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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
テクニカとの邂逅
111/330

第111話 出立の準備

 僕がクローゼに呼び出されたのは、あの事件からおよそ1週間が経ってからのことである。火災からの修復作業が進むコレクタユニオン支部の応接室で、相変わらずビジネスマン然とした眼鏡の青年は、こちらに大きな封筒と小さな筒を差し出した。


「コレクタ本部からホウヅクが戻りました。これで貴方がたは、正式に近隣テクニカへの推薦を得たことになります」


「予想より随分早い。助かる」


 暫定支配人となったクローゼの仕事は早く、それが故に支部の立て直しに忙しい日々を送りながらも、自分たちのことを相当気にかけてくれた。

 おかげでシューニャが驚くほどの速度で、推薦が通ったのだろう。彼女は地図と推薦書が入っていることを確認して、少しやつれたように見える彼に対し、ペコリと頭を下げた。


「いえ、自分にできる数少ない恩返しです。グランマへの応援要請も、無事許諾されましたから」


「それは何よりです。何かと、お世話になりました」


「もう、行かれるのですか?」


 そのどこか名残惜し気な様子は、初めて会った日からは想像もつかないものであろう。人間わからないものだ、などと思いながら僕はソファから立ち上がり、彼に小さく頷いた。


「ええ、僕らが王都で成すべきことは終わりました。今晩にでも出発しますよ」


「そうですか。道中お気をつけて、また会える日を楽しみにしております」


「ハハ、まさか貴方からそんなことを言われるとは」


 線の細い青年と握手を交わし、僕はシューニャを連れて外へ出る。

 これからクローゼに待っているのは苦難の連続だろう。急激に半数近い人員が更迭され、その内半分はコレクタユニオンの掲げる規約に違反した罪を問われて極刑を言い渡された。

 王都におけるコレクタユニオンの名は地に落ちたと言ってよく、集団コレクタも活動が鈍化しているという。逆に今までコレクタに寄せられていた依頼の多くが掲示板掲載されたため、冒険者が殺到するなどの混乱も見られた。

 更に汚職を追及されて子爵家が断罪されたこともあり、市井から貴族に向けられる視線も厳しくなっている以上、貴族でありながら暫定支配人となったクローゼに対し、逆風であることは言うまでもない。

 だが、これでようやくキメラリアの地位向上を叫ぶ彼らは、スタートラインに立ったのだ。今後の活躍に期待しつつ、僕はコレクタユニオン支部を後にした。



 ■



 情報が集まった以上、王都に留まる理由はない。各々知り合った人への挨拶や必要物資の収集を行い、夕刻までに撤収準備を完了することとなった。

 そうして自分たちが最初に訪れたのはウィラミットの仕立て屋である。

 今日は天井にぶら下がりつつ編み物をしていたらしい。頭上から編針の音をさせる彼女に声をかければ、白い生地を持ったままするすると降りてきてくれた。


「そう、行ってしまうのね」


「ウィラにも何かと世話になった。また王都に寄ったら顔を出すよ」


 ウィラミットにはアポロニアの服をはじめとして、本当にあらゆる衣服に関する相談を受けてもらった。何ならロガージョのクイーンと戦った影響で損傷したファティマの防具も、彼女の手によって修復されている。

 その上、フリードリヒとの戦いにおいても移動や隠密行動の支援をしてもらっており、最早他人と言えるほど関りも浅くない。

 だからせめてお礼に果物でもと思い立ち寄ったのだが、彼女はプレゼントに驚いたのか珍しく少し慌てると、店の奥から1本の長いロープを持ち出してきた。


「素敵な素敵な殿方に、私からのお返し」


「おぉ、これはなかなか――」


 手渡されたのは長いロープは、その太さに対して驚くほど軽いため、ただのロープでないことは素人の自分にもよくわかる。それも異常に手触りがいいために、これはこれはと撫でまわしていれば、ウィラミットが何故かくねくねし始めた。


