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悠久の機甲歩兵  作者: 竹氏
ユライア王国と記憶の欠片
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第104話 閃光の宴

 まさか、とタグリードは目を見張った。

 この短時間で一切の罠を突破し、その上で獣車に追いつく程の高速など、鳥でもない限り考えられない。その所為でミクスチャを倒したという言葉が脳裏に渦巻き、彼女は信じられないと呆けてしまった。

 それはほんの一瞬に過ぎなかったが、小さな光が夜闇の中で煌めくには十分すぎる程の時間。ドン、と太鼓のような音が聞こえたかと思えば、先頭を走っていたリベレイタの上半身が消し飛び、近くの地面に炎と肉が飛び散っていた。


「と、トマソンがやられた!」


「今のは何だ!? おい魔術師、ありゃなんだ!?」


「お、俺が知るかよ! あんな威力のある魔術なんて見たこともな――」


 周囲から情報を求められた人間の男は、天井を崩落させるために動員された土を操る魔術師である。しかし運の悪い彼は何か魔術を行使することはおろか、返事すら終わらない内に血飛沫となって消えた。

 目の前で吹き飛んだ魔術師には、熟練のリベレイタ達でさえ恐怖を抱き、早くも動きが鈍り始める。その様子にタグリードは呆れたようにため息をついた。


「役立たずの肉ですこと。これではロガージョの方がマシですね……御者、止めてください」


 奴隷獣車がその場で停車すると、彼女は檻の前にひらりと降り立ち、被せられた布を取り払う。


「さぁ、貴女の出番ですよ」


 檻の中からシューニャが射抜くような視線を向けても、タグリードはクリスをチラつかせて薄く笑うのみ。

 彼女の中には、人質に剣を向ければ簡単に降伏させられる、という確信があった。それは魔物であるスケルトンでさえ武器を捨て、首まで差し出したという前例によるものである。


「ケット、松明を」


「はい」


 炎を明かりで浮かび上がるのは、金紗の髪と美しいエメラルド色の瞳。

 タグリードはその細く色白な首元に切っ先を向けると、轟音を立てながら近づくウォーワゴンに向かって叫んだ。


「そこまでにしてもらいましょうか。この姿が見えているでしょう?」


 夜闇に木霊する声に、ウォーワゴンは一定の距離まで近づいてから停車する。すると今まで混乱していたリベレイタ達も、ようやく落ち着いて謎の兵器を取り囲んだ。

 勝った、と彼女は思った。何せ檻に向けてケットが板剣を振り下ろすか、あるいは自らの手にあるクリスを突き刺せば、ブレインワーカーの命は簡単に奪えうことができる。

 声を聞いて止まったのは、手の出しようがなかったからに違いない、と。


「出てきなさい。従わないなら、彼女の命はありません」


 彼女の言葉に合わせ、ギィと蝶番が鳴く音がしてウォーワゴンの後ろが開かれる。そこへ向けてリベレイタ達はすぐに武器を突きつけた。

 しかしそれも束の間、何故か怯えたように退きはじめる。

 タグリードはこの様子に苛立ちを見せたものの、そこから姿を現した存在には、まさかと目を見開いた。


「いい夜だなァ姉さん?」


 松明に照らされていたのは、確実に首を落としたはずの騎士である。それも後ろに青いリビングメイルを従えて、如何にも楽し気に朗々と声を響かせた。


「俺たちゃ女に飢えててな、姉さん誰か連れてねぇか? もちろんタダとは言わねぇよ、俺たちが安全を保障してやるぜ」


「――ダマル!」


 昨夜の盗賊と同じ言い回しに、ブレインワーカーが檻の中で喜色に満ちた声を上げた。

 だが死者が現れたところで状況は変わらないと、タグリードは驚愕に染まっていた表情を無理矢理不敵な笑いで塗りつぶす。


「悪魔は首を切っても死なないのですね。炎で浄化するべきでしたか?」


「カカカッ、そりゃご愁傷さまだぜ。もっぺん試すなら、俺の膝でも砕いてみやがれってんだ」


「大層な口を利くものです。武器を捨てなければ、こちらも彼女を殺さなければなりません。それとも、まさか彼女が必要なくなったとでも?」


「そいつぁ困るな。見た目はそんなチンチクリンでも、俺たちにゃ大事な家族だからよ。武器ならちゃーんと捨ててやるから――()()()()()()()()()()()


