表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
テクニカとの邂逅
128/330

第128話 心を乱すクロガネ(前編)

 右奥から身体を捻るように飛び出してくる鉄色をした剣。

 それは人の目には捉えられない程の高速で振動し、マキナの強固な装甲にさえ損害を与えうる古代技術の刃だ。如何に最新鋭機である翡翠でも、当たり所が悪ければひとたまりも無い。

 だが、突きを放ったことで腕が伸び切った状態からでは、回避も迎撃も間に合わない。スローモーションで煌めくハーモニックブレードは、まさしく自分の命を刈り取らんとする鎌だった。


『ぐっ!?』


 響き渡るギィンという鈍い音。

 だが、火花を散らせたのは頸部のフレームではなく右前腕部だった。それも器用に装甲部分を外し、ハーモニックブレードの収納部で受け止めていた。

 無意識のうちに体が動いていたのだろう。訓練と経験に救われたのは間違いなく、ほんの僅かに生まれた余裕に、僕は敵機を蹴飛ばしながら距離を取った。


 ――右腕アクチュエータ破損。動作不能、か。


 ヘッドユニットの中に躍る赤い文字。

 フレームは歪んでいないため、完全に動かせなくなった訳ではないものの、動力は人間の腕力だけの状態であり、事実上使えないも同然だった。

 腕が役に立たない以上、右側面のカバーは突撃銃を握る細いサブアームに頼る他ない。射撃精度が劣悪なのはもちろん、リロード動作にすら大いに手間のかかる状態で、まさしくないよりマシと言うべきだろう。

 その上、目の前では蹴りを受けた無人機が、平然が姿勢を立て直してくるのだから、僕は翡翠の中で小さく毒づいた。


『右腕1本で武装だけとはね……この無人機が特別製じゃないなら、僕の腕は相当鈍ってるらしい』


 戦場の数合わせと揶揄された無人機。いくら完全武装相手とはいえ、それに片腕をくれてやるなど、あまりにも馬鹿馬鹿しくてため息も出ない。

 とはいえ、僕が自嘲しようが反省しようが、自動制御プログラムが気遣ってくれるはずもなく、無人機は重石と化したガトリング砲一式を切り離し、残されたハーモニックブレードを構えなおすと、ジャンプブースターから青白い光を放ち始める。

 深く息を吸う。たかが無人機、という考えはもうない。

 目の前にいるのは敵マキナ。一切の油断なく確実に破壊するだけと、肺の空気を一掃した。

 点火したブースターの炎に煌めく刃。加速しながら突っ込んでくる黒鋼を見据え、僕もまたハーモニックブレードを構えなおし、それを真正面から待ち受けた。



 ■



 ランプウェイの入口近くまで後退した玉匣で、ダマルは運転席上のハッチから頭を覗かせつつ、大きなため息をついた。


「はぁ……いきなり我が家の風通しが良くなっちまうとこだったぜ。分厚い正面装甲に感謝って言いたいとこだが――」


 電磁反応装甲のモジュールがまだらに吹き飛び、露出しているヘッドライトはものの見事に砕け散り、砲塔正面にも複数の弾痕が見られるなど、玉匣は見るも無残な有様である。唯一不幸中の幸いと言えるのは、チェーンガンの砲身に弾が当たらなかったくらいだろう。

 とはいえ、これらの修理はダマルの仕事であることから、彼は憂鬱そうに頭を掻いた。


「あぁクソッタレぇい、救われたんだから文句言えねぇよなぁ。お前ら、誰も怪我してねぇな?」


 いつまでも穴だらけになった装甲を眺めていても始まらないと、ハッチを閉めて運転席へ戻った骸骨はレシーバーに声をかける。


『驚いただけ。怪我はない』


『ボクも頭がぐわんぐわんしますけど、平気です』


『き、機関銃に撃たれるってあんな感じなんッスね……自分が生きてることに吃驚してるッスよ』


 三者三様、とりあえず無事だという声が無線から返ってくる。

 ただ、1人分の返事が足りないことに気づき、ダマルはやれやれと言いながら運転席から立ち上がると、ひょこひょこした動きで車体後方へと足を運んだ。


「おぉい黒いの。無事だったら返事しろおぃ」


 骸骨の呼ぶ声に、マオリィネはビクリと肩を震わせる。

 その様子はまるで怯えた小鹿のようであり、虚ろな目をしながら彼女は自らの身体を掻き抱いた。


「あ……あれはオブシディアンナイトよ……? それが、なんで私たちを――」


 彼女の目に焼き付いたのは、自身もよく知る最強の盾。王国を象徴する鎧の1つが、どうしてこちらを攻撃してくるのかと呟きながら、マオリィネは子どものように首を振る。

 一方のダマルは、手間がかかると言わんばかりの様子で、大仰に肩を竦めてみせたが。


「馬鹿も休み休み言いやがれ。黒鋼なんざ全国津々浦々に配備されてた量産機だっつの。今じゃ大層ありがたがられてるみてぇだが、俺たちからすりゃ珍しくもなんともねぇんだよ」