「やぁんもぉ……恥ずかしいから、そんなに撫でまわさないで頂戴」


「え、あ、あぁいや、すまない。しかし、これはまさか、アラネア糸かい?」


「ええ。とても丈夫だし、ロープは何かと便利でしょう?」


「う、嘘でしょ!? アラネア糸をロープなんかに使ったんスか!?」


 ウィラミットの返事に背後でアポロニアが派手によろけ、シューニャも頬に冷や汗を垂らす。

 ただでさえアラネア糸は高級衣類に用いられる非常に高価な素材であり、雑貨に用いられることなどほとんどないのだろう。無論、果物程度とは比べ物にならないはず。

 おかげで、こんな高級品は受け取れない、と言おうとして、しかしそれをダマルに止められた。


「貰っとけよ相棒。値段がどうであれ、こんな綺麗な姉ちゃんにプレゼント突き返すのも失礼だろが」


 こんな時ばかり真摯な骸骨に、僕はそれもそうだと彼女に頭を下げてロープを肩にかける。

 しかし、ウィラミットはそんな言葉が意外だったのか、薄く微笑む三日月型の唇に舌を這わせると、静かにダマルへと歩み寄った。


「嬉しいことを言って下さるのね、不思議な騎士様。アラネア相手に綺麗だなんて」


「アラネアってのはキメラリアの種族か? 確かに変わった見た目だが――」


 思えばこれがダマルとウィラミットの出会いであり、骸骨が言葉の意味を訪ねれば、彼女は僅かに声を弾ませながら自己紹介を始めた。


「私はウィラミット。蜘蛛なの、騎士様」


「蜘蛛――」


 だが、その自己紹介にダマルは硬直する。

 そして近づいていた彼女から音もなくスライドして距離をとると、こちらへ耳打ちを1つくれた。混乱しているのか、()()()()()()()()


「俺が虫苦手なのは言ったよな」


「そりゃ蟻の巣穴に腰が引けるくらいだし、なんだい?」


「いや蜘蛛は余計に苦手なんだよ。糸吐いたりワサワサ動くのがどうに――もあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「おー……すごいグルグルしてますね」


 言葉が叫び声に置き換わったかと思えば、空中で高速ローリングをかます骸骨騎士。どこかで見た光景だと少し考えれば、あちこちの古着屋や仕立屋の奥に置かれていた糸車の下にぶら下がった紡錘そのものだった。この店にだけ紡績用具が見当たらなかった理由にも納得がいく。

 瞬く間に頭以外を蜘蛛糸に包まれたダマルが派手に床へ転がされると、ウィラミットは汚い物を見る目をしながら箒で店の外へと掃き出し、勢いよく扉を閉めてふぅと小さく息をついた。


「もぉ、汚物を連れて来られては困るわ。キョウイチさんのお仲間じゃなければ、あのまま川に流していたところよ」


「み、身内が失礼しました。ちゃんと言い聞かせておきますので」


 いつ見てもアラネアの力は恐ろしいものである。外に転がされたダマルが悲痛な声で、助けてぇ、と叫んでいるあたり、自力での脱出はまず不可能なのだろう。

 そんな光景に顔を引き攣らせていれば、ウィラミットは再び自分に音もなく近づいてきて、そっと自分に抱き着いて頬と頬をくっつけた。


「うぃ、ウィラ――?」


「私の糸がキョウイチさんのお役に立つように……ね」


 彼女の呟きはまるで何かのまじないのようで、そっと触れる体は冷たいのに吐息は熱く、そんな不思議な感覚に心臓が跳ねる。

 だが、これは挨拶のようなものだったのだろう。自分がどうしていいかわからず硬直しているうちに、白黒の身体は静かに離れると、そのまま独特な甘い香りを残してスルスルと天井へ戻っていった。

