令嬢と美少年
「ねえ、ハーフェルナちゃん、ひとつお願いがあるんだ」
約1か月に渡る婚約騒動が落ち着き、私達の婚約が正式に発表されてから、2ヶ月が経った。
発表されたときは新聞にも大きく載り、
「ハーフィと殿下の婚約記事など捨ててしまいたい。だけど可愛いハーフィのことがこんなに書いてあるから出来ない。ああ、どうしよう」
「貴方、落ち着いて。ハーフィの所だけ切り抜けばいいではないですか」
「それだ!」
と、お父様もお母様も喜んで下さった。
相変わらず私を大事に思ってくれるお父様達は、周りが騒がしいときは危ないからと、中々外出を許してくれなかったので、ルドルフ様と会うのは3ヶ月振りになる。
キルシュトルテの9月は雨の日が多い。
けれど今日は珍しく良く晴れているので、王宮の中庭にある小さな四阿でお茶会をすることになった。今回は前回のカミングアウト茶会と違い、殿下の専属護衛騎士と従者、私の侍女のアンナがやや離れた所に控えている。
「何ですか、改まって」
「ハーフェルナちゃんに、僕の描いた絵を見てもらいたいんだ」
「ルドルフ様の絵、ですか? 別に構いませんが」
「いいの? ハーフェルナちゃんてBLとかその手の作品はあまり詳しくなさそうだから、ちょっと心配なんだけど……」
「BL……ああ、ボーイズラブのことですよね? 基本的に綺麗な少年同士の恋愛創作物だと認識しているんですが、間違っていたらすみません」
「あー、うん、合ってると言えば、合ってるよ」
「煮え切らない言い方ですね」
「いや、自分で聞いておいてなんだけど、上手く説明できないというか、個人によって定義が異なる部分があって……」
「取り敢えず、ゲイとBLは異なるという認識は、合っていますか?」
「はい、合っています。というか、そこはかなり重要なポイントで、大切です。全腐男子=ゲイではありません。なんていうか、そこまで現実的ではないです。僕は個人的に、BLには夢と希望と理想と愛が詰まっていると考えています」
「……はぁ」
いつもより早口で話すルドルフ様だが、声はを抑えているので、アンナ達には聞こえていないだろう。しかしずっとBLについて討論しているのは、状況的にあまりよろしくないはずだ。
「で、絵はよろしいんですか?」
私は話を戻すことにした。
「そうだった。これなんだけど……」
ルドルフ様は、椅子の足元に置いてあった包みを手に取ると、中から鍵付きの書類箱を引っ張り出し、テーブルの上に乗せる。そしてカチャリと鍵を開け、大量の紙を取り出すと、おずおずと私に渡してきた。
手渡された100枚を優に超すだろう白地の紙の全てに、繊細な絵が描かれていた。ほとんどが黒いインクのみで仕上げられているが、何枚かは色が付けられている。私は一枚一枚目を通し、50枚を超えた辺りで、あることに気付いた。
「全部、男の子……それも美少年……が、5人?」
そう、描かれていたのは10代半ばの美少年ばかりだった。一人だけで描かれているものもあれば、何人か一緒に描かれているものもある。
「『甘い恋のレシピ』の僕以外のメインキャラを描いてみたんだ」
えへへ、と少し恥ずかしそうに笑いながら、ルドルフ様は言った。
「ゲームの絵を見たことがないので、似ているかどうかは分かりませんが、とてもお上手だと思います。ルドルフ様にはこんな才能があったんですね。驚きました」
「……それだけ?」
私が正直な感想を口にすると、ルドルフ様はキョトンとした顔をした。
「もっと『よっ! 大先生! 時空を超えた芸術家!』とか言った方がよかったですか?」
「止めて、お願い。そういうことじゃなくて、その……気持ち悪くない? 男の僕が男の子のそういう絵を描いていて……」
「よく考えると、美形が美形の絵を生み出しているんですよね。神様がいるなら、随分偏った才能の配分をしたものだとは思います。ですが、綺麗な絵であることに変わりはないですし、いいんじゃないですか? 私は結構好きですよ」