「……味方では、ない、のね」


 馬鹿にしたような骸骨の物言いに、普段ならばマオリィネは噛みついただろう。しかし、今の彼女にそんな余裕はなく、ただただ弱弱しい笑みを髑髏に向けるばかりである。

 いくら気安いダマルとはいえ、ここまで憔悴した様子の彼女を笑い飛ばす真似はできず、車体後部のモニターを弄りながら、ぶっきらぼうに現実だけを告げた。


「あぁ、容赦なくぶっ放してきやがった以上ありゃ敵だ。アイツが負けるってこたぁねぇだろうが――よし、映像繋がった」


 そうよね、と静かに呟くマオリィネを背に、翡翠のカメラ映像がモニターに流れ始める。

 するとまもなく、車両後部に座っていたキメラリア2人が、翡翠が捉えた敵機を前に悲鳴じみた声を上げ、シューニャはあまりに突然の衝撃に視線を逸らしてしまった。


「おにーさん!」


「ご主人!」


 タイミングが悪かったと言うべきだろう。映り込んだ黒鋼は、見事に翡翠のハーモニックブレードを躱し、今まさにカウンターの一撃を叩き込まんとする瞬間だったのだから。

 画面の中で行われた攻防は一瞬。状況が呑み込めないダマルは、自分の吸っていた煙草に幻覚を見せる類の草でも混ざっていたのかと、自らの頭を疑っていた。

 万全な体制でないとはいえ、第三世代マキナである翡翠の性能は、黒鋼と比べて圧倒的。しかもその中身は、企業連合最強と謳われるエースパイロットの天海恭一である。その一閃を無人機が躱し、あまつさえカウンターを行うなど、とても信じられる光景ではない。


「どうなってんだ!? あいつの攻撃を無人機程度が避けれるはずが――っておい、バカ野郎! 右腕で受けるんじゃ……あーあ、ありゃあ間違いなくぶっ壊れたな」


 両手で髑髏を抱えたダマルは、大袈裟な動きで天を仰ぐ。

 しかし、ファティマはそんな骸骨の様子が気に入らない様子で、素早く白い頭に掴みかかり、彼女の後ろから顔を覗かせたアポロニアも、同じように拳を握りこんでグルルと唸った。


「まきなの心配してる場合じゃないでしょーが!」


「そうッスよ! あれ、ご主人の腕とか大丈夫なんッスよね!?」


「いぃだだだだ!? 頭割れる割れる!! アクチュエータが負荷に負けてぶっ壊れただけで、あいつは怪我してねぇよ、多分!」


 ファティマの握力にダマルの頭骨が軋む。翡翠ほどではないが、キメラリア・ケットの力でも骸骨には十分なダメージが通っている。

 しかもファティマはダマルの弁明にも、その手を緩めようとはしなかった。


「多分ってなんですかぁ! ボク、おにーさんの援護に行きます!」


 斧剣片手に後部ハッチから飛び出しかけたファティマを、ダマルは慌てて羽交い締めで静止にかかる。

 しかし、軽い骨ボディでケットの力を止められるはずもなく、骸骨はずるずると引き摺られていく。


「馬 鹿言うんじゃねぇ! お前が出て行ったところで、なんもできねぇだろうが!」


「離してください! ボクはおにーさんのリベレイタなんですから、黙って見てるなんてできません! それに何にもできないかなんて、やってみなきゃわかんないでしょー!?」


「わかるわ! D-5は自動修復装甲を搭載してんだぞ!? そんな鋼の塊じゃ傷もつけられねぇし、お前は一撃貰った時点で即死なんだぞ! アイツの足を引っ張るんじゃねぇ」


 足を引っ張る、という言葉を聞いた途端、ファティマはギッと奥歯を鳴らして歩みを止めた。

 見たくない現実。だが、見ないふりをしたからといって変わるものでないことは彼女も理解しており、やがてしゅんと耳を後ろに倒し尾を垂らした。


「でも……それでも何か、お手伝いできることとかないんですか!?」


 マキナ相手の戦闘で、自分は何の役にも立てない。それでも、足枷にしかならないという言葉に抗おうと、固く握りこんだ拳を震わせながら、金色の瞳でキッと暗い眼孔を睨みつける。

 だが、羽交い締めを解いたダマルは、カラリと首を鳴らして髑髏を横に振った。

 ここで彼女を行かせてしまっては、体を張っている相棒に、申し訳が立たないと。


「見ての通り、たった数秒で綺麗だった俺のお家はぐちゃぐちゃだ。それこそ反応がもうちょい遅れてたら、全員纏めてお空の向こうだったかもしれねぇ。残念だが、こいつは本来戦闘向きの車両じゃねぇんだよ」


