を考えているのか、太い尻尾も視界の端でゆらりゆらり。

 自分でもどう報いていいか分からないとは思っていたが、相手から改めて突き付けられると、何故か背筋に妙な悪寒が走る。

 無論、アポロニアがどんな無理難題を提示しようとも、自分はそれに全力で取り組むのみ。ただ、悪戯っぽい彼女の笑みを見ていると、何故か漠然とした不安が込み上げてくるのだ。

 ただ、自分の緊張とは裏腹に、何が面白かったのかアポロニアは唐突に噴き出すと、腹を押さえて爆笑しはじめた。


「あっははは! なぁーんて顔してるッスか! 冗談ッスよぉ。自分だって一杯ご主人に借りがあるんスから、これでようやく返せたって感じなのに」


 目尻に涙まで溜めてケタケタ笑う様を見るに、どうやら完全にしてやられたらしい。あの表情までが計算された悪戯だとすれば、自分は随分と騙し易かったことだろう。

 おかげで自分は、むぅ、と唸るくらいしかできなかった。 


「まったく君には敵わないな……だが、ありがとう。ここを出てからにはなるが、僕にできることならなんでも言ってくれ」


 不器用極まる頭からは、なんとも捻りのない言葉しかでてこない。

 しかし、意外なことにこれは功を奏したらしく、アポロニアは突然ピタリと笑うのをやめると、徐々に顔を真っ赤に染め、何か慌てた様子でブンブンと自動小銃を振りまわした。先端にバヨネット(銃剣)がついており、危険極まりないためやめて頂きたい。


「な、なななななななんでも、ッスかぁ!?」


「あぁ。余計だろうか?」


「そんなことないッス! か、考えとくんで、約束、ッスよ……」


 まるで先ほどまでの自分を見ているかの如く、アポロニアはきつく表情を引き締め、自動小銃を構えたまま何事かブツブツと呟き始める。

 その様子に僕が、集中集中、と苦笑を浮かべながら赤茶色の頭を撫でていれば、今度は後方を警戒していたファティマに、軽く背中を突かれた。


「あの、それってボクも貰えるんですか?」


「ああ勿論。ファティが翡翠を引き摺ってくれなければ、僕ぁ今頃シンクマキナと一緒に氷漬けだったんだから」


 大きな耳を揺らして首を傾げるファティマをチラと一瞥し、僕は僅かに頬を緩める。

 いくら小型軽量化が施された第三世代とはいえ、金属の塊であるマキナを人力で動すのは容易な事ではない。それも、シンクマキナとの交戦中に引き離したというのだから恐れ入る。

 それを誇るように、彼女はふふんと鼻を鳴らした。


「マオリィネと頑張りました」


「2人だけでよく翡翠を動かせたものだ。彼女にも何かお礼をしないとな」


「そのお礼なんですけど、ホントにどんなことをお願いしてもいいんですか?」


 じっとこちらを見つめてくる丸い金色の瞳。 

 自分は全知全能の存在などではないため、叶えられることなどたかが知れている。それはファティマも重々理解しているだろうが、その上でなんでもいいのか、と問うてくるものだから、アポロニアの時以上に嫌な汗が背中を伝った。


