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ぼくには君が分からない  作者: 卯月
ふたり
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これが恋ならば

 人はいつか死ぬ。


 それは神が定めたとかそんな馬鹿げた決まりではなく、生命そのものに課せられた宿命だとぼくは考えている。そしてこの自論の根源にあるのが、神様なんてリアリティの欠片も無い物を全く信じていないぼく自身の心持ちだ。


「先生は面白い人ですよね」

「君のような奴に言われたくないな」

「なんか、そういう所が面白いです」


 ぼくの突拍子もないこの話を聞きながら、目の前に座る遥はコーヒーカップを手ににこにこと笑っている。彼女とぼくは、日本で唯一キャンパスの中に創立者の墓があるという女子大で出会った。遥はその女子大に通う大学生だ。

 出会った当時の彼女はまだ入学したばかりの一年生で、取材の為に創立者が眠る墓の写真を撮影していたぼくに、彼女の方から声を掛けて来た。学内にある寮に住んでいた彼女は、見ず知らずのぼくにも「面白い話がありますよ」と言って、創設者の墓にまつわる面白いジンクスを教えてくれた。それ以来彼女とは妙に縁があって、ぼくが打ち合わせや取材で東京を訪れる度に、こうして会う機会を作っている。


「ちなみに……話は変わるが、以前に君が言っていた意気込みの成果はあったかい?」

「……えーと」

「ふはっ、その様子じゃ全く無かったんだなぁ」

「う、うるさいですよ!」


 出会ってから二年以上の月日が経ち、つい先月の終わり頃だっただろうか。

 遥は僕に向かって、「4月から参加していた外部セミナーがやっと終わるので、そしたら絶対に彼氏を作ります!」と宣言していた。それを聞いたぼくは笑って「頑張れよ」なんて言った覚えがあるのだが、どうやら彼女には男の縁があまり無いらしい。

  確かに遥は普通の女の子に比べて、出会った頃よりは幾分マシにはなったものの、未だに田舎臭い所があるというか(元々出身地が田舎だから仕方ないのだけど)、流行りの服装や髪を染めたりする事を好まないから、他の女の子よりも地味っぽく見える。それにスレンダーとはお世辞にも言い難い体型だし、150にも満たない可愛らしい身長であっても、学生レベルの男の子達にはあまり受けないのかもしれない。


「まぁそう気を落とすなよ。次に会う時までに、その宣言の達成期間は延長しといてやるから」

「馬鹿にしてますね……」

「そりゃあね」

「ムカつく……!」


 遥は眉間にしわを寄せてブツブツと文句を言いながら、コーヒーカップの残りをグイッと飲み干した。ついさっきまではぼくの話を聞きながら嬉しそうな笑みを浮かべていた癖に、今はもういじけたような顔を見せる彼女。ぼくの一言一言で、彼女の表情は面白いくらいにコロコロと変わる。ぼくにとって彼女は、会う度に興味をそそられる稀有な存在だ。出会ってから既に三年という月日が経つにも関わらず、飽きるどころか彼女の新しい一面を知る度にぼくは言い様のない喜びを感じていた。

 だから彼女と会えることはぼくにとって一つの楽しみになっているのだが、これを言ったら彼女はきっとまた変な顔をするのだろう。


「おっと、そろそろ新幹線が出る時間だな」

「それは急がないとですね! お会計は私がしますんで、先に外へ出ててください」

「いいよ、そんなに急がなくても。社会人のぼくが、学生の君に奢られたとあっては格好が悪いだろう」

「まぁたまにはいいじゃないですか! その代わり、今度美味しいご飯を奢ってくださいね」

「なるほど、そっちが目的かよ」


 ぼくが呆れながら精算表を持ったユキを見ると、彼女はまたニコニコと笑みを浮かべていた。さっきまで、ぼくに馬鹿にされてへそを曲げていた癖に。まぁ、一食くらいの食事で機嫌が良くなるのなら、奢ってやるのは別に構わないのだが。本当に現金な奴だと思う。

  そうして店の外で彼女が出てくるのを待ちながら、ぼくはふと西に沈んでいく夕陽を見た。これから新幹線に乗って、ぼくは仙台に帰る。もう一日取材日を伸ばして彼女の行動を観察するのも面白そうだが、流石に気持ち悪がられるだろうからやめておく。

 どうせまた東京に来る用事もあるだろうし、大学の長期休暇の際には彼女の方からぼくの住む町に遊びに来ると言っていた。だから無理にぼくが時間を捻出しなくとも、すぐにまた遥とは会う機会が巡ってくる。根拠のない発想だが、それでもなんとなくそう感じていた。