「タマクシゲがだめなら、ボクがまきなの武器を使うとか」


「お前の力がどんだけ強かろうが、マキナと生身じゃ桁が違う。たとえ突撃銃《豆鉄砲》だろうが、たった1発撃つだけでも、その腕が吹っ飛んじまうかもしれねぇくらいにな」


 ダマルから突きつけられる言葉に、ファティマは不服そうに、うー、と唸りながら大きく尻尾を左右に振る。

 だが、それ以上衝動的に飛び出そうとはせず、骸骨は珍彼女を諭すように、力む細い肩へポンと白い手を置いた。


「なぁファティマ、気持ちぁ俺だってわかるんだ。だが、相棒は共和国を震撼させたエース様だ。たかが無人機なんかに負けるわけねぇんだよ。アイツのことを想うなら、今は信じて待ってやれ」


 たとえ己が冷酷と罵られようとも、ダマルは誰もが無事であるために、踏み越えさせてはならない一線を自らの責任で引いた。

 その気持ちが理解できない程、ファティマは鈍感ではない。やがてゆっくりと肩の力を抜くと、小さく鼻を啜りながら座席に戻り、切なそうな声を自らの膝に零した。


「うぅー……おにぃさぁん……」


「お前はいい娘だぜ。そう悲観するな、アイツは負けねぇよ」


「そうは言うッスけど、やっぱり歯がゆいッスよ。なんかこう、生身でもまきなと戦える武器とかないんスか?」


 ファティマのように直情的な行動はせずとも、渦巻く無力感はアポロニアとて変わらない。画面を眺めながらグルルと小さく鳴った喉が、その証左だ。


「対戦車ロケット弾発射器でもありゃ、マキナも吹っ飛ばせるんだが、俺たちゃそういうのを探しに遺跡に来てるんだぜ?」


「それはそうッスけど……」


 苦々しい表情を隠そうともせず、アポロニアは腕を組んで唇を尖らせる。

 800年前なら、ダマルの言った対戦車ロケット弾発射器や対戦車誘導弾発射器(ミサイルランチャー)などを装備した歩兵による攻撃で、マキナが撃破された事例も少なくはない。装甲マキナ支援車シャルトルズによる攻撃でなら、なお増えるだろう。

 しかし、それらのほとんどは奇襲攻撃によるものだ。状況に応じて人間と同じように動き回り、あまつさえ圧倒的な火力と装甲を誇るマキナに対し、鈍重なシャルトルズはいい的でしかなく、隠れていない生身の兵士など敵とすら見られなかったのだから。

 無茶をした分の皺寄せは全て、正面で戦っている者に降りかかる。故にダマルは首を縦に振ろうとはせず、だからと言ってキメラリア達とて諦めることは出来ない。

 ただ、彼女らが加熱している一方で、冷静に戦闘の推移を見守り続けていた者も居る。


「私の覚え違いでなければ、クロガネと呼ばれるあのまきなは、2人が属していたキギョーレンゴーという国の物のはず。なのに、どうして仲間であるはずのヒスイを襲うの?」


 シューニャは800年前の戦争を知らない。しかし、同じ国旗を掲げている軍団に対して矢を射かけるような行為は、時代に関わらず許されないはずと考える。

 対する骸骨は、ふぅむと小さく下顎骨を撫でた。


「俺にも詳しいことはわからねぇ。だが、仮にあの黒鋼が雪石製薬所有の機体で、立ち入り禁止区域に侵入した相手は無差別に排除せよ、なんて命令が下されてたとすりゃあ、状況の辻褄は合うぜ」


「その場合、警告もなしに攻撃してくるもの?」


「いや、自動放送でもなんでも警告はするのが普通だと思うぜ。それこそ、よっぽど見られたくねぇもんでもねぇ限りはな」


「見られたくないもの……?」


 シューニャは今回の依頼と紐づけて、僅かに眉を寄せる。

 フェアリーが開けたがっている封印。もしも開けられたなら、引き換えに欲しい物は己の身を含めて何でも差し出すとまで言い張ってだ。

 仮にそれが、神代の組織が誰彼無しに排除してでも隠そうとしたものが眠る場所だとすれば、どうか。

 普通に考えれば、800年の長きに渡って封印され続けた場所の中身を、現代人が知るはずもない。だが、だからこそシューニャは直接問いたださねばならないと、映像の中で蹴倒される黒鋼を見ながら、柔らかい拳を強く握りこむ。

 彼女らの心を乱したマキナ同士の戦いも、いよいよ終わりへと近づく中で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