「あぁ、僕にできることなら、なんでもしよう」


 僅かに歩みを早めながら、焦りを悟られないように落ち着いて防御線を張る。このあたりが情けない大人であることは承知しているが、嘘をつくよりはよっぽどマシだろう。

 しかし、ファティマは逃げ腰ともとれる自分の発言を気にした様子もなく、むしろどこか嬉しそうにすら聞こえる声で、それじゃあ、と続けた。


「今度、2人でおでかけしましょ?」


 一瞬何を言われているのか、理解できなかった。

 今までの自分たちに定住の場所はなく、出かけるという表現は似合わないだろう。

 だが、僕は少し考えてから納得した。


「……あぁ、それくらいなら構わないよ」


「んふふ、()()()、ですからね? 約束ですよ」


 思えば定住したいことをハッキリ伝えたのは、ファティマが初めてであり、彼女はどこかに住む場所を見つけ、そこから出かけることを思い描いているのだろう。

 何か欲しい物でもあるのか、あるいは話相手でも欲しいのか。どちらにせよそれくらいならお安い御用だ。それどころか、彼女と出かける機会はこの先いくらでも訪れるだろう。

 そんな未来を勝ち取るためにも、今は何としてもこの現状を打破しなければならない。

 エントランスホールを真っ直ぐ進んだ先。唯一未踏のエリアを1部屋ずつ覗き込みながら、目的の場所を探していく。

 同じ動作を繰り返すこと暫し。明らかに他より広いドアを開けた瞬間、僕は自然と不敵に笑った。


「……これはこれは、大層な部屋があるじゃないか」


「おぉ、タマクシゲの中みたいなのが一杯ありますね」


 ファティマが感嘆するのも無理はない。

 研究施設の警備隊が扱うには、あまりにも設備の整った格納庫。それこそ小型の基地と呼んでも差し支えない規模である。

 あちこちに散らばった部品や、分解されたまま放置されたマキナ。更にはツナギ姿の白骨死体が転がっていたりと、暴走当時の混乱がそのまま残されている。

 そしてその一角、最も端にある整備ステーション上にぶら下げられた物に、僕は目を奪われた。

 微かに震える手で無線機の通話《OPP》ボタンを押し込み、こみ上げてくる笑いを押さえながらレシーバーに向かって口を開く。


「ダマル、格納庫ハンガーを発見。ご丁寧に大型整備ステーションまで揃ってる。それから――大きな勝算ができたよ」



 ■



 ひしゃげた鉄塊が円筒形のボディに叩きつけられる。

 ただの質量攻撃とはいえ、キメラリア用に作られた凄まじい重さを誇るメイスが直撃すれば、細い脚の付け根から火花を散らして崩れ落ちる。そこへ数本のボルトが突き刺さったことで、鉄蟹はようやく全身を弛緩させて床に転がった。


「これで……ようやく増援を壊滅……だが」


 ヘルムホルツは赤黒く染まった半分の視界で、当たりを見回して小さく笑う。

 ヴィンディケイタの多くが傷を負い、運が悪かった者は命を散らしていたが、その中にあって未だ自らは倒れず、数多くの仲間が退避するだけの時間を稼ぐことができた。

 幾多の戦場を越えてきた彼にも、頑丈なシシの身体と真銀の鎧に、これほど感謝したことはなかっただろう。それも今はあちこちに穿たれた穴から血が流れ出ており、何の治療も施さなければいずれ死ぬ。

 にもかかわらず、だから何だ、と猪男は笑った。破壊した鉄蟹の殻を盾にして、その後ろで歪んだメイスを握りしめると、傷だらけの身体に体に力が漲る。


「イーライ! 生きてるかぁ!」


「なん、とか……生きてますよ師匠ぉ!」


 呼ばれたイーライは肩で息をしながら、刃の欠けたハルバードで身体を支えている。

 鉄蟹が射撃に徹している間は物陰でやり過ごし、徐々に距離を詰めてきたところを強襲するやり方で、煙幕が切れてからも数体のクラッカーが破壊されている。

 しかし、未だ半人前である彼は、体力の限界が近づいていた。

 それでも生きて立っているだけ賞賛に値すると、ヘルムホルツは小さな目を細める。ただ、このままでは更なる増援に耐えられないこともまた事実であり、残念ながらその打開策を自らが持っていないことも理解しており、彼はイーライへ指示を飛ばした。