「先生! 時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だからそんなに焦るなよ。乗り過ごしたら次の新幹線に乗るさ」

「確かに東京駅からなら新幹線はいっぱい出てますけど、乗れるなら乗っちゃいましょう!」

「何だよ、ぼくにさっさと帰って欲しいっていうのか?」

「だって、先生は忙しい人じゃないですか」

「……」

「売れっ子作家ですし」


 確かに、彼女の言う通りぼくは物書きだけで食べていけるくらいには()()()()()作家だ。

  しかしだからといって、明日明後日が特別に忙しいわけではない。ぼくは数いる作家の中でも特に速筆なタイプだったから、雑誌に掲載するいくつかのコラムやエッセイの原稿はもう書き終えているし、次の次回作に向けた担当者との打ち合わせがある訳でもなかった。

 でも、ここで「忙しくないからまだ時間に余裕はある」と言ってやるのは、何だかぼくが遥と別れてしまう事を寂しいと感じているようで癪だ。ぼくは一度ちらりと腕の時計を確認してから、既に前を歩き出していた彼女と一緒に、最寄り駅から東京駅に向かう電車に乗った。


「学術セミナーはどうだった?」

「最悪でしたね、何のための学術団体だって感じで。大学生は子供っぽくて嫌になりますよ」

「はは、随分偉そうに言うんだなぁ」

「本当に辛かったんですからね! 先生には分からないでしょうけど!」

「分かった分かった、今度じっくり聞いてやるから」


 夕暮れ時でも、忙しない人々で混雑する中央線。ぼくと遥は終電の東京駅に着くまでの間も、他愛のない話を繰り返した。そして東京駅で人混みをすり抜けながら新幹線のホームへと向かうと、ぼくはいいと言ったのに、遥はわざわざ入場券を買ってホームまで着いて来た。それから二人で長いエスカレーターでホームに上がって、自由席の列に並ぶ人々を通り過ぎていく。


「……」


 疲れたと言ってベンチに腰かける遥を尻目に、ふと周りを見渡してみる。ぼくら以外にもこのホームには、レジャー施設から帰路に着くと見られる家族連れやカップル、仕事に疲れて草臥れた様子のサラリーマン達で溢れ返っていた。

  それから数分後、ホームに仙台行きの新幹線が停車すると、そこに留まっていた多くの人々があの大きな箱の中にどっと流れこんでいく。ぼくが無言でその様子を眺めていると、いつまでも新幹線に乗ろうとしないぼくに向かって、遥が「先生」と短く声をかけた。


「どうしたんですか? 新幹線、来ましたよ」

「あ……あぁ。それじゃあ、帰ったらまた連絡するよ」

「分かりました!」

「……時間によってはメールにしておくか。まぁ、君も達者でやれよ」

「大丈夫です! 先生も、気を付けて帰ってください!」

「ぼくはただ乗ってるだけだからな。君も、寮の門限までには帰るんだぞ」


 出発の数分前にそう告げて、新幹線に乗り込んだぼくは指定された席をすぐさま見つけると、窓際の席に座った。するとカーテンもないのに、窓から差し込んでいた太陽の光に陰がかかる。それに気が付いて顔を上げれば、窓の目の前にまで来た遥が、相変わらずニコニコと笑いながら手を振っていた。

  そんな彼女を見ていると、いつもぼくの頬はついついだらしなく緩んでしまう。他人の目から見た今のぼくらは、このホームに溜まる見送りの連中の中にいるような、遠く離れて暮らす恋人との別れを惜しむカップルのように見えるのだろうか。

  窓一枚を隔てた向こう側に、今のぼくの声は届かない。


「……君、今よりちょっとだけスリムになって流行りの服を着れば、すぐに恋人もできるんじゃないか?」


  ぼくの唇が動くのを見て、窓の向こうにいる彼女が首を傾げる。


「……まぁ、ぼくは今の君も十分好ましく思っているけど」


 次に彼女に会えるのはいつになるのかな。

  毎週のように会う日もあれば、全く会わない月もある。そんな彼女とぼくの関係は、恋人ではなくただの友達だ。お互いに友情よりもわずかに情愛の想いがある事は自覚しているはずなのに、ぼくらはずっとこの曖昧な関係に浸かっている事を選んでいた。そしてそれが今のぼくには少しもどかしくもあり、淋しくもあるのだった。

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