「えっと、ありがとう? なんだろう……褒められているはずなのに、この何とも言えない感じは」
でもハーフェルナちゃんが僕の絵を好きならいいか、とかなんとか、ルドルフ様はぶつぶつ言っている。
「どういたしまして。そんなことより、どれが誰だか教えて頂けると有難いのですが」
「あ、うん、元々そのつもりだったんだ。この前は大まかなことしか説明出来なかったから」
そう言うと、ルドルフ様は絵と突き合わせながら、『甘い恋のレシピ』のキャラクター説明を始めた。
まずはビーネンシュティッヒ公爵家の一人息子、フェッセン11歳について。
ルドルフ様の絵によると、かなり明るめの茶色い(ダークブロンドにも見える)長髪を首の後ろで縛っている優男で、瞳の色は淡い水色だ。幼少期の姿はゲームに出てこなかったので、中央学院第4学年在籍時の14歳のときの姿だという。他の4人も同じだそうだ。
ゲームだと、フェッセンは公爵家に縛られて自由がないことに長年苦しんでおり、貴族社会に擦れていないヒロインの言動に触れたことで、恋心を抱くのだそうだ。しかも、元々王女のことは大して好きではなかったという設定らしい。
要は親に逆らいたいなら自分一人でやればいいのに、王女を巻き込んだ挙句ヒロインに助けを求めて王女を捨てる、強い者に付くヘタレ野郎である。
ちなみに現実では、ミーナ殿下はまだ8歳と幼いうえに、何よりミーナ殿下本人が全く乗り気ではないため、今すぐに婚約が成立することはないらしい。
次にフッセル侯爵家とその二男、カールスルーエ10歳。
ルドルフ様の絵だと、暗めの栗毛をツーブロックヘアにした、明るいとび色の瞳の爽やかスポーツ少年風の容姿だ。
ゲームでは、隣の領地のシュペクラティ伯爵家の令嬢で、幼馴染のクローナと婚約している。けれどカールスルーエは、子供の頃から家名を使わず実力で近衛騎士軍に所属することを目指しており、学院で出会ったヒロインの慣れない貴族社会で健気に努力を続ける姿を自分と重ね、惹かれていく。そして苦労知らずのクローナと分かり合えないし、騎士の妻には相応しくないと、婚約破棄するのだ。
前世では、クローナに同情票がかなり集まったらしい。ずっと身近で支えて来てくれた幼馴染から、あっさりと新しい女に乗り換えたのも同然なのだから、当然である。
余談だが、そんなクローナの味方をした私は、かなり株を上げたそうだ。
そして現実でも、カールスルーエとクローナは幼馴染だという。
続いてラントブロー男爵家の長男、ラーフェン12歳。
ルドルフ様の絵では、短い黒髪をオールバックにした、銀縁眼鏡のクール系美少年といったところだろうか。
ゲームだとラーフェンは、商人出身の成り上がり貴族とバカにされながらも、国の中枢を目指すらしい。そして叙爵される以前から商会と繋がりのあった裕福で由緒正しいオープストプルンダー子爵家の令嬢、イェーナ10歳と婚約する。けれども家柄を笠に着て我儘と贅沢放題のイェーナではなく、慎ましく穏やかなヒロインを愛するようになるのだ。
正直、イェーナの我儘と贅沢の内容が分からないので、何とも言えない。が、商人出身の新興貴族と金持ちの名門貴族という組み合わせの時点で、揉める未来しか見えないのは気のせいだろうか。これは双方の保護者の責任も問う必要があるだろう。
ちなみに現実でも、ラントブロー男爵家とオープストプルンダー子爵家は繋がりがあるそうだ。
それからナイセ・アプフェル11歳。
ふんわりとした癖のある赤毛と、翠色の瞳が印象的な、童顔の可愛らしい少年だ。
ゲームでは、本名キェルツェ・スウォ・シャルロトカといい、実は10年ほど前に戦争によって滅びた国の第三王子だそうだ。
