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ぼくには君が分からない  作者: 卯月
ふたり
2/2

書けなくなった理由

 これは、ぼくと彼女の物語だ。

 だがぼくらの話をする前に、少しだけぼくの自己紹介をしておこうと思う。

 ぼくの名前は山岸張安。作家をしている。

 もちろん、張安という名前はペンネームではなくて、去年亡くなった祖父が付けてくれた本名だ。作家になる以前は『張安』という古臭い響きの名前が大嫌いだったけれど、今ではこの名前をとても気に入っているし、名付け親となった祖父にも感謝している。


 そんなぼくが作家になったのは、15歳の時だった。

 まだ中学生だったぼくが、雑誌で募集していた小説部門の懸賞に、後に処女作として世に売り出されることとなる短編小説『君が愛を語るのか』を投稿した事がきっかけだった。

 たかだか雑誌に投稿しただけの作品が、ここまで多くの人に読まれる事になるとは思っていなかったけれど、偶然にもぼくの作品が編集長の目に止まったらしい。


「弊社で小説を書いてみないか?」


 出版社からそんな連絡が届いた時、ぼくはすぐに首を縦に振った。当時、お世辞にも普通の人々の中に馴染めているとは言い難かったぼくにとって、作家になるという道が与えられた事は何よりの救いだったのだ。これで他人と関わらずに生きていける。正直作家という職業がどのような仕事なのかすら分かっていなかったけれど、ある程度の収入が得られさえすれば、他に多くは望んでいなかった。


「先生、また次の小説も重版が決まりましたよ」

「先生が書かれる物語は本当に面白いです」

「次の新作も期待していますからね!」


 けれどもぼくの予想とは裏腹に、ぼくが書いた小説達は出版される度に大ヒットした。ぼくが初めて小説を書いてから現在に至るまでの間に、いくつか映画やドラマになった作品もある。そうなってみて初めて、ぼくはようやく自身に作家としての才能がある事に気が付いた。その瞬間、今まで人に馴染む事ができずに「普通でない自分」に対して抱き続けていたコンプレックスが、少しだけ昇華されたような気がした。きっとぼくは、物語を書く為にこの世に生まれてきたのだ。そう信じて世に送り出した小説達は、やはり何を書いても必ずベストセラーになった。


「え、小説が書けなくなったって……どういう事ですか?」


 しかし、順調な作家人生を歩み始めてから9年目を迎えたある日、ぼくは突然小説を書かなくなってしまった。


「書けなくなった訳じゃない。多分、書こうと思ったら書ける……次回作のアイディアだって、たくさん頭の中には浮かんでる。でも、()()()()()()()()()んだ」

「そんな……次の新作を、大勢の読者が楽しみにしているのに?」

「それはぼくが一番よく分かっているよ……でも、書きたくない物は書きたくないんだから、しょうがないだろう?」

「しょうがないって、先生は作家なんですよ。書くことを放棄したら仕事を捨てるようなものじゃないですか。一体どうしたって言うんです?」

「……飽きたんだよ」

「え?」


 対面する担当の小野坂の前で頭を抱えたぼくは、彼に向かってそう言った。15歳から小説を書き続けてきたせいなのか、それとも何を書いても売れる事がルーティンと化してしまったせいなのか、ぼく自身にもその理由は分からなかった。

 頭の中にはいくつものアイディアが溢れてくるのに、いざそれを原稿にしようとすると筆が止まるのだ。

 最初は単なるスランプを疑ったが、どうも調子が悪いだとかそんな事ではないのだ。書こうと思えば書ける。だが、書いてその物語が世に出た瞬間を想像した時、ふと全身から力が抜けて急に全部が馬鹿馬鹿しくなった。そして思うのだ。ぼくは一体何をしているのだろう、毎日毎日、同じ事の繰り返しだと。そして気付いてしまった。


「書くことに飽きたんだ」


 不調ではない、アイディアが浮かばなくなった訳でもない。

 ぼく自身が、物語を書くことに飽きている。

 だから書けなくなった。

 そして以前のように意欲を取り戻す方法も分からない今、ぼくが今後執筆活動を続けることは難しいだろう。だからこそ担当である小野坂に、こうしていの一番に相談をした。


「飽きたって……それで、もう次回作は書かれないんですか?」

「……」

「勿体ないですよ……先生には才能があるのに」

「才能があるか……確かに、そうなんだろうな。ぼくだって悔しいさ……書きたい話はあるのに、書けないんだからな」

「先生……」

「どうしようもないんだよ……」


 項垂れるぼくを見て、小野坂が溜め息を吐くのが分かった。彼はぼくが作家になってから数えて、13人目の担当者になる。別に担当が変わることは珍しいことでもないのだが、それでもぼくの担当の入れ替わりは他の作家よりも多かった。その原因は自己中心的なぼくの性格に皆が匙を投げるからなのだが、小野坂は歴代の担当者とは違い、かれこれもう3年近くぼくの担当に収まっていた。

 けれども今回ばかりは、こんなぼくに嫌気が差して小野坂も担当を降りるかもしれない。それも仕方ないかと諦め半分でぼくが顔を上げると、小野坂は意外にも平然とした顔でぼくを見ていた。そしてぼくに向かって、ある提案をしてきた。


「書けなくなったなら、書きたくなるまで何か他の事をしてみてはどうですか?」

「は?」

「そうだ、久しぶりに取材旅行なんてどうでしょう。以前はよく取材と称して、色んな所に出かけてましたよね?」

「まぁ……そんな時期もあったかな」

「取材を通して、新しい題材やテーマが見つかればまた書きたくなるかもしれないじゃないですか」

「……」


 取材旅行。小野坂の言う通り、確かに以前のぼくは作品を書き終える度に国内外交を問わず色んな場所を旅していた。しかし気が付けば、執筆活動が忙しくなるにつれてそんな余裕すらいつの間にかなくなっていたように思う。無論それが原因で、小説を書くことに飽きてしまったとは思わない。けれど、もしかしたら、と。

 取材旅行の最中に、また小説を書きたいと思う何かと出会うかもしれない。望み薄ではあるものの、もう一度あの情熱を取り戻すことができるならば、この際きっかけはどんな些細なことでも構わなかった。


「担当の君がそう言うのであれば、久しぶりに取材旅行に出るのも悪くはないかな……」


 ぼくは頬杖をつきながら、小野坂に向かってそう答える。相変わらず素直さの欠片もない返答だと我ながら思うのだが、小野坂はぼくの返答にただ満足そうに頷いた。


2019.04.09

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