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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
テクニカとの邂逅
123/330

第123話 猫、有言実行

 ガァン、と玉匣の上面装甲に斧剣が触れて火花が散る。

 ファティマは金色の瞳に青く燃える炎のような怒気を乗せ、砲塔の上から槍を持つ男を見下ろしていた。

 一方の若いヴィンディケイタは、ただの人間であるような風貌でありながら、それに怯むこともなく楽しそうに顎を持ち上げる。


「へぇ? なぁケット、ツンツン頭ってのはもしかして俺のことか?」


「鏡見て言ってください。寝ぐせでもついてるんですか?」


 凄まじい殺気につい呆気に取られていたが、我に返ればこの状況は非常に不味い。

 推薦を得て中の人間と対話を試み、あわよくば金や知識と交換で資材を物色させてもらいたいところだというのに、いきなりの臨戦態勢はその全てをぶち壊してしまいかねないのだ。

 自分の弄していた小賢しい策に、巨大な亀裂が走ったのを確信した僕は、慌ててファティマを止め入る。


「ファティ、抑えて抑えて、ここで挑発したら――」


「おにーさんは黙っててください」


「お、おーい……?」


 にべもなし。

 止める間もなくファティマは軽く跳躍してしまい、僕が伸ばした手は空を切る。この時点で、策略の修復は絶望的となった。

 唯一の救いとしては、悠々と着地した彼女を前にしても、相手方がやけに楽しそうな笑みを浮かべている事だろうか。


「ハハッ! ちょっとは気骨のある奴も居るじゃないか! ぶん殴ったほうが相手がわかるってもんだぜ。安心しろよ優男、殺さないようにはしてやるさ」


「ゴチャゴチャうるさいトゲ頭ですね。泣けなくなるまでボッコボコにしてあげます」


「……空が綺麗だなァ」


 空を駆ける鳥を眺めて薄笑い。

 最早止める術はないのだろう。間に入れば自分が潰されるのは避けようもなく、さりとてマキナを出せば、それはそれで大騒ぎになること間違いなし。最悪、ファティマがやられそうになったら、威嚇射撃で剣を収めてもらう他にない。

 そう思って零した自分のため息がゴングだった。土を蹴り上げて飛び出したファティマは、猛然と斧剣を振り上げる。


「しゃぁっ!」


 ケットの剛腕で振るわれる刃がついた鉄塊は、とても脆弱な人間が受け止められる威力ではない。受け流す技量が無い場合、回避に失敗すれば手品のように人が肉塊に化けるだろう。

 だというのに、男は何を血迷ったのか、グレイブの石突を地面に突き刺したまま耐える姿勢を取った。止めるのも間に合わない一撃に、僕は最悪の事態だと目を伏せる。

 しかし、響き渡ったのは予想外にも、肉の潰れる音ではなく、空気を震わせる金属音だった。


「ッかぁー! さぁすがケットだぜ! 一撃が重てえ重てえ……が、それだけじゃ倒れてやれねえぞ?」


「う、受け止めた……!? どんな骨格してんだい」


 ミクスチャにさえ僅かな傷をつけるファティマの振り下ろしに耐えるなど、ただ膂力という言葉で片づけていいものか。挙句、手にしたグレイブもひしゃげることなく火花を散らしており、ただの鋼でないことは明らかだった。

 まさか防御されるとは思いもよらなかったのだろう。ファティマも驚愕に表情を染めると、自慢の力を防がれたことが相当悔しかったのか、獰猛に歯を剥いた。


「こん、のぉッ!」


 岩をも砕くであろう連撃に空気が揺れる。それは怒りに任せた攻撃のようにも見えたが、それでも細かく振って牽制したり、時に大振りを混ぜてわざと隙を作ったりと、粗削りな技術を生かしているのがわかった。