「まだ動けるなら、今すぐ研究者たちの下へ向かえ。先の煙筒けむりづつ、あれの代わりに奴らの目を奪う方法がないか、知恵を絞ってもらうのだ」


「はぁ!? んなこと言ったって、煙筒なんてすぐに作れるもんでもないでしょうが!」


「小生らは戦士だ。戦い方や策は練れても、技術についてはサッパリわからん。だが、研究者たちが同じであるとは限らんぞ」


 グッグッと咽の奥でヘルムホルツは笑う。

 未だ年若く血の気の多いイーライが、前線から外されることに不満を覚えるのは当たり前である。だが、戦いが剣槍弓矢のみで行われるもの、という単純な思考では戦場を生き延びることはできない。

 それをよく理解している年長者たちは一様に頷き、特に近くに居たラウルは彼の尻を勢いよく叩いた。


「博打よ博打。お前さんが1人ここで気張るよりも、ちったぁマシってことよん」


「いってぇ!? な、何だコラ腹黒ォ!? そりゃ俺が役立たずだって言いてぇのか!」


 戦力外通告ともとれる言葉に、イーライは涙目になりながらの叫んだが、それを聞いたラウルは前歯を出してケタケタと笑う。


「素直に聞きなぁボーヤ。仕事は山ほどあるのよん」


「いいから行け。命令だ」


 いつも通り軽薄な口調だというのに、ラウルの言葉に対する反論が思い浮かばず、それに加えて、バリケードの向こうからタルゴが濁った声で背中を押されたことで、イーライは毬栗のような頭をガリガリと掻きむしった。


「チィッ……わぁーったよ! そんかわり、俺が抜けたからって突破されても知りませんからね!」


 ハルバードを担ぎなおした彼は、ほとんど捨て台詞のように吐き捨てたが、それも必要だったのだろう。納得などできずとも、与えられた役割ならばと思考を切り替えるために。

 ペンドリナはそんな相棒の様子を遠巻きに見守っていたが、納得した様子を察するとフカフカの尻尾を振りながら歩み寄った。


「誰に口を利いてるんだ半人前。私が居るんだぞ」


「お前の攻撃じゃ致命傷になんねーだろうが! 軽い剣振り回しやがって!」


「力と重さだけが強さじゃない。いい加減それくらい分かれ」


「だぁーっ! うるせぇうるせぇ! 理屈なんて知るか、死ぬんじゃねぇぞピーナ!」


 腕を組んで微笑むペンドリナに、ひたすら噛みつくように叫んだかと思えば、イーライは踵を返して走り出す。

 その様子はベテランたちにとって微笑ましいものだったが、ペンドリナの心には少しだけ甘く苦い思いが去来し、犬歯の覗く口から小さな呟きが溢れ出した。


「本当に……誰に言っているのだか」


「いい坊やだのん。よぉよぉ懐いて」


 彼女の独り言に返事をしたのは、傷ついた毛皮にウォーハンマーを担いだ大鼠である。

 ヴィンディケイタの中でも付き合いの長いラウルが、黒く丸い目を細めて笑えば、ペンドリナは僅かなため息を漏らしながらも、本音を零すことができた。


「……あいつが一太刀でも入れてくれれば、考えようとは思っているよ」


「婚期逃すとウチみたいになんぞ?」


「ファアルに婚期なんてないだろうに」


「群れから離れて長ぇと、そんでもねぇのさこれが。あーあー、酒に付き合ってくれるいい男はどっかおらんかのーん」


 残骸と化したクラッカーの上で、ラウルは夢見がちに黒い目を輝かせる。

 見た目に獣らしさを色濃く残すキメラリアは、同種族でなければ見た目から年齢を推し量ることが非常に難しいため、彼女もまた年齢不詳だった。しかし、古い友人であるペンドリナは彼女の実年齢を知っており、その乙女らしい表情と染まったかどうかさえ分からない頬に対して、怪訝そうな表情を隠そうともしない。


