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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
テクニカとの邂逅
145/330

第145話 母なる大地の袋詰め

 明けて翌日。

 僕らはスノウライト・テクニカへ戻って作業を再開していた。

 ダマルはアポロニアとマオリィネを連れ、再びテクニカ倉庫内で物資の捜索へ向かい、僕はシューニャとファティマと共に土嚢を積み上げ、防御陣地の構築を行っている。

 ゲートの手前を掘削して塹壕とすることができればよかったのだが、コンクリートの床を掘り返すことなどできるはずもなく、簡易的な壁として土を詰めた麻袋を積み上げるくらいしかできなかったのだ。

 出てくる敵の装備次第では、一発で木端微塵にされるだろう。だが、クラッカーの機関銃弾やマキナの突撃銃の威力を減衰させられるのは、火力不足の自分達にとって重要である。

 ただ、自分達では(かます)や麻袋の手配ができず、土を詰めたり運んだりする人手も足りないため、フェアリーに頼んでヴィンディケイタ達にも協力してもらっている。


「これで、一杯ですね……っと」


『よし、シューニャ、出してくれ』


「ん」


 ヴィンディケイタたちが作った土嚢は、翡翠を着装した僕とパワーのあるファティマが玉匣へ積み込み、シューニャの運転で地下へ潜る。

 そしてゲート前に土嚢を下ろし、そこからは積んできた土嚢がなくなるまで、自分が2人を指揮しながら陣地構築。

 マキナを使っていようがいまいが、陸戦歩兵なら防御陣地を作ることはできなければならない。たとえ専用の便利な道具がなくともだ。

 その反復作業が何時間にもおよび、往復した回数を数えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた頃、シューニャに腰の装甲をつつかれた。


「作業終了を提案する。外の作業効率も落ちてきてるし、そろそろ私も限界……」


「さっき見たときにはあのツンツン頭がへばってましたし、ボクもそろそろしんどくなってきました」


『そうだね……了解だ。今日はここまでにしよう』


 マキナを使っている分、自分の疲労はそこまででもない。だが、長時間右腕がほとんど動かせないことは苦痛であったため、僕は躊躇いなくシューニャの意見に頷いた。

 作業に疲労は最大の敵である。ただでさえ、ヴィンディケイタを足しても頭数の足りない自分達は、各々の身体能力で作業効率を高めているのだから。

 それにしても、ファティマと打ちあえるツンツン頭こと、イーライ・グリーンリーが真っ先に疲れはてているとなると、他のヴィンディケイタ連中が如何に並外れているかがよくわかった。

 何せ、本日の作終了を伝えに僕らが出てきても、夕焼けに染まる土嚢の製造現場は、夜通しやるつもりかと思うほどの勢いで稼働を続けていたのだから。


「キリキリ動け、手を止めるな! これはあの御方が望んでくださったことだ! 戦うことしか能のない我らヴィンディケイタに、かたじけなくも頂いた大切な仕事である!」


 現場へ凛とした声を飛ばして指揮するのは、キメラリア・カラ・ウルヴルのペンドリナである。自らも麻袋に土を詰め込みながら、それを肩に担ぎ上げて現場を右へ左へ駆けていく。

 その様たるや、まさに鬼神の如し。ヴィンディケイタにも上下関係があるのか、動きの鈍いアステリオンに鉄槌を振るい、弱音を吐く人間の尻を蹴り上げ、よく通る声で叱咤激励を繰り返しつつ作業の手は全く休めない。カラよりもなお強いと言われるウルヴルだけあって、持久力も並外れている様子だった。

 そんな彼女を補佐しているのは、極彩色の大きな嘴に黒い羽毛が全身を覆うキメラリア・クシュ。以前会った時はフェアリーの傍付きをしていた大鳥、タルゴである。

 彼は酒焼けしたような濁った低い声で、ペンドリナへ問いかける。


「おい、そろそろ袋がなくなるぞ?」


「構わん! ホウヅクは飛ばした、明日にはヘルムホルツ殿が買い付けて戻ってくるはずだ! 今日ある分は全て今日の内にやるぞ!」


「承知した。置いてある分は全て持ってこよう」


 どうやってあの大きな嘴から声が出ているのか気になるが、それを僅かに開閉させた彼は、足早に灯台へと戻っていく。この男も別格なのか、疲れた様子は一切見受けられなかった。

 だが、そうでない者がほとんどなのが現実である。それも一部のキメラリアと違い、肉体的に脆弱な人間は疲労も色濃く、長引く作業に愚痴が増えていた。


「なんで、俺が、こんな奴隷みてぇな仕事、しなきゃならねえんだよ……あーもー嫌だ!」


 へばってました、とファティマが噂するイーライが、汗まみれで土嚢を担ぎ上げながら叫ぶのも無理はない。以前見た時は槍を巧みに操る戦士だった彼は、邪魔な鎧も帷子も脱ぎ捨てて上半身裸となり、手ぬぐいを頭に巻いている。その様子は若い土木作業員でしかなく、腰道具もつければ完璧だっただろう。

