イノシシがトラックと衝突したら
ニュースを元に、Twitterでしたお話が元になったなんちゃって話です。
山と海が近い町、神戸。
古くは平清盛の時代に港を構え、海外でも大人気の牛肉が有名で、港の背景に美しい山々が映える街。
男は華やかとさえ言われるその地で孤独な老人だった。
友達と呼べるのは一匹のイノシシ。
街に降りてきたうり坊にパンをやったのが始まりだった。
イノシシの餌付け、これは神戸市民にとっては唾棄すべき行為。
周囲の人からはさんざん非難をされていたが、どこ吹く風。
男はすっかり大きくなった、どう猛とさえ言われる雄イノシシに
「お、猪太郎、今日の調子はどうだい?」
と気安く声をかけてはパンや野菜の屑などを与えていた。
男にとっては唯一の友達だったから。
だが、イノシシにとってはただのえさ場の一つ。
男の友情になど気付いていなかったし、むしろ人間と友達とか、鼻で笑ってしまうくらい人間に対する好意など欠片もなかった。
そもそもイノシシと人間は基本的にはお互いお互いのテリトリーを荒らす敵同士だ。利用することはあっても、好んで訪れるわけではなかった。
その日も、ひどい嵐が続き腹を減らしたイノシシは、男の元へただ餌を求めてやってきた。
それはただの偶然だった。
たまたま悪戯心を起こした男が、猪太郎と呼んだそのイノシシに与えるパンをイノシシが食らいつく寸前で不意に上に持ち上げた。
その日のイノシシは前日までの嵐のせいで酷く空腹だった。
そんな状態で目の前にあった食べ物を取り上げられたイノシシはそれに飛びついたのだ。
なんせ成体になったイノシシ、ましてや雄のイノシシ。
その巨体に飛びつかれ男は軽く吹き飛ばされるような形になってしまった。
そこにたまたま居眠り運転のトラックが突っ込んでくるなど、だれが思いついただろう。
それはまるで男を暴走トラックからイノシシが助けたように。
男の身代わりになったかのように、イノシシはトラックにわずかばかりのへこみを作り、息絶えたのだった…。
『い………ろう…のたろ…、聞こえますか?』
何もない真っ白な空間。
そこにただ一人佇んでいるのはずいぶんと毛深い男だった。
たくましい四肢に分厚い胸板。
つりあがった眦にたくましい眉、鼻は少し上を向いているが高く、引き締まった口元で美丈夫とも呼べるがどこか粗野であった。
頭髪は剛毛で立ち上がり、その野性的な風貌をさらに険しいものにしていた。
『聞こえますか?猪太郎?人間の体はどうですか?それなりの知恵も与えたはずです、私の声が聞こえていますね、猪太郎。』
彼は、あの老人をトラックから助けるような形で死んだ、猪太郎と呼ばれたイノシシの魂と記憶を持つ人間なのだった。
彼の心は憤りに満ち満ちていた。
~なんだこの貧弱な毛のない体は! 人間だと!? ふざけるな! 俺の自慢の牙と毛並みと肉体を返せ!大地を踏みしめ鋭く穴を穿つ蹄はどこに行った!~
『猪太郎、貴方は獣の身で有りながら我が身を呈して他者の命を救うという尊い行為を成しました。よってこの私、慈悲深い女神により、新たな素晴らしい肉体と能力をもってわたくしの管理する世界へと転生させてあげましょう!!』
~何が素晴らしい肉体だっ!こんなひ弱な身体じゃ牝に見向きもされない!鼻もさっぱり効かない!これでは餌を探せん!何てことだっ!!!~
『…ちょっと?猪太郎?聞いてます??』
~馬鹿な!四つ足で走れないだと!?バランスが悪すぎる!こんな2足ではろくなスピードも勢いも出ないじゃないかっ!!~
「さっきから私が話しかけているのに無視するとは良い度胸してるじゃないっ」
今までは元イノシシ、現在人間の猪太郎の心に響いていただけであった声が実際の声として白い空間に響いた。
と、同時にその場に世にも美しい女性が現れていた。
豊かな髪はまるで光り輝く金糸のように広がり、滑らかな肌は白く瑞瑞しい。
青い瞳は晴天の空のようにも深い海のようにも移り変わり人を惹き付ける。
やわらかな胸元からは母性、括れた腰からは妖しい魅力を放つ。
誰もが目を見張る美しい女神がそこにいた。
だが、あいにくここにいるのは元イノシシの猪太郎。
チラリと目をやるが見とれるどころかさっぱり興味をもった様子もない。
「ちょっと!私よ?愛と美の慈悲深い女神よ?何よその態度!!なんなのよーっっっ!!!」
彼はそんなことより人間になってしまった怒りと自らの肉体の変化への対応で頭がいっぱいだった。
貧弱で毛のない身体をした牝になどさっぱり興味はなかった。
怒り狂う自称愛と美の慈悲深い女神と、憤る元イノシシの人間。
これが、後にオークと人間の仲を取り持ち世界に名をなす冒険者、猪太郎ことイノータ=ロウがこの世界に降り立った記念すべき日であった。
彼はこの後オークの女の子と恋したりするのではないでしょうか。
好みの子と子孫繁栄できたら良いですね。