 だから僕はすぐに呼吸を落ち着け、深く一礼して踵を返す。彼女が離れたということは、これで話はおしまいという意味に違いないのだ。

 だというのに、アポロニアはグルルと小さく唸ると、自分の代わりに1歩前へ出た。


「ご主人、皆と先行っててほしいッス。ちょっと自分は奴に話があるんで」


「あ、あぁ。それじゃあ、外でダマルを解いてるよ」


「うス」


 シューニャとファティマを連れて外へ出ると、間もなく店内から何か叫び声が聞こえてくる。その内容に関してはよくわからなかったが、ゴルァ蜘蛛女ァ! と言っていたのだけはハッキリ聞こえた。いつの間に仲良くなったのだろう。

 その一方、道に転がされたままの骸骨は、呆然と空を眺めていた。


「おう相棒……蜘蛛って怖ぇな」


「いらんことを言う君が悪いだろう。こりゃ解けないな……切るしかないか」


 シューニャが言うには、アラネア糸は繊維として使う物と普段利用する物とで強度が大きく違うらしいが、それでもダマルを巻いた糸には中々ナイフが通らず、救助作業は難航を余儀なくされる。

 おかげで骸骨が自由を取り戻したのは、アポロニアがウィラミットとの()()を終えて、鼻を鳴らしながら肩をいからせて店を出てきた頃だった。



 ■



 次に向かったのは貴族街の入口前に立つ王国騎士団宿舎。王都におけるマオリィネとジークルーンの仮住まいである。

 衛兵詰所に面会を願い出ようと近づいた時、ちょうどジークルーンが通りがかったことで、特に待たされることもなく来客用の談話室へと通され、すぐにマオリィネも顔を出した。

 そこで自分たちが今晩にも王都を発つことを伝えれば、急だと驚きながらも、彼女は少々微妙な表情を見せる。


「寂しくなる――とも言ってられないのよねぇ」


「何かあった?」


 大きくため息をつくマオリィネに対し、シューニャは首を傾げれば、隣で小さくなっているジークルーンが苦笑しながらその理由を教えてくれた。


「私もマオも、難しい任務を言い渡されてるの。でも極秘だから、誰かに手助けをお願いすることもできないんだぁ」


「ありゃま、騎士様って言っても軍人は大変ッスねぇ……」


 どうやら2人はそれに忙殺されているらしい。任務と言われてアポロニアがわかるわかると頷いてみせる。

 しかし、その合間を縫って昼間にファティマと剣を交わしに来てくれていたと言うのだから、頭の下がる話だった。

 実際、ファティマはこの数週間で随分と腕を上げている。最初は剣技を覚える事で、一撃必殺の特性が殺されてしまうのではないかと危惧していたが、闇雲に振り回していた剣を制御するようになってからというもの、明らかに隙は小さくなった。まだまだ粗削りではあったが、ファティマの集中力をもってすれば何れ形になる事だろう。


「次会ったときは負けませんからね」


「ふふ、楽しみにしているわ。自信がついたら、王都かトリシュナー家の領地にいらっしゃい。歓迎してあげるわ。私もアマミには勝てていないのだし、ね?」


 ぐるりと向けられた琥珀色の目には、明らかに再戦を望む心が滲んでいて、僕は笑顔を引き攣らせる。


「血生臭くないならいいんですが、マオリィネさんも闘争心凄いから……」


「ちょっと、人を戦好きみたいにいわないでくれるかしら。私だって乙女なのだし、血生臭いのは嫌いよ」


 斧剣を打ち払えるほどの剣技を誇っている人に乙女を語られても困る、と思ったのは自分だけではないらしい。半眼で睨んでくるマオリィネに対し、隣で骸骨騎士が笑い声をあげた。