 言うが早いか、ダマルは鎧につけられたベルトから、()()()を地面に放り捨てた。

 無論、タグリードからしてみれば意味が分からず、剣を持つ手に力を入れて騎士を凝視する。否、彼女だけではなく周囲に居た全員が、だ。


「捨てろっつったのはてめぇだぜ?」


「何を――」


 その意味が現代人にわかるはずもない。

 まさか謎の黒い筒が、辺り一面を眩い閃光と甲高い音を発しようなどとは。



 ■



 兵器の性能が戦争の趨勢を決するのは難しい。如何に高性能な装備でも、物量や工業力、整備性に作戦、また教育から国民感情から様々な要因が複雑に絡まって、戦争は成り立つ。

 しかし隔絶したほどの性能差は、時として戦争そのものを根本から変えてしまう力も持っている。

 戦争史に語られる、大量突撃の歩兵が塹壕陣地からの機関銃攻撃によって壊滅するように、また機関銃の防御線を戦車が踏みつぶしたように。この瞬間は殺傷力を持たない閃光発音筒フラッシュバンが、現代人たちから視力と聴力を奪い去り、大きな混乱を巻き起こしたのである。


「う、うわぁああああ!?」


「何が、何が起きた!? 誰かぁ!」


 敵が阿鼻叫喚の地獄に陥る中、僕はシューニャが囚われている檻へと飛び掛かった。

 同時にダマルはクリスを手にする女を蹴倒し、反対側では斧剣を手に上部ハッチから飛び出したファティマが、板剣を持ったままよろめくケットに躍りかかっていく。

 最早敵の刃は人質に届くことはなく、木製の格子など翡翠の力を前にすれば枯れ枝と変わらない。軽くそれをへし折って穴を開け、僕は檻の中を覗き込んだ。


『シューニャ! 怪我は――』


「うぐぅぅぅぅ……見えない……耳が痛い……何が」


 そこに居たのは目耳を覆って転がっている金髪の少女。

 忘れてはならないがシューニャもまた現代人であり、閃光発音筒への対策を取れなかったのは彼女も同じだった。

 しかし金属の手で小さな体を抱え上げれば、シューニャは細い手を伸ばして装甲に触れてくる。


「キョウ……イチ、そこに居るの?」


『待たせたね。怖い思いをさせて、悪かった』


 凄まじい音と閃光は一時的な失明と難聴を引き起こす。それでも彼女には僕だとわかったのだろう。辛そうに表情を歪めてはいたが、硬い胸部装甲に頭を預けて抵抗しようとはしなかった。

 ただその首筋に走る小さな傷が見えた時、カッと腹の底が燃えるようだったが。


 ――やってくれたな。


 すぐにシューニャを檻から連れ出し、玉匣の車内へと駆け戻る。装甲車の中に彼女を隠してしまえば、最早救助作戦自体は成功なのだから。

 救助が上手く行ったことを見ていたアポロニアは、機関銃を振り回しながら牙を見せて拳を振り上げる。


「っしゃぁ! さっきのあれ凄いッスね!? 一瞬昼が来たかと思ったくらいッスよ!」


『説明は後でね――制圧射撃、右翼の敵を薙ぎ払え!』


「了解ッス!」


 ドドドと断続音が響き渡れば、たちまち数人のリベレイタ達がアンヴの背から崩れ落ちていく。対する僕は車体の左側に回り込み、視力が回復しつつあった敵集団に襲い掛かった。


『レッツ、パーティ』


 左腕に収束波レーザーフラ光長剣ンベルジュを、サブアームに突撃銃を構え、翡翠は敵の中で踊りだす。

 銃火が1つ瞬けば金属鎧を纏った人間の首が消え、振るわれる高熱のレーザーはアンヴごとアステリオンの体を両断する。それは戦闘などではなく、最早虐殺だった。

 しかし切り替わった感情のスイッチは、既にあらゆる敵を()()だと判断している。羽虫を叩き潰すのに、心を痛める必要などないと。


「ば、化物が!! くらえっ!」


 そのカラは勇敢だったのだろう。仲間が一方的にやられていく中、分厚いロングソードを振るって反撃してこられたのだから。

 とはいえ、鋼の剣がマキナの装甲を傷つけられるはずもない。肩口から斜めに斬りつけた刃は、火花を散らして甲高い音を立てることしかできなかった。

 避けも防ぎもしないまま、僕は毛皮に覆われた男へとゆっくり振り返る。


『――それで、終わりか?』


「嘘だろ。びくともしねぇなんて――あぎっ!?」


 呆気にとられたカラの腹部に、容赦なく膝を叩き込む。

 彼が残念だったのは、この一撃で死なない頑丈な身体をしていたことだろう。血を吐きながら地面を転がる害虫の顔に、僕は鋼の足を押し付けた。


「が、ぎいあぁあああああ!? や、やべてく――」


『煩い』


 足を落としただけで、まるで腐った果実を潰すように血肉が飛び散り、喚いていた声も聞こえなくなる。これに多くの敵は怯えて逃げ出そうとし、中には腰を抜かして尻もちをつく者もあった。