「年増が色気づくものじゃないぞ」


「まな板娘が良く言うのーん」


 沈黙。

 スッと細められるウルヴルの眼。全身を毛で覆われた人と言うべき見た目の彼女は、自らの胸を左手で僅かに撫でてから、口の端だけを僅かに上げて笑った。

 逆にラウルは黄色く長い前歯をカチカチと鳴らす。彼女の見た目に人間らしい女性的曲線は望むべくもないが、それはそれで別にキメラリアとして見れば不思議でもなんでもない。とはいえ、たとえ見た目から年齢を察することができずとも女性は女性であり、やはり歳の話は巨大な地雷であった。

 おかげで周囲で聞き耳を立てていた他のヴィンディケイタ達は、急に武器を検めたり傷口の手当をしはじめたりと忙しく動き始める。

 おっかない女たちに巻き込まれたくない、ただその一心で。


「やるか腹黒鼠」


「おん? 耳齧りきったろか毛むくじゃら」


 高い身体能力を誇るウルヴルのペンドリナと、平均的なファアルとは一線を画す特異体のラウル。互いに精鋭揃いのヴィンディケイタの中でも、近接戦闘では抜きんでた存在であり、戦闘の中で血を滲ませる2人の迫力は凄まじく、間に割って入れる勇者など早々居るはずもない。

 周囲に何とかしてくれという空気が漂い始める中、頼みのヘルムホルツはバリケードの後ろで応急処置を受けており、岩石のように動かない。となれば、彼女らを諫められるのは最早極彩色の鳥男くらいしか居らず、彼は掠れた声で大きくため息をついた。


「いつまでも呑気にじゃれてるんじゃない。ラウル、負傷者と射手を代われ。ペンドリナはホルツを援護できる者を集めておくんだ」


 敵の波が去ったタイミングを見計らって、自らの傷を手当してもらっていたのだろう。肩口や腕、脇腹などに包帯がまかれた姿でタルゴはカチカチと大嘴を鳴らす。

 やはり獣らしい見た目のキメラリアである彼の表情はわかりにくいが、鳥らしくぐるりと頭を回して2人を睥睨する様子にはハッキリと呆れが滲んでおり、ペンドリナは肉厚な耳をぺったりと倒して首を垂れた。


「……はい」


「硬いこと言わずにさぁタルゴよぉ、これ終わったら飲みにいこーやーん」


 逆に一切気にした様子のないラウルは、黒い羽毛に覆われる彼の腕にすり寄っていくが、ヘルムホルツの次にヴィンディケイタ歴の長いタルゴは、このファアルの性質をよく理解しており、彼女へ向ける視線は氷のように冷たい。


「お前と飲むと潰されかねん。それに俺はファアルの女に興味はないぞ」


「潰れたとこ襲うのが醍醐味なんやのに、けちぃー」


「阿呆を言ってないで前を見ろ。祭り行列の御到着だ」


 キーキーと苦情を垂れていたラウルだったが、流石に耳障りな鉄を叩く音が響き始めると、小さく舌を打ってからむくむくとした丸い身体を更に丸め、バリケードの隙間からクロスボウを構えた。


「ったく、万能ってのは割食うのーん」


 頬を汚した血をチロリと舐め、ラウルは片目を瞑って狙いを定める。

 それとほぼ同時に、ヘルムホルツの号令が辺りへ大きく響き渡った。


「イーライかアマミが戻るその時まで、なんとしても時を稼ぐぞ!」


「敵の攻撃に備えろ! 穴だらけにされたくなかったら、防壁から身体を出すなよ!」


 言うは易く行うは難し。タルゴはガチリと大嘴を鳴らし、バリケードに背中をぶつけた。

 次の瞬間、通路の奥から姿を現したクラッカーの、赤いレーザーポインターが走り、それに続いて機銃のパーカッションが響き始める。

 1発1発が致命傷となりかねない強力な攻撃が、暴風雨のように叩きつけられてもなお、ヴィンディケイタ達は退かない。

 それどころか、自らが主と定めた人物の願いを叶えるため、武器を握りしめ反撃の号令を待ちわびていた。

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