 だというのに、男は笑いながら一切の攻撃を最低限の動きで躱していく。


「ただのリベレイタにしちゃ使う方みたいだが――ガッカリさせんなよ」


 それは一切予備動作を含まない反撃だった。

 今まで回避と受け流しに始終していたはずなのに、振りの大きな1撃を繰りだそうとファティマが身を沈めた瞬間、彼女の眼前へとグレイブが飛び出してきたのだ。

 彼女は紙一重、地面を転がることでそれを躱し、勢いのまま立ち上がって斧剣で第2撃を打ち払う。どちらかの動作があと僅かでも遅れていれば、彼女を刃が貫いていたことだろう。

 しかも、一旦攻勢に出た男は素早い刺突を繰り返し、ファティマに体勢を整える隙を与えない。これに普段攻撃重視の彼女は小さく舌打ちした。


「っとと……振りばっかり早いですねっ」


 余りにも続く連撃に痺れを切らしたのだろう。ファティマは大きく後ろへ飛んで距離を取る。

 だが、まるでそれを待っていたとばかりに、今までとは大きく毛色の異なる必殺の一撃が着地点目掛けて放たれた。



「ちぃぇぁああああああ!」


 引き絞られた弦が矢を放つように、全身の力を込めた猛烈な刺突。この短い間にファティマの跳躍距離さえも見切ったのか、グレイブの穂先は確実に彼女を射程に捉えていた。

 如何に柔軟なケットでも宙で留まることはできず、跳躍後に着地点を変えるのは至難の業であり、それは大きな弱点となる。


「ファティっ!」


「おぉっ!? ふぎゃ――っ!?」


 ゴォンという鈍い音と共に、激しくファティマが後ろへ吹き飛ばされる。

 咄嗟に幅広の斧剣を盾にして受け止めたことで、なんとか串刺しになるのは防げたようだが、激しい衝撃に彼女は地面を転がっていた。


「へぇ? あれ受けられるってのは悪くねぇな。もうちょい早くしていくぜ」


 意外だとばかりに声を漏らした男は槍を構えなおす。

 余裕綽々の相手に対し、転がりながら立ち上がって勢いを殺したファティマは、相手の攻撃力が余程意外だったのだろう。暫くは自らの手を握ったり開いたりしていたが、やがて飲み込めた現実に、毛を逆立ててウウウと低く唸りを上げた。

 彼女は折れていない。それどころか戦意を高ぶらせて男に食って掛かる。今まで以上に荒く鋭く、いつぞやのように地面を吹き飛ばしながら、斧剣が振り回された。そこに剣術という小手先の技術はない。


「てあああああッ!」


「ハハッ、いい、いいぜ! だけど、足元がお留守だ!」


 目にもとまらぬ攻防があちこちで火花を散らす。青い雑草を土ごと抉りとり、低木がバリバリと音を立てて倒れ、それでも技量の差か持久力の差か、ファティマは徐々に防戦一方となっていく。

 ただ何となく、僕はこの戦いに違和感を覚えていた。

 先の凄まじい勢いの刺突を見る限り、確かにヴィンディケイタは腕が立つ。しかし、組み合って戦う状況なら、ファティマの技量で防御から攻勢に出れそうな隙があるように思えていたのだ。

 だからこそ、男は馬鹿にしたように笑う。


「どうした打って来いよ! 防ぐばっかりじゃ勝てねぇだろ!」


「むー、言ってくれるじゃないですか……! にゃぁあっ!」


 上段からの激しい振り下ろしに対し、彼は大きく跳んで距離を取る。地面にぶちあたった斧剣が大量の土礫を前方へ飛ばしたが、男はそんなことを気にもかけずニィと口の端を上げて笑っていた。