 その隣では白いチュニックを着た巨大な鼠、所謂キメラリア・ファアルが高い声でケタケタ笑っている。

 小さな手足で直立歩行している以外は完全に鼠であり、全体的に茶色い毛並みで頬に白い筋があり頭頂部は黒いという、所謂ハムスターに近い模様をしているのが特徴的だが、見た目から年齢や性別は一切読み取れない。

 だが、この大鼠もまた別格なのか、土嚢を背に担いで運んでいく足はイーライより余程早い。しかも、体力切れ寸前の彼を独特の訛りで煽るだけの余裕を見せていた。


「体のデケぇきさんが、なにをそんなにへたばってんのさ? ほらほらぁ、キリキリ歩かんと想い人に叩っ斬られるよん」


「お前は、なんで、元気、なんだよ……!」


「ウチらはこういう仕事が普通だったかんねぇ。でも人間様がファアルなんぞに負けるて、恥ずかしくないのんけ?」


「この腹黒が……いつか、埋めて、やる……からな!」


「おんやぁ? 確かにウチのお腹は黒いけどぉ……ほほぉん? もしかしてファアルの女に興味があるかのん?」


「あるわきゃねぇだろ! 鼠の売れ残りが色気づいてんじゃねぇ!」


 イーライが怒りの形相で必死に咆えても、体力に余裕のあるファアルは口笛を吹きながら、あっという間に距離を離していく。そして事もなげに土嚢を資材置き場へ運び込むと、帰り際にもまた空の麻袋を振り回しながら彼を煽っていた。

 ちょこちょこ走る姿は可愛らしいが、イーライを完全に玩具扱いしていることから、どうにも彼より歳上か格上であるらしい

 そしてこういう場合に割を食うのは、予想通り青年の方だった。


「口ばかりで手が止まってるなイーライ。仕事をする気がないなら、私が直々にそっ首叩き落してやるぞ」


 腰に指したダガーの柄に手を掛けながら、笑みに八重歯を煌めかせて迫るペンドリナは、さぞ恐ろしかったことだろう。イーライの顔色が見る間に青ざめていくのがわかった。


「ま、待てピーナ!? ちゃんとやる! やるから!」


「ほーれ言わんこっちゃない」


 あの目は本気だ、とイーライは途端に動作を加速させ、大柄のファアルは我が身を案じてか距離を取る。

 その2人に対してペンドリナは毛深い首筋を撫でつけながら、呆れたように黒い鼻を鳴らし、ふと、こちらへ顔を向けた。


「これはアマミ氏。すまん、身内の恥を1度ならず2度までも」


「いやいや……皆さんには無理を言います。しかしそろそろ日暮れですので、今日の作業はこの辺りで切り上げませんか」


「む? もうそんな頃か。だが、私たちは夜通しでも働くつもりだ。何せ、あの方のお役に立てるのだからな」


 時間を忘れて没頭することはわからなくもないが、それにしても日暮れに気付かないとはよっぽどだろう。

 フェアリーへの心酔故か、彼女はあの御方とだけ言って決してその名を口にしない。そんな主から直々に作業命令が下ったとあって、ペンドリナの眼は疲労をもろともせず輝いていた。

 ヴィンディケイタたちの中には、大なり小なりフェアリーへの敬意は存在するのだろう。しかし、ペンドリナのそれは周囲と大きく異なっているらしく、屈強なヴィンディケイタ達の士気は目に見えて低下していた。


「そこまで急がなくていいですよ。むしろ、休息はしっかりとってもらって、事故や怪我の無いようにしてもらいたいのですが」


 このままでは過労死する者が出てもおかしくないため、僕は乾いた笑いを浮かべつつ、彼女を宥めることにした。

 すると予想通り、真っ先に反応したのはツンツン頭改め、身内の恥ことイーライ・グリーンリーである。

 休息という言葉に喜色満面、元々気安い性格なのもあってか、まるで旧知の友人であるようにこちらの肩に腕を回して寄り添ってきた。


「そうだろそうだろ新入り!? さっすが人間はわかってるぜ! この毛まるけ女は全部自分基準で考えるから、周りも大変で――がほぉ!?」


 言葉は選んだ方がいいんじゃないか、と僕が警告する前に、青年の身体は派手に後方へ飛んでいった。それは目にもとまらぬ見事なボディーブローであり、僅かとは言え格闘技に触れたファティマもおおと声を上げている。


「人一倍怠けていた奴がよく言えるな? ええ?」


 カラ・ウルヴルの身体能力は、人間としては筋肉質で体格もがっしりしたイーライを滑るように吹きばせるあたり、ケットと同等かそれ以上のパワーファイターらしい。おかげで、褐色の瞳に浮かんだ呆れと怒りの炎には、僕も自然と1歩後ずさってしまった。