 しかし僕はただ無感情に、1匹ずつ確実に命を刈り取っていく。逃げ出そうが、命乞いを叫ぼうが、最後まで抵抗しようが、種族も性別も関係なく平等に。

 この夜、冷え切った心を乗せた機甲歩兵は、彼らにとって悪夢となったことだろう。それを覚えている者は、誰一人として生きていなかったが。



 ■



 熟練のケットは驚いていた。

 最初の目くらましはともかくとして、まさか毛無の子猫(ボールド・キトン)に押されるなど、思いもよらなかったのである。

 リベレイタの割には上等な装備を纏い、重厚な作りの斧剣を振るってくるうら若い少女に、男は今も守る一方の戦いを強いられていた。


「ぐぅっ!?」


 ファティマが繰り出す重い一撃に、数打ちの板剣は刃毀れを起こし、男は身体を大きく吹き飛ばされる。この現実に対し、熟練のケットは苦し気に顔を顰めた。

 キムンやケットは力に優れるが故に、種族としての価値を純粋なパワーで決めたがる。そしてキメラリアにとって毛無は劣等を意味する言葉であり、それも小娘に打ち負けるなど、どんなカラクリでも決して認められないことだった。たとえそれが、剣の腕によるものだったとしてもだ。


「同族が技に頼るとは――恥を知れ小娘ぇ!」


「そーですか? ボクはなんとも思いませんけど」


 猛烈な勢いで振り下ろされる斧剣を、熟練のケットは力任せに迎撃する。

 その際男の振るう板剣は地面に突き刺さるが、ファティマの斧剣は弾かれた反動を利用して刃を止めると、細かい振りに切り替えてケットを翻弄した。しかし牽制ばかりかと思えば、時折重い一撃を織り交ぜてきて、男に攻撃の隙を与えない。

 そんな戦い方が、一層彼を苛立たせた。


「防御も攻撃も、力こそが全てだ! 小手先の戦いかたなど、所詮は非力で脆弱な者の真似事に過ぎん!」


「ふふん、その癖毛無の子猫なんかに押されるんですか? 口でなんて言ったって、強さは生きてるか死んでるかだけですよ」


「このガキ……言わせておけばァ!!」


 熟練のケットは歯を剥いて咆えた。

 力任せに板剣を振り回す様は、最早刃ではなく鈍器のそれだ。重厚な鎧もろとも、人間を吹き飛ばさんとする怪力を、ファティマは踊るように避けながら時折斧剣で逸らし防いでいく。

 キメラリアたちの間では常に、毛有が毛無より優れていると信じられてきた。それはキムンの毛有が、毛無と比較して非常に強力な力を持っていたからとされる。だがそれは実際キムンに限った話であり、他種族において毛無と毛有の差などあってないようなものだった。

 だからこそ、技術に優れる毛無のファティマは、種族の中でより身体能力に優れると信じられている毛有のケットを圧倒する。その上、飽きたとでも言わんばかりに欠伸まで浮かべて見せた。


「ふぁ……多分ボクもこんな戦い方してたんでしょーねぇ。マオリィネに勝てないわけですよ」


 年若い小娘がこうも見下したことを言えば、熟練のケットが怒り狂うのも無理はない。しかし彼がどれほど板剣を振り回そうと、長い三つ編みを翻して跳ぶファティマは捉えられず、苛立ちに任せて横薙ぎに振り抜いた刃は、闇の中で檻を叩き割って止まった。


「ふん、逃げることには一人前らしい。俺と打ち合うのが怖いか?」


「飽きちゃっただけですよ。それに、どうせボクの勝ちですし」


「いつまでも減らず口を――」


 ゆっくりと振り被った少女の動きに、ケットは牙を剥いて板剣を構えなおそうと力を籠める。

 だが力を込めて引いた板剣は軋みこそすれど、まるで動こうとしなかった。


「な、にぃ!?」


 慌てて振り向いた先、彼の目に映ったのは、木製の格子に絡めとられた板剣である。力任せに振るわれたことで刃が潰れ、それでも勢いに任せて格子を貫くことはできた。できてしまった。