「カッカッカッ! 悔しいにしたって随分好戦的な乙女が居たもんだぜ!」


「う、うるさいわね……貴族にはプライドってものがあるんだから! 手合わせ、逃げないでよ!?」


「まぁ、それは気が向いたらということで。また顔を出すようにはしますから」


 ダマルに煽られたことでまなじりを釣り上げたマオリィネだったが、一応会いに行く約束をとりつければ、少し照れたようにフンと鼻を鳴らして、約束よ、とだけ短く告げた。



 ■ 



 それからは各々手分けして必要な買い物のため、また露天が並ぶ広場を見て回る。その大半は食品類であり、あとはチマチマと便利そうな雑貨を買い込んだ。

 全てを終えて夜鳴鳥亭へ戻ったのは、太陽が少しずつ傾き始める頃合いである。荷物の多い女性陣は荷物を纏めるために部屋へ上がり、残された僕とダマルはハイスラーとヤスミンに今晩にも出立する旨を申し出た。


「今晩とは、また急ですなぁ」


「基本的に行き当たりばったりなもので。ただ、ようやく先が見えました。あ、よければ珈琲の素を頂いても?」


「おう、ついでに果実酒も何本か頼むわ。なんだかんだ、舌がここのに馴染んじまった」


「ハハハ、好む人の少ない珈琲と安酒をご所望とは、変わったお客様だ。少々お待ちを、袋に詰めてきましょう」


 ハイスラーがキッチンへ消えていったのを見て、僕とダマルが相変わらず閑古鳥のテーブルに腰を下ろせば、話を聞いていたヤスミンが隣の席にちょんと腰を下ろす。


「アマミさん、行っちゃうんですか?」


「ああ。ようやく目標に近づけそうだから」


「どうしても、ですか?」


「――そんな顔しないでくれ。また絶対に会いに来るから」


「うぅ……ヤスミンは寂しいです。とっても……寂しいです」


 クリクリとした青い瞳を潤ませる少女に、いつからそんなに懐かれたのかとは思う。しかし、純粋な彼女の言葉を疑うことなどできず、僕は俯くアッシュの髪を優しく撫でた。するとヤスミンは堪えきれなくなったのか、横からギュッとこちらの腰にしがみ付き、小さく鼻を啜って微かに嗚咽を漏らしはじめる。

 すると背後でガコォンという派手な音が響き、何事かと振り向いてみれば、カウンターの出口で商品を手にしたハイスラーが口を押えながら、滝のような涙を流して震えていた。酒瓶が割れなかったのは、ほぼ奇跡であろう。

 その様子にはヤスミンさえ驚いて涙を引っ込めていたが、そんなことを子煩悩な父親は気にしない。商品を床に転がしたままこちらへ駆け寄ってくると、自分の前に跪いた。


「ああ、アマミさん、どうかうちの娘を貰ってはくれませんか!?」


「マジかよオッサン……いやマジだわ」


「ま、まだ諦めてなかったんですね」


「この子はこんなに懐いているのです! どうかこの夜鳴鳥亭を継ぎ、王都で共に幸せな家庭を――」


「ダメっ!」


 しかし、それを断ち切ったのは、他ならぬヤスミン本人だった。

 寂しさが消えたわけでもないだろうに、彼女は僕の腰から離れると、赤くなった目を擦って毅然と言い放つ。


「アマミさんはシューニャさんたちと旅をするの。だから、ヤスミンはわがまま言わない。また、来てくれるの、いい子で待ってますから」


 この言葉に、ハイスラーは一瞬唖然としたものの、意味を理解してまたオイオイと泣きはじめる。

 しかし、それは無理もないだろう。僕自身、こちらの迷惑を考えて自ら諦めようとする健気な少女に、ついつい目頭が熱くなっているのだから。


「ありがとう、ヤスミンは本当にいい子だ。君に助けられたこと、僕は絶対に忘れない」


 離れていた彼女を、今度はこちらから力強く抱きしめてやれば、ヤスミンは僕の胸に顔を埋めてまたスンと小さく鼻を鳴らす。その様子には、普段なら茶化してくるであろうダマルも兜を押さえて黙り込んでいた。

 シューニャの身に危険が迫るような事件があったとはいえ、僕は王都に来てよかったと感じている。根無し草の自分が、こうも温かい人々に知り合うことができたから。

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