戦争の後孤児になったナイセは、いつか祖国を滅ぼした北の大国に復讐することだけを目的に生きてきおり、リッターシュ侯爵家から支援を受けて魔術師になることを条件に、一人娘のツェレーラ9歳と婚約する。当然そこに愛はない。けれど学院で出会ったヒロインの純粋な優しさで、少しずつ癒されていく。そして復讐という憎しみと決別し、ヒロインとの愛を選ぶのだ。
自国のことながら、キルシュトルテ国の管理体制はどうなっているんだと、声を大にして言いたい。下手をすれば、国ぐるみでテロリストを匿い、支援していたことになるのだ。令嬢を一人二人処刑したくらいで済むとは思えない。というか、キルシュトルテ国は戦争に関わっていなかったのに、恩を仇で返すナイセに腹が立つ。やらかすなら一人で完結して貰いたい。
現実では、肝心のナイセの行方が分かっていないそうなので、調べるのならリッターシュ侯爵家から探って行くことになるだろう。
そして第一王子、ベルトホルト・プリンツォ・殿下、11歳。
何度か王宮の式典で見かけたことはあるが、ここ1年程会っていなかった私のために、ルドルフ様は最近の姿を描いた絵を見せてくれた。
ルドルフ様が明るいブロンドで少しだけ癖がある髪なのに対し、ベルトホルト殿下はプラチナブロンドでストレートの髪。瞳の色は、ルドルフ様が碧に近い青色なのに対して、ベルトホルト殿下は深い青色だ。ルドルフ様は太陽の王子と呼ばれることがあるが、ベルトホルト殿下は月の王子と呼ばれたりしている。
「ベルトホルト殿下、随分顔色がいいですね。お加減がよろしいようでなによりです」
絵の中のベルトホルト殿下は、以前会ったときよりも明るい笑顔で、月は月でもスーパームーンの満月のようだ。
「最近は寝込むことも減ってきたんだよ。ちなみにゲームと同じで、見た目はちょっと儚げだけど、中身は天然系毒舌っていうのかな……たまに辛辣なことを言うんだ。ギャップ萌えっていいよね」
最後のはスルーしよう。
「僕とハーフェルナちゃんに王位を狙われるって設定だったけど、僕は王位なんて欲しくないし! 将来は適当な領地——この場合ハーフェルナのところだね——に引っ込んで、創作活動に励むんだ!」
ルドルフ様は公爵家の領地経営を始めとする面倒ごとを、全部私にぶん投げるつもりらしい。絶対に阻止すると心に決める。
「最後にヒロインなんだけど……ゲームでは殆ど顔が描かれていないんだ」
ヒロイン、エルフリーデ・フォン・シュタンゲンは、そもそも一人だけの絵がないらしい。攻略対象と一緒の絵でも、エルフリーデは後ろ姿や髪で隠れた横顔でしか、描かれていないそうだ。だから髪型くらいしか分からないと、ルドルフ様はすまなそうに言った。
「髪色はピンクでふんわりしたロングヘアだったんだけど……」
「常識的に考えて、ストロベリーブロンドで癖のあるロングヘアといったところでしょうか?」
「多分。こっちでも地毛が青とかピンクとか、見ないもんね。兄上もゲームじゃ思いっ切り銀髪だったけど、プラチナブロンドだし」
「それも相当珍しいですよ」
というか、ルドルフ様を含めた王族の殆どがブロンド系というのも、凄いことだと思う。
少なくともこの国の国民の殆どは、明暗の差こそあれ、茶系の髪色だ。ごくたまに、ラーフェンのように黒髪を持つ者やナイセのような赤毛の者もいるが、珍しい部類に入る。ブロンドヘアの人間ともなると更に数が減り、王族くらいしかいない。私が暗めのブロンドヘアなのも、シュヴァルツヴェルダー公爵家に王族の血が流れているからだ。そう考えると、エルフリーデは目立つ気が……。
「あ」
「あ」
私達は顔を見合わせた。
「そうか、ストロベリーブロンドで探せばいいんだ」
「ナイセの赤毛も珍しいんですから、いっそ珍しい髪色で探したらどうですか? それならゲームよりこちらのリアルに寄っていても、引っかかる可能性があるかと」
「ハーフェルナちゃん、流石! それで調べてみるよ。何か分かったら、直ぐに知らせるね」