 ケットの力ならば、強引に引き抜くことなど造作もなかったに違いない。

 だがそれは戦闘の最中においてあまりに大きな隙であり、男は避けることも防ぐこともできないまま、真っ直ぐ振り下ろされた斧剣に身体を叩き潰されたのである。

 それも男が散々叫んだ通り、地面を抉るかのように力任せな一撃によって、彼は地面の染みと化していた。


「はー……これで文句ないですよね。今日はお仕事とっても頑張りましたし、後でおにーさんに一杯褒めてもらいましょう」


 返り血を浴びて赤黒く染まった彼女は、ふふんと笑いながら斧剣を肩に担ぎなおした。



 ■



 懐かしい血と肉のかぐわしい匂い。

 昔はこれが空腹を誘う一番の香りだった。生でもいいし焼いてもいい。とにかく新鮮な人の肉。

 だというのに、自分はそれを齧ることもできず、ひたすら獣車の下に隠れて震えている。

 計画は完全に狂ってしまった。この失敗はあまりに大きい。

 主たるフリードリヒは大層怒るだろう。膨大な賭け金を支払っておきながら、何一つ得られなかったのだから。


 ――彼らは爪を隠していた。どれもこれも、本気ではなかった。


 ウォーワゴンは調べた以上に速く、リビングメイルは恐ろしいほどに容赦がない。ブレインワーカーの小娘が言った通りに、彼らは敵と判断した相手をとんでもない手際で殺していく。1人残らず丁寧に。

 だから私は息を殺すことだけに必死だった。このまま全員が殺されてしまえば、主であるフリードリヒに危機を知らせる事さえできなくなる。

 しかし自分の願いは、魔物の声によって儚くかき消された。


「そんなとこで寝たら風邪ひくぜぇ、なぁ姉さん?」


「あぁっ!」


 地面を爪で引っかいて抵抗したものの、足を掴まれた私の身体は、容易く星空の下へと引きずり出される。

 こちらを覗くのは、松明の明かりを反射する銀色の兜。悪魔の骸骨が中に入ったそれに、私は体の震えを止められなかった。


「本気でいい体してやがるなぁオイ。俺にも肉がありゃお楽しみもあったんだが」


「うふ、うふふ……魔物が私とまぐわおうと? 可笑しい」


 魔物が女の体を求めるなど聞いたことがないが、今までに感じたことの無い恐怖の中で、私は扇情的な表情を浮かべ、迫ってくる鎧兜にゆるりと腕を絡ませる。

 首を落としても死なない魔物相手に、蛇行剣など何の役にも立たないのだ。戦って勝てない相手なら、自分にできることなど最早すがるしかない。

 

「カニバルが神に背く存在と言われ殺されるなら、それはとぉっても魅力的ですわね」


「嫌いじゃねぇんだぜ? 特にお前みてぇなタイプはよ」


「あら……魔物に好かれるなんて、私も捨てた物じゃありませんね。でしたらどうかお好きなように」


 1分1秒でも生が伸びるならば、骸骨とでも交わって見せよう。なんなら悪魔であっても、快楽の虜にさせてみせようではないかと。

 だが、スケルトンはそう言いながらも、つれない男だった。


「そりゃ悪くねぇお誘いだが、また今度な」


「――え?」


 トン、と胸に走った衝撃に、私はゆっくり身体を見下ろした。

 視界にあったのは、薄衣を貫いて胸に突き立つ愛用の蛇行剣である。不思議なことに痛みは感じず、ただひたすらに熱く、そして徐々に冷たくなっていくのが感じられる。


「こいつは俺の首を落としてくれた礼だぜ。生きたまま手足を捥がれて犬の餌にされるよりは、なんぼかマシだろ」


 そう言いながら鎧はゆっくりと立ち上がっていく。

 口に溢れてくる血に溺れながらも、私は2度と会えないであろう男を求め、虚空に弱く手を伸ばす。


「……あ……るじ……様」


 薄れていく意識の中で、どうか叱らないでほしいと懇願したのは、馬鹿げた話だろうか。

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× 閃光の宴 ○ 鮮血の宴 ブラッディカーニバルの時間だオラァアアア!
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