 一方、地面に転がされた青年はといえば、内臓がぁ、と唸ってはいたものの、怪我をした様子がないことから、ペンドリナはうまく手加減しているらしい。

 とはいえ、彼女のやり方では色々と問題があるため、これにはシューニャがはっきりと苦言を呈した。


「皆をちゃんと休ませて。実際に作戦が始まったら、何が起こるか分からない」


「作戦中に何か問題が起こった場合、フェアリーさんや非戦闘員を退避させられるのは、ヴィンディケイタの皆さんしかいません。ですから、常に体調を万全としていただきたいのです」


 決してイーライの肩を持とうと思ったわけではないが、実際多くのヴィンディケイタは明らかに疲労している。元々持久力に優れるカラはまだしも、瞬発型のケットやそもそも身体能力的に劣る人間などは、明日からの作業にも支障をきたしかねない程だ。大きく特性の異なる種族混成部隊である以上、指揮官が自分基準で物事を進めるのは流石に無理であろう。

 僕がわざとらしく周囲を見渡したことで、ペンドリナもようやく現実が見えたのか、少し考えてから分厚い耳を後ろに下げて、小さく眉間を揉んだ。


「そう……だね。確かに君たちの言う通りだ。私もまだまだ未熟だな……久しぶりにあの御方から命令を受けられたのが嬉しくて、冷静さを欠くとは」


「ご尽力には感謝しています。ですが、時間はあるんですから、焦らず事故のないように進めましょう」


 やや自嘲的な笑みを浮かべたペンドリナは、僕の言葉に、すまない、と律義に頭を下げる。カラやアステリオンといった犬の特徴を持つキメラリアが上下関係を貴ぶと聞いてはいたが、ウルヴルはその比ではないのかもしれない。


「皆にも伝えてこよう。ほら行くぞこの情けないピンクッションが」


「人の鳩尾に拳くれといて……情けない針山ってなんなんだよ……」


 だが、逆に下であれば徹底的に下であるのかもしれない。

 おかげでイーライは立ち上がって早々に尻をひっぱたかれ、よろよろと足を引きずりながら彼女の背を追いかけていく。

 それを半目で睨みつけていたペンドリナは、少し歩幅を緩めてから小さくため息をついた。


「無駄口が多い。そんなだから成人しても半人前で単独行動も許されんのだ。私はいつまでお前の子守をしないといけない?」


「お、おい、子守ってなんだよ……!? 一応チームだ……よな?」


「お前なんぞ居ても居なくても変わらん。せめて私に一太刀くらい入れられるようにならんとな」


 以前から感じていたが、ペンドリナはイーライの指導役も兼ねているようだ。僕は見た目からイーライのことを20代前半くらいだろう思っていたのだが、もしかするともっと若いのかもしれない。

 先ほどペンドリナが放った目にもとまらぬパンチから、イーライがまだまだ足元にも及んでいないことはよくわかる。

 だが、青年には一太刀と言われて奥歯を鳴らしており、素の身体能力だけで負けを認めない強い心を持ってることがわかった。これは素直に評価できる。


「ぐ……っ、わ、わーったよ! 今に見てろ!」


「期待してるよ()()。全員注目! 本日の作業を終了する! 片付けにかかれ!」


 坊や、か。

 イーライはきっと彼女の背を追いかけて強くなることだろう。そういう意味でペンドリナはよき師であり、よき姉にも見える。

 微笑ましい景色だなと僕は頷いていたのだが、シューニャは全く別の視点から彼を見ていたらしい。


「尻に敷かれてる?」


「否定はしないけど、本人には言わないようにね」


 2人の間に恋慕の感情があるかどうかはわからない。しかし、シューニャの一言はイーライのプライドを粉砕してしまうことだろう。挙句彼が反論しようとも、肉体言語を主とする青年がシューニャに論戦で叶うはずもなく、メンタルをボコボコにされて再起不能になる未来しか見えない。

 できれば彼がシューニャに噛みつくような事態にならないことを祈ろう。それくらいに、理論武装を幾重にも施した少女が放つ、感情を廃した一撃は強力なのだ。


「おにーさん、お腹すきました。ご飯にしましょーよ」


 やや憐憫さえ感じる僕を、左腕に絡みついてくるファティマの間延びした声が吹き飛ばす。

 なんだかんだ、彼女も随分働いてくれた。玉匣への積み下ろしを主に担当していたとはいえ、その疲労は土嚢作成部隊にも劣らないだろう。

 おかげで無下に振り払うこともできず、僕は空いた右手で橙色の髪をわしわしと撫でて息を吐き、無線機のスイッチを押し込んだ。


「はいはい……ダマル、こっちは今日の作業を終了した。適当に切り上げて食事にしよう」


『おうよ、玉匣の場所はどこだ?』


「灯台横につけとくよ。上の竈は勝手に使ってもいいらしいから」


 できれば暖かい食事が食べたい。本当なら炭酸飲料でも欲しいところだが、ソフトドリンクは望むべくもないので、アポロニアの料理への期待は否応なく高まっていく。


「……ずるい」


「ん?」


 低く小さな呟きが聞こえた気がして、チラと右隣に視線を流したが、シューニャは何故かそっぽを向いていた。

 もしかすると、自分も思った以上に疲れていたのかもしれない。

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