「ほい外れっと、どしたどした、ボコボコにするんじゃねぇのか?」


「……すっごくイライラしてきました」


 しゅうと煙を吐きそうな勢いで威嚇するファティマ。そこで揺らめく殺気は本物であり、僕は先の考えを否定した。


「安心しろよ、俺も飽きてきた。次で決めてやるぜ」


 彼女の青く燃えるような怒気を受けても、男は呆れたように肩を竦めつつ、槍を真正面へ向けて腰を落とす。

 さっきも見た凄まじい射程距離と速度を誇る刺突の予備動作。しかし、今度は打ち合いからの隙を突いた攻撃ではなく、真正面からファティマの防御を破るつもりらしい。それが事実となれば人間としては最早規格外だ。

 これは不味いかと僕は小銃を構え、男の足元に照準を定め、そこで僕はファティマが小さく笑ったように見えた。


「ボクね、そういうの興味ないんで――すっ!」


「――は?」


 彼女はまるでこれを待っていたかのように、今までのどの攻撃よりも素早く飛び出すと、力を溜めるような男に対し、斧剣を全力で投げつけたのである。そのあまりに突拍子もない動作に、僕は口から変な声を漏らしてしまった。

 凄まじい質量のそれが高速で直撃すれば、鎧を着ていようと人間が耐えられる威力ではないはず。とはいえ、今まで圧倒的有利な戦いを演じた男が、意表をついたとはいえ投擲程度を躱せないはずもない。腰を沈めた姿勢から僅かに身を反らすだけで、斧剣は空を切り背後の樹木へ突き刺さった。


「おいおーい? いきなり笑わせてくれん――なぁ?」


 武器を手放してどうするとばかりに、男は苦笑を浮かべたのも束の間、その視界はおよそ白い膝で埋め尽くされたことだろう。それがどういう状況なのかの判断が追いついたかどうかは別として。


「とあっ!」


「ごへっ!?」


 それは全力疾走からの見事な跳び膝蹴りだった。

 鼻先に膝の直撃を受けた男は、何か硬質な物が砕けたような鈍い音を響かせながら後ろへ倒れ込む。それも相当な衝撃だったのか、あれほど鮮やかに振るわれていたグレイブは手から零れ、地面を転がっていった。


――油断を誘ったのか。考えたものだ。


 投擲した斧剣に隠れるよう身を低くして走り、男が回避した先を予想した一撃。その一部始終を見ていた僕は、彼女らしからぬ戦い方に1人感心していた。

 そして一度馬乗りの姿勢で押さえ込まれれば、如何に強くとも人間でケットは振り払えない。それを理解した上で、ファティマはまた三日月のように口を裂いたのである。


「ふぅー……押されてるフリをするのは難しいですね。あの刺突はビックリしましたけど、どれも動きはぜぇんぶ真っすぐでしたから、うまく殺さないように加減できました。これならマオリィネの方がよっぽど厄介です」


「こ、こんの野郎、わけわかんねぇことしやがって! ケットってのはもっと力任せに――げッ!?」


 如何にファティマの体重が軽いとはいえ、あの筋力とバネで飛んでくる勢いの蹴りを顔面に喰らって意識があったことは称賛に値する。それもまだ叫べるだけの元気さえあるのだから、ヴィンディケイタも人間ではないと言われた方が納得できそうだった。

 しかし悲しいかな、良くも悪くも()()()()()()()()()()()()し、男の言う通り()()()()()()()()()

 彼は意識を保たせてしまう頑丈な身体を、きっと呪ったことだろう。


「ボッコボコの時間です」


「お、オイコラ、ちょっとま―――ガほッ、ぐェっ!? てめ、汚ェずべばっ!?」


 これでもかと浴びせられる高速猫パンチ。彼女なりの優しさか、手を丸めて爪を使ってはいなかったが、周囲に血が飛び散っていくことに変わりはない。

 その光景に僕は頭痛を禁じ得ず、無線からマオリィネもため息を漏らした。


「ケットに組み付かれるのは脅威ね。力じゃ退かせないもの」


「あー……殴られたわけじゃないんだが、僕も経験があるよ」


 思い出されるのは夜鳴鳥亭での一幕だ。寝ぼけていたとはいえ、一度絡みつかれては彼女から逃れるのはほぼ不可能だった。

 それもマウントポジションから顔面にパンチの雨を降らされれば、最早命の危機であろう。頑丈なあの男でさえ、数秒としない内に声がしなくなり、ビクンビクンと手足が痙攣するだけになっているのだから。

 放っておけば脳内出血か頭蓋骨陥没で召されてしまいかねないため、僕はいい加減止めようとハッチから身を乗り出したが、自分より先にファティマに声をかける者があった。


「その辺りで勘弁してやってくれないか」


「お?」


 暗い森の中から静かに現れたのは、短い灰色の体毛をなびかせる背の高い女性。顔つきは人のそれだが、黒い鼻先と毛皮に覆われ、透き通るような青い目は呆れたような視線をファティマに投げかけている。

 流石に見ず知らずの人物に声をかけられては、ファティマも殴り続けることはできなかったのだろう。判断を仰ぐためかこちらを振り返ってくれたので、僕が戻って来いと手招きすれば、ようやく男は猫パンチラッシュから解放されたのだった。

 遠目でも見事に腫れあがって肉まんのようになった男の顔を見下ろして、やれやれと首を振ってから、改めてこちらへと向き直り小さく頭を下げた。


「アマミ氏、うちの粗忽そこつ者が失礼をした。どうか許して欲しい」


「僕のことをご存じで?」


「ああ、勿論だ」


 胸部と腰だけ軽装鎧を揺らす彼女は、落ち着いた様子で小さく頷く。

 野性的な見た目をしているが、肉まん男とは対照的に冷静な女性であるらしい。それも()()()と彼を称したことから、やはりヴィンディケイタなのだろう。明らかに男を下に見ている様子から、彼女もまた相当な実力者らしい。

 しかし、強者の余裕とでも言うべきか、キメラリアの女性は僅かに表情を緩めると、穏やかに話し始めた。


「私はヴィンディケイタのペンドリナ。そちらの話はコレクタユニオンを通して窺っている。この粗忽者、イーライ・グリーンリーは難しい話をすぐ忘れるものでな。そちらの話を完全に忘れていたのだろう……あとで絞っておくので、許してやってくれ」


「い、いえ……その、乗っかったのはこちらですから」


 考えてみれば当然なのだが、推薦書が送られている以上、自分たちの話はしっかり伝わっているらしい。そこに玉匣のことが書かれているかどうかはわからないが、誰もこれを指摘できなかったことは、自分たちも大概間抜けだと自嘲的な笑いが浮かんだ。

 そんな自分の表情を、ペンドリナは許容と受け取ったのか、分厚い耳の生える頭を小さく下げてくれる。


「寛大な心に感謝する。今回の詫びはいずれ必ず――ともかく、今はテクニカまで案内しよう。続いてくれ」


 彼女が振り返って指笛を吹けば、森の影から非常に大柄な兜狼(ヘルフ)がひょっこりと顔を出すと、すぐに彼女へと擦り寄っていく。それに肉まん男ことイーライを担ぎ上げた彼女がひらりと跨れば、手綱もなしに肉食獣は歩き出した。


 ――このヘルフ。どこかで見たような気が……。


 ヘルフを追従して動き出す玉匣のハッチ上で、はてどこで見たのかと僕は首を捻ったのだが、その思考は無線機からの声で中断を余儀なくされた。


『カラ・ウルヴル』


「――それは、ペンドリナさんのことかい?」


『間違いない。キムンの毛有くらい数が少ないけれど、カラ以上に力が強くて身体も大きい犬系の最強格』


「最強……かぁ」


 ヘルムホルツといいペンドリナといい、ヴィンディケイタとは化物揃いらしい。その中でイーライ・グリーンリーと呼ばれた男がやっていけているのだから、彼もやはり人間としては驚異的な戦力として数えられたのだろう。

 それをものの見事に打擲ちょうちゃくしてしまったのは、どことなく申し訳ない気がして心の中で謝罪